第92話 ヨゴレ

 俺は宝箱を前に、バエルから教えてもらった下級の使い魔作成魔法を唱えていた。


「クリエイトサーヴァント……アンデッドウォーリアー」


 俺の足元に六芒星の魔法陣が輝き、短足のスケルトンが姿を現す。


「あれ……想像してたのとちょっと違うな」


 やたら頭蓋骨のでかいスケルトンは、頭が重いのかフラフラする。


「なかなか筋が良い」

「これ作るのは簡単だけど、自分が分身したみたいで動かすのが難しい」


 操作されたスケルトンはテクテクと歩きながら宝箱を開くと、トラップに引っかかりチュドーンと爆散した。

 よわっちぃ使い魔だが、このようにケガする危険性があるトラップを強引に解除することが可能なので、捨て駒的な使い方ができるのは良いと思う。


「やはり魔物使いとあって、コントロールするのは得意と見える。うまくやれば護衛に使えるだろう」

「でもこれ、本体が何もできんぞ」


 スケルトンを動かしてる最中、俺はほぼ無防備で、全意識がコントロールに集中してしまう。

 これなら普通に戦った方が早いし強い。


「練度の問題だ。慣れれば自分の新しい手を動かすように無意識で動かせるし、複数体呼び出すこともできるだろう」

「本当か~?」


 俺は疑り深い声を上げながら、爆発してもなぜか無事な宝箱の中から物資を取り出す。

 中身は瓶に入った光る水と食料の堅肉。水にはラベルが貼られており”超レア”と書かれている。

 

「なんだこの水?」

「それは聖水だ。下級アンデッドから身を守るのに有効だ。その他にも解毒消臭、除菌防虫の効果もある」

「バブリーズみたいな水だな……」

「それを周囲にまいておけば、数時間はアンデッドが寄り付かぬ結界を作れる」

「なるほど。確かに超レアかもしれない。バエルも聖水かけられるとシオシオになったりするのか?」

「余はなめくじではない。その程度ではやられぬが、そうだな……例えるならドブの水をかけられたような不快さはある」


 なるほどな。強い悪魔にはあんまり意味がないんだな。

 聖水は当たりだが、食料の堅肉があまりにもお粗末だ。触ってみてわかるが鉄板みたいに堅く、このままかじったら歯が欠けそう。


「こんな肉食うくらいなら、モンモル蛾食ってたほうがマシだな」

「眷属は蛾を食うのか? あれは鳥のエサだぞ」

「成虫じゃなくて幼虫の方な。意外とクリーミーで甘いやつが多い。そうだ、夜島ってレアな虫いないのか?」

「虫なんかどうするのだ?」

「カブトムシとかいたら捕まえたい」

「捕まえてどうする?」


 バエルは本気で意味がわからんという目でこちらを見やる。

 俺もなぜ虫を捕まえるのかと聞かれると返答に困る。

 プラムと一緒だと、でかいカブトムシ見つけたら『ヤッター捕まえようぜー』ってなるんだが、そこに理由なんてものはない。強いて言うなら……


「お……男らしくない?」

「???」


 しまった、プラムと同じ天上バカ回答を返してしまった。

 虫捕まえる理由が男らしいってマジで意味がわからん。

 じゃあ俺と一緒に喜んでるプラムは一体なんなんだってなるしな。


「クッ、ハハハハハハ。男らしいか、それは予想外だ。眷属は純粋なのだな」


 ツボったのかバエルはケラケラと腹を抱えて笑う。

 その笑いはバカにしたものではなく、子供の成長を見守るおかんみたいな目なので下手に茶化されるより恥ずかしい。


「森の王、やはりこれを譲れ。余は美しいものが好きだ。純粋美のこれが欲しい」

「玩具みたいに言うな。虫捕まえてヤッターと喜んでる男だぞ。どこがいいんじゃ」

「可愛いではないか。くれ」

「な、ならん。此奴は森島の獣王師団長じゃ」

「そうは言うが、眷属は獣王というより不死師団長という雰囲気だろう」


 それは俺の顔がゾンビみたいと言うことだろうか。

 貢物を寄越せと言ってくる暴君貴族と、必死に拒否する地方貴族の話し合いみたいになってんな。

 その時だった、またズドドドドと巨大な馬の蹄の音が響いてくる。

 すぐにデュラハンだと気づいて身を隠すと、霊馬に跨った巨大な首なし騎士が疾走している姿が見えた。


「あいつもう帰ってきたのか?」

「よく見よ、先程と装備が違う」


 デュラハンは馬の後ろに鉄の荷車をつけており、その上に檻が乗っている。

 中には恐らく捕らえられたとおぼしき少女が閉じ込められていた。

 俺はその金髪ツイン少女に見覚えがあり、つい声を上げてしまう。


「リーフィア! リーフィア!」

「待てよさぬか、見つかるぞ!」

「でも!」


 ナツメが俺を羽交い締めにしていると、デュラハンは砂煙を巻き上げながら去っていく。


「あれは眷属の仲間か?」

「そうだ、追いかけよう!」


 俺は答えも待たず、デュラハンの残した車輪の跡を追いかける。


 全力で走った俺たちが到着したのは、異臭の漂うどす黒い川だった。


「リーフィア!」

「待たぬか。様子が変じゃ」


 デュラハンはリーフィアを檻から出すと川の中州に置き去りにして、再びエモノを探しに走り去っていく。

 あいつ、なんでこんなところに置いていったんだ?

