第27話 間男

 ナツメと共に、長屋の縁側で空に浮かぶ星を見ながら一杯やる。

 小さなお猪口に入った透き通るような酒。ちっこい器だなと思いながらグイっと飲むと、一杯でこの酒がエールみたいにガブガブいくものではないことを理解する。


「強いな」

「鬼殺し。強き鬼でも、この瓶一本も飲み干せん」

「いきなり潰しに来たな」

「試しておるだけじゃ」


 クククと悪い笑みを浮かべるナツメ。


「まぁいい、良い女と飲むならこれくらい強いほうが」

「大妖と呼ばれたこともあるわっちを、良い女扱いか」

「嫌か?」

「妖怪婆と呼ばれるよりは100倍良い。せっかくじゃ、主の話でもつまみにさせよ」

「俺の話で、爆乳禁止法で地位も金も失った以上に面白い話なんかねぇよ」

「ククク、確かに間の抜けた話じゃ」

「そっちの昔話の方が聞きてぇよ」

「わっちらか。そうさな……今を遡ること300年前」

「古い古い古い! 人類誕生してないだろ」

「しとるわバカもん。ふむ……じゃあ……」


 俺はナツメが東の島国で産まれた狐の妖怪で、人にとけこみながらうまくやって来たことを聞く。

 妖怪は魔力のことを妖力と呼んでおり、内包妖力が老化を防ぎ、外見はいつまでも自分の好みの年齢でいられるらしい。

 また妖力は半永久的に、空気中から取り入れることができるので、加齢による老衰などはなく、現世に飽きたら死ぬとのこと。


「ロックな生き方してんな」

「わっちらは、魔物というより霊に近い存在じゃ」

「でも歳食わないわりには、あったときヨボヨボのババアだったよな?」

「わっちは人間に妖怪だとバレ、東の国を追われたことがある。その時、方舟という船を己の魔力で作り出し、多数の妖怪をこの魔大陸に逃した」

「それで力を使い果たしたのか」

「……いや、方舟自体は直接の原因ではない」

「ならなぜ?」

「…………」


 ナツメは一瞬言いよどむ。

 俺はなんとなくその空気で、言いにくいことなのだろうと察する。

 なので特に深いことは聞かず、お猪口の酒をグイっと飲み干した。


「酒を」

「ん? あぁ悪いな」


 鬼殺しをナツメのお猪口に注ぐと、彼女もグイっと一杯やる。


「いい飲みだな」

「…………男がな、おったんじゃ」

「…………」

「自分も方舟に乗って、こんな国を出たいと言いおってな」

「乗せたのか?」

「うむ、唯一人間で乗せた」

「……それで?」

「そ奴に桃太郎刀という、妖怪を殺す刀で刺された」

「…………そうか」


 妖怪達を乗せた方舟に、たった一人乗せたという人間。

 深くは語らないが、恐らくナツメにとって特別な人間だったのだろう。

 勝手な推測だが、妖怪たちを連れた駆け落ち行為だったのかもしれない。


 だけど、裏切られた。


 理由はわからないが、妖怪を殺す刀を用意していたということは、最初からナツメを殺す気だったのだろう。

 英雄になりたかったのか、それとも心中をはかろうとしたのか……。


「刺された時に、わっちのため込んでいた妖力が全て抜けていった。以後わっちの妖力は、穴の開いた紙風船の如く、いくら待っても回復せんかった」

「そのせいで、本来歳食わないはずがババアになっちまったってことか。マンドラゴラのおかげで、穴が開いた部分が復元されたのかもな」

「そうなんじゃろうな」


 ナツメは夜空を見つめる。その瞳はどこか悲しげで、どこか後悔の色が見える。


「その男はどうなったんだ?」

「他の妖怪が、方舟から突き落として海に沈んだ。生きているか死んでいるかもわからん」

「そうか……」

「酒に酔ってくだらぬことを話した。主こそ、あの水妖とどうなんじゃ?」

「プラムはそういうんじゃねぇよ。相棒って奴だ」

「ククク、わっちは300年生きておるが、男女間で友情は成立せんぞ」

「友情ともまた違うんだって。なんて言っていいかよくわかんねぇけど、腹違いの妹連れてる気分なんだよ」

「ならあの牛子はどうなんじゃ?」

「バニラとクリムも会ったばかりだっての」

「色恋に時間は関係ないぞ。ククク」

「この話になったら、急に元気になったな」

「ホムラはどうじゃ? あの子は良いぞ、少し人間嫌いの気はあるが、気立ても良く、子供好きで嫁にはもってこいじゃ」

「やだよ、恐いもん」

「見る目がないの、ホムラはあれで尽くす子じゃ。躾けてやれば、主に三つ指ついて傅く子になる」

「想像できねぇよ」


 それからも酔ったナツメは、ホムラ可愛い、ホムラ、ホムラ、ホムラと一晩中続いた。



