第58話 ※百合丸いません

 ファームにて、ナツメはそびえ立つ巨人を苦々しい表情で見つめていた。

 彼女は世界樹のエネルギーが急速に弱まっていくことに気づくと、すぐに自身の魔力で方舟を作り出したのだ。

 方舟には妖狐族を始め、様々な魔族、妖怪、森島にのみ生息する希少な動植物が乗せられていた。


「ナツメさん、魔族と妖怪の乗船終わったわ」


 バニラの母クリムが、キセルを咥えるナツメに出航準備が整ったことを告げる。


「どの程度乗せられた?」

「何分急だったから 、森島に住まう種族の6割といったところかしら」

「そうか……その6割も、絶滅しない程度にしか乗せられんな……」


 巨大な方舟に乗る魔族たちは、皆不安げに巨大サイクロプスを見つめている。


「本当に、この島は滅ぶのかしら?」

「世界樹のエネルギーが全てあの悪鬼に流れ込んでおる。その魔力量は、恐らく魔将を凌駕しておるじゃろう。このまま奴が魔大陸のエネルギー全てを吸い上げれば、第二の魔王と成るやもしれん」

「魔王……」

「うむ、あんなものを魔王と呼びたくはないが、うっ……」


 ナツメは口をおさえると苦しげに呻く。


「大丈夫、ナツメさん!」

「大丈夫、ただのつわりじゃ」

「つわり!? まさか」

「どうやら……こんな時に身ごもってしまったようじゃ」

「あらあらまぁまぁ、おめでたなんて」


 我がことのように喜ぶクリムに、ナツメは頬を染める。

 彼女は一度酔ってベロベロになった後、ユーリと同衾したことで子作りしてしまったと思い込んでいた。

 勿論そのような事実はなく、このつわりはただの勘違いである。


「と、年甲斐もなく……恥ずかしい限りじゃ。皆には内緒にしてくれぬか。特にホムラには」

「お腹がおっきくなっちゃったら、すぐにバレちゃうけど」

「そ、それまでに母になる覚悟をしておく」

「もしかして初出産?」


 ナツメは恥ずかしげにコクリと頷く。


「わっちら妖狐は、霊力を授けて子をつくることはあるのじゃが……」

「交尾は初めてなのね」

「主、もうちょっと慎みをもたぬか!! 虫も殺さぬような顔をして、交尾とか言いなんし!!」

「どうしてそんなに恥ずかしがってるのかしら。交尾は自然なことよ?」

「うっ……これだけ偉そうにしておいて、いざ自分のことになると動揺しておる」

「ナツメさん、そのような状態でしたら、すぐに船に乗って下さい。お体にさわりますよ」

「わっちは良い、ここで最後まで百合丸ゆりまると待つ」

「ロリ丸?」

「百合丸な、二度と間違えなんし」

「ごめんなさい」

「百合丸は生まれてくる子の名前じゃ。男でも女でもその名前にしようと思っておる」

「なるほど、ユーリさんとの子なのですね」

「ぶほっ!」


 ナツメは強烈にむせ、ゲホゴホと煙を吐く。


「な、なにを言っとるんじゃ!?」

「いえ、子供の名前がそのまんまですし、直近でナツメさんにお近づきになった男性はユーリさんしかいませんから」

「す、鋭いの……」

「そ、その、どうでした?」

「どうとは?」

「人間との子作りは」

「ゴフォッ!!」


 ナツメは狐耳や口から煙を上げる。


「ま、まぁまぁじゃな。まだまだわっちには及ばんが、奴も人間の中ではかなり凄い方じゃろう。夜の帝王という、二つ名を持っていると言っておったな」


 ナツメは見栄をはった。


「帝王……凄いんですね……今度ご一緒してもよろしいですか?」

「何をじゃ?」

「子作りを」

「狂ってんのか!? なんで見られながらそんなことせんとならんのじゃ!?」

「そうですか? ホルスタウロスではわりかし普通ですが……」

「狂って……そういえば、主らはハーレムを作る種族じゃったな……」

「子供も群れで面倒を見ますので。魔族はどっちかというと、そっちのほうが多いですが」

「むぅ妖怪は家に住み着く者が多いからの、外で暮らす魔族とは文化が違う」


 あけすけなクリムに、ナツメは困って眉を寄せ、目を糸のように細くする。


「早く船に乗って下さい。新たな生命を守って」

「生命……か」

「心配ですね。ユーリさん」

