第17話  成り上がりⅡ

 その頃——


「どりゃああああ!」


 ベヘモス4軍へと昇格を果たしたオットーは、1軍のフォレトス達とともに犬人コボルト族の里制圧を行っていた。

 周辺に転がるコボルトの死体、爆破物で吹き飛ばされた里の建物。

 わずか一時間ほどで、この里にいた者は皆殺しにされた。

 モヒカン4軍部隊は慣れたもので、貯蔵されていた食料を運び出し、戦利品を荷車に乗せていく。


「あっ、オレも手伝います!」

「おぉ、じゃあそっちの酒蔵から酒を出せ」

「わかりました!」


 オットーが酒蔵を開けると、そこには怯えすくむ二匹のコボルト族の子供がいた。

 彼に雌雄の判別はつかなかったが、子供はお互いを抱きしめあい、自分の死を恐れ涙を流しながらガタガタと震えている。


「あ、あぁ~……兄弟か。一応コボルトは全員殺せって言われてるんだけどな」


 ベヘモスの一員として命令を順守するために、オットーは血濡れの剣を掲げる。

 しかし、どうしても剣を振り下ろすことはできなかった。


「行けよ」

「?」

「オレはいずれロイヤルナイトになる男だ」


 ニコっと笑顔を浮かべ親指を立てて見せるが、コボルトは言っている意味がわからず首を傾げる。


「つまり”正義の味方”を目指してるから、子供は殺さないんだ」


 オレは他の略奪者たちとは違うんだよと、これ以上ないくらい優しく情けをかけると、突然兄弟の片方が牙をむき出しにしてオットーに飛び掛かってきた。


「ガルルルルル!!」

「う、うわ、なんだ!?」


 咄嗟に剣を振るってしまい、子供は首を刎ね飛ばされ死んでしまった。

 転がる犬首を見て、オットーの手は震える。


「な、なんでだよ、オレは助けようとしたのに……」


 もう一匹のコボルトは、泣きながら骸の頭部だけを抱えて逃げていった。


「最初からそうすればいいのに……」


 二人で逃げれば二人とも助かったのに、なんでこのコボルトは歯向かってきたんだろうか?

