第57話 もう偽物でもいい

 ユーリたちがダイナモと戦っているその頃、世界樹最上層に残されたリーフィア含むエルフェアリー隊とエウレカは族長と対峙する。


「今なんと言った小娘?」


 族長はしわがれた声で、エウレカに聞き直す。


「我が身可愛さに、世界樹と仲間を売り捨て、実の子供ですら己がのしあがる為の駒としか考えない。族長という立場を利用した卑怯者。あなたに民を束ねる資格はありません」

「なんじゃと……?」


 いつもなら物怖じしてしまう、呪詛のような視線にも毅然とした態度で見返す。


「貴様のような小娘に何がわかる、我々エルフェアリー族は侵略を受けた被害者じゃぞ!」

「守るべき民に敗北を飲んでもらう……ときにはそのような決断も必要でしょう。しかし、打たねばならぬ手を打たず、一方的に敗北だけを受けいれよと言っても反発を生むのは必然。それを裏切りと言うのは筋違い。あなたがただ無能な指導者だっただけです」

「言わせておけば……ワシは何も間違ったことはしていない。エルフェアリー族のために勝てぬ戦いをするのではなく、半数の女と引き換えに半数の男を救ったのだ! 本当ならもうとっくに滅ぼされていたかもしれんのだぞ!」

「だからです……あなたは”かもしれない”という不確かな判断で見捨てられたらどう思いますか? 戦いが続き疲弊し、これ以上は死人を増やすだけと悟った時、その提案を受け入れることも視野に入るでしょう。その時民も苦しみぬいて決断された内容だと理解し、敗北を受け入れられます。国民感情をないがしろにし、一方的に犠牲だけを要求する王はただの売国奴です」

「誇り高きエルフェアリー族のワシを売国奴じゃと! ふざけるな!」


 族長はツバを飛ばしながら激高するが、エウレカの顔色は微塵もかわらない。


「いろいろ言いましたが、民衆が一番気に入らないのはあなたが無傷でいるどころか、ベヘモスに取り入ろうとしているところでしょう。なに一族滅ぼそうとした連中に取り入ろうとしてんねんとなるわけです」

「長の為に命を捧げるのが民の義務じゃ!」

「魔族はどうか知りませんが、あなたのような自分勝手な王は、ほぼ確実に民衆に後ろから刺されます」


 エウレカはにっこり笑いながら、指を首の前で横に引く。


「あなたには演技力が足らないんですよ。民に血を流すことを要求するなら、もう少し申し訳無さそうにしろ。だから無能なんです」


 エウレカは王宮で培われた、鉄仮面でできたような冷たい笑みを返す。


「盤面を理解できぬ小娘が。引っ込んでおれ!!」


 族長が杖を振るうと、エウレカに風の刃が飛ぶ。

 それをリーフィアが間に割って入り剣で打ち消す。


「全て事実じゃない。何逆ギレしてんのよクソジジィ」

「ありがとうございます。助かりました」

「あたしあんたのこと誤解してたわ。可愛い守られてるだけのお姫様かと思ったら、腹の中に猛毒抱えてるじゃない」

「毒じゃありません。正論で相手をぶん殴る、世の中でもっとも嫌われる人種なだけです」

「それに微塵も動かなかったわね。凄い胆力してるわ」

「違います、そっちは足が震えて動けなかっただけです」


 リーフィアがエウレカの足を見ると、本当に震えていた。

 そんな二人を忌々しげに見やる族長。

 