「別にわっちはホムラやバニラたちのことは気にしておるが、奴のことはなんとも思っておらぬ」

「大人なんですね」

「これでも大妖と呼ばれておる。人間一人の生死に興味はない」


 そう言いながらナツメが自身の腹を撫でようとすると、妖狐族の警備から大声が上がる。


「前方黒鬼より、高魔力反応!」

「なに!?」


 キラッとした光が見えた直後、ズドンと地鳴りが響き、それと同時に森が赤く燃える。

 方向は違うが、サイクロプスのレーザーが島を焼いたのだ。


「ぐっ、黒鬼が動き出したか。出航準備急げ!」


 ナツメが指示を送ると、再び妖狐族が声を荒げる。


「黒鬼より第二射来ます! 照準はこちらに向いています!」

「ぬりかべ隊隊列を築け! 烏天狗隊風神結界!」


 ナツメは胸元から護符を取り出すと、すぐさま宙空に放り投げる。

 すると、空に梵字と五芒星が浮かび上がる。


「東神青龍、西神白虎、南神朱雀、北神玄武、四神よ東方より交わり、百鬼を退け凶災を払え! 護国方陣!!」


 ナツメが呪文と共に手印を結ぶと、五芒星が光を放ち、ファームと方舟を守る結界となる。


「全員伏せよ!!」


 ナツメの叫びに全員が伏せる。しかしサイクロプスのレーザーは、ファームから逸れて海岸線を焼く。


「なぜ外れたのじゃ?」


 遠方のサイクロプスを確認すると、ぐらりと大きく体勢を崩している姿が見えた。

 どうやらレーザーが放たれる瞬間、誰かが攻撃をして射線をそらしてくれたようだ。


「足元で……戦っていますね」


 ナツメは直感で気づいた。あそこで戦っているのは、ユーリやホムラたちだと。


「百合丸を守ってくれたのか……無茶しおって」


 援軍に行くか船で脱出するか、ファームを預かるナツメは二択を迫られる。

 ユーリがいない今、ここで壊滅させられるわけにはいかない。

 しかし、ここで助けに行かなくては彼らは助からない。そんな確信めいた予感があった。

 気持ちとしては援軍に行きたい。だが、自分だけの命ではない為その決断を下すことが出来ない。


「百合丸、すまぬ、母はお前の父を見捨てねばならぬかもしれぬ」


 強く唇を噛み締めていると、目の前に木霊がふわりと現れる。

 のんびりものの木霊は、珍しく手足をパタパタと振っている。


「主、もしや世界樹から来たのか?」


 コクコクと頷く木霊は、ジェスチャーで『世界樹、火の海、魔族、死体、いっぱい、スライム、妖狐、牛魔、人間が頑張ってる、でも、ダメそう』と伝える。


『魔族戦ってる、でも、協力しない、皆死んでいく、魂、消えていく』

「そうか……奴ら魔王戦争のときから一切学んでおらぬな……。他に情報はないか? スライムを連れていた連中のことを聞きたい」

『スライム男、妖精族と和解、共闘中』

「なに、あの傲慢なエルフェアリー族を説き伏せたのか。一体どうやったのじゃ?」

『妖精族、人間と結婚、めでたい』

「あ゛? 全くめでたくないが?」


 なにか聞き捨てならないことを言う木霊を、ナツメは掴み上げる。


「誰と誰が結婚したと?」

『スライム男と、妖精族の女、多種族と結婚、和平、よくある』

「よくあるじゃないわ、なに勝手に結婚しとるんじゃ、百合丸どうなるんじゃ百合丸は!? わっちの腹の中におるんじゃぞ!」


 ※いません


『妖精族、爆乳、ボイン、ボイン』

「ボインボインじゃないわ、あの阿呆が!! ほんと乳にだらしのない男じゃの!!」


 ナツメがギリギリと締め上げるので、木霊は口からブクブク泡を吹く。


「あらあらナツメさん、ヤキモチだなんてユーリさんの事大好きなのね」

「嫌いじゃあんな阿呆!!」


 イライラが止まらない彼女の頭に声が響く。


『おい、聞こえるか?』

「この声はゲンブ様?」


 森島の土台となっている森島の魔将ゲンブ。

 彼は島の異変に気づき、目を覚ましたのだった。


『少し頼みがある。ワシの上でめっちゃ暴れてる奴いるんだが』

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