第93話 仏もキレると顔面ドロップキック
俺と水着姿のリーフィアは、地面に頭が突き刺さり必死に腰をふって頭を抜こうとしていた。
時は数分前に遡り、ゲーム内容とバエルのことを説明を終えたリーフィアは「空飛んでカジノ城まで行けば勝ちじゃん」と天才的なことを言い出した。
ルールで空飛んではいけませんと言われてないので実際やってみると、飛び上がるとすぐにガーゴイルの群れが集まってきて地面へと叩き落されたのだ。
「そんな誰にでも思いつくことダメに決まっとるじゃろ」
ナツメはわかりきっとったじゃろと煙管から煙をふかす。
俺たちは首を引き抜き、ブーブーとブーイングを飛ばす。
「さっきハエ倒すのに飛び上がった時はいけたじゃん!」
「だよなぁ!」
「どうやら高いジャンプは良いらしいが、飛行して移動するとガーゴイルが集まってくるようじゃな」
「そんなの実質禁止じゃない! 禁止なら禁止って言っときなさいよ!」
ざけんじゃないわよ、死ね運営と崩れかけの家をゲスゲスと蹴る口の悪い妖精。
こういう沸点低い奴見てると冷静になれるからいいな。
「あんた何ニヤニヤしてんのよ気持ち悪い顔ね」
毒強すぎでは?
「いや、お前が帰ってきてくれて嬉しいよ」
「フンッ、あんたがさっさと助けにこないのが悪いのよ」
照れくさそうに髪を後ろ手に弾くリーフィア。
「リーフィア、ホムラどこいったかわかるか?」
「女狐~? ん~途中まで一緒だったんだけど、あの首なし騎士に追い回されてぐちゃぐちゃになっちゃったからわかんない。あたし檻に入れられた後結構移動したから、もしかしたら離れてるかも」
「そうか、探してるうちに出会えるといいんだが」
彼女をパーティーに加えた俺たちは、ホムラやプラムたちを探しながらカジノ城へと歩みを進める。
◇
しかしそれから8時間が経っても進展はなかった。
「城には近づくが誰にも会えんな」
「会えるのはゾンビとあの鉄騎士だけじゃな」
俺たちが隠れている眼の前をズドドドと駆けていく、霊馬に跨った首なし騎士デュラハン。
奴は捕まえたであろう参加者を後ろの荷車に乗せ、どこかに走り去っていく。
「ねぇあいつあたしの時もそうだけど、なんで檻に人を捕まえてるの? 鬼なら参加者を殺すんじゃないの?」
「面白いんだよ」
「何が?」
「奴らはこのデスゲームで賭けをしていると言っていた。なら参加者が面白おかしく死んでくれた方が盛り上がるんだよ」
「だからあたしをハエの苗床にしようとしたってわけ?」
「美女の体を食い破るウジなんか、その手の変態趣味からしたら心底面白い。きっと大笑いしながら拍手してるぞ」
「きっしょ。リッチだけじゃなくて賭けしてる奴ら全員殺したほうがよくない?」
俺もその意見には賛成だ。
それからまた探索を続けていると、リーフィアがナツメとバエルを見て質問する。
「ねぇ、なんで皆水着とメイド服着てるの?」
「水着とメイド服に見えて、実はちゃんとした効果がある。ナツメの銀水着には魔を祓う力があって、雑魚ゾンビは俺たちに近づけない。バエルのメイド服は、魔力増強効果があって着用していると人型になれる」
「へー、あっじゃああたしの水着にもなんか意味あるの?」
リーフィアは特殊効果を期待して、エメラルドグリーンの三角ビキニを引っ張る。
「いや、お前のはなんにもない」
「…………」
「強いて言うなら俺のテンションが上がる。お前綺麗だからな」
「な、なによそれ、バカじゃない。死ぬほどいらない効果ね」
口ではそう言いつつも、リーフィアは耳を赤くして満更でもなさそう。
これがチョロインというやつか。
そんな話をしていると、急に廃墟の脇から何かが駆け出してきた。
「しゃー!」
飛び出してきた小型の生物は大慌てで逃げており、俺たちのことなんて全く眼中に入っていない。
