第83話 リッチ
夜島カジノ城――
バエル城を改造したホールには赤絨毯が敷かれ、スロットやルーレット卓、ポーカー台が設置されている。そこで身なりの良さげな魔族や人間が賭けを行っていた。
「本日はようこそおいでくださいました! わたくし当カジノの支配人の一人ベルゼバエと申します。皆様、心ゆくまでギャンブルをお楽しみ下さい! また本日はコロシアム内にゾンビ10匹と人間100匹を入れ、どちらが生き残るかを賭けるサバイバルスペシャルイベントがございます! そちらもお楽しみに!」
ホールでは大勝するものもいれば、破産するものもいる。そんな悲喜こもごもの人間たちを玉座から眺める者の姿があった。
体には肉も皮もないくせに、着込んでいるものは一流の職人が作った豪奢な紫のローブ。手や首には指の第一関節くらいあるでかい宝石がはまったアクセサリーをしこたま身につけ、細い手には金の蛇が象られた杖を握りしめている。
その風貌を一言で言い表すなら骸骨の王様。下品に思えるほど光り物で着飾ったその魔族の名はリッチ。
デビルズカジノを取り仕切るオーナー兼、夜島のナンバー1である。
彼は金銀宝石で彩られた玉座にふてぶてしく座り、ホールの様子を遠視魔法で映し出している。
頭を抱える破産者を見る度に骨の手を叩き愉快げに笑う。
「ホホホホ、グッド、グ~ッド。42番のお客様が持ち金にお困りデス。ご融資のお話をもちかけなさ~い」
そこでは甘い言葉を巧みに使い、相手を破滅に落とし込む融資契約を結ばせている。
もし借金が払えなくなれば命で支払ってもらう。そう、このデビルズカジノは悪徳闇金カジノである。
「ベルゼバエく~ん、もう少しパフォーマンスが必要デース。打ち子にもっと大勝させなサーイ」
すると先程まで大勝ちしていた客のスロットから、大量に金貨が吐き出される。
「うぉぉぉ金だ金だ! やったぞ、これで勝ち組だ!!」
それを見た他の客が、次々にスロットマシーンに座る。
「おバカさんばかりで笑いがとまりまセーン、ホホホホホホ!」
リッチは下顎骨を揺らしながら大笑いしていると、漆黒の鎧に黒銀のトラマスクを被った女悪魔が
「オォ、ミスフラウロス、ダメではありませんか! 女はバニーかメイド服、男はタキシードが当カジノの正装ですぞ! そんな鎧すぐに脱ぎ捨てておっぱいを出すのです! トラマスクは、う~むコアなマスクフェチがいそうなのでそのままでOK!」
フラウロスはリッチのセクハラを無視して胸ぐらをつかむ。
「おい、一体いつになったらバエル様は復活されるのだ?」
「ホワット?」
「ホワットじゃない、貴様が人間を集めればバエル様を復活させられると言ったから、我々不死悪魔軍団はこんなことをしているのだ」
「あ~ん、そんなことミー言いましたっけ?」
「ふざけるな! あれからもう3年も経っている! 人間なら相当数集めたはずだ!」
フラウロスはリッチの首をギリギリと締め上げる。
「オ~思い出しました。OKOKもう少し、もう少しですぞ。あなた達悪魔軍が憎き勇者に討たれたバエル様復活を願っているのは知っていマース。ミーもバエル様の右腕として切に復活を望んでいマース」
「貴様、毎回そう言っているぞ」
「ノンノン短気は損気デース。ミスフラウロスの言う通りミーになら悪魔復活の儀式が行える、でもそれには大量の生贄が必要。だからこうしてカジノを経営し、生贄を集めているのデース」
「本当に生贄にしているのか? 貴様の悪趣味なショーに消費されてるとしか思えん」
「しびれを切らす気持ちはわかりまーす。でも大丈夫ちゃんと捕らえた人間は保管してマース。何分バエル様を復活させるには相当数の生贄が必要なのデス。ご理解くださーい」
「ぐっ……あまり好き勝手なことをするな。お前はバエル様が復活するまでの代理にすぎないことを忘れるな」
「わかってマース」
フラウロスは不服そうにしながらもリッチの元を去っていく。
「バエル派は彼女といいケルベロスといい、義理堅く面倒な女ばかりデース。そろそろ消えてもらいたいところですが、消すとむさ苦しい野郎悪魔ばかりになってしまうのが困りものデース」
リッチは背の高い玉座から立ち上がると、玉座背面にある壁の一部に触れる。
すると壁がスライドし、隠し階段が露わになる。
リッチは階段を下り、豪華なローブを石床にこすりつけながら不気味な円柱が立ち並ぶ地下道を歩く。
漆黒の道を照らし出す青い松明が、骸の頭蓋と漆黒の眼窩を照らし出す。
その様子をじっと見つめるコウモリとネズミたち。
「…………」
リッチは目の前に現れた大扉を見上げる、そこには無数の錠前がかけられており、物々しい雰囲気が漂う。金の杖を持ち上げるとロックが外れ、錠前はガシャガシャと音を立て地面に落ちた。
扉は10秒ほどかけてゆっくり開くと、骸骨の王は地下室、いや地下牢獄の中へと入る。
