第91話 ミミック

 バエル、ナツメと合流した俺たちは、漆黒の森を急ぎ足で歩いていた。


「わっちらがおらんうちに、そんなことになっていたとはな」


 ナツメにはバエルとの経緯と、ゲームについての話を既に行っており、話を聞いた彼女は大きくため息をつく。


「この夜島を乗っ取ったリッチを倒すには、ゲームに乗っかるのが一番いいと思ったんだよ」

「そのことに関しては何も言わん、問題なのは主が夜の王の眷属になったということじゃ」


 夜の王とはバエルのことである。


「しょうがないじゃん。フラッフラで今にも死にそうだったんだから」


 鞄の中にいるコウモリことバエルは、まだ魔力酔いを起こしておりグロッキー状態だ。


「阿呆が。夜王の眷属とは下僕と同じ。主人側がその気になれば、主の意識を乗っ取ることもできるのだぞ」

「バエルはそんなことしないって言ってたぞ」

「悪魔の言うことを鵜呑みにしなんし。夜王は魔大陸の全魔将の中で、もっとも魔王に近いと呼ばれた実力者。人間一人の命など羽虫程度にしか思っておらん」

「そんな悪いやつじゃないと思うけどな。ってか、なんでそこまでカリカリしてるんだ?」

「悪魔の眷属化はわっちでも解除できんのじゃ。夜王が主に自害を命じたとき、止めるすべがない」


 あぁなんだ心配してくれてるのか。


「ありがとう。まぁそうならんように、バエルの機嫌伺いながら生きて行くわ。人間椅子にでもなってりゃ殺されんだろ」


 案外美女悪魔の奴隷というのも悪くない人生なのかもしれない。

 スケベ衣装を着た悪魔が、四つん這いになった俺の背中の上に尻を下ろす。これもしかしたらお金払ってもいいレベルのプレイなのでは?

 そんなことを考えていると、ナツメの顔が険しくなる。


「……悪いが、そうなるならわっちは夜王を殺すぞ」

「物騒なこと言うなよ」

『そうだぞ森の王。余が眷属を殺すことはない』


 鞄から顔を出したバエルは、銀髪銀水着の妖狐を見てクククと笑う。

 どうやら魔力酔いは治ったらしい。


「夜王、この者は森島の獣王師団長じゃ。どうにか眷属の契約を解いてもらえぬか?」

『それは無理だ。血の契約は一度結べば解消することは叶わぬ。なに心配するな、余が眷属の血を飲んだだけで繋がりは弱い。強制的に意識を奪ってどうこうすることは出来ぬ』

「…………」

『疑り深い目をしている。そもそも眷属というのは我が子も同じ、それに自害を命じるなど反逆でもして来ぬ限りありえぬ』

「わっちは此奴の命が、夜王に握られているというのが気に入らんのじゃ」

『新たな森の王は随分と人間に情が深いな。何度も言うが血の契約というのは対等なもの。余は眷属のことを気に入っておる。我が手元に置いておきたいと思うほどだ』


 ナツメは「それが一番問題なんだよ」って顔をする。


「夜の王は勘違いされておる。この者は貴女が気に入るような人間ではない。大体女にはだらしないし、爆乳ファームを作りたいだの、森島定例会議では月に一度上半身裸デーを開催してみないか? と真顔で提案してくるクズじゃ」


 おいやめろよ! 俺が本当にダメ人間みたいじゃないか。


『ふむ……色欲の悪魔に相応しい。頼もしい限りだ』

「なんでそうなるんじゃ!!」


 絶対に眷属にさせたくないナツメと、何やっても褒めるバエルの対決みたいになっている。


「あぁもう喧嘩すんなよ。見ろ森の外に出られるぞ」


 さっさとこの薄気味悪い森を抜けよう。


「しかし主、よくこの視界の悪い森をズンズンと進んでいけるな」

「俺の頭の上にフクロウ乗ってるの気づいてる?」

「この丸っこい奴じゃな」

「ムーンオウルっていうモンスターなんだけど、こいつは夜目の特性を持ってて、鎖を繋ぐと俺もその恩恵があるんだ」

『魔物使いとは便利なものだな。眷属を爪弾きにした連中は相当見る目がない』

「モンスターがいないと何もできないのは事実だからな」


 森から出ると、小さな街に出た。

 街と言っても崩れかけの建物と、白骨死体が転がる荒れた廃墟だ。

 明るくはないのだが、地面が石で舗装されており森に比べれば格段に歩きやすい。

 夜目は必要ないだろうと、ここでムーンオウルをリリースしてやる。


「あんがとなー」


 飛び去っていくフクロウを見送り終わると、街の探索を行う。

 そろそろプラムの入った箱を見つけたいところだ。

 廃墟で箱を探索して、発見した箱は3っつ。先に2つを開けてみると、中身は僅かな食料と、用途不明の鍵。

 今のところ鍵がかかっている宝箱はなかったので、多分箱用ではないと思う。

 残りの1個は人間サイズくらいのでかい箱で、中身に期待が持てる。


「こりゃ凄いものが入ってるぞ」


 と、俺が言うときは大体入っていない。

 多分凄いトラップが入っているので、入念に調べてから開けよう。


「しかし主、このゲームは鬼ごっこなのじゃろう? なぜに宝箱ばっかり集めておるのじゃ?」

「本当は先行逃げ切り型が一番いいんだけどな。でも3時間程度のアドバンテージだと、すぐに追いつかれちまう。鬼はきっと先行してるやつを優先して狙うだろうしリスクが高い。それなら物資あさって、鬼が来ても追い返せるようにしたほうがいいんじゃないかと思ってな」

「確かに。鬼を倒してはいかんというルールはないな」


 トラップはなさそうなので、バカでかい宝箱を開け中を見てみる。


「なんだこりゃ」


 でかい箱のわりに、入っていたものは白黒のエプロンだけ。俗に言うメイド服である。


「これも何か特殊能力がある系なのか?」

『それは礼装武装冥土の土産』

「なんだその強そうなの?」

『悪魔メイド達が身につけていたものと同じで、優れた魔力補強機能がある。これがあるなら元の姿に戻れるやもしれん』


 バエルがメイド服の前に羽ばたくと、カッと光り輝く。

 次の瞬間、コウモリの体が人型悪魔へと変化していく。

 光が晴れると、その場に立っていたのは見た目15,6歳くらいだろうか? 側頭部に鋭いツノ、青白い肌に腰まである長い髪、起伏の激しい体をミニ丈のメイド服で包んだ女悪魔。満月のような金眼、魔将バエルの姿があった。


「む、やはり不完全か。これでは余が美女ではなく美少女になってしまっているな。しかしこれもまた良し」


 彼女は自身の体を確認しながら自信たっぷりに笑う。

 悪魔にこんなことを言うのは合っているのかわからないが、神々しい雰囲気すら感じる。


「どうした眷属ぅ。余に見惚れたか?」

「んなわけねぇだろ(ガン見)」


 いや、胸の北半球を大きく露出し、動けば見えるような極短いスカート丈をした姿。それだけでも視線が行ってしまうのに、それを絶世と呼んでいい美女悪魔が着ているのだ。見るなというのが無理な話。


「構わぬ構わぬ。普通の人間なら余に視線を投げる無礼など許されぬが眷属は別だ。余の美しき姿を存分に見るが良い」

「それじゃ遠慮なくローアングルから……」


 俺が地面に這いつくばろうとすると、ナツメのフットスタンプが容赦なく落ちてきた。


「阿呆が……」


 変な方向を向いてしまった首を治していると、馬の蹄の音が聞こえてくる。

 やけに音がでかい。相当巨大な馬が走っているのだろう。

 そう思っていると、俺たちがやってきた森から首のない巨大な騎士が霊馬に跨ってズドドドドと駆けてくる。


「なんじゃありゃ。人間踏み潰せそうなくらいでかいぞ」

「デュラハンだ。悪魔の中でも上位の強さを誇る」

「多分あれが鬼だな」


 鬼ってグールだけだと思ってたら、あんな奴もいるんだな。

 確かにベルゼバエは100体のアンデッドモンスターとしか言っていない。


「戦って勝てる相手か?」

「無理だな人間100人がかりでもあれには勝てぬ。余も森の王もオリジナルの体ではない、普通の人間と大差ないと思え」

「なら隠れるぞ!」

「隠れるってどこにじゃ!?」


 俺は目の前にある箱の中に、ナツメとバエルと共に飛び込む。

 宝箱の中でじっと身を潜めつつ、デュラハンが過ぎ去るのを待つ。


「主、狭いぞ」

「我慢してくれ」


 俺はそっと宝箱を開けて外を確認すると、あの野郎俺たちがここにいるのがわかっているのか旋回してやがるな。

 奴は手当たり次第に廃墟を破壊して回っているようで、建物が崩れる音が響く。


「無茶苦茶かよ」


 宝箱の上に瓦礫が落ちてきたらまずいな。

 なんにせよ、あいつがどこかに行ってくれないと外には出られない。

 それ即ちナツメ、バエルとほぼ密着状態で過ごさなければならない。

 なんという天国(✕)地獄なんだ。

 箱の大きさは人間が1人入れるくらいなので、3人で入ったらそりゃもう精一杯くっついて体を絡ませ合う以外にない。


「どこ触っとるんじゃ主は!」

「不可抗力不可抗力!」

「良いぞ眷属。見るだけでなく、余に触れる無礼。本来なら跡形もなく消し去っているところだが、それも許そう!」


 許す! となぜか自信満々で言うバエル。

 外ではデュラハンが暴れまわっている中、俺は柔らかな女の肉に包まれ身動き一つとれない状態になっていた。


「動いたら殺すからな主、いいかわかったな!」


 涙目なナツメと


「良い、良いぞ。かくれんぼをしているみたいで余は楽しい。アハハハハ」


 なぜかテンション上がっているバエル。

 俺が身をよじると「ひうっ」と可愛らしい悲鳴が上がる。わっちか? わっちが言ってるのか!?

 あと後ろから俺の首筋にくっついて深呼吸してるのどっち!?

 心臓をバクバク鳴らせながら10分ほどが経過。すると、外から音がしなくなった。

 そーっと宝箱の蓋を開けてみると、どうやらデュラハンは別の場所に移動したようだ。


「助かった……か?」


 宝箱から外に出ると、廃墟は暴れまわったデュラハンのせいでグシャグシャになっていた。


「こりゃ酷い」


 奴と全うに戦うには準備が足りなそうだ。


「あんなもんに見つかったら終わりだぞ」

「ぬ、主、これを首に巻きなんし」


 ナツメが差し出したのは転がっていた白骨死体がしていたマフラー。


「別に寒くないが?」

「いいから早くせよ!」

「?」


 よくわからずマフラーをさせられる。


「キスマークが目立つしな。クククク」


 バエルに言われ、俺はさっと首筋を手でおさえる。

 あれ、首筋にくっついてたのっててっきりバエルの方だと思ってたけど。

 もしかして……。

 ナツメは顔を赤くしたまま何も語らず、自身の唇を指でなぞる。

 この300歳わっち、誰よりもヒロインしすぎじゃない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る