「サメちゃん!」
その後を5人の男が追いかけていく。
ゲーム参加者らしき傭兵風の男達は、目を血走らせ一瞬グールなのではないかと思ってしまった。
「待てサメ! 食ってやるから逃げんじゃねぇ!」
「しゃ~~~~!(助けてー!)」
まずいサメちゃんのピンチだ。
俺たちも慌ててその後を追う。
「追い詰めたぜ、テメェ」
「早く食おうぜ、オレ腹減って死にそうだ」
「しゃ、しゃ~……」
崩れかけの教会の角で、サメちゃんを追い詰める男達にストップをかける。
「待て! それは俺のモンスターだ!」
いかにも街の路地裏にいそうなゴロツキ風の男たちは、ギロリとこちら睨む。
「しゃ~!」
サメちゃんは俺の姿を発見すると、目に涙をためて俺の元に走ってくる。
体は泥だらけで傷も多い。完全に怯えきっており、長い時間一人で彷徨っていたのだろう。
「テメェ確か魔物使いの……」
「これは俺のモンスターだ。こいつに手を出すなら黙ってないぞ」
「ざけんじゃねぇ! そいつがオレたちの食料を食ったんだぞ!」
サメちゃんを指差して激高する男。
「サメちゃん、本当か?」
「しゃ~!(とってない、落ちてた!)」
「落ちてたと言っているが?」
「落ちてたんじゃねぇ、とられないように木の根の間に隠してたんだ。それをとりに帰ったら、こいつがうまそうにムシャムシャ食ってやがったんだ!」
「言っちゃ悪いが、その状況なら俺でもとるぞ? 誰もいなくて木の根の間に食料だけが落ちてたんだろ」
「隠してたって言ってんだろうが!」
男はナイフを取り出し、こちらを威嚇して見せる。
こちらとしては隠すならちゃんと隠しとけって言いたいところだが、それを言ったら争いごとに発展するだろうな。
俺の隣にいるリーフィアがアイコンタクトで「ぶん殴っちゃいなさいよ」と伝えてくる。
そうしたいのは山々だが、サメちゃんがこいつらの食料を食っちまったのも事実みたいだからな。
このゲーム内で食料が貴重なのはわかるし、怒りたくなる気持ちもわからなくはない。
俺は唇を噛みつつその場に膝をつく。
「申し訳ない。俺の持ってる食料、僅かだが全部お前たちにやる。どうかそれで許してもらえないだろうか?」
深く頭を下げて謝罪する。
「ちょっと何情けないことしてんのよ」
リーフィアが服を引っ張ってくるが、俺は謝罪はやめない。
「よさぬか」
「そうよ、やめなさいよ」
「そっちではない、リーフィア主じゃ」
「なんであたしなのよ!?」
「男が仲間の不始末で頭を下げておるのじゃ。女が止めてよいものではない」
「男、女って、ほんと妖狐族は古代文明してるわね」
「謝罪を情けないと思っている妖精は進歩がないの」
扇情的な格好をして言い合うナツメとリーフィアを見て、男はゴクリと生唾を飲む。
「いい女連れてるじゃねぇか。娼館で買ったら一晩10万ベスタはしそうだ。おい、許してほしかったらそこの女に体で償わせろ」
「そうだ、こんないつ死ぬかわかんねぇ場所だ。一発ヤッてからじゃないと悔いが残るぜ」
心底下品な連中だ。
「すまん。それはできない。モンスターがやらかしたことは全て俺の責任だ。不満があるなら俺に頼む」
「あぁそうかよ!」
男の膝蹴りが顔面に突き刺さり、俺は後ろに倒れる。
「おら、何寝てんだ謝れよ! モンスターの不始末は飼い主の責任なんだろ!」
俺は起き上がり、正座してもう一度謝罪する。
「すまない」
「すまないじゃねぇんだよボケが!」
男が脇腹を蹴り上げ、俺の体は一瞬宙を浮く。
鋭い蹴りに吐きそうになったが、ぐっとこらえ乱れた姿勢を戻す。
「すまん」
「すまんじゃねぇって言ってんだろうが! 手ついて頭地面にこすりつけろ!」
顔面に無骨な拳がめり込み、ドバっと鼻血が漏れた。
「すまん」
