第28話 木霊

 バラックシティ、ベヘモス拠点——


 幹部のみが通ることを許される秘密の部屋で、フォレトスは薄カーテンの前で膝をつき、頭を垂れていた。

 カーテン越しに只ならぬ雰囲気を纏うのは、ベヘモスを統括するボス。【ビショップ】である。

 ただのならずもの犯罪者をまとめあげ、ベヘモスという組織を作り上げたにも関わらず、全てが謎に包まれた男。

 己のことを司教ビショップと呼んでいることから、教会がらみの人間なのではないかと思われているが、幹部のフォレトスですらその正体を知らない。


『フォレトス、森島の制圧、遅れているのではないか?』

「すみません。やはりこの大陸にいるだけあって、ランクの高い魔族や魔獣が多く、前回の嵐で補給もままならずで」

『無能がする言い訳はやめろ。耳がかゆくなる』

「すみません」

『”我々”は森島の象徴である世界樹に、早く火が灯ることを期待している。あの木を無残にへし折ってこそ、森島の制圧と言えるだろう』

「あそこは妖精たちの結界によって守られていて、人間は近づけないように——」

『フォレトス、私は無能がする言い訳はやめろと言ったはずだ』

「す、すみません」

『劣等種相手にちんたらと戦うな。奴ら魔族を蹂躙し、二度と抵抗する気をなくすくらいの死神となれ。さもなければ、また臭い飯を食うことになるのだぞ』

「はい」

『次の輸送船で多くの武装と魔道具を送っている。その中に、本国で調整した魔獣も入っている』

「魔獣ですか?」

『そうだ、世界樹をへし折るくらい造作もない力がある、強力な魔獣だ』

「その……魔獣使いで優秀な者が死んで、今魔獣を送られても扱うことができないのですが」

『案ずるなその魔獣は、脳の一部を切除し、魔力操作受信機Mレシーバーを埋め込んでいる。同梱した魔力操作機Mコントローラーで、誰でも操ることが可能だ』


 さすがのフォレトスも、ビショップの非人道的な”魔獣兵器化”に顔が引きつる。


『魔獣の調整には金がかかっている、失敗は許されんぞ』

「は、はい」

『我々は一刻も早い、魔大陸の平和を望んでいる。悪しき魔族たちを駆逐し、この魔大陸に平和をもたらすのだ』


 ビショップはそう言い残して、カーテン奥から気配を消した。

 フォレトスは立ち上がりカーテンを開ける。そこには映像スフィアだけが、椅子の上に置かれていた。

 さっきまでのやりとりは、全て立体映像との通信だったのだ。

 本物のビショップは手下の前にも姿を現さない神経質な人間で、フォレトスですら今どこにいるのかわからない。


「平和を望み、世界樹をへし折るね……」


 謎に包まれるビショップ。彼が度々口にする”我々”という言葉。それは単純にビショップが個人ではなく、他にもベヘモス運営に関与する人間がいるということだ。

 不審な点が多いこの組織。バラックシティも見た目ボロく見えるが、実のところ最新の設備が整っており、武具も定期船によって運ばれてくる。

 足りないのは人材だけだが、それは亜人を現地徴用することで賄える

 当初フォレトスは、ビショップを亜人密売組織のトップかと疑っていたが、今回の魔獣兵器化によってその線は消える。


(魔獣を人間の玩具にしてしまえるのは、後ろ盾のある反乱軍テロ屋か、魔族嫌いの教皇庁か……。少なくとも国家規模の力を持ち、この魔大陸を”侵略”に来ている)


 フォレトスが部屋を出ると、側近のダイナモと、側頭部にⅢの数字が刻まれた、モヒカンオットーが待ち構えていた。


「聞いてたか?」


 二人は頷く。


「ダイナモ、お前は輸送船が到着次第俺と3軍を率いて世界樹攻略を行え」

「その前に、耳に入れておきたいことがある」

「なんだ?」

「妖狐族を襲撃にいった4軍がやられている。敵側に人間とスライムの協力者がいて、そいつらが作戦行動を妨害しているらしい」

「4軍はスライムにすら勝てねぇのかオイ!?」

「…………」

「オットーお前が4軍の指揮をとって、妖狐族を攻めろ。確かお前が酒を盗みに入って、村に火をつけたところだろ」

「お、オレですか!? で、でもオレ、この前3軍に上がったばっかりで」

「うまくやれば2軍昇格を認めてやる」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ、ただし失敗は許されねぇぞ。人間の協力者って奴は絶対に探し出して殺せ。スライムとその人間の首は、必ず俺の前にもってこい」

