第94話 夜島クッキング


 カジノ城玉座にて、リッチは監視の悪魔たちから送られてくるリアルタイムの映像を見つめながら、骨の指で下顎骨をさする。

 彼の真っ黒な眼窩が見つめる先に魔物使いの男、水着姿の妖狐と妖精、メイド服の悪魔の姿が映し出されていた。


「随分楽しそうな格好をしたチームですね。しかし……このメイドどこかで見たことあるような。ふ~む」


 つい最近見たことあるような気がするーと思っていると、カジノエリアから戻ってきたベルゼバエが一礼する。


「ベルゼバエ君、ゲーム開始から今何時間くらい経ちましたカ?」

「約32時間です」

「それで何人死にました?」

「参加者65名中11名の死亡が確認されています」

「ホホホ、それは意外と善戦していますネ」

「あまり早くに決着するとショーにならないと思いまして、グールには手加減させています」

「それは良いはからいデース。一瞬でゲームが終わっては面白くありません。それでゲームの進行状況は?」

「先頭逃げ切り組は城下町につきつつあります」

「それは凄い。どのチームデス?」

「素性を隠していますが、統率力、身体能力から見て帝国騎士団と思われます」

「確かあそこはクソの役にも立たない市長がいるチームでは?」


 リッチの指が中空を撫でると、サム達のチームが映し出される。

 彼らはありもので即席の担架を作ると、その上に市長を乗せて走り続けていた。


「なるほど、さすが騎士団よく鍛えられていマス。前衛で戦闘をする騎士以外鎧を脱ぎ身軽になり、ウィークポイントである市長を乗り物に乗せることで、素早い移動を可能にしている。これぞまさにお荷物を運ぶと言うやつですね。ホホホホホ」


 サムたちにアッパレアッパレと笑うリッチ。


「そうだ、オッズが集中しているあのモーなんとかというチームはどうなりました?」

「坑道エリアで仲間数人を失ったものの、それからは速度を重視して突き進んでいます。しかし」

「なんです?」

「監視からは疲労と空腹による仲間割れが見られると」

「ウフフそうでしょうそうでしょう。この鬼ごっこの本懐はそこなのデス。明けない暗闇、そこら中から聞こえるうめき声、足りない物資、勇気の休憩か愚直な行進か、時には仲間を切り捨てることも必要になる。リーダーの資質がためされますネイ」


 ホホホホと上機嫌なリッチの元に、鎧を纏ったスケルトンがやってくる。


「リッチ様、ルール違反者を発見しました」

「ホホホホ? ルール違反デスか。何をしました?」

「不正に武器を隠したまま参加したものが数名います。中には銀のダガーや聖水を持ち込んでいるものがいます」


 リッチの前に5人の男女の画像が映し出される。その中には殺人鬼シスターも混ざっていた。


「アンデッド特攻デスネ。ナイフ程度なら見逃しても構わないのですが、そんな強い武器を持ち込まれるとルール違反ですネイ。それでは棒切で戦っている参加者がバカみたいではありませんカ」

