第60話 ラスボスは大体第二形態がある


 倒れたブラックサイクロプスの肩に乗るフォレトスは苛立っていた。

 土魔法で作ったコブ状の石壁コクピットの中にいなければ、振り落とされ踏み潰されていたことだろう。


 意味がわからない、何をされた? ゴミどもが集まって攻撃してきたと思ったらサイクロプスが倒れて尻もちをついた。

 サイクロプスと魔族の縮尺から考えると、人間対蟻の戦いと言ってもいい。いくら集まってこようが蟻は蟻、こちらの優位はかわらない。

 200メイルを超える巨神サイクロプス。

 速さはないものの無尽蔵のタフネスを持つ、歩くだけで大地を割る怪物。

 ”コレ”を使って負けるわけがない。


「ダメージはほとんどない。立てゴッドサイクロプス! いつまで横たわっているつもりだ!」


 フォレトスが魔導コントローラーをガチャ押しすると、巨人の体がゆっくりと起き上がる。


「少し油断しただけだ。それだけのことだ」


 内心の動揺を必死に落ち着かせる。

 だが、この話でおかしいのは、例えどれだけ油断しようが蟻の攻撃で尻もちをつく人間はいないということ。

 サイクロプスが上半身をゆっくり起こしていると、凄まじい勢いでその体を駆け上がってくる魔獣の姿がある。

 それは人狼と、その背に乗った人間。

 風と一体化したような狼は、影となってサイクロプスの胸筋を駆け上る。

 人間はふざけた顔をしたスライム(・3・)を懐から取り出すと、フォレトスに向かって構える。


「プラム水マグナム!」

「くたばれ!」


 水属性の魔弾が発射され、石壁のコクピットが攻撃される。

 彼らはサイクロプスが起き上がる前に、速攻で攻撃を仕掛けてきたのだ。


「ぐぁっ!!」


 バカみたいな顔からは考えられない凶弾がコクピットの壁を砕き、フォレトスは外にいる男と目が合う。

 魔物使いは血みどろの顔をしているくせに、目をギラつかせ口角を釣り上げた笑みを浮かべている。

 奴が抱えているスライムも、普通人を乗せるはずがない人狼も。

 ”もうすぐお前に牙が届くぜ”って笑みを浮かべてやがる。


 気に入らない。

 気に入らない。

 気に入らない。


 蟻の分際で、何希望に満ちた顔してやがるんだ。

 何魂燃やしながら突っ込んできてんだ!

 いつもどおり俺達の襲撃に怯え、ビクビクした目をしていろ!