「このヘタレ野郎が。お前みたいなのを見てると虫唾が走るぜ」
それから5分か、10分か。男たちが落ち着くまでぶん殴られ続けた。
「この盗人が! おら、早く謝罪しろ!」
俺はもう何度目かわからないが手を地につけ、頭を下げる。
すると男の足が俺の後頭部に乗る。
「ぶん殴るのも面倒になってきた。これで最後だ、誠心誠意許しを請えよ」
「…………すみませんでした。勘弁して下さい」
「あ~ん? 聞こえねぇな気持ちも入ってねぇ」
「すみません」
「へへ腑抜け野郎が、お前がいくら謝ったってダメだ。このサメは食料にする」
「しゃー!」
男がサメちゃんの背びれを持ってつかみ上げようとする。
俺は
「らぁぁぁぁぁぁ!!!」
その男の顔面を思いっきり殴りつけていた。
「なっ、お前何抵抗してんだよ!?」
「誰が抵抗しないって言ったんだよ!」
「ひっ!?」
困惑する別の男の顔に、妖精の鮮やかなハイキックが決まる。
「こんだけ謝ってるんだから許しなさいよ! なんてひどい奴らなのあんた達!?」
「女、ぶっ殺すぞ――ひでぶ!」
リーフィアを襲おうとした巨漢の男が、青い火球に吹き飛ばされ崩れかけの教会の壁にめり込む。
静観していたナツメの手には青い炎がくすぶっていた。
「あら、男の謝罪を女が止めるなって言ってなかった?」
「物には限度がある。こちらが何も言えんと思って、頭に乗られるとわっちも腹が立つ」
「余は醜悪なものが、美しいものを傷つける行為がこの世で一番嫌いだ。ダークヘルフレイム」
青い炎を持つナツメと、黒い炎を持つバエルは男たちに攻撃を開始する。
やべぇ開戦ののろし上げちまったと思ったときにはもう遅く、リーフィアは容赦なく金的を繰り返す金的マシーンになり、バエルとナツメは汚物は消毒だと言わんばかりに黒と青の炎を放射する。
◇
「畜生覚えてろ!」
ベタな捨て台詞を吐いて走り去っていく男たち。
そのケツは真っ黒に焼かれ、声には泣きが入っている。
リーフィアはその後ろ姿に凸指を立てていた。
「あーあ、敵対しちゃった」
ま、いいか。あんな荒くれ野郎どもに嫌われても痛くも痒くもないしな。
男たちに噛みつき、口周りを血まみれにしたサメちゃんが俺の足にしがみつく。
「しゃ~~!」
「無事で良かった」
「あんたも無茶してんじゃないわよ。あんな奴らどうせ100万回謝ったって許してくれないんだから、今度からやられる前に殺しなさいよ」
「すまん。でも謝ってすむならそれでなんとかしたかったんだ。食べ物をとっちまったのは事実だし、それを何が悪いんだって居直ったら俺たちはならず者と一緒だ」
「そうじゃな。最低限人間同士であるなら対話は必要じゃろう。それが品性というものじゃ」
「しかし相手が同じ品性を持っているかどうかはわからん。眷属、お前は人間の良心を信用しすぎだ」
「すまん。ああいう手合はボコボコにすると満足するもんなんだけどな。結局キレちまったら何の意味もない」
殴っちまったことを反省していると、俺の足にしがみついたサメちゃんが鳴き声を上げる。
「しゃー……(守ってくれてありがとう)」
「良いぞ眷属。最後まで我慢しておったのに、結局サメに手を出された瞬間手が出るのが」
「ま、あそこでキレなきゃ男じゃないわよ」
「そうじゃな、品性も必要じゃが一方的にやられるだけではいかん。東国に仏の顔も三度までという言葉がある。あまり無礼な奴は顔面にドロップキックで構わぬ」
「お前ら男だ女だは古代文明とか言ってなかったか?」
「キレてほしいときにキレてくれなきゃ嫌なの。ほらさっさと行きましょ。さっきの奴らと鉢合わせしたくないしさ」
サメちゃんを仲間に戻し、俺たちは薄暗い廃墟を進んでいく。
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