「おのれリーフィア。貴様は大人しくカルミアと結婚していればよかったものを。そうすればお前だけは助かったのに」

「お生憎様、あたし一人だけ助かりたいわけじゃないわ。全員で助かりたいの。それとあたし、もう別の男と結婚したから」

「なに? あの人間か……あんなネズミみたいな男のどこが良いのか理解に苦しむ」

「理解しなくて結構よ。あたしが良いと思ったんだから、他人の意見なんて不要」

「あんなブ男のどこがいいのか」

「味があるって言いなさいよ! あの感情のない死んだ魚みたいな目がいいんでしょうが!」


 幼少から美形のエルフェアリー族に囲まれていたリーフィアは、かなり性癖をこじらせていた。

 その隣で、同じく帝国の美形騎士団に囲まれていたエウレカは、わかると腕組みして頷いていた。


「ふん、もはや貴様らと語る舌を持たぬわ。白霧ミスト


 族長の杖が虹色に光ると、リーフィアたちは白い霧に包まれる。


「気をつけて、族長は幻術を得意としているわ。いきなりあたしの偽物が現れるかもしれないから、目に見えるものを信用しないで!」

「わかりました!」


 玉座の間にいた全員が霧に飲まれる。

 前方1メイル前も見えない白い闇の中、エウレカは手を突き出しながらヨチヨチと歩く。


「み、みんな~? どこですか~? わたし戦闘においてはクソザコなんですよ~?」


 内心ビクビクしていると、ドンと誰かにぶつかる。


「あいた」

「ん? あぁすまない、エウレカか?」


 ぶつかった人物は、先程わかれたはずのユーリだった。


「兄上!? 兄上はさっき世界樹の下に飛び降りたはずでは?」

「いや、俺もよくわかんねぇんだけど、もしかしたら誰かに転移魔法を使われたかもしれない」


 エウレカは眉をひそめる。十中八九今目の前にいるユーリは、幻術でできた偽物なのだが、彼が言う通り族長が幻術を使ったと見せかけて自分の位置とユーリの位置を入れかえた可能性も否定できない。


