第29話 スライムトラップ

 凄まじい気まずさを感じていると、見回りを終えたホムラ達が帰ってきた。


「あ、後は任せたぞ」


 逃げるようにしてその場を去っていくナツメ。

 ありゃ、バレるのも時間の問題だな……。


「ユーリ、難しい話は終わったか?」

「あ、あぁ終わったぞ。なにかあったか?」

「ホムホム達とファーム見回ったけど、ここって柵でぐるっと囲んでるけど、中丸見えだよね」

「それはしょうがないだろ、この柵は元から昆虫モンスターとか、猪避けに作ってたもんだしな」

「そやで、人間の襲撃用ちゃうもん」

「なんか一目で、ここには入りたくないって思うような防壁建てたいよね」


 確かに。見た瞬間、あぁここは防備硬そうだなと思わせられれば、襲撃も減りそうだ。


「それなら防衛用のモンスター捕まえにいくか?」

「防衛モンスター?」

「そっ、ゴーレムや、ジャングルパンサーみたいな、いるだけで攻め込みにくくなるモンスターだ」

「いいね、捕まえに行こうよ」

「ウチもついてくわ」

「ついでにシエルとバニラも連れて行こう」


 俺たちはファームを出て、作戦を立てながら森を進んでいた。


「ねぇユーリ、防衛モンスターってどんなのがいるの?」

「んーいくつかタイプが分かれる。まずはオーソドックスな番兵タイプ。これはガーゴイルやウッドドールみたいな、魔力で動き命令を順守し続けるモンスター。二つ目は単純な壁タイプ、ゴーレムみたいな巨大で防御力の高いモンスターを複数体用意すれば、ファームの襲撃はぐっと困難になる」

「単純にゴーレムいっぱいいる里って近づきたくないよね。あいつら近づくだけで攻撃してくるし」

「問題はガーゴイルもゴーレムも多分この島にいない。ゴーレムがたまに洞窟の中にいたりすることもあるが、探すのに手間がかかりすぎる」

「他にはなんかないの?」

「三つめは植物系。この島に絶対いるタイプのモンスターで、ローズプラントなんかが地面に根を張ると茨の防御壁を築いてくれる」

「いいじゃんそれ」

「問題はローズプラントの主食が生きた亜人や人間」

「食われてしまうやん!」

「じゃあトレントとか木の植物系を並べたらいかがですか?」

「木はダメだ、火に弱い」

「あ、そうですね。そもそも壁になっていませんね」


 全員で案を出すが、なかなかまとまらない。

 やっぱ鉱物系のモンスター以外は防衛に向かないか。


「なーんか他にないのー?」

「ホムラ、お前妖怪でよさそうなの知らない?」

「えー……ぬりかべとか?」

「なんだそれ?」

「家の壁や岩なんかに擬態して、人間を通せんぼするのが好きな妖怪」

「かわった性癖した奴だな」

「性癖じゃないと思うけど。ただぬりかべも家とかに住み着くから、普通に島歩いてるなんてことないんちゃうかな」

「そりゃそうか」


 壁が歩いてたら目立つってレベルじゃないもんな。

 しばらく話し合いながら歩いていると、股間を隠した犬人コボルト族二人が、泣きながら走ってきた。


「うワあああああン!」

「お、おい、どうしたんだ?」

「洞窟があったから、何かないか中に入ったらスライムの大群がいたんだワン!」

「おれっちの装備全部溶かされちゃったワン! せっかく新しいの買ったとこなのにワ~ン」


 コボルト二人は泣きながら走っていってしまった。


「スライムか。お前の同類だな」


 プラムに視線を向けると、ハンと鼻で笑う。


「ボクを低級スライムと一緒にするのはやめてよね。あいつらアメーバと一緒で、細胞分裂と衣服捕食しかしないんだから」


 低級スライムは、人間を窒息させることはあっても人肉を食べたりはしない。

 そのかわり繊維や革などが大好きで、着ているものを溶かして食べてしまうのだ。

 なので低級スライムに負けると、さっきのコボルトみたいに、身ぐるみはがされて泣きながら逃げ出すことになる。


「衣服捕食って意外と恐ろしいよな。全裸にされたらそれ以上ダンジョン攻略できないし」


 絶対に引き返すしかなくなる。また服を溶かすときに、冒険者の持っているアイテム袋を溶かしてして、中身を食べてしまうこともあるので意外と侮れない。


「ほんまに怖いな」

「モォ~」

「…………」


 俺はホムラとバニラの着ている服と、スケベ心でピンと来た。


「よし、樽持ってきてスライム捕まえよう」

「えっ、捕まえてどうするん?」

「壁にする」

「あんなフニャフニャなん、壁にならんで?」

「そうだぞ、低級スライムはボクみたいに密度調整して、体を硬くするとかできないぞ」

「俺に考えがある。行くぞー」


 1時間後——

 コボルトが逃げ出してきた洞窟から、俺たちは裸で出てきた。


「もう最悪や、全部溶かされてしもうたやん」

「モォ~」

「大事な巫女服やのに、ばっちゃに後で怒られる」


 洞窟内に入った後、灼熱丸に火を噴かせてスライムを洞窟内から追い立てたが、予想以上の大群に襲われてしまった。俺たちはみぐるみ溶かされ、ほぼ全裸にされていた。しかしその甲斐あって、低級スライム数百匹を樽10個分に分けて捕獲した。