 無駄死にした意味が本気でわからず首を傾げる。

 彼が肩を落としていると、自分を昇格させてくれたフォレトスが近づいてきた。


「どうした?」

「いや……あの……」


 フォレトスは酒蔵で死んでいる子供のコボルトを見て事態を察する。


「子供が隠れていたのか」

「その……殺す気はなかったんです。でもいきなり襲い掛かってきて……。オレは逃げろって言ったのに。すみません、命令違反をして……」

「ちゃんと殺したなら構わん」

「…………」

「気に病むな。ここにいる魔族共はロクな教育も受けてない野生動物と同じだ。お前は山から凶暴なソードベアが下りてきたらどうする?」

「逃げ……殺します」

「それと一緒だ。害獣は駆除しないといけねぇ。今はちっこくても、このコボルトはいずれ大きくなって、お前を殺しに来るかもしれないだろ?」

「は、はい……」

「お前のやったことは正しい。他に逃げた奴はいたか?」

「いえ……いません。多分」


 オットーはもう一匹コボルトがいたと報告したら、フォレトスはきっと追いかけて殺すだろうと察し、自分の”正義”の為に嘘をついた。


「ならいい任務完了だ。帰ったらこの酒で一杯やろうぜ。お前は特別に3軍の奴と一緒に飲むことを許可してやる」

「は、はい、ありがとうございます!」


 オレは勇者になってお姫様と結婚するんだ。きっとこの痛みも糧となってオレを強くする。

 逃げたコボルトもいつかは、あの時助けられたコボルトですって感謝しに来るかもしれない。

 そうだ田舎で勇者になるって言ったら、オレを指さして笑ってきた村人を思い出せ。

 あいつら全員オレを見下した。必ずオレは人生の勝者になって、嘲笑ったやつ全員にごめんなさいさせてやるんだ。

 ロイヤルナイトになった暁には、オレを笑った連中全員を呼び出して後悔させてやろう。お前らが昔笑った男は、魔大陸で勇者になったと。

 きっと泣きながらオットーさん、いやオットー様村に戻ってくださいって言うだろうな。結婚をせがんでくる女もいるだろう。

 そこでオレはこう言う「オレを捨てたのはお前らだぜ? その反骨心でここまで立派な勇者になれた。今ではお前らが嘲ってくれたこと感謝してるぜ。アバヨ」ってな。

 オットーは頭の中に浮かんだ妄想ストーリーに、口元がほころぶ。


「くぅ~最高にクールだぜ。これをオットー式ブレイブサクセスストーリーと名づけて、自叙伝を出そう。フォレトスさん、次はどこを制圧しに行くんですか!?」

「次は猫族だ。性奴……働き手を捕まえに行く」

「オレ、ベヘモスの皆の為に悪い亜人を頑張って倒します!」


 自分が勇者になることを夢見るオットーを、フォレトスは隣で冷めた目で見つめていた。


「おー頑張れ、お前みたいな田舎者のバカが一番良い」

「えっ、何か言いましたか?」

「いや何も。ところで、お前の髪鬱陶しくないか?」

「そうですか?」

「他の連中と一緒にしちまうってのはどうだ?」

「いやーモヒカンはちょっと、ははっ……」

「そうか、似合うと思うがな」

「か、考えときます」



 ファームが完成しつつある頃、俺たちは頻繁にベヘモスの襲撃にあっていた。


「プラム、ハイドロバルカン」

「ブブブブブブブブ!」


 プラムは3形の口から礫状の水の弾丸を敵に放出する。水と言っても圧縮された水圧砲は、薄い鉄鎧くらいならたやすく貫通する威力がある。


「うああああ、逃げろ!!」

「またあのマジキ〇スライムだ!」

「誰がマジキ〇だオラァ! ブブブブブブブブ!!」


 威力射程ともに申し分ないのだが、いかんせん発射音が汚いのが問題だ。

 あと使いすぎると、プラムがどんどん小さくなっていく。

 数人のモヒカンを追っ払って、ファームへと戻る。


「あ゛~帰ったぞ~」


 なんとか人が住むことができる小屋(プラム曰く牛舎)に入ると、牛柄ビキニを揺らしながらクリムが出迎えてくれる。


「ご苦労様です、ユーリさん」

「クリム疲れたから牛乳頂戴、おっぱいじか飲みで」

「は、はい。私のでよろしければ……」


 ウィットな冗談セクハラが通じず、ブラを外そうとするので止める。


「スライムが恐いからやっぱいい」

「私は構いませんが……」


 はぁと悩ましい吐息を吐くクリム。

 ゴブリンの洞窟以降、どこかクリムの俺を見る目が熱を帯びている気がする。


「あれ、プラムちゃん萎んでませんか?」


 まるい水饅頭は水弾を使いすぎて、いつもの3分の1以下にまで縮んでいる。

 しかし汲んできた水をゴキュゴキュ飲み干すと、元のサイズに戻った。


「ベヘモスの連中にあったんだよね」

「今日もですか?」

「そっ、追っ払ったけどな」

「多分ここに大ファームが出来上がるのを恐れてるんだろうね」


 現場監督は、小屋と柵で囲んだだけの放牧地を大ファームと言い張るらしい。


「多分だが最初クリムを襲ったモヒカン共は全滅したんだろうな。今襲ってきているのは、ベヘモスの哨戒チームっぽい」

「結構な数追っ払ってるのに、全然本隊が来ないもんね」

「もしくは奴らの見た目通り仲間意識が低くて、仇討ちに来るって感情がないのかもしれない」

「やる気ないのはラッキーだね」

「元は犯罪者の集まりだからな、誰かがやられたから結束して戦うって考えはないのかもしれん。ただ問題は襲撃が続けば応戦せざるを得ないし、そのうち脅威認定された時が危険だ」