「これまずいですね、同士討ちになる可能性があります」


 しかしエウレカは、これでもしばらくユーリと一緒にいた身。

 幻術と本物の区別ぐらいは見分けがつく自信があった。


「わたしの見立てでは99%偽物……」


 だがその1%で本物だった時が恐ろしい。こうなると喋りかけて、幻術にボロを出させるしかない。

 なにか質問を考えていると、それを遮って先に口を開いたのはユーリ(?)の方だった。


「エウレカ……お前ってかわいいな」

「本物。彼は本物です」


 エウレカは即本物判定を下した。


「いや、ちょっと待って冷静になってわたし! 兄上がこんなところで、いきなりわたしの容姿を褒めるはずがない! ってか余計怪しい、絶対偽物!!」

「エウレカ、お前は俺が絶対守ってやる。俺から離れるなよ」

「はいっ↑!」


 手のひらドリルのエウレカは、もう偽物でもいいかなという気がしてきていた。


「何してるんですか! 甘い言葉にコロっと騙されないで下さい!」


 怒って飛び出してきたのは、エウレカの後頭部に張り付いていたセシリアである。


「セ、セシリアさん! あの兄上が本物かどうかわかりませんか!?」

「えぇ? ……全然わかりません」

「あぁ駄妖精……」

「とにかく本物は引っかかるけど、幻術は引っかからないこと。もしくはその逆のことを今すぐ思いついて下さい!」


 エウレカ・リーン・ペペルニッチは幼少の頃より帝国で二人の兄王子のスペアとして、一通りの英才教育を受けている。

 彼女を担当した講師は皆口を揃え「大きい声では言えないが、知能は他二人の王子を遥かに凌駕している。王女は天才だよ」と感想を述べる。

 そんな彼女が導き出した幻術の見破り方とは――


「あ、兄上! これを見て下さい!」


 エウレカはガバっと自分の服の胸元を開く。

 ユーリの目が、ボロンと出た白い胸の谷間に吸い寄せられる。


「…………」

「遅い! あなたは偽物です!!」


 エウレカはセシリアに鎖を繋ぐと魔力を送り込む。するとセシリアの体が人間サイズにまで大きくなる。


「吹き飛んで下さい!」


 セシリアが背中の羽をはためかせると突風が巻き起こり、幻術のユーリを吹き飛ばした。


「ぐっ、なぜわかった……」

「本物の兄上は、もっと下卑た笑みを浮かべながら視姦します」

「そうですそうです、なんならバストサイズを言い当てたりして、セクハラしてきますから!」

「ぐっ……変態度が、足りなかった」


 悔しげなユーリの幻術が、霧となって消えていく。


「この霧をなんとかしないと」


 そう呟くと、霧の中から今度はリーフィアが現れる。

 お互い本物かわからず、武器を構えてにらみ合う。


「あなたは本物?」

「本物と言って信じてくれますか?」

「信じない。なんかセシリアでかくなってるし」

「それはわたしの魔力特性なんです。わたしが鎖を繋ぐと、相手を巨大化させてしまう効果があります」

「嘘かほんとかわかんないこと言うわね」


 お互いが嘘を見抜こうとしていると、二人は相手の胸元が開いていることに気づく。


「あなた胸、なんであいてるの?」

「さっき偽物の兄上が現れて、わたしの胸を見るスピードで本物かどうか判断しました」

「…………あたしも全く同じことした」

「「あなた本物(です)ね」」


 両者、そんなバカバカしい幻術の見破り方をするのは、本物以外にないと理解する。


「この霧をどうにかしないと、他の仲間と同士討ちしちゃうわ」

「風魔法で霧を外に吹きとばせませんか?」

「ダメよ、ここは防風の結界があるから風魔法は威力が激減し……」

「「結界」」


 それだとお互い顔を見合わせる。

 エウレカはリーフィアにも鎖を繋ぐと、彼女の背から妖精族の羽が伸びてきた。


「あたしの背中に羽が……」

「これもわたしの特性で、相手を巨大化させる、相手に飛行属性を与えるという効果があります」

「エルフェアリー族にはお誂え向けじゃない。巨大化はいらないけど」




 族長は霧の中でキンキンとなる剣戟の音に、邪悪な笑みを浮かべていた。


「そのまま幻術に騙されて同士討ちするがええ。しかし……ワシを売国奴呼ばわりしたあの小娘は許さん」


 族長は服の袖を振るうと、ボタボタとムカデやサソリなどの毒虫がこぼれ落ちる。

 彼は自分の体に虫を住まわせる、蟲師でもあった。


「お前達、小娘とリーフィアを殺してこい」


 言葉を理解する毒虫たちは、霧に隠れながら地をはっていく。

 しかし、ゴォっと突然の強風が吹いた。


「なんじゃこの風は!?」


 玉座に立っていられないほどの突風が吹きすさぶ。

 その拍子に毒虫たちは全て玉座の間から、外にふっ飛ばされてしまった。

 族長が周囲を見渡すと、玉座の間に貼られている防風の結界がなくなっていることに気づく。

 そのため、世界樹最上層に吹く強風が霧を吹き飛ばしてしまったのだ。


「ぐぉぉぉ小癪な真似を! しかしこんなことをして吹き飛ぶのは貴様らも同じ!」


 必死に玉座にしがみついてふっ飛ばされないようにする族長だったが、目の前に翼の生えたエルフェアリーたちが浮遊している姿が見える。


「なっ!? 貴様ら、なぜだ!? 羽をもがれたはずなのに!?」

「この子の特殊能力のおかげよ」


 見ると、エウレカがエルフェアリー族全員に鎖を接続し、翼を授けていたのだった。


「さすがに20人に魔力を分け与えると巨大化はしませんね」


 エウレカはリーフィアに手を握られながら宙空に浮かぶ。


「さようなら族長。エルフェアリーの新しい時代に、古い王はいらないわ」


 風上をとったリーフィアが腰に下げた剣を放り投げると、吸い込まれるようにして族長の胸に突き刺さった。


「がっ、はっ……お、の、れ……」


 力を失った族長は、紙くずのごとく吹き飛ばされ地上へと落下していく。


「さよなら族長」

「これで終わりじゃありません。兄上が下で戦っています。急いで加勢に向かいましょう!」




――――――――――――

今年最後の更新となります。

今年は体調不良が続いて、定期的に更新ができずご迷惑をおかけしました。

来年はもっと早く更新できるようになれれば良いのですが、お約束できず申し訳ないです。

亀ペースですが、お時間ある時にお付き合いいただけると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る