第59話 イェーガー

 俺、プラム、ホムラ、バニラは、大ボスブラックサイクロプスを見上げる。


「よし、行くぞ! これより膝に矢を受けてしまってな作戦を決行する!」

「膝矢作戦!?」

「そうだ、奴の体重は1000トンを軽く超えるだろう。その荷重が一番集中するのは膝。その膝を破壊してしまえば、立ち上がることすらできなくなる。重量級モンスターってのは、足の骨を折ってしまうと身動きとれず死ぬしかないんだ」

「なるほど、将を射んと欲すれば先ず馬を射よってことだなユーリ」

「そういうことだな」

「いや全然意味わからへんけど」

「モォ?」

「膝関節が壊れて倒れてくる→弱点の目玉を攻撃する→俺達の勝ち。完璧」

「完全にアホの作戦やん、そんな達磨落としみたいにいくかいな。プラムちゃんなんか言うたり」

「ユーリ……天才か?」


 俺のIQ3000の作戦にゴクリと生唾を飲み込むプラム。


「あかんアホしかおらん!」

「よくよく考えろ、意外と膝とかスネはな……ぶつけると痛い」

「なに真顔で当たり前のこと言うてんねん。……まぁ、かの有名な武蔵坊弁慶もスネが弱点やったって言うけど」

「それはよくわからん」

「なんで同意したら梯子外してくんねん!」

「行くぞ! 魔大陸の未来は俺達の肩にかかっている!」

「あーもぉ、こんなアホに頼らなあかん時点で魔大陸も終わりや!」


 俺達はうぉーとサイクロプスに突撃していく。しかしサイクロプスに蹴り飛ばされ、慌てて距離を取る。


「ダメだ、この作戦には無理がある!」

「だからゆーたやん!」


 俺は僅か10秒で破綻した、この作戦の重大な欠陥に気づいた。


 欠陥1 サイクロプスが少し動くだけで地面が揺れ、耐震スキルのない奴は動きが硬直してしまう。


 欠陥2 そもそも200メイルを超える巨人な為、膝の時点で50メイルもある。そのためスネを駆け上がって攻撃するか、魔法のような遠距離技を使うしかない。

 しかし一番射程の長い水弾でも30メイル程度しか届かず、ほぼ足元にまで接近しなくてはならない。

 しかも膝を狙うためにはサイクロプスの正面に立つ必要があり、棒立ちで攻撃なんて許してもらえるはずもなかった。


「くそっ、俺が立体機動装置を使えれば」

「なにそれ?」

「昔サイクロプスやギガンテスが大量発生した国があって、そこで使われていた武具だ。アンカーを射出して、ブンブン空を飛び回りながら攻撃できる」

「なんかそれに深く突っ込むのはマズイ気する」


 俺達が攻めあぐねていると、サイクロプスは世界樹の枝をへし折った棍棒を振り回し、集まってきた魔獣を駆逐していく。

 その様子はまさしく金棒を振り回す悪鬼。

 突撃したオークや人狼族がゴムボールの如く打ち上げられ、全身の骨を粉砕されて地面に落ちてくる。

 ピクピクとまだ息のあった人狼族が踏み潰され、地面の一部にされてしまう。


「うわ、グロい」

「モォ」

「こりゃ蟻と人間の戦いだな……」


 プラムとバニラが思わず目をそむける。気づけばサイクロプスの周りには死体の山が築かれており、凄惨な戦場と化していた。

 こりゃマジで一旦体勢を建て直さないときつい。しかし


「敵を恐れるな! 突撃しろ!」


 人狼族のリーダーが「ワォーン!」と咆哮し、仲間を鼓舞する。


「バカやめろ! 正面から突っ込むとか死にに行くようなもんだぞ!」

「ユーリ頭にブーメラン刺さってる」

「うるさい人間め、我ら魔族に指図するなワン! 戦え、戦うのだ! 魔族の誇りを見せよ!!」


 人狼族のリーダーが二足形態から、四足獣形態で突進していく。その防御を諦めた突撃の後ろを、人蜘蛛アラクネ族と人蜂キラービー族が追随していく。


「全員突撃! グランダッシャーワン!!」


 人狼族数10匹が、土の魔力をまといながらサイクロプスの足首に体当たりすると、一瞬巨人の体が揺れる。

 更にアラクネ族が毒が練り込まれた糸を放出し、キラービー族が尻の太い針を発射する。


「ポイズンネット!」

「ホーネットスピア!」


 どれも強力な技なのだが、膝、スネ、太もも、手などとにかくどこかに当たればいいの精神で攻撃していて、合わせようという気持ちが微塵もない。

 サイクロプスが一歩その場でたたらを踏むと、至近距離にいた人狼が振動で硬直してしまう。

 巨人はそのまま土石を巻き上げながら足を蹴り上げると、人狼族が吹き飛び、散弾のような岩石がアラクネ族と、キラービー族に命中する。

 体のいたるところから血を流し、ほぼ虫の息となった魔族が倒れ伏す。


「バッカヤロォ! もっと死を恐ろよ。死んだらなにもかも終わりだぞ!」

「あかんて、魔族は魔王戦争に負けてから虐げられ続けてる。だから人間は無条件で敵や思てるんや……。いくらあんたが正しいこと言ってても言うこと聞いてくれへんで」

「くっ、お前らすまん、奴の気をひいてくれ! 俺は生きてる魔族を助ける!」

「ユーリ、もうほっとけ。あいつら助けても戦力にならないぞ!」

「だからって死んでいいわけじゃない!」


 俺が駆け出すと、プラムたちは反対側に駆け出して陽動を行ってくれる。

 その間に石が突き刺さり目玉全てが潰されたアラクネを引っ張り、羽が千切れて動けないキラービーを担いで踏まれない位置にまで運ぶ。


「次、お前生きてるな!」


 まだ息のある人狼族の両脇を持って、ずるずると引きずる。

 潰された右足が、地面に血の線を描く。


「ふんぎぎ、重い! お前100クロはあるな!」

「ヤメロ人間、貴様に借リヲ作るつもりはないワン」

「うるせー、身動きできないくせにイキがってんじゃねぇよ! 借り作りたくないなら自分の足で走って逃げやがれ!」

「グッ……」


 人狼は悔しげに潰れた自分の足を見やる。彼が大地を走る回ることはもうできないだろう。


「貴様たち人間は魔王様を滅ぼした仇敵。貴様らは永久に魔族の敵だワン!」

「この状況でまだ敵とか味方とか言って、バカじゃねぇのか! お前の目玉はビー玉かよ!」

「グルル、なんだと」


 牙をむき出しにして怒る人狼。よし、こんだけ怒る力があるならまだ死なないな。


「今ここで戦ってる奴は全員、森島の為に集まってきた仲間なんだよ。有事の際ですら一つになれない。人間もそうだが、あいつらは普段喧嘩してても、こういう時は表面上だけでも仲良くなれる生き物だぞ」