「よーし、これ持って帰るぞ~」

「なんであんた、股間に葉っぱ一枚つけてるだけでそんな元気なん?」

「なんか裸になる方がテンション上がってこねぇ?」

「上がらんわアホ」

「ユーリは生粋の変態だからね」

「皆さん大変ですね……」


 灼熱丸を持って、スライムを追い立てていたシエルは無傷である。

 しかし、彼が樽を持とうとした瞬間、半開きだった樽からスライムが飛び出してきて体に張り付いた。


「キャアアアアアア!!」


 完全に女子の悲鳴に、俺たちは「えっ?」と固まる。

 いや、シエルが女だってことは知ってるんだが、お前今一応男だろ。


「う、うわあああああ!」

「凄い、悲鳴をやり直した」

「と、とってください! お願いします! 張り付いてとれないです!」

「無理に剥がさなくても、服を溶かしたら勝手に剥がれるから。逆にむちゃすると皮膚が破けるぞ」

「そうそう、あんたも裸なり。そいつら別に噛んだりせーへんから」


 胸に葉っぱを貼り付けたホムラが楽しげに笑う。

 シュ~っとシエルの服が溶け始めると、彼の白い体が露わになっていく。


「あ、あぁ……」


 スライムが満足してシエルから離れると、彼は胸に手をあてて「溶かされちゃいました」と、苦笑いする。

 その仕草が、なぜかこの場にいる誰よりも艶かしく感じてしまう。


「何か……変な感情に目覚めてしまいそうだ」


 すごくドキドキする。

 これが……トキメキ?


「ユーリ!」

「ちょ、ちょっとあんた、ウチ男の子に負けるのは嫌やで!」

「モゥ!!」


 裸に剥かれた俺たちは、スライムをファームへと持ち帰り、スライム防壁の作成を行うのだった。


 2日後——


「よーし、入れるぞー」


 俺はファームの周りをぐるっと覆う、深い堀を作っていた。

 その様子をキセル片手のナツメや住民たちが見守る。

 水田で使われている水をこちらにも引き、堀に水が満たされていく。


「堀か、古典的ではあるが有効な手じゃな。壁を建てるよりずっとコストも安い」

「水の中入ると音が出るし、落ちたらなかなか上がれん高さやしね」

「うむ、野生動物よけにも使える。しかしこれだけではない」


 俺は堀の中に、捕まえてきたスライムをドバドバと投入していく。

 樽から転がり落ち、水しぶきをあげてスライムが水の中へと沈んでいく。


「透き通っておって、ぱっと見はどこにいるかわからんな」

「これを、こうじゃ」


 衣服の切れ端を堀の中に落とす。するとバチャバチャと激しい音をたてて水が蠢き、衣服が引き裂かれていく。


「水が食べてるみたいですね」

「こいつらは低級スライムで、相手の装備しか食べない。ここに落ちた奴は装備を全部食われて丸裸になっちまうわけだ」

「確かにそれでは戦闘は続けられんな」

「おまけに人間は食べないから、誤って落ちても全裸にされるだけだから安全。ただし顔に張り付いた時は、早くとらないと窒息するぞ」

「ふむ、櫓や柵壁と併用すれば効果は高そうじゃ」

「警備には長い棒を持たせて、侵入者はここに突き落とすようにしてくれ」

「わかった、手配しよう」


 さてさてスケベスライムトラップどうなるか。

 美人の女スパイでも引っかからないかな~と期待しつつ翌日。


 結果は翌朝に出た。

 俺たちは起きてすぐに呼び出され門の前へと向かうと、そこには全裸のモヒカン男が縛られた状態で正座させられていた。

 妖狐族の警備が、警棒を突き付けながら尋問しているようだ。


「チッ、男のスケベはいらんな」


 軽く愚痴をこぼしながら近づく。


「お、おい、オレはただこの辺を通りかかったイケメンなだけで、悪いイケメンじゃないんだ」

「嘘をつくな! 堀で溺れていたくせに。あそこで何をやっていた!」

「いや~ちょっと村があるなぁって思ってたら、足滑らせてスライムまみれに……」

「お前の頭にベヘモスの数字がついているぞ!」

「これはたまたま火傷したらこんな形になっただけで……」

「嘘をつくな!」


 全裸男は俺を見るや、地獄で救いを見たかのように目を輝かせる。


「おっ、ユルークじゃないか! オレだよオレ、オットーだよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る