第56話 燃える島

 魔大陸、森島は阿鼻叫喚に包まれていた。

 200メイルを超えるサイクロプスが世界樹に現れ、目から全てを焼き払うビームを放ったのだ。

 キュンと音だけは軽いビームが発射されると、森島中央部にある世界樹から南端の海岸まで届き、射線にあったもの全てを業火に包んだ。

 炎をあげる森から魔物たちが逃げ出そうとするが、四方を海に囲まれた島から出ることはできない。

 森島全土を射程におさめるサイクロプスに、俺たちを含めた全生き物の命が握られていると言っていいだろう。


 大怪獣サイクロプスを眺めながら、俺たちは途方に暮れる。


「ユーリ、あんな巨大怪獣どうするの?」

「俺が聞きてぇよ。あんなもん光の巨人か、帝国の地下で建造されてる汎用人型決戦魔導ロボしか倒せんぞ」


 この場にエウレカがいたら「そんなの帝国にありません!」と突っ込んでくれていただろう。

 本当ならフォレトスの持つコントローラーを奪って無力化する作戦だったのだが、奴は既にサイクロプスの肩の上に乗り、手を出すことができない。


「フハハハ、人がゴミのようだ。踏み潰せ!」


 ご機嫌なフォレトスが叫ぶと、サイクロプスは膝を上げる。


「うぉあああああ! 逃げろミンチにされるぞ!!」

「どひゃーーーー!!」


 全員が落ちてくる空から慌てて逃げる。

 ズシンと巨大な踵が落ちると、大地が揺れ、土煙が巻き起こる。

 なんとか踏み潰されることはなかったものの、波打つ大地に立っていられず俺達は膝をつく。


「畜生、逃げててもダメだ。攻撃するぞ!」

「しゃあデクの棒がくらえ、水マグナム!」

「狐火!」

「モォ!(ふるぱわー)」


 全員でサイクロプスのスネを攻撃する。

 しかし小さなキズはつくものの、全く攻撃が効いてる様子がない。

 当たり前だ、質量が違いすぎる。


「全然きいてないやんこれ!」


 ホムラが悲鳴を上げたくなる気持ちもわかる。


「くそ、HP10万くらいある敵に、1とか2とかカスみたいなダメージ与えて頑張ってる気分だ」

「モォ(山とたたかってるみたい。じゃくてんつかないときびしい)」


 バニラの言うとおりだ。こんな針や豆鉄砲みたいな武器でチマチマ攻撃してたら100年かかるぞ。


「くぅ、一寸法師でももうちょっと分のある勝負してるで」

「なんだそれ?」

「東のおとぎ話。一寸しかない男の子が、鬼と戦って勝つ話や」

「それどうやって勝つんだ?」

「口の中に飛び込んで、胃袋を針で突き破る」

「結構グロい勝ち方するんだな」


 サイクロプスに口らしきものはないので、その方法は使えないだろう。


「ユーリ、サイクロプスの弱点ってどこなの?」

「見たまんま、あのビームが出た目玉だよ。サイクロプスと遭遇したら、近づかず弓や魔法で眼球攻めするのがセオリーだ」

「目玉って……あんなん届かんで」


 ホムラの言う通り、見上げたら首が痛くなる高さにある弱点。

 地上からでは水弾も魔法も届かない。飛び道具弓や大砲があっても厳しいだろう。


「やっぱ当初の予定通りフォレトスを狙ったほうがいいんちゃう?」

「無理だな。見ろ」


 俺がサイクロプスの肩を指すと、そこには土でできた塊があった。


「なんやあれ……石のカマクラかいな」

「ボクは肩に乗ったお灸に見える」

「自分の周囲を石壁でガチガチにかためた操縦席だ。絶対に遠距離攻撃では死なんぞという強い意思を感じる」


 ダイナモを作り出せるほどの土魔法使いだ、防御魔法は得意だろう。


「モォ?(じゃあさいくろぷすのからだをよじのぼる?)」

「パンとはたかれて終わりだな」

「ウチらはダニかいな。こんなんコントローラー狙うとか絶対無理やん!」


 俺達がギャーギャーと喚いていると、サイクロプスが再びレーザーの発射体勢に入る。俺は目玉が向いている方向を見てゾッとした。


「まずい、プラム水波動弾を使う!」

「えっ、もう必殺使っちゃうのか? いくらボクのスーパーミラクル必殺技でも、一撃で倒せるかわかんないぞ」

「倒せなくていい! 奴の向いている方向を変えるぞ! あっちは俺達のファームがある方角だ!」

「!」


 プラムも目を見開き、すぐさま俺と鎖で繋がる。

 口を大きく開け、魔力を収束させる。それはサイクロプスも同じで、奴の眼球に魔力の収束が見られる。


「エネルギー充填30%……40%……正常充填ちう」


 プラムの口の前に魔法陣が浮かび、収束に合わせて回転を行う。この魔方陣は強力な波動弾を撃つための砲身シングルバレルであり、撃った瞬間拡散する魔力をまっすぐ前に飛ばす役割を持つ。