 事実人間は魔王という敵がいた頃は、上辺だけでも協力して戦っていた。

 むしろ魔王を利用してのしあがってやろうという野心的な奴も多かった。

 だからこそ皆、思想は違えど魔王討伐という目的を成し遂げることができた。


「グルルル……」


 人狼は怒っているのか、考えているのかよくわからない唸りをあげる。


「ユーリやばいぞ!」


 プラムの声が響いて振り返ると、サイクロプスが世界樹の棍棒を振り上げ、地面を叩こうとしているところだった。

 大地を揺るがす巨人の一撃は、地面を粉砕し、火山噴火の如く大量の石礫を撒き散らす。

 俺達の元にも、火山弾に似た岩石が飛来する。人狼族を見捨てて木陰に隠れなければ、体中穴だらけになってしまうだろう。いや、もう人狼を盾にしないと間に合わない速度だ。


「グッ、コレ迄…………ワフ?」

「んぎぎぎ……」


 ポタッと血が額からこぼれ落ちた。

 俺は大の字で人狼に覆いかぶさり、なんとか岩石が直撃するのを防いだ。

 おかげで、俺の体には無数の石が突き刺さっていた。


「貴様バカなのか!? 動けない俺を庇ってどうするワフ!?」

「うるせー、ちょっと体が勝手に動いただけだ!」


 俺は腰に刺さった岩を引き抜き、再び人狼の脇を持って引きずる。


「オ、オイ、死ぬワン! 無茶するなワン!」

「黙ってろ犬コロ! モフモフすんぞ!」


 俺はアラクネ達と同様、安全な位置に人狼を横たえる。


「ここで大人しくしておけよ、サイクロプスなんとかしたらまとめて治療してやる」

「マテ、どう見てもお前の方が治療が必要ワン」


 俺は頭に刺さった石片を抜くと、ブシュッと血が吹き出した。


「いだだだだだだだ! いだだだだだ痛くない!!」


 涙目になったが、歯を食いしばって耐える。

 そんな俺を大馬鹿だと思っているのか、理解できないと思っているのか、人狼たちは口を半開きにして困惑している。


「次だ! 生きてる奴はどこ――」


 サイクロプス側に振り返ると、俺の肩と脇腹に矢が突き刺さった。


「へへっ、くたばりやがれ」


 不意打ちに顔をしかめながら木陰を見やると、ボーガンを構えたモヒカンが、ざまぁみろと笑みを浮かべる。

 油断した、まだ動ける雑魚がいたか。


「これで終わりだ、ヒーハー!!」


 モヒカンが俺の額に照準を定め、トリガーを引こうとする。

 その瞬間、


「ガルルルルルァァァ!!」


 横たわっていた人狼が、上半身の力だけで飛び上がり、モヒカンの頭を噛み潰したのだった。

 頭を失ったモヒカンの体がぐらりと崩れる。


「やるじゃねぇか犬コロ」

「勘違いするな、体が勝手に動いただけワン。それと我が名はサイガ、人狼族の長だ、犬コロではないワン」

「語尾ワンだからてっきり犬だと思ってたわ」


 二人で話していると、更にモヒカンが二人同じように現れた。


「ヒーハー! 安心してんじゃねぇよ!」

「フォレトス様のためにくたばれ!」


 だが、その二人はアラクネの糸と、キラービーの針に突き刺されて倒れた。

 二種族とも、自分でもなんで助けたのかよくわからないという顔をしていた。


「「…………体ガ勝手ニ動イタ」」


 あるよね、そういうこと。


「俺は魔獣使いだ、お前ら見てある魔法が浮かんだんだが、試させてくんねぇか?」

「勝手にしろ。俺はもう動けんワフ」


 俺はサイガ達動けない魔族に鎖をつなぐと、強化効果を一番ダメージの大きい場所に集中させる。

 これまで俺の鎖の効果は、全体的に能力を底上げするというものだったが、それを一点に絞ったものにしてみる。


「痛覚遮断、骨格形成、疑似筋肉形成、神経接続、魔力活性化」


 早口で呪文詠唱を行っていく。

 足を失ったなら作ればいい、そんな考えで思いついた新魔法。

 人狼の潰された後ろ足に魔力を集中して送り込むと、燃え盛る炎のような足が構築されていく。


