第18話 年上には敬語を使え

「どの種族も一癖あるな」

「ねぇねぇセシリー、エルフェアリーって初めて聞くけど何?」

「エルフェアリーは神性の高いエルフで、祖先はエルフと妖精のハーフだそうです。見た目はエルフに羽を生やしたような姿だと思ってください」

「そいつが性格悪いのか?」

「はい、引くほど悪いです。わたしの性格の悪さが1だとしたら、彼らは13ぐらいあります」

「それ相当やぞ……」


 そこまで性格悪いと逆に見たくなる。


「じゃあ妖狐族ってのは?」

「妖狐族はもともと東の島から流れてきた、妖怪と呼ばれるモンスターで、物凄い魔力を持ってたそうです。ただ彼らは強い迫害を受けてきたため、よそものを信用しません。村に入ってきた転居者には、腐った野菜をドアの前に置くなど陰湿な嫌がらせをすると言われています」

「村社会こえぇ」

「マーメイド族は? ボク海好き」

「マーメイド族は海中に居住区を作る海洋モンスターです。海の中に家があるので当然防備は完璧です」

「それよくないか? どうやって海に入るんだ?」

「息継ぎの魔法があるのでそれで海中は入れますが、人間の体が水圧に耐えられないので、まず筋トレして筋力をつけるところから始まります」

「マーメイド族に会うのハードル高すぎん?」


 息継ぎの魔法とかいう都合良いものがあるなら、水圧に耐えれる魔法もあれよ。


「なんか普通に協力してくれそうなの一人もいなさそうだね」

「確かに。全種族友好的じゃなさそうだ」

「どうします?」

「マーメイドはなしとして、エルフェアリーと妖狐か」

「ボクはどっちでもいいよ」

「こっから近いのは?」

「エルフェアリーの住む世界樹ですね。多分ここから丸1日くらいですよ」

「じゃあそこにしよう」

「ユーリ、ボクたちだけで行くの?」

「いや、全員連れて行こう。エルフェアリーの里に行った後、妖狐族の里にはしごするかもしれん。そうなると留守になる時間が長くなりすぎる」


 その間にモヒカンが襲ってくる可能性は高い。


「大丈夫かな……こんなすごいファームだったら、帰ってきたとき占拠されてるかも……」

「多分壊されてることはあっても、犬小屋に住もうと思うモヒカンはいないと思いますよ」


 不安げにするプラムをばっさり叩き切るセシリア。

 予想通り再び喧嘩を始めた。


「ほんと仲良いなお前ら」


 持っていけるものは全て持ち、俺たちはエルフェアリーの里を目指して移動を開始した。



 それから3日目の朝――

 疲労の見える俺たちは、焚き火を囲みながら質素な朝食を口にしていた。


「おい駄妖精、丸1日って言ってたのに、もう3日目の朝ぞ」

「おかしいですね、計算違いかもしれませんね」

「食料も水も尽きかけてるし、皆疲れてる。あとどれくらいでつくんだ?」

「そうですね……あと丸1日くらいでしょうか?」

「灼熱丸、あの羽根虫食っていいぞ」


 木の実を齧る灼熱丸が「なんだアレも食っていいのか?」とセシリアを見つめている。


「だ、だめです! 妖精の姫がトカゲに食われて死んだとか笑えません!」

「しょっちゅう食われてる気がするが」


 ジリジリと灼熱丸が近づいて来るので、セシリアは慌てて俺の肩の上に退避してきた。

 今度コイツが生意気なこと言ったら、灼熱丸を同じ籠に入れて、デスマッチをやらせてみよう。

 腹にたまらない食事をとっていると、クリムがおずおずとミルクの入った瓶を差し出してきた。


「あ、あの……これ、よろしければどうぞ」

「あ、どうも」


 ついミルク瓶とクリムを見比べてしまう。主に胸のあたり。


「足りなければ……言ってください」

「あ、ありがとう」


 なんかクリム艶があるな。

 俺たちのやりとりを冷えた目で見やるプラム。


「スケベ」

「しょうがないだろ。すっと渡してくれたらいいけど、あれだけ恥ずかしがって渡されたら意識するわ。お前はこれ飲んだ?」

「飲んだ。すんごい甘いよ」

「明らかにクリムのミルクの味変わったよな?」

「変わった。ボク他の牛さんたちに、なんでクリムのミルクこんなに甘いの? って聞いたんだ」

「ほう、でかした。して、なんと?」

「クリム発情してるんだって」

「はつじょう?」

「そう、発情するとホルスタウロスのミルクはビュービュー出るし、甘くなるんだって。つまりクリムはユーリと交尾した――」


 真っ赤な顔をしたクリムが、プラムの口に無理やり牛乳瓶を突っ込む。


「プ、プラムちゃん、ミルクたくさんあるからこっちに来てね」