「ガンガン魔力を回す、変換急げ!」


 俺が燃料をドバドバとプラムに送り込み、プラムはその燃料を燃やして波動弾のエネルギーに変換していく。

 リミッターを解除した一撃必殺の水波動弾は、俺とプラムに強烈な負荷をかける。


「んぎぎぎぎぎ!」

「ふぎぎぎぎぎ!」


 鎖で繋がる俺たちの足元から、バリバリと漏電に似た魔力光が漏れ出す。


「あ、あんたら、それ大丈夫なん? めちゃくちゃきつそうやで……」

「ぎぎぎぎ……60%……70%……75%」

「もう限界だ、撃つぞ! 水波動弾発射!!」


 敵に撃たれてからでは遅く、俺は充填半ばでプラムにトリガーを引かせる。

 水の奔流がアクアブルーの光を放ちながら発射される。

 水波動弾はプラム最強の必殺技で、ドラゴンを倒せるほどの威力がある正真正銘の切り札。

 しかしそんなジャイアントキリングを可能にする砲弾も、サイクロプスの質量の前には威力が激減し、ほんのわずか体勢をグラつかせるのに成功した程度だった。


「ぐぅっ、どうだ!?」


 俺は波動弾の術式反動に耐えながらサイクロプスを見やる。

 奴のレーザーは体勢が崩れたことによって、俺達のファーム方向には飛ばず海岸線を焼いた。

 水蒸気爆発を起こした海が、ドでかい水柱を上げる。


「やった、助かったで!!」

「ハァハァハァハァ……きっつ」

「きゅー……」


 波動弾を撃ってプラムは目を回しており、俺は一気に魔力を消費してゲボ吐きそうである。


「やっぱ波動弾でも倒せないか」

「せやけど、あんな大巨人の姿勢を崩せるとかめっちゃ凄いことやで」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、それだけでこっちがゼェゼェ言っていては話にならない。


 そんな時ザザッと葉音が聞こえて振り返ると、炎の上がる森の中から20頭ほどの狼が駆けてきた。

 体のでかい狼は、まっすぐサイクロプスを目指し疾走していく。


「あいつらは?」

「森島西のボス、人狼族のサイガとその部下や!」


 狼隊はサイクロプスの足元で、四足歩行の獣形態から二足の人狼へと変身しそのスネに牙を突き立てる。


 加勢は人狼族だけではなく、人蜘蛛アラクネ族、蜂人キラービー族、人面樹トレント族、ゴブリン族までもが、この森島の窮地に世界樹へとやってきた。

 皆普段は共闘なんてしない種族だが、このままでは森島が蹂躙され滅ぼされると本能で察したのだ。


「凄い……森島中から魔族がぞくぞくと集まってくる……」


 牙猪族のドスファングボアが、巨大な牙を持つリーダーを先頭に土煙を上げて加勢にくる。その数は100頭をくだらない。


「これいけるんちゃう? 森島の皆が力を合わせたら、サイクロプスもやれるで!」


 飛び跳ねるホムラだったが、楽観視はできなかった。

 なぜならここに集った魔族全員が、他種族が見えていないかのようにただひたすらに突撃を繰り返し、玉砕していくだけだったからだ。


「全員冷静になれ、ただ闇雲に突っ込んでも死ぬだけだ!」


 俺が叫んでも、魔族たちは無視してサイクロプスに突撃し、踏み潰されていく。


「命を無駄にするな! 体力が高い種族で防御陣形を組んで、攻撃力の高い者と交代しながら戦うんだ! 協力するんだ! 個の力で挑むんじゃない!」

「指図ヲスルナ人間! 戦士タチヨ我ニツヅケ!! 死ヲオソレルナ!!」


 人語を操るファングボアの長は、仲間を引き連れて捨て身の特攻を仕掛ける。

 しかし一つ目の巨人が容赦なく足を蹴り上げると、牙獣たちの牙は粉砕され宙空を舞う。

 俺達の目の前に、首の折れたファングボアの死体がボタボタと落ちてきた。


「無意味すぎる。こんなの壁に頭ぶつけて死んでるのと一緒だ」


 今の一蹴りで一体何匹死んだんだ。

 皆森島のために奮起して戦いにきてくれたのはいいが、これでは犬死である。

 そこかしこに魔族の死体が転がり、血みどろの地獄絵図が広がる。


「バッカヤロォ……無闇に命散らせやがって」


 俺は唇を強く噛みすぎて、口端から血が流れてきた。

 敗色濃厚な空気に、頭に浮かぶ作戦は撤退の二文字。


「ユーリ、迷うな。ボクらが皆を守るんだ」


 さっきまで目を回していたプラムが、闇に飲まれそうになった心を引き戻す。


「しっかりし、あんたが頼りなんやで!」

「モォ(しじちょーだい)」

「リーファンもエーちゃんも戦ってるんだぞ、ユーリ!」


 俺はパンと自分の頬を叩いた。

 仲間の声が、今思い浮かんだ作戦を打ち消す。


「よし、行くぞ! これよりサイクロプス討滅作戦を決行する!」

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