そこには一匹の女性悪魔が捕らえられていた。
4っつの円柱から伸びた鎖が、悪魔の両手、首、腰を固定し身動きできないようにし、胸には剣が突き刺さっている。
青紫の長い髪に、側頭部から伸びる鋭い角、薄い青肌。胸と尻は暴力的なまでに大きいのに、その腰はしっかりとくびれている爆乳悪魔だった。
息を呑むような美しさ、禁断の果実とはこのことを言うのだろう。
かの勇者であろうとその色香で篭絡できそうな、見るもの全てを己の意思とは無関係に虜にする魔女。
それと同時にこの女は絶対誰にもなびかない、黒豹じみた高貴さも持ち合わせている。
官能的な肢体と芸術的な美しさが入り混じった悪魔の体は、無惨にも傷つけられており、腰から左右対称に伸びる黒翼は左側が千切れ、全身は青黒い血で染まっている。
爆乳の胸の谷間に突き刺さった剣は、胸から背中に貫通しており痛ましいなんて言葉ではすまない。
死んでいるのではないかと思うほど惨たらしい姿にも関わらず、その悪魔はリッチの気配に気づくと瞼を開ける。
開かれた魔眼は幻想的な金色をしており、本来白いはずの角膜が黒く、眼球が満月のようにも思える。
「ヘロー、今日もしぶとく生きてますね
カタカタと顎骨を揺らすリッチ、女悪魔は何も答えずに瞳を閉じる。
「そんなミーを邪険にしないでくださいよ」
「ぐっ!」
リッチは骨の手のひらで、バエルの心臓に突き刺さった剣を押し込む。
すると胸から青い血が勢いよく吹き出す。
「相変わらずフラウロスやケルベロスが、キャンキャンとやかましく貴女を復活させろと言ってマース。ですが死んだと思っていた魔将バエルが、実は城の地下で生きてると知ったらどう思うのでしょうね、ホホホホホホ♪」
そう夜島の魔将バエルは、勇者ペペルニッチによって討伐されたと思われていたが、その実生き残っていた。
しかし大ダメージを負って動けなくなったところを、前々から魔将の座を狙っていたリッチに捕まり地下に投獄されたのだ。
「聖剣フルスティング。忌まわしき勇者ペペルニッチが使っていた剣、魔を封じる神器としてとても強力デース。でも彼は詰めが甘いあまーい、突き刺しただけで満足していては不死身と言われる夜島の魔将は倒せませーん。ちゃーんと死体を確認して、燃やして灰にして聖水かけて便所に流さないと。おっとこの聖水はアンモニアでも代用可デース」
リッチは下品なジョークを飛ばしながら、バエルに突き刺さった聖剣を上下に動かす。
その度に血が吹き出るので、骸の顔は血まみれになっていた。
「う~ん不死の身体というのも厄介ですね。魔王戦争後ずっとこちらに監禁して破滅魔術をかけてさしあげているのに、一向に滅びる気配がない。やはり次期魔王と呼ばれていただけはありマース」
リッチが金の杖を振るうと、中空に銀の十字架が現れる。
この数年いろいろ試した拷問器具の中で、バエルに一番きくものが、この魔を祓うに有効な銀細工のアクセサリーである。
リッチは銀十字をバエルの肩に押し付けると、ジュウっと音がして火傷が出来上がる。
「ぐっ……」
本来剣で刺されてもたちどころに傷を修復してしまうバエルだったが、銀十字による傷の治りは遅く、いつまで経っても治ることがない。
勿論リッチもこの程度で死ぬわけがないとわかっているのだが、夜島最強を誇っていた魔将の顔が苦悶に歪む姿に快感を覚えており、半ば拷問は趣味と化していた。
リッチはバエルの両胸の先に火傷痕を作ると、下顎骨を揺らしてケタケタと笑う。
「ワオ、こんな卑猥な火傷を作ってしまうとお風呂に入れませ~ん。バエル様の十字架おっぱいを見た瞬間、吸血鬼が昇天してしまいま~すHAHAHAHA」
自分で言って自分で笑うリッチ。
そんなお楽しみ中に、ベルゼバエから
『リッチ様、南海岸に侵入者です』
「ホワット? 一体誰が?」
『武装した人間のようです。その中に債務者がいることを確認しています』
「なんとまさかこの島まで返済をしに来てくれたのですか? 人間とはなんと義理堅い生き物なのか」
『いえ、金を持っている雰囲気はありません』
「ホワ~イ? 金はなくて武装した人間を送り込んできた?」
『恐らく差し押さえた人間を救出に来たのかと』
「ふ~むベルゼバエ君、君はとても良い観察能力をしてまーす」
「迎撃なされますか?」
「ノンノンこれはグッドスメル、ビジネスの匂いがしまーす。お客様達を特別ショウタイムに誘ってくださーい。これは楽しいゲームになりそうデ~ス」
リッチがケタケタ笑いながら地下牢獄を出ようとマントを翻すと、バエルの体より飛び出した小さなコウモリがその背後を追う。
(余が力尽きる前に……契約者を……見つけろ……)
コウモリはカジノ城を飛び出し、侵入者が現れたという海岸に向かうのだった。
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