「ゴキュゴキュ」

「それとお話もしましょうか」


 プラムはなんだか迫力のあるクリムに抱かれて、どこかに連れて行かれてしまった。


「なんだ? めちゃくちゃ気になるワードを残して行っちまったじゃないか」

「フフッ」


 笑い声が聞こえて振り返ると、シエルが俺たちを見てクスクスと笑っていた。


「なんか楽しげだな」

「いえ、あまりこういった賑やかな食卓を囲ったことがないので」

「そういやシエルの素性、全く聞いてなかったな。どういう家庭で育ったんだ?」


 相棒探しの一件からシエルのことは女だと気づいているのだが、少し踏み込んで身の上を聞いてみる。

 すると彼(彼女)は、さみしげな表情を浮かべた。


「ごくありふれた家ですよ。少しだけ裕福だったかもしれませんが、聞いて面白い話はありません」

「ウソつけ、そんだけイケメンな上に、金まで持ってたら生きてるだけで楽しいに決まってるだろ」

「そうだと良かったんですけどね」

「ホームレスに金を投げつけて、おら拾えよとかやってただろ」

「や、やってませんよ! ……多分今が一番人生で楽しいかもしれません」

「道に迷ってサバイバルしてるだけだぞ」

「そうですね。……でも、楽しいです」

「変な奴」


 やはり何か隠してる感はあるな。



 食後、俺たちは重たい腰を上げてエルフェアリーの里を目指す。


「しかし、遠すぎるだろ」


 俺ははるか遠方に映る巨大な木を見やる。あそこが俺たちの目的地となるエルフェアリーの里、世界樹らしい。


「セシリア、歩いてる間暇だから魔大陸のこと教えてくれ」

「え~雑なフリですね。じゃあ……この魔大陸にある島は大きく分けて4っつと言われているかもしれませんが、実際は6っつです。森島、砂島、火山島、雪島。あと天空島と、夜島というのがあるのですが、その二つは普段どこにあるかわかりません。島のそれぞれにはパワースポットと呼ばれる、魔力が満ちる場所があります。森島では、あの世界樹がパワースポットなんですよ」


 確かにそういった地質的原因がなければ、あんな巨大な木は育たないだろう。


「でもさセシリー、なんかあの木枯れてない?」


 プラムの疑問はもっともで、遠目から見ても世界樹の枝葉の色が茶色くくすんでいる。


「魔王様が亡くなられたことと地殻変動によって、魔大陸全体のパワーバランスが狂ってるんですよ。世界樹もそれによって、エネルギーの循環がうまくいってません」

「大陸のバランスを崩すって魔王の影響力すげぇな。そのバランスはもとに戻せないのか?」

「難しいですね。魔大陸には魔将モンスターという、とても強いモンスターが各島に一体ずついて、彼らが協力してくれたらもしかしたらなんとかなるかもしれませんが」

「島の危機に何やってんだ、そのモンスターは?」

「次期魔王の座を争ってます」


 そうか、魔王が倒されてから、かなりの時間玉座が空白になってるんだな。


「そんなやばいときに争ってる場合か?」

「昔から魔将って仲が悪いんですよ。魔王様がいたから、うまく関係が保てていたというか」

「魔族の魔王が死んでから全てが狂った感やばいな」

「今穏健派の魔将と、人類粛清派の魔将がずっと小競り合いしてるんです」

「粛清派ってのは?」

「砂島の魔将、砂王竜サウザントワームの砂喰い様です。穏健派は森島の魔将、陸王亀ジェネシスタートルのゲンブ様です」

「超強そう」


 プラムのバカっぽい感想に確かにと頷く。


「ってことは、この森島にはゲンブがいるってことか。どこにいるんだ?」


 セシリアは指で下を指す。


「地下か?」

「違います。ゲンブ様はこの森島全てです。今わたしたちはゲンブ様の背中の上にいますよ」

「マジで?」

「はい」

「地殻変動の時やばかったんじゃないのか?」

「うん、マジで死ぬかと思ったって言ってました」


 魔将結構気さくだな。


「セシリーはそのゲンブと話したことあるの?」

「ありますよ。なんなら多分今も話せます」

「えっ?」


 セシリアは地面に向かって、大声で呼びかける。


「ゲンブ様ー、聞こえますかー?」

「そんな魔大陸の裏側の人ー、聞こえますかーみたいなんで……」


【なんだ】


 うっそ、ゲンブ様答えた。

 俺たちの頭に直接重々しい声が響く。


「あ、あんたがゲンブ?」

【年長者には敬語を使え】


 あぁ……魔将意外と上下関係にうるさい。

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