第82話 脳破壊波動

 シスターと別れると、青鬼号からリーフィアやホムラたちが降りてくる姿が見えた。

 夜島の雰囲気にビビりまくって下船拒否していたのだが、どうやら腹をくくったらしい。

 ただセシリアさんの姿が見えないので、あいつはまだ「わたしは絶対に行きませんよ!」とか言ってゴネているのだろう。

 その中にまぎれていたサメちゃんとサスケが俺を見つけ、チョコチョコと小さい足を動かして走ってきた。

 そしてそのまま俺の右足と左足にひしっと抱きつき、歩いても全く離れない。


「どうやらビビりはあの二人だけじゃないみたいだな」

「しゃー」

「ウキ?」


 サメちゃんはビビリだが、サスケは俺の足を移動手段にしている節があるな。


「ユーリユーリ、あのおっさん見たことある」


 プラムが集まった護衛ガードの中に、いつぞやのBランクの冒険者を見つける。

 そこそこマッチョな体に野性味のある太い眉毛と顎髭、胸だけを守るブレストプレートを身に着け、ゴロツキどもをまとめるリーダー格の中年男。見た目だけならそこそこベテランの冒険者に見える。


「確かモーガンとか言ったっけ。ZOMAHONと契約する時、BランクBランクうるさかった奴だな」


 奴もこちらに気づくと、顔をしかめ地面に唾を吐く。


「嫌な奴~」

「感じ悪い奴だな」


 モーガンは俺たちに近づきヤレヤレと肩をすくめた。


「獣臭いと思えば貴様らか」

「よぉBランクのモーガン」

「ふん、ランク付けで人を呼ぶのはやめろ。お里が知れるぞ」

「お前が自分からBランクBランクって言ってたんだろうが!」

「お前たちのせいで降格したんだよ。ZOMAHONからギルドにクレームがあって、正式にランクが下がったんだ!」

「ってことは今はCランクのモーガンか」

「やーい一般男性ー」


 プラムが言った一般男性の意味だが、ギルドにはランクがありE(問題あり)、D(ルーキー)、C(一般)、B(ベテラン)、A(エリート)、S(国家勲章授与経験有り)に分かれている。

 冒険者の中でCランクが一つの壁になっており、そこから抜け出せない冒険者を一般男性(女性)と呼ぶこともある。


「ふ、今のうちに吠えておけ。この仕事を終えたらマルマン市長からBランクに戻してもらえる約束をしたのだ」

「あいつ借金の約束破るんだぞ。多分お前の約束も守ってくれないぞ」

「黙れ。早くBランクに戻って新人をいびらなければならない。それが俺様の生きがいだからな!」


 新人イジメは最高だぜと鼻息を荒くするモーガン。

 こいつ清々しいほどにクソだな。ただ恐らくここに集まった荒くれギルドの人間たちは、皆何かしら訳ありのようだ。

 金か地位か実績か、どいつもこいつも真っ当に市民を助けようという気持ちのやつは見当たらない。


「まぁ今は敵同士ってわけじゃないから仲良くしようぜ」


 俺がそう言って手を差し出すと、モーガンも仕方ないと握手しようと手をのばす。

 だが、握ろうとする直前でファッ◯ューと凸指を立ててきた。


「バカが、貴様と馴れ合うつもりはない。せいぜい背中に気をつけるんだな売国モンスター野郎」

「んだ……テメェ、……すぞ」


 性格悪い一般男性に、瞬間湯沸かし器みたいな相棒がキレかかる。


「やめとけ、こんな奴と殴り合ったら同レベルと思われるぞ」

「むぐぐ、ボクは高レベルボクは高レベル」


 饅頭ボディから湯気を上げながらも、なんとか自制に成功した模様。多分、今プラムに触ると沸騰したお湯みたいに熱いだろう。


「ボクこいつがピンチになっても絶対助けないからな」

「この俺様がお前たちに助けられる? ないない仮にそんな場面があったとしても、貴様らに助けられるなんて恥でしかないからやめろよ。グハハハハ」


 腹を抱えて笑うモーガン。

 すると、サメちゃんが俺の足から離れヒタヒタと歩いて行き、奴の足にがぶりと鋭い牙をたてて噛みついた。


「ぎゃあああああ! なんだこのサメは!?」

「フフ、ボクが許してもこのサメちゃんが許すかな?」

「しゃー」

「離せ! こいつ本当に噛み切る気だぞ、オイ飼い主だろ助けろ!」


 即落ち2コマみたいに助けを求めてくるが、それはできない。

 なぜならモーガンに恥をかかせることはできないからだ。



 それから俺たちはしっかりとモーガンに嫌われたせいで、周辺の安全確認をしてこいと嫌な役を押し付けられた。

 口元が血まみれになったサメちゃんは俺の右足にしがみつき、サスケは同じく左足、両サイドの腕はホムラとリーフィアが固め、プラムを頭に乗せ、そのプラムの上に小狐のナツメが乗るブレーメンスタイルで廃村の周辺を回る。