「ざけんじゃねぇ! 焼き殺せサイクロプス!!」


 サイクロプスは充血した目をギュンと動かすと、人狼に向けて熱線を放出する。


「サイガ、反転影分身!」


 当たれば消し炭も残らないレーザーは、確かに命中したはずだった。

 しかし、それが高速移動する人狼の残像だと気づくのは数秒遅れてだ。


「外した!?」


 いや、攻撃を読まれた。

 魔物使いが、こっちの攻撃を先読みして回避を指示している。


「貴様歴戦ビーストマスターか!」


 今更気づいたところで遅い。今目の前にいる男が、世界最強クラスと誉れ高い、ヴァーミリオン帝国のバトルリーグを制したバトルマスターであることを。


「ぐぐっ、負けてたまるか! ストーンブラスト!!」


 フォレトスは破れかぶれで土魔法を詠唱する。

 周囲に鋭利な石片が浮かび、弾丸のごとく人狼めがけて飛ぶ。


「サイガ、百烈パンチ!」


 人狼は魔物使いとスライムを宙空に弾き飛ばすと、四足の獣から二足の人狼に変身し、視認できぬ速度で拳を振るう。


「オララララララララララ!!」


 サイガはストーンブラストを拳で叩き落とすと、即座に獣形態へと戻る。

 丁度のタイミングで魔物使いたちが人狼の背に着地する。


「終わりだフォレトス!」

「お前の頭に風穴開けて、お花生けてやるぜ!」


 サイコパス気味なセリフを吐きながら、魔弾発射態勢に入るスライム(・3・)。

 先程より更に威力を増した水弾が発射される。


「ひっ」


 慌てて両腕をクロスして顔をガードする。だが、数秒しても衝撃はない。恐る恐る目を開けると、にゅるりと伸びた木の枝がフォレトスの体を覆い、水弾を遮っている。


「はっ!? どっから出てきたこの枝!?」


 困惑の声を上げる魔物使い。

 突然現れた木の枝は、ムチのようにしなると人狼たちを弾き飛ばした。


「ぐあっ!!」

「ぬああああ!」


 吹き飛んだ人狼たちを見て、フォレトスの心臓はバクバクと鳴る。


 なんとか助かった。


 自分でも何が起きたかわからない。なぜか突如現れた木の枝が自分を守った。理屈なんてさっぱりわからない。

 今のは本気でやばかった、殺されるかと思った。

 絶対優位だったはずの自分の首に、その牙が届きそうだった。

 それはこれまで恐怖と暴力によって、支配対象魔族をコントロールしてきたフォレトスにとって、屈辱意外何ものでもなかった。


「俺に恐怖の感情を与えるだと……」


 二枚目なエルフの顔が憎悪に歪む。


「あいつを殺したい。いや、あいつの大事なものを全てぶっ壊したい」



「ふざけんな、なんだあの枝!」

「もうちょっとであいつのタマとれたのに!」


 体をグニグニと変化させ、キレちらかすプラム。

 最悪なタイミングで現れた木の枝が、俺達の攻撃を阻んだのだ。

 その枝は、触手のようにサイクロプスの背中から生えており、見ようによってはタコやイカの足のようにも見える。


「どうなってんだあいつの体? ホムラの九尾みたいになってるじゃねぇか」

「あんなキモないわ、失礼なこと言いなや!」

「確かにキンモーになってるね」

「世界樹だワフ。恐らく奴は、世界樹のエネルギー大半を吸い取ったせいで、世界樹の力を手に入れたワン」

「は? マジか」

「そういう能力覚醒はボクら主人公側の特権だろ」

「せや、悪党がなに追い詰められて第二形態になっとんねん」

「でもやることは変わらねぇ、もう一回膝狙うだけだ!」


 俺達は再びフォーメーションを組む。

 今回は最初からアラクネの上にプラムたちを乗せ、それを人狼族の背に乗せる。


「いくぞ、作戦名ブレーメン!」


 3段重ねの人狼は一気に地を駆け、サイクロプスに接近する。


「よし、足元でアラクネをおろして膝まで登るんだ!」


 先ほどと同様にプラムたちを背に乗せたアラクネたちが、サイクロプスのスネを登っていく。

 その時だった、サイクロプスの体からドス黒い煙が放出される。


「なんだあれ?」


 さっきはあんな攻撃してこなかったはず。

 ってことは、世界樹の力によって何か特殊能力を得たのか?


「ゴホッゴホッゴホッ!!」


 煙を吸い込んだプラムたちが咳き込んでいる。

 嫌な予感がする。


「作戦中止総員退避!」


 俺の指示を聞いて全員が膝から飛び降りてくる。


「くっさ、くっさいぞユーリ!」

「どんな臭いだ? 他に何か症状は?」

「目が痛い、ドブの中にぬか漬け突っ込んでユーリの靴下と煮込んだみたいな臭いがする」

「なんで不意に俺は傷つけられたんだ?」

「モォ(おめめいたい)」

「おぇ、ちょっと吸い込んだだけやのにめちゃくちゃ気持ち悪いわ」


 サイクロプスがガスを撒き散らしながら歩くと、周囲の木々が枯れていくのが見えた。

 まるで歩くだけで死をふりまく死神のようだ。

 木の上で俺達の様子を眺めていた木霊が、黒いガスに当たりそうになると慌てて逃げ出す。

 しかし木霊は逃げ切れず、ガスに当たると体が消滅してしまった。


「……瘴気だ」


 俺は精霊を腐らせる、毒ガスの正体に気づく。


「なにそれ?」

「不純物とか、穢れとも言う。毒や腐食をぶちこんだ見える呪いみたいなもんだ。不衛生な場所に発生するドク・ドガースや、ベノム・ベトベトーというモンスターが似たようなスキルを使う」