 泥で出来た中洲に、突き刺すようにして放置されている彼女に声をかける。


「おーい大丈夫か!」

「臭すぎて涙出てくる! 助けて、脚が泥に埋まって身動き取れない! ってか動いたら沈んでくの!」


 俺が川に降りようとすると、ナツメが服を引っ張る。


「主……この川なかなかじゃぞ」


 言われて川をよく見ると、無数の腐乱した動物の死体が浮かんでいる。

 ハエや足の多い虫が大量増殖しており、強い悪臭が鼻を衝く。口にでも水が入ったら変な病気にかかりそうだ。

 入ったら死ぬ訳では無いが、生理的嫌悪感が半端じゃなく一度ここに入ったら一週間は臭いが落ちなさそうだ。


 しかも上空にはブブブっと飛行する人間サイズの巨大なハエが見える。

 パラサイトジャイアント黒バエというモンスターで、死体を食ったり卵を産みつけたりする不衛生が生み出した極地みたいな怪物。

 それが川の周りをウヨウヨと飛んでいる。


「潔癖症が見たら卒倒しそうな川だな」

「恐らくここはゴミ処理場じゃ。夜島に住む魔獣達が食ったものを捨てに来る場所。それに巨大バエが卵をうみつけておる。何か川を渡れるものを探した方が良い」

「そうも言ってられんかな……」


 なんとなく嫌な感じがするのは、あのハエどもリーフィアの方をチラチラ見ながらひっきりなしに腹を脈動させていること。

 俺の嫌な予感は当たり、巨大バエがリーフィアの背中に組み付くと下腹部から卵管を伸ばしだしたのだ。


「ギャアアアアアアアア!!」


 リーフィアは全然可愛くない悲鳴をあげつつ体をふるが、背中をガッチリ掴まれてて全く離れない。しかもバタバタと動くもんだから、体が沈んでいってる。まずいぞ!


「待てわっちが今」

「俺が行く!」


 俺は助走をつけて腐敗川へと飛び込む。

 臭ぇとか言ってる場合じゃねぇ。このままだとリーフィアがハエに孕まされちまう。

 きったねぇ水をザブザブとかきわけ、リーフィアに組み付いているハエに魔力で編んだ鎖を鞭代わりにしてぶつける。


「うせろ!」


 ハエは卵をボタボタと落としながら空へと逃げ去っていく。

 その様子を見て、怒ったハエ達が群がり始めた。


「鎖つなげて!」

「おう!」


 俺はリーフィアに鎖を繋ぐと、彼女の背中から虹色の羽が伸びる。


「飛ぶわよ!」


 彼女は俺の手を掴み翼を広げると、打ち上がる流星の如く一気に夜空へと舞い上がる。


「よっくもやってくれたわね。くたばれゴミ虫! エアロプレッシャー!」


 リーフィアの風魔法が炸裂し、ハエ達が川の中へと墜落していく。

 俺たちも地上に降りると、四つん這いになって吐き気をこらえていた。


「ハァハァハァハァ、オエッ吐きそう」

「うわああああああん。怖かった、本当後ちょっと遅かったらあたし嫁にいけなくなってたじゃん!」

「くっつくんじゃねぇ、汚れんぞ!」

「うわあああああん!!」


 気を使って離れようとしているのに、それを無視してリーフィアは抱きついてくる。


「無茶する男じゃ」


 ナツメがパチンと指を弾くと、俺とリーフィアの頭に水魔法が降り注ぐ。


「ついでにこれも被っとれ」


 さらにさっき入手した聖水までふりかけられた。

 聖水の効果はすごいもので、ゲボ吐きそうな腐乱臭と衣服の汚れがあっという間に消える。

 おかげで汚れは全部とれたものの、ずぶ濡れになってしまった。


「もぉグッショグショ……テンション下がるわ」

「そうだ、俺ちょうどいい着替え持ってるんだが」


 俺はポケットの中に入ったブラジャー水着を引っ張り出す。

 あまりの用意の良さに眉をピクつかせるリーフィア。


「なんでそんなの持ってんのよ……」

「宝箱から出てきた」



 リーフィアが着替えに行きユーリも服を脱ぎに行くと、ナツメとバエルは川を見ながら首を振る。


「いやいや、こんな川に飛び込むなんてなんて汚い男じゃ。もう汚れじゃ汚れ、ちっとも美しくないのー、くっさいのー(棒)」


 ナツメは汚れを強調して言う。美しいもの好きのバエルなら、きっとこの川に入ったユーリに失望しているだろうと思ったからだ。

 なんとかバエルの好感度を落とそうと画策するも、予想に反して彼女は大きく首を振る。


「余は、仲間のためにこの川に飛び込むものを汚いとは思わぬ。むしろ自分を顧みぬ行為に美しいとさえ思った」

「…………」

「余はあれを見ていると楽しい。この感情は一体なんなのだ?」


 ナツメはマズイ……と苦い顔をしていた。

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