「いかがなさいましょうか?」

「殺すのは簡単デスが、なにか面白いペナルティが欲しいですネイ」


 リッチがパンと手を打つと、4面のダイスが現れる。そのダイスには手、足、目、体の絵がそれぞれの面に書かれていた。

 ダイスが振るわれると、出目は足。


「違反者の両足を切断してくだサーイ。それをペナルティにしましょう」

「かしこまりました」


 リッチは先程の楽しそうな様子から一変し、つまらなさげにシスターの画像を見やる。


「せっかくの面白そうなコマが、こんなところで死んでしまうとは残念デース」



 サメちゃんを加えた俺たちは、苦々しい表情で巨木を眺めていた。

 両足を切られた参加者の死体が木にくくりつけられており、胸に『私は武器を不正に持ち込みました』と書かれたプレートを下げている。


 先程夜島全土に響く音声でリッチからアナウンスが有り、”ルール違反者を発見しました。不正に武器を持ち込んだ参加者がいる為、これよりペナルティを課しマース”と。

 恐らくそのペナルティを受けた人間なのだろう。


「ひでぇことしやがる」

「見せしめじゃな。ルールを破るとこうなるという」


 死体の下に、銀色に光るナイフと銀弾が装填された回転式の拳銃を見つける。恐らくこれを持ち込んだ為殺されたのだろう。


「持っていっていいかな?」

「構わんじゃろ。死人が使うわけではない」


 俺がナイフと拳銃を拾い上げると、死んだと思っていた参加者が急に手を伸ばして蠢く。


「うー……あぁー……」

「びっくりした。ゾンビ化してるな」

「もう戻れん。殺してやれ」


 ナツメに言われ、俺は哀れな参加者の首をナイフで刺し貫く。

 死体を後にして先を急ごうとすると、俺の足にしがみついていたサメちゃんがポテっと落ちる。


「どうした?」

「しゃー……」

「どうしたのよ?」


 リーフィアが抱き上げると、力なくぐったりしているサメちゃん。


「疲れてるんだ。丸一日一人でここを彷徨ってたみたいだし。可哀想に」

「どうするの?」

「休もう。腹も減ったしな」


 城までまだ距離がある。幸いにして聖水はまだ少し残ってるし、これを使って簡易的な結界を作り休むスペースを作成しよう。


「あたしもお腹すいた、パインの実が食べたい」

「そんなもんあるか。あるのは~……堅肉とジャガイモ」

「まずそう」

「それもそんなに量がない」

「わっちはよい、この身はわっちが生み出した写身。腹はすかぬ」

「腹はすかなくても、バエルと一緒でエネルギー入れないと魔力切れおこすだろ」

「それはそうじゃが」


 俺は何が作れるかとアイテムを確認していると、バエルが肩になにかでかい生き物を抱えて帰ってきた。

 恐らく四足獣だと思うが、体は獅子なのに背中からコウモリの羽が生えていたりサソリの尾がのびていたりして、一体なんなのかわからない。


「なにそれ」

「マンティコアだ。余を人間だと思って噛みついてきた可愛いやつだ」

「可愛いやつだって……死んでますが」

「駄犬を少し躾けたら首の骨が折れた」


 バエル様こっわ。


「食すと良い」

「そんな野生児みたいなことを言われましても。マンティコアって猛毒があるんじゃなかったか?」


 ごつい魔獣の死体を前にリーフィアに視線を向けると、彼女はブルブルと頭をふる。


「あたしこういう内臓とったりする加工パート無理なの、なんとかして」


 お嬢様がよぉと思いつつ、俺はマンティコアの死体に触れる。


「かっこいい牙してんなぁ。剥製にしたらめちゃくちゃ高く売れそうだ。俺がこれを捌くから、鍋とか食器を廃墟から持ってきてくれ。水と火がいるからナツメは調理を手伝ってくれ」

「わかったわ」

「うむ」


 立派な死体に銀のナイフを差し入れ、体内の毒袋を潰さないように摘出する。

 毒のある尻尾を切り、羽をとり、後は鹿の解体と同じ要領で内臓をとりのぞき、皮をはいで肉を水で洗う。

 尻尾は先端と毒腺をとってしまえば食えるはずなので、毒が染み出さないよう注意しながら作業を行う。

 食えるくらいの大きさに分割が終わったら、今度は近くで自生しているきのこを取りに行く。

 この辺は薄暗くて湿気ているのでキノコパラダイスだ。毒があるかどうかはリーフィアが判別できるので中毒をおこすこともない。

 肉とキノコ、毒腺をとった尻尾、夜島人参をリーフィアが持ってきた鍋に入れ水で煮込む。

 水炊きを作ってる後ろをリーフィアが興味深そうに眺める。


「ねぇじゃがいもと堅肉は入れないの?」

「それは保存食だから、堅くて歯ざわりが悪い。なんでも入れりゃいいってもんじゃないんだ。内臓も取り出せん素人は……黙っとれ」

「ムッカつく顔ね、玄人顔しちゃって」

「しゃー」

「待ってろよサメちゃん。今美味いの食わしてやるからな」


 水炊きだけではまだ肉が余っているので、豪快に肉塊を鉄板で焼く。

 ジュワッと音をたて、赤い肉汁がこぼれ出るステーキの匂いは空っぽの胃袋を刺激する。

 一切れ食してみると美味い。少し堅いが食感が良く普通の肉とかわらない。


 最初はゲテモノ感があったマンティコアだが、よくよく考えてみると帝国のグルメハンターがマンティコアを高価で買い取るという話を聞いたことがある。

 グルメハンターが買うってことはつまりお宝食材なのでは? と真理に気づく。

 

