第26話 お約束を破るのはやめろ

 妖狐族が、我がファームに移住してきて数日。

 俺とプラムの目の前には、完成したニューファームがお披露目されていた。


「なんということでしょう、犬小屋ファームが見違えるような立派なファームに」


 妖狐族の安心、安全な建築技術で建てられた牛舎。

 ガタガタだった柵は、しっかりと牧草地帯を囲い込むように作り直され、野生モンスターが侵入してこれないようにバリケードまで作られている。

 更に防衛用に哨戒櫓が二つ建てられ、そこには弓を手にした妖狐族が監視を行っている。


「ファ、ファームだ」


 これには現場監督もニッコリ。

 しかも牧場施設だけでなく、住民が住めるように住居も作られ、ファームの周囲には藁葺き屋根の家が並んでいる。


「ユーリ、ここ水が流れてるぞ」

「近くの滝壺から水を引いてるんだって、ここでも水田ができるぞ」

「あの家にくっついてる、ネズミが回すやつみたいなのなに?」

「ありゃ水車だな。あれが回転することで、穀物の粉挽きができる」

「ほうほう」


 話を聞いているのかいないのか、プラムは水路にドボンと入ると水車に乗って遊び始めた。


「楽しい」

「挟まると危ないぞ」

「田舎の村が出来上がりつつありますね」


 ふわっと飛んできたのは、俺たちと同じくファームの完成を待っていたセシリア。


「全部東式の建物だな。この家凄いのが、鉄材を全く使ってないのにめちゃくちゃ頑丈だ」

「組木っていう鉄を使わず、パズルみたいにくっつけあわせる技術があるそうですよ」

「はー……すごい。木といえばエルフだと思ってたけど、完全にただの世間知らずだったわ」


 ただただひたすらに驚いていると、バニラがトットットッと走ってきて、俺の服の袖を引っ張る。


「新しいおうちできた?」

「あぁ、ナツメたちが作ってくれた、新しいお家だ」

「おぉ……」


 バニラは目をパチパチと瞬かせる。


「クリムたちと牧場回ってきていいぞ」

「ん」


 バニラたちホルスタウロスは牧草地に入り、思い思い日向ぼっこや昼寝を始める。

 今まで奴隷にされたりゴブリンに襲われたりと酷い目にあっていたから、これでストレス解消になるんじゃないだろうか。


「よし、お前も行ってこい」


 俺はカバンから灼熱丸を出すと、クケーと走り回っていく。

 今はガラガラだが、いずれここにたくさんモンスターを連れてきたい。


「どうじゃ、わっちらの技術は?」


 そう声をかけてきたのは、妖狐族の長ナツメとホムラだ。


「いや、すんごいとしか言いようがない。建築速度半端なくない?」

「ほとんどわっちらの村を解体して、ここで組み立て直しただけじゃ。新規の建造物は、材料が豊富にあったから早かった」


 ※使用された木材は、俺たちがファームを作ろうとして失敗したものを再利用しています。


「それに今回は皆意気込みが違う。必ずベヘモスに勝てる、強い村を造るという気持ちで建てておる」

「皆ばっちゃの力が元に戻ったんと、あんたらが仲間になったって言うのではりきってるんや」

「なるほど」

「あぁそうじゃ、聞かねばならんことがあった。マンドラゴラじゃが、本当にあれで良いのか?」


 現在マンドラゴラは口の部分に封をして、ちっちゃな祭壇に飾られている。

 水の入った瓶に半分つけられ、見た目は球根みたいだ。


「それでいい。水につけてると、切った部分が再生するっぽいし」

「これでファイナルエリクサー使い放題じゃん。ボクら死にたい放題だね」


 なんとも命が軽くなるアイテムだ。


「それなんだけど、あれ死んですぐじゃないと効果がないみたいなんだよな」

「えっ、そうなの?」

「あのヘッドバッドで死んだ奴に、試しに使ってみたんだけど効果がなかった」

「わっちはかなり運が良かった。あの襲撃者は既に迎えがきてしまったのじゃろう」

「多分だが、他にも原型がなくなるくらい死体が破損したら使えないし、勿論使い過ぎたらすぐになくなる。マンドラゴラの再生スピードを見ると、一か月に一回分再生するかどうかってとこじゃないか」

