第90話 アンデッドには銀が効く

 パンツを構えていて、ひょこっと顔を出したのは見覚えのあるコウモリ。


「バエルか、驚かせるなよ。いや、でも良かった話せるやつがいると助かる」

「…………」

「あれ? どうした?」


 無言のまま飛びもせずテクテク歩いてくるコウモリを抱き上げるが、電池が切れた玩具みたいに静かだ。


「どうしたバエル? バエルさん?」

「…………」


 一瞬違うコウモリかと思ったが、手当した翼の傷があるので間違いないと思う。

 すると急に意識が戻ったのか、バエルが覚醒する。


『ん……少し意識を失っていた』

「大丈夫かよ」

『体を維持できぬかもしれぬ』


 こいつカジノ城で囚われてるんだったな。


「今どういう状況なんだ?」

『胸に聖剣を突き刺され、破滅魔法をかけ続けられている』

「ガチの殺し方じゃねぇか。大丈夫か、なんかできることあるか?」

『ククク、ならばその血を寄越せ。そして我が眷属になるのだ』


 俺は指先を噛んで出血させると、バエルの前に差し出す。


『む、冗談だ。余に血を吸われたら、本当に眷属になってしまうぞ』

「眷属ってどういう奴なんだ?」

『余の命令には絶対服従する傀儡だ』

「それって意識なくなるのか?」

『なくなりはせんが、余が人を殺せと命じれば殺さなくてはいけなくなる』

「お前はそんなことするのか?」

『いや、せぬが……』

「じゃあいいじゃねぇか」

『…………』


 バエルは戸惑いながらも傷口に口をつけると、クピクピと血を飲み始めた。


『ぅーきく』

「酒飲んでるおっさんみたいなこと言ってるな」

『力が戻……りゅ』


 本当に酔っ払いみたいに、コテンと倒れてしまうバエル。

 多分俺の魔力と自分の魔力が混ざって酔ったってところか。

 血は魔触媒として上位のもので、直接接種すると魔力酔いを起こすことがある。

 俺はバエルを鞄の中に入れつつ、今の間に移動しようと立ち上がるとまた茂みがガサッと鳴る。


「ん、まだ誰かいるのか?」


 バサッと音をたてて飛び出してきたのは、爆乳妖狐ことナツメである。

 彼女は俺を乳で押しつぶすようにして倒れ込んできた。


「敵か!?」

「違う俺だ!」


 戦闘態勢をとるナツメだったが、組み敷いているのが俺だと気づき息をつく。


「主か」

「どうしたんだ? ってかホムラたちはどうした?」

「強い不死者に襲われてな。皆散り散りになってしまったのじゃ。わっちはすぐに戻ろうとしたのだが、転移トラップを踏んでしまいどこに飛ばされたのかわからなくなっていた」