「わ、わかりました! このオットー、フォレトスさんの為に頑張ります!」

「それでいい。俺たち本隊は世界樹攻略に忙しいからな」

「オットー3軍官、敵の妖狐族は場所を移したと報告されている。後ほど地図をとりにこい」

「りょ、了解しました。ダイナモさん!」


 やったぜ、また出世できるかもと期待に胸をふくらませるオットーだった。



「あ゛~帰ったぞ~」


 近隣の哨戒を行っていた俺とプラムは、ヘトヘトになってファームに戻ってきた。


「ご苦労さん。あれ、プラムちゃんまた萎んでるやん」


 手のひらサイズにまでちっさくなったプラムを持ち上げるホムラ。


「水弾使いすぎちゃった」

「ほんまにお饅頭さんみたいでかわええな~♡」

「まーたベヘモスの連中にあったんだよ」

「前々からちょっかい出されてたけど、ファームが完成してから酷くなったよね」

「なんなんあいつら、このところ連日やん」

「マジで、なんであいつらこんなに攻めてくんの?」

「商売目的じゃろうて」


 そう答えたのは、相変わらずキセルから紫煙をくゆらせつつ、痴女みたいな着物を着たナツメ。


「妖狐の毛皮は魔力を帯びて、夜中でも淡く金色に光る。それが人気なんじゃと」

「なんだそれ。光る以外なんか効果あるのか?」

「ない。光るだけじゃ。綺麗じゃぞ」


 くっそくだらねぇ理由で狙われてんな。

 まぁ貴族って、そういう派手で貴重なもの好むからな。


「しかし逆を言うと、ベヘモスの連中は魔大陸の外と繋がってるってことだな」


 妖狐の毛皮を売るなら、加工して外の大陸に運び出す人間がいるはずだ。そいつらを潰さない限り、無限ループで襲ってくるぞ。


「もう少し監視増やした方がいいんじゃない? ここ木造多いから、火炎瓶投げ込まれたら終わりだよ」


 プラムはグビグビと水を飲むと、元のサイズへと戻る。


「一応監視役に木霊コダマを配置しておるのじゃがな」

「木霊?」

「そこじゃ」


 ナツメが指さした先を見ると、半透明の小人が俺の肩の上で膝を抱えて座っていた。


「うぉ、びっくりした!?」


 派手にのけぞったのに、木霊は肩から落ちることなく、まるで尻と肩がくっついているみたいだ。


「それは木霊、樹木の精霊じゃ。戦闘能力は皆無じゃが、数が多く森を見張らせるには良い」

「なんか気の抜ける顔してるね」


 プラムの言う通り、木霊は薄緑の饅頭に、穴を逆三角形に三つ開けたボーっとした顔をしている。(∵)