 それにこう毎日来られると、おちおちファームを開けてられん

 食料をとりに狩りに出た時が危険すぎる。それにいずれは自給自足できる農作施設を作るつもりだし、食料の貯えがあるとわかったら絶対に襲ってくるだろう。


「ふむ、どうすんの?」

「防衛施設を作るしかないな」

「防衛って、やぐらでも作って見張りでもすんの?」

「ん~、難しいな」


 櫓を一つ二つ建てたところで、意味あるのかって話だ。

 俺がどうやって守ればいいのだろうかと考えていると、灼熱丸とカブトムシにエサやりを終えたバニラがこちらに走ってきて何かを差し出した。


「ん!」

「どうした?」


 差し出されたものは、以前執行船から拝借して燃料にしようと思って持ち歩いていた書物だ。

 昨日の夜、寝る前に本を読んでやったのだが、それが大層気に入ったらしい。


「おっ、字の本か。これは昨日読んだから……」


 本を開くと白紙の裏表紙に、拙い字ではあるがバニラと書かれている。


「うぉぉっ! バニラ、お前字が書けるようになったのか!?」

「むん(ドヤ顔)」

「すげぇ!」


 バニラは得意げに木炭を手にし、床に文字を書く。


【ゆーりすき】


 歪んだ文字を見て泣きかけた。可愛い娘に、初めてパパ好きって言われた気分だ。


「ふーん、文字くらいわたしでも書けますよ」


 謎の対抗意識を燃やしてくる駄妖精。

 セシリアが空中に文字を書くと、光の軌跡が淡く輝く。


「知らん文字だな」

「ルーン文字です。1000年前に失われたという超貴重な文字で、セシリアって書いてます」

「わかる字で書いてくれ」

「えっ?」

「いや、人間にわかる字で書いてくれ」

「えっ?」

「いや、聞こえてるだろ」

「セシリーボクもそれ読めない。プラムって書いて」


 そういやプラムも字は読めるが、書くのは苦手だったな。

 セシリアはえーっと、と人差し指を彷徨わせると、フニャフニャフニャと何かを書いた。


「書きました」

「絶対お前字書けないだろ。誤魔化した感半端ないぞ」

「書けます! 書けないわけありません!」

「ならもっかい書いてみろ」


 そう言うとまた、フニャフニャフニャとミミズがのたくったようなものを書くセシリア。


「できました」

「できてない。やっぱお前字知らないだろ!」

「えー知りませんよ! 人間たちがつくったしょーもない文字なんか書けませんよ!」


 コ、コイツ逆切れしやがった。


「人間が生み出した、わずか500年程度の文字文明なんか知ったこっちゃありません!」

「歴史でマウントとる老害みたいなこと言ってるな。いいか、それじゃあお前らにちょっとだけ教えてやるから……」


 1時間後——


 木箱を机にして、プラム、バニラ、セシリアが自分の名前の書き方を勉強する。


「できました! ちゃんと書けました!」

「セシリア、セセリアになってるぞ」

「えっ? セもシも似たようなものじゃありませんか?」

「微塵も似とらんわ」

「プークスクス、ボクはもう書けるようになったよ」


 プラムはドヤ顔で書いた字を見せる。俺はそれを見て首を振る。


「形はあってるけど、汚すぎて字に見えん。やり直し」

「プークスクス、字が汚いとか一番恥ずかしい奴ですよ」

「んだと駄妖精」

「来ますか水饅頭」


 プラムとセシリアの背後に、メラメラと燃える炎と犬VS猫のシャドウが見える。

 二人が煽り合ってるうちに、バニラが今度は【クリム】と母親の名前を書いてきた。


「ん」

「おーやるなバニラ。この調子じゃ、バニラが一番最初に全文字書けるようになりそうだな~」


 チラッとプラムとセシリアを見やると、二人は慌てて机に向き直った。

 三人が一通りの文字を覚えた頃、俺は素にかえった。


「しまった、こいつらに字教えてる場合じゃなかった! 防衛施設をどうしようか考えるんだった!」

「防衛施設ですか?」

「そっ、ファームは完成に近づいてるし、モヒカン共が頻繁に攻めてくるから先に防備を固めようと思ってたんだ」

「えっ……この犬小屋でファーム完成なんですか?」


 セシリアは「は? 正気か?」と言いたげに目を見開く。


「などと駄妖精が不満を申しておりますが、現場監督」

「よろしい灼熱丸送りだ」


 どこから現れたのか、灼熱丸の長い舌がセシリアの体を絡めとる。


「ギャアアアアアア!!」

「あまり現場監督の前でファームをディスらない方がいいぞ」

「ごめんなさい、ごめんなさい! でも、この家魔法一発で壊れそうですよ!」


 セシリアの言ってることはもっともだ。なんなら柱に蹴り一発入れるだけで倒壊しそう。


「素人が牧場なんて難しいもの造ろうとするから、こんなことになっちゃうんじゃないですか? ちゃんと建築技術のある種族に教えてもらった方がいいと思いますけど」

「ぐっ……セシリアのくせに驚きの正論。つっても、そんなコネないぞ」

「ん~わたしが詳しそうな種族を知ってるんですけど……」


 セシリアは煮え切らない感じで言葉を濁す。


「知ってるなら教えてくれよ」

「……じゃあ木の知識に詳しいけど、めちゃくちゃ性格悪いエルフェアリー族か、独特の建築技術を持つけど閉鎖的な妖狐族、海のことに詳しいけど海から出てこないマーメイド族。どれがいいですか?」


 ・エルフェアリー族に頼む ⬅

 ・妖狐族に頼む

 ・マーメイド族に頼む

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る