「それ触るとどうなるん?」

「死ぬ」

「無茶苦茶やんけ!」


 ホムラは反則やん! と尻尾を立てる。


「恐らく世界樹ってのは、土の中の毒素を分解する能力があるんだ。奴はその能力を応用して、毒だけを体内に放出するスキルを身に着けた」

「毒スキルの上位版かワフ」


 サイクロプスは全身から毒ガスを撒き散らしながら、レーザー重視の攻撃に切り替えてきた。

 あっという間に周囲は灼熱の海と化し、炎に弱い昆虫系モンスターは身動きが取れなくなっていた。


「ユーリ、あの目玉をなんとかしないとどうにもなんないぞ!」

「わかってる!」


 目玉をなんとかするには接近する必要がある。しかし接近すると毒ガスのバリアがある。

 俺達が喋っている間にもレーザーが森を焼き、その火は世界樹にも燃え移る。

 俺達も、気づけば四方を炎で囲まれていた。


「アヂヂヂヂヂ! ユーリアトゥイ!!」


 プラムも火に弱く、饅頭ボディに汗がダラダラと流れている。

 考えろ、瘴気をどうにかしないと目玉は狙えない。

 なにか瘴気を分解できるものは……。

 必死に打開策を考えていると、俺のケツに火がつく。


「熱つつつつ! まずはこっから抜け出す!」


 俺は懐から灼熱丸を取り出して鎖を繋ぐ。

 フレイムサラマンダーへと進化した灼熱丸は、炎をものともせず、焼けた木々をへし折りながら駆け抜けていく。


「おぉ魔導ロードローラーだ」

「乗れワン」


 俺達は人狼族の背に乗せられ、灼熱丸の作ってくれた退路を進む。

 なんとか火の海から離脱すると、上空から声が響いた。


「兄上ーー!!」


 俺達が上空を見上げると、そこには翼を広げたエルフェアリー族が滑空してくる姿が見える。

 その中にリーフィアに手を繋がれたエウレカの姿も見える。

 どうやら世界樹の中で、族長とケリをつけて援軍に駆けつけてくれたようだ。


「あの妖精族はなんだワン? 人間もいるようだが」

「あの金髪爆乳の気の強そうな奴が一応リーダーで、あいつは俺に惚れている」


 俺の額にスコンと弓矢が突き刺さり、サイガの背の上でぐにゃりと姿勢を崩した。


「大丈夫あんた達?」

「うん、大丈夫だったけど今さっき死んじゃった」


 全然悲壮感なく言うプラム。

 弓矢を放ったリーフィアは、ひらりと俺達の前に降りると、可哀想と悲しげな目をする。


「自分で殺しておいて可哀想とかサイコパスかよ」


 俺は体を起こして、突き刺さった矢を抜く。


「なめたこと言ってるからでしょ。それにその矢はヒールアロー、治癒術よ」

「めっちゃ頭から血出てるんだが?」


 俺が痛覚ギャグ化のスキルを持ってないと死んでたが?


「それより、どういう状況?」


 俺はかくかくしかじかで、一回倒したらサイクロプスが第二形態になってパワーアップしたことを伝える。


「全身から触手と毒ガスを出す、肥溜めの化け物になった」

「あんた余計なことしたんじゃないの?」

「むしろこの人数でめちゃくちゃ善戦したわ!」

「ほんと~?」


 リーフィアが腰に手を当て、俺の鼻をついてくる。

 俺には、これがただからかっているだけだとわかるのだが、人化したサイガがその手を掴む。


「こいつは戦士だワフ。戦士になめたことをするな」

「な、なによ。いきなり出てきて」

「サイガ、こいつは元からそういう性格で悪意はない。リーフィア、こっちはサイガ人狼族のリーダーだ」


 両者を紹介するが、サイガの顔は険しい。


「妖精族よ、我らは貴様らが傲慢であることを知っている。本当に協力する気があるのかワフ」

「あ、あるに決まってるでしょ!」

「証拠を見せるワン」

「しょ、証拠ってなによ?」

「本当にこの人間のことを好いているのか?」

「なんでそんなこと言わなきゃいけないのよ!」


 リーフィアはキレちらかすが、周囲に他の魔族も集まってきて、真っ直ぐな瞳で見つめられる。

 彼女はその視線に耐えられずボンと赤面する。


「我らに嘘や冗談は通じぬワフ」

「…………好き……よ」


 手を組んで人差し指同士をくっつけつつ、か細い声で言う。

 その反応がガチっぽくて、サイガも「ふむ」と頷いた。


「我らの知っている妖精族は、自分以外の種族を見下している。嘘でもそんなことは言わぬワフ」


 なんとか信用してもらえたようだ。


「あたしは何言わされてんのよ!」


 公開告白をさせられて、リーフィアはかなり不機嫌そうだ。


「イチャイチャすんな……すぞ」

「状況わかってんのか、あの羽根女……」


 ついでにプラムやホムラも不機嫌そうだ。

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