「こいつ喋れるのか?」

「いや、喋れんが警戒時は頭から鈴みたいな音を鳴らす」

「へー」


 肩に乗った木霊を見ていると、その体がすーっと透明になって消えていく。


「あっ、どっか行った」

「キャアアアアアッ!!」


 いきなりカバンの中から悲鳴が聞こえ、セシリアが飛び出してきた。


「どうした?」

「カバンの中で寝てたら、いきなり化け物が入ってきたんです!」


 俺はカバンの中を確認すると、さっきまで肩にいた木霊が中でちょこんと座っていた。


「瞬間移動できるんだな」

「気まぐれゆえ、どこに行けとか命令はできんがな」

「早く追い出してください! わたしまだ1時間しかお昼寝してないんです!」

「起きろって言ってんだよ。妖精同士仲良くしろよ」


 セシリアは花の妖精、木霊は木の精霊、もうほぼ同類だろう。


「無理です! こんなのと仲良くできません! 早く追い出して! わたしの昼寝場所返して!」


 セシリアが俺の頬をグイっと引っ張ると、木霊も反対側の頬に現れ、むにっと頬を引っ張ってきた。


「痛い痛い痛い」


 そんなに痛くないけど。


「なんか同じ動きしてるんですけど!」

「木霊はまねっこ大好きじゃからな」

「真似しないでください!」


 セシリアがぷんすかと怒ると、その怒りモーションをもっさりとした動きで再現する木霊。


「キーッ! 絶対バカにしてますよ、この顔面草饅頭!」


 両手をあげ、お尻を突き出して怒るその動きも、0.5倍速くらいの動きでトレースする木霊。

 無言なのが余計にバカにしてる感があるな。


「真似しないで!!」

「…………(∵)」

「絶対あの顔バカにしてます!」


 確かにムカつく顔をしているが、あれが地だろう。

 ギャーギャーわめいていると、頭に葉っぱが生えた木霊が更に二体現れ、興味深そうにこちらを見ている。

 セシリアの前に瞬間移動した木霊は、首を傾げならトライアングルフォーメーションで彼女を取り囲む。


「なんなんですか、三人も集まって! あっち行ってください!」

「…………(∵)」

「…………(∵)」

「…………(∵)」←木霊三体でセシリアの動きをトレースしている。


 木霊に全く悪意はなく、多分集まってまねっこするのが好きなだけだと思うのだが、セシリアのちょこまかした動きをスローでやるので、完全にバカにしているようにしか見えない。


 俺はその時、あることを思いつく。


「なぁナツメ、木霊ってちょっと前のことって覚えてるのか? 例えば……数日前の俺の動きをまねっこしてくれるとか」

「恐らく覚えているとは思うが、時間指定がうまくできるかわからぬ。主の見たい動きを正確に再現してくれるかは……ん」


 そこまで言って、彼女も俺が何をしようとしているか気づいた。


「ほ、ホムラ、少し周囲の様子を見てきなんし」

「プラム、セシリア、お前らも一緒にな。俺とナツメは食料自給問題と、警備問題、多種族との交易について少し話があるから」

「うむ、難しい話は任せたぞ」


 勝手に勘違いしたプラムたちは、周辺の警戒へと向かう。

 俺は首を傾げる木霊に、この前飲みつぶれた時の夜、俺とナツメがどんなことしてたかを尋ねてみた。


「俺とナツメが、酒飲んで潰れた日、何してたか、真似てみて」


 そう言うと、木霊二人が左右にわかれ、座り込んで晩酌をする動作を行う。


「お? これこの前の俺たちだよな?」

「う、うむ。恐らく酒を飲んでる最中じゃろう」


 左側がキセルを吸う動作をしているので、こっちがナツメ役で、右が俺役と思われる。

 木霊二人は途中喧嘩っぽいことを挟みながら、酒を飲む動作をとる。

 しばらくして、両方とも酔いつぶれてぱたりと大の字になって倒れた。


「問題はこの後だ」


 意識がなくなってから、そのまま寝ていたならそれでよし。

 しかし左の木霊がむくりと起き上がると、寝転がっている俺役の木霊に覆いかぶさる。


「♡♡♡」

「うーわ、うーわ……」


 あぁあぁ、こりゃ酷い動きをしてる。


「やめいやめい!!」


 ナツメが慌てて木霊を掴もうとすると、彼らはすーっと透明になって消えていった。


「「…………」」


 お互い嫌な沈黙。


「いや、あの……完全にあれが俺たちの再現ってわけじゃないと思うし。もしかしたら違う人のを再現してたかもしれない」

「う、うむ。木霊が適当に思い出した行動をやっただけかもしれん」

「「…………」」


 ただ明らかに左側の木霊は、ナツメの動きをトレースしていた。いくつか見覚えのある動きをしていたし。

 なんとかフォローしてみたが、余計空気が重くなった。

 あかん、無実の証明が、逆に有罪証明になってしまうとは。


「その……すまぬ。まさかわっちが酒に飲まれるとは」

「いや、俺も潰れちゃったから」

「い、今更デキたら、わっちは里のものになんと言えばいいんじゃ。恥ずかしいなんてものじゃないぞ」

「その時は一緒に言おう」

「や、やめよ! 山神様から授かったと言う」

「山神様に怒られるぞ」


 そんなコウノトリが運んできた的な言い訳が通じるだろうか。

 デキて、いや、過ちが起きてないことを信じよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る