「しゃー……」


 よだれダラダラで肉が焼ける様子を見守るサメちゃん。

 俺は厚切りにした肉をサメちゃんの口に落とす。


「あーん」

「しゃーん……ムシャムシャムシャ!」


 なかなかお気にめしたようで、ガツガツと食べてくれる。

 味見はこのぐらいにして、俺はでかい手のひら形の葉っぱの上にマンティコアステーキをドカッと置き、その隣にマンティコアの尻尾汁を置く。

 全員が鍋が乗った焚き火を囲んで座ると、それぞれステーキにかぶりつき、尻尾汁を飲む。


「あっ、尻尾汁美味しい」

「ほぼエビだろ」

「うんエビ。ってかそれより味がしっかりしてる」

「しゃームシャムシャムシャムシャ!」


 ガツガツと肉を食らうリーフィアとサメちゃんに対して、ナツメとバエルの魔将組はお上品に肉を切り分けて食う。

 明らかに育ちの差が出ているな。俺は育ちが悪いのでガツガツ食うが。


「粗末な調理器具で、よくここまでやるもんじゃな」

「プラムと二人旅してる時は大体こんな感じだったしな。俺が作ってプラムが文句言いながら食う」

「あのまんじゅうも早く見つかると良いが……」


 案外匂いにつられてひょっこり現れたりしないものか。

 ちなみに俺たちが焚き火を作っている場所に聖水をまいているので、ゾンビたちは近づいてこない。

 全員の食いっぷりを眺めていると、バエルが不意に俺の指をナイフで切る。


「いった」


 彼女はしたたる血を水の入ったコップに入れ、満足気に飲み干す。


「きくぅ……10倍割くらいでちょうど良いな」

「あの、俺の血酒代わりにすんのやめてくんない?」

「余は嬉しい、料理もできて血も美味い眷属とは」


 バエルは俺の首筋に舌を這わせるとゆっくりと舐めあげる。

 生き物みたいな舌が、首を顎を耳を順に舐める。性的というよりかは味見をされている気分だ。


「ハァハァ、余のものになれ……悪いようにはせぬ。大事に大事に飼ってやる。余は眷属がいくら駄犬でも怒らぬ、むしろ愚かなものほど愛らしい。さぁ余に生涯を捧げ――いだだだだだ!」

「やめんか発情バカ吸血鬼が。それはわっちのものじゃと何回言ったらわかるんじゃ」


 ナツメがぐいっとバエルの耳を引っ張って行く。友達同士みたいな行為だが、あんなことできるのって多分同じ魔将だけだよな。


 食事を終え腹パンパンになったサメちゃん。さっきまで空気が抜けた風船みたいだっだのに、今では腹を膨らませテカテカしていた。今度は別の意味で動けなくなっている。


「しゃーゲフゥ……」

「少し休憩をとってから移動しよう」


 俺がそう言うと全員が焚き火の前で座ったり横になったりする。

 こうしてみると冒険中のパーティーにしか見えな……いや、水着とメイド服とサメだし冒険中には見えんな。強いて言うならバカンス中の貴族。

 そんなことを思っていると、リーフィアが食ったマンティコアの亡骸に手を合わせていた。


「食っちまったこと謝ってるのか?」

「そこまで傲慢じゃないわ。あなたのおかげで生きていけますって感謝してるの」

「なるほどな。まぁこいつも人間見たら食ってただろうし、食う食われるはお互い様だもんな」

「ねぇそれってさ、人食いマンティコアを食べたあたしたちって人食いってこと?」

「…………そのへんは考えないようにしようぜ」


 せっかく美味かったのに、このマンティコア何食ってたんだろって考えたら気持ち悪くなってきた。

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