 翌日——


「うーわ、あったま痛ってぇ……」


 チュンチュンと鳥のさえずりとともに、布団から目を覚ますと違和感を感じる。


「あれ? ここどこだ?」


 周囲を見渡すと、自分の長屋ではなくナツメの家に来ていることに気づく。


「あぁ、そういや昨日酒が切れて、飲み足らぬウチにキナンシーって言われてここに来たんだった。いろんな酒飲みながら、段々飲みつぶし勝負みたいになってきて……ダメだ、その後全然わかんねぇ」


 完全に記憶が飛んでる。

 それより吐きそう。水ほし……。

 ふと自分が寝ていた布団に、人間サイズのふくらみがある事に気づく。


「…………」


 俺は震える手で、そっと布団をはがす。すると目を見開いたナツメと目と目が合った。


「「…………」」


 そっと布団を戻して、俺と同じく「嘘やろ……」と言いたげな、彼女の顔を隠す。

 俺はすぐに自分の着ている服をチェックする。


「あぁ全裸スッポンポンだわ……」


 もう一度布団をめくると、さっきと全く同じ状態で固まっているナツメの姿があった。

 チラっと中を見てナツメの姿を確認してから、また布団をかけなおした。


「あっ、ダメだ、こっちもスッポンポンだわ」


 終わった。正式に終わった。



 俺たちは無言で背を向けながら着替える。

 シュルシュルと鳴る衣擦れの音が、気まずくてしょうがない。


「あの……」

「何もなかった」

「えっ」

「何もなかった。わっちらは酒を飲んで、暑くなって服を脱いで寝た。それだけじゃ」

「でも暑くなったなら、普通布団は被らな——」

「黙りなんし! 何もなかったんじゃ!」


 凄い剣幕で怒られる。これだけ言い切るってことは、ちょっと事後スパークしちゃったけど、もしかしたら本当に何もなかったのでは?

 よくよく考えたら、あってすぐのナツメを抱くか? いや~ここまで童貞純潔を守り抜いてきた俺が、酒程度で女を襲うとは思えない。


 いやちょっと待てよ……酒飲みながら、童貞のことでナツメにtnkついてんのかってクッソ煽られた記憶があるな。

 えっちょっと待って、仮に致してしまったとして、手出したのどっち?

 もしかしてこれ責任とらなきゃいけない? マリアージュ的な展開なの? 御年300歳の大妖怪と? うっそだろオイ。

 一瞬白い鳩とウェディングドレスのナツメが思い浮かんで、頭がクラっとした。


「あ、あのナツメ……ごめんな」

「なんで謝るんじゃ!」


 いや、襲ったにしても襲われたにしても謝らないとなって……。

 俺はシレっと彼女の首筋等を確認するが、キス跡等は見つからず。


「ナツメ……お前って……美人だな」

「気持ちの悪いことを言うな!!」


 顔を真赤にし、9本の尻尾を立てて怒るナツメ。

 そんなに動揺するな。ますますやっちゃった感が出るじゃないか。


「じゃ、じゃあ俺はこれで」

「待て、シャンとしなんし。何もなければ堂々としておれば良いのじゃ。変に慌てるから怪しく見られる」


 おぉ冷静だ。あれ? やっぱり俺の気にしすぎ? 童貞が夢見ちゃってるだけか?


「よし、何もなかった。大丈夫だ。じゃあ俺は戻るから」


 そうだ何もやましいことがなければオドオドする必要もない。むしろナツメと寝ましたけど、ただの添い寝なんですけど? と開き直るように胸を逸らす。


「ねぇユーリいない、ユーリ? 帰ってこないんだけどー」

「ばっちゃー、まだ寝てんのー?」


 外から声が聞こえる。マズイ、この声は水饅頭と毒舌狐。

 一瞬慌てたが、こういうときこそ冷静になって身の潔白を訴えるべきだろう。

 さっき言われた通り、慌てるから怪しく見えてしまうのだ。 

 だが


「主、この場を見られるのはマズイ。早く押入れの中に入るのじゃ!」

「えっ? さっきと言ってること違うくない?」

「うるさい、ホムラに勘違いされるわけにはいかんのじゃ!」


 ナツメは盛大に慌てていた。

 俺は押入れに押し込まれた後、彼女が必死にプラム達に誤魔化している様子を、襖の隙間から覗くことになったのだった。





―――――――――

残念ですが、彼は童貞のままです。

このまま二人の勘違いをお楽しみください。


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励みになっております。

すみませんが、明日は更新お休みです。

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