「ケガをしたからと言って安易に使えんわけじゃ。今度もしわっちが死んだら、遠慮なく見捨てよ。これはわっちなんかに使って良いものではない」

「そ、そうやで、ウチも使っちゃったけど、火傷を消すためだけに使うのなんて勿体なさすぎる」

「あれはいいんだよ。俺が後悔してないから」


 こういう切り札って、後生大事に抱えて結局使うとこなかったってよくある話だからな。それをファイナルエリクサー症候群というらしい。

 俺的には、躊躇いなく使いきってしまっていいと思っている。


「…………」

「どうしたんだコイツ。固まってるけど」


 ホムラの奴、移住するまでは猛毒フグみたいな舌を発揮していたのに、こっちに移ってからはてんで大人しい。


「あ、あんた、あんまり変なことばっか言ってると勘違いされるで」

「何が?」

「その……ウウウ、ウチに気、気、気あるんちゃうかって……」

「勿論気はある」

「え、嘘、ほんま?」

「俺は珍しいモンスターや亜人が大好きだからな。妖狐なんてレア種族、大好きに決まってるだろ」


 歯をキラっと輝かせると、ホムラが握りこぶしを震わせる。


「お前もうほんま最悪や!!」


 ボゴっと拳が俺の鳩尾にめり込んだ。



 その日の夜――

 俺とプラムは、腕組みしながら『ユーリ&プラム』の表札が下げられた長屋の前に立っていた。

 妖狐族たちが、俺たちの住居として作ってくれた、初めてのマイホーム。

 小さいながらもしっかりとした作りになっており、中には囲炉裏と台所、かまど風呂が存在する。

 和風の温かみのある内装で、ここにオフトゥンを敷くことで文化的な暮らしができる。


「ムフフフフ」

「なんだ嬉しそうだな。雨風に怯える心配がなくなったのが嬉しいのか?」

「それもあるけど、今までボクら爆乳管理局を恐れて、定住したこと一回もなかったからさ」


 あーなるほど、家持ちになれたことが嬉しいんだな。


「今度はベヘモスってのに狙われてるけどな」

「国家権力に比べたらかわいいもんでしょ」

「確かに」

「プーちゃーん、お風呂行くでー」


 ホムラの声が聞こえ、プラムはホイホイと飛び跳ねていく。


「オイちょっと待て水饅頭、風呂はかまど風呂があっただろ」

「ファームの外に露天風呂を作ったんだって、皆それに呼ばれてるのだ」

「は? 俺は呼ばれてないが? 俺が入ってなかったら皆ではないのだが?」

「女湯だから、ユーリは五右衛門風呂入ってて」

「オイ、妖狐族って女しかいないから実質俺だけハブられてるんだが?」

「知らないのだ。あとボク、今日バニラとセッシーのとこで寝るから、新居一人占めしていいよ」

「お前ふざけんな、せっかく我が家を持ったんだから今日ぐらいここで寝ろよ!」

「朝には帰るから心配しないで」


 そう言い残し、プラムはぴょんぴょん跳ねながら露天風呂へと向かった。


「友達ができて、家に帰らなくなった我が子を見ている気分だ」


 クソが、女湯覗き見してやろうか。

 まぁ引っ越してきたその日に、信用失墜するようなことせんが。

 軽く不貞腐れながら、もう寝ようかと思っているとナツメが長屋を訪ねてきた。


「もう寝るのか?」

「皆が俺をのけものにするから、ふて寝しようかと」

「子供みたいなことを言うな。ちょうどいい、少し付き合いなんし」


 そう言って、ナツメは陶器の酒瓶を取り出す。


「おっ、いいじゃないか。子供の時間は終わりだ」

「飲めるほうか?」

「酒豪のユーリちゃんとは俺のことよ」



 ファーム外、露天風呂にて――

 ホムラとプラムだけでなく、クリムやバニラ、セシリア達も混じって星空露天風呂は爆乳風呂と化していた。


「ホムホムおっぱいおっきい。それヴァーミリオンだと犯罪だよ」

「意味わからんやん。なんで胸大きいだけで捕まらんとあかんのよ」

「嫉妬を大義名分で潰しにかかってるんじゃない?」


 プラムは温泉をプカプカと浮かびながら、クリムの胸の谷間にくっつく。


「やっぱりクリムが一番おっきい。一番落ち着く」

「あらあらまぁまぁ」


 全員が湯の中に入って温まっている中、ホムラは落ち着きなく露天風呂の周囲を見渡す。


「どしたの、そんな外ばっかり気にして?」

「な、なぁプーちゃん、ほんまに来るんかいな? その……覗きに」

「絶対来るよ。ユーリはそういう男だよ」

「わたしもそう思います。あの人はきっとやりますよ」

「セッシーまで」

「ユーリはボクがお風呂入ってると、ずっとガサゴソしてるからね」

「なんなん、あいつ丸いものスライムに興奮する異常性癖者なん?」

「あぁ、皆には見せてなかったね」


 プラムは久々に、スライム形態から人型悪魔形態へと変身する。

 そのムチッとした体を見て、全員が呆気にとられる。


「これがボクの本当の体」

「ぎええええええ!? 裏切りましたね! 唯一女性でおっぱいないと思ってたのに!」


 セシリアは奇声をあげてひっくり返ると、そのまま湯の中に沈んでいく。


「爆乳禁止法で捕まったんだから、おっぱいあるに決まってるじゃん」

「そんな体してたら、そら男やったら風呂前でウロウロするで」

「乳なんかいらんのだけどねー」


 湯の中からはい上がってきたセシリアは、ふてくされた表情でバニラの胸の谷間にすっぽりおさまる。


「わたしちょっと爆乳禁止法に賛同しかけてきました。爆乳は猥褻、処刑すべきだと思います」

「セッシー過激派になってるやん」

「あの、覗きに来られたら熱湯をかければいいのですか?」


 クリムの質問にうなずくプラム。


「それでいいと思う」

「でも熱すぎると危ないし、こんくらいでええかな」


 湯おけに手加減された熱湯を入れるホムラ。


「来たらキャーって叫んだらいいん?」

「うんうん。それで熱湯かぶせて、皆で風呂桶投げつけよう」

「「「「キャ、キャー(悲鳴練習)」」」」

「モォ?」

 

 2時間後――


「来ないんですけど!! それはそれでムカつくんですけど!!」


 怒声を上げるセシリア。


「おっかしーなー、ユーリ日和ひよったかな?」


 ほぼ100%当たる予測が外れ、首をかしげるプラム。

 温泉には覗き待ちをして、のぼせてしまったホムラやクリムたちが、あられもない格好で倒れていたのだった。

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