「これは……」

「スキル霊体義肢創成オーバーソウル


 潰れた足には魔力の義足が、潰れた目には魔力の義眼が、千切れた羽には魔力の羽が伸びる。

 人狼はゆっくりと立ち上がり、アラクネはぱちくりと8っつの目を開き、キラービーはブブブと羽音をたてて浮かび上がる。


「乗れワン」

「いいのか、俺は人間だぞ」

「そんなことを言っている場合かワン」


 俺はサイガの背中に飛び乗り、サイクロプスの足元を駆け抜ける。


「人狼族が長サイガが告げる、人狼族は他種族を援護しつつ攻撃せよ!」


 ワオーンと遠吠えすると、生き残った人狼族が他種族のカバーに回る。


「ユーリ!」


 俺はサイクロプスの足元で跳ね回るプラムを捕まえて、同じく背中に乗せる。


「速い速いぞ、なんだこのワンワン? 仲間になったのか?」

「おぉデレたぞ」

「嫌な言い方をするな。お互いノ利害が噛み合っただけワン」

「犬だけにな」

「黙れワン」

「それで結構。俺の鎖が繋がってる妖狐とホルスタウロスがいる、そいつらも乗せてやってくれ」

「それには及ばんワン」


 サイガが鼻で指すと、ホムラたちはすでに他の人狼族の背に乗せられ俺達の隣を並走していた。


「なんかこの子ら急に乗せてくれたで!?」

「モォ?」

「ようやく冷静になったんだ、うぉっ!?」


 俺達の前にサイクロプスの棍棒が振り下ろされる。

 だがそんな大ぶり、サイガ達人狼族の高速移動でいともたやすく避けてしまう。


「ヒュゥやるねぇ」

「この程度造作もない。後ろ足も馴染んでいる。しかし地を這うだけでは奴を倒せんワン」

「わかってる。サイガ、アラクネを背中に乗せて奴の足まで運ぶんだ!」


 俺が指示を出すと、アラクネ族を背に乗せた人狼族が疾風の如くサイクロプスの足元まで駆け抜ける。

 アラクネが人狼の背から飛び降りたのを確認してから、次の指示を飛ばす。


「プラム、バニラ、ホムラ、アラクネの背中に乗れ!」


 プラム達を乗せた3匹のアラクネが、シャカシャカとサイクロプスのスネを駆け上がっていく。

 アラクネは耐震スキル持ちの上、90度直角の壁すら登っていくことができる。

 サイクロプスはすぐさま体を屈め、手で叩き潰そうとする。


「キラービー! アラクネたちを守るんだ!」


 キラービーはサイクロプスの手に、ホーネットスピアをブスブスと突き刺していく。

 キラービーの特徴は、強烈な麻痺毒であり、突き刺したものに神経毒を流し込む。

 一匹の毒では足りなくても、同じ箇所に複数の針を突き刺すことで、サイクロプスの手は痙攣を起こし、アラクネを払いのけることができなくなってしまう。


 その隙に膝まで登り終えたアラクネとプラム達は、渾身の力でスキルを叩き込む。


「零距離水マグナム!」

「篝火刀!」

「モォ(風斧)!」


 三人の攻撃が膝に大ダメージを与えると、サイクロプスがバランスを崩し、後ろ向きに倒れていく。

 巨人の尻が地面につくとズシンと地震が起き、魔族たちから歓声が上がった。


「我々が倒したのか?」

「人狼の陽動、アラクネの立体機動、キラービーの麻痺毒が成した連携攻撃だ」

「むぅ、まさか指揮一つでここまでかわるとは……。どうやら魔獣使いを見直さなければならないワン」

「戦いはまだ終わってないぞ」


 サイクロプスはただ尻もちをついただけで、ピンピンしている。

 戦いはこれからだが、今のを見て他の魔族も連携を意識したはずだ。


「おい、全員勝てるぞ! 勝ってベヘモスとサイクロプスをこの島から追い出すぞ!!」


 俺が叫ぶと、魔族の目に希望が灯り「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」と咆哮する。

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