 俺の腰にぶら下げたランタン(灼熱丸入)の光以外に光源はなく、ぬかるんでいる場所もあって滑りそうだ。

 湿気た空気に、血管みたいな枝を伸ばす不気味な木、闇を増やす霧と、怪物が出てくる舞台が整いすぎている。

 暗闇からいきなりなにか出てきたら、俺でも悲鳴を上げてしまいそうだ。


「な、なぁやっぱ出るんやんな。ゾンビとか狼男とか」

「狼男は森島にもいただろうが」

「違うわ、悪魔よ、悪魔が出るのよ。多分頭に触覚が生えてて、手にはフォークみたいな槍を持ってるに違いないわ」

「そんなバイキンみたいな悪魔おらんやろ」


 ホムラとリーフィアは完全にビビり倒しており、へっぴり腰で歩きも遅い。

 草むらでガサッと音がなるだけで「ひっ」と声を上げる。


「死ぬほど歩きにくいので、できれば腕を離していただけると助かるのだが」

「このか弱い女の子を一人で歩かせるつもりなの? ほんとサイテーね、死ねばいいと思うわ」

「こんなに抱きつかれながら死ねって言われたの初めてだわ」

「ウチらが手を離した瞬間全力ダッシュで逃げるつもりやろ、そうはさせへんで。絶対あんたも道連れにするからな」

「そんな子供みたいなことするか」


 言うかどうか迷っているのだが、二人は俺の腕を抱くようにしてくっついてくるせいで、二つの豊満な乳球がしっかりとあたっている。いやむしろ挟まれている。

 歩く度に揺れるボリューム感溢れる爆乳、恐らく本人たちは全く気づいていないのだろうが、しっかりと俺の腕の形に合わせて変形している。

 おまけにこいつらスカートやたら短いくせに、腰を突き出して歩くせいで何とは言わないがいろいろ見える。


「…………赤と緑と」

「ちょ、ちょっとあんた大丈夫、鼻血が出てるわよ!」

「えっ、どしたんもしかして敵!?」

「くっ……これは恐らく霊による霊波攻撃だ。奴らは俺に向かって脳破壊波動を送り込んできている」

「「脳破壊波動!?」」

「その波動を照射され続けると脳が爆発する。これを解除するには脳内γガンマ波で波動を相殺するしかない」

「「どうやってやるの!?」」

「方法は簡単だ、俺の唇にチューすることで脳内γ波が分泌されて脳破壊波動を打ち消すことが出来る。さぁ早く、俺にキスするんだ」


 ホムラとリーフィアは顔を見合わせると、嫌な顔をしつつも覚悟を決めて顔を寄せてくる。

 こいつらキスしてって言ったら嫌々でもしてくれるんだな。


「こ、これはしゃーなしやからな」

「そういうんじゃないってわかってるから」

「カマーン!!」


 二人は完全に俺の言うことを信じ切っていたが、ナツメの尻尾がペチンと俺の顔を叩く。


「カモーンじゃないわ馬鹿者。よくまぁこの一瞬でそんなデタラメ思いつくな。此奴は主らの胸の感触で鼻血を出しただけじゃ、脳破壊波動なんてものはない。簡単に騙されなんし」


 本当のことを言われて二人は胸元を直すと刀、剣刃物を取り出す。


「指一本か」

歯一本グーパンで勘弁してあげるわ」

「歯でお願いします」

「簡単に騙されるホムラたちも悪い。主も歯ぐらいですむなら安いなって顔をするな」


 ナツメは小狐形態から爆乳妖狐に変身するとキセルをふかす。


「このままでは見回りにならん、わっちはホムラたちを連れて向こうを回る。主は逆側を回りなんし」

「やったーばっちゃー」

「あんたなんか用無しよ!」


 二人はナツメの両サイドを固めて見回りに行く。

 クソ、イケメン女子に女の子連れて行かれた気分だ。


「まぁまぁユーリにはボクらがいるだろ」

「シャー」

「ウキ」

「クケ」

「全員人型じゃないがな」

「なぁなぁユーリ、ボクがγ波出してやろうか?」

「えっ、あれはただの冗談で本当に出るわけじゃな……」

「遠慮すんなよ」


 プラムは俺の顔面に張り付き、キス(?)を行う。


「どうだ、γ波出てるか? ボクは出てる気がするぞ」

「ゴボゴボゴボゴボ(窒息しかかっている)」


 スライムが口と鼻を塞いできたら、それはもうただの攻撃である。

 森の中で溺れかけるそんな奇特な様子を、木にぶら下がってじっと見つめる一匹のコウモリの姿があった。

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