「そうなのか。ってことは他の二人もトラップを踏んだ可能性があるな」


 その時「おぉぉぉ」っとゾンビのうめき声が聞こえてくる。


「敵じゃ、恐らくわっちを追いかけてきている」

「なんでなんだ?」

「巫女は神聖なるものじゃ。亡者は救いを求め、その神聖を求める」

「そう言ってもゾンビなんてのろいし別に……」


 怖くないと言いかけて黙ってしまう。

 森の中からうじゃうじゃと出るわ出るわ。数えるのも馬鹿らしくなるくらいのゾンビの群れが。


「これもしかして全方位囲まれてるか?」

「恐らくな。わっちは敵をまくのにほとんど魔力を使い切ってしまった」

「俺の魔力を回してもいいが、これだけの物量で来られるとマズイな」


 ちょっとやそっと倒したところで焼け石に水だ。

 すると酔っ払ったバエルが鞄から顔だけ出すとアドバイスをくれる。


『銀だ~銀を纏え~不死者は銀を恐れりゅ~、目がまわりゅ~』


 そう残してまた鞄の中に戻った。


「確かに西の怪物には銀がきくと言う。銀は強い魔除けの効果があり、東国で言う清め塩に近い効果がある」

「なるほどって言いたいところだけど、銀なんて」


 俺はポケットにあるものを握りしめ、はっとする。

 紐を引っ張って出てきたもの、それはカラフルなブラジャー。その中に銀色のものもある。

 そう、宝箱に何入れてんだって思っていたものだ。


「まさか……」


 俺はゾンビたちに向かってブラジャーを振り回してみる。

 すると銀を恐れ、転倒するものや、両腕で顔を守ろうとするなど、ゾンビらしからぬ行動を見せた。


「あっちに行け!」


 右手にブラジャー、左手にパンツを持ってゾンビたちを圧倒していく。

 だが怯むだけで、一向にゾンビは立ち去ってくれない。


「くそ、むしろ増えてるまであるぞ。バエル、どうしたらいいんだ!?」

『銀は神聖が高いものが装備することで、より強い効果を発揮すりゅ~、ちゃんと装備しろ~』


 鞄の中から更に解説が入る。

 そうか、使い方が間違ってるんだな。


「ナツメ……」

「言うと思ったわ! 嫌じゃ、わっちはそんな卑猥なもの着ぬぞ!」

「死ぬかどうかの瀬戸際なんだ、頼む」

「嫌じゃ嫌じゃ! 前々から思っておったが、主はわっちに恥ずかしいことをさせようとしている気がしてならん!」

「わかった、じゃあ俺がやろう。俺に神聖はないけど、ちょっとは効果あるかもしれない」


 服を脱いで初めてのブラジャーを着用しようとすると、ナツメは悔しげに銀の水着を奪う。

 どうやらお前がやるくらいならと腹をくくってくれたらしい。


「ありがとう」

「うぐぐぐぐ、これで効果がなかったら許さんからな! お前は後ろ向いておれ!」


 彼女の着替え時間を稼ぐため、転がっていた棒切を振り回しゾンビ共を威嚇する。


「かかってこいよゾンビ共! 食ってみやがれ!」


 俺がイキりちらかしていると、着替えを終えたナツメが前に出る。

 白い頬を真っ赤に染め、布面積の少ない銀の水着を着た美女。すらっと長い脚にくびれた腰と、グラマーな体。BBA無理すんなとは決して言えない。

 三角形のブラが、爆乳の負荷に耐えきれないと言いたげに食い込んでおり、パンツの角度もかなり鋭い。

 何より海と全く関係ない森の中で水着になるというのが、背徳感を感じる。

 彼女の水着を見たゾンビたちは「うおわぉぉぉぉ」とよろめき、あるものは逃げ出し、あるものは浄化されて倒れ伏す。


「すごい効果だ……水着を着るだけでゾンビたちを一網打尽にできるなんて」

「おい、もういいか。もう着替えていいか?」


 顔が引きつっているナツメ。


「は? 何言ってんだ、着てるだけでゾンビを避けられるんだからこのままで行くに決まってるだろ」

「ふざけるな、わっちを痴女にしたいのか!? こんな若い連中が着るようなものを着せられて!」

「わかった、そんなに嫌なら俺が装備しよう。みんなを守るためなら、俺は喜んでブラ男になる」

「ぐぐぐぐ」

「例え後ろ指さされようと、笑いものになろうとかまわない。お前たちのためならな。さぁお前の脱ぎたての水着をくれ」

「言い方がいちいち気持ち悪いんじゃ! わかった、着とればいいんじゃろ! くっ、一人になったときは会いたいと散々願ったが、会った瞬間これじゃ」

「会いたかったのか?」

「主は黙っとれ! 腹立つ男じゃの!」


 俺はバエル、ナツメと合流を果たした。



 その頃――

 モーガンは腕に覚えのある13人の冒険者と、ワッツとベンの二人を加えたチームを組んでいた。 

 夜島の北端にある山脈地帯に転移した15名は、先行逃げ切り型を選択し急ぎ山を登っていた。


「くそ、面倒なところに飛ばされたもんだ。俺様達が強いからって、運営がわざと不利な位置にしたんじゃないのか?」


 モーガンチームは山越えをするか迂回ルートを進むかを迫られ、結局速さを優先して山越えを選択したのだ。

 岩肌がむき出しになった山は歩きにくく、少しバランスを崩せば滑落するような場所も進まなければならない。

 その道中、気味の悪い坑道を見つけチームは足を止めていた。

 古いあなは地獄に続いているかのように真っ暗で、ひしゃげたトロッコレールがわずかに覗いている。


「う~怖いっす。完全にダンジョンっす」

「こんなもの無視だ無視」


 モーガンはそのまま山を下ろうとするが、ドレッドヘアのレンジャーアンジーが坑道の前で膝をつき、転がっていた石にルーン文字を書き込む。


地を這う光の石低位マップ解析


 術と共に放り投げると、光る石はネズミのように坑道を走り、そのダンジョンのおおよその長さを教えてくれるのだ。


「ここ、山の裏側に繋がってる。うまくいけばショートカットになる」

「中はきっと危険だろう。正直俺様入りたくない」

「でも、この山宝箱もないし、あるとしたらきっとこの中だよ。丸腰で進む気かい?」

「食料はなくても大丈夫っすけど、水はないときついっす……」


 モーガンは決断を迫られ、ワッツとベンの背中をドンと押す。


「「へ?」」

「お前ら、中を偵察してこい」

「「えぇ!?」」

「能力不足のお前らをチームに入れてやったんだ。ここで役に立たなきゃどこで立つって言うんだ」

「「そ、そんなぁ」」

「ここで崖から突き落とされるか、中に入って宝箱見つけてくるかどっちがいいんだ」


 脅されたワッツとベンは、渋々坑道の中を進む。


 ――30分後


「遅すぎる。あいつら死んだか?」

「悲鳴がしていない。まぁ一瞬で殺された可能性もあるけど」


 モーガンとアンジーが話をしていると、驚くことに両手に金の財宝を手にしたワッツとベンが戻ってきた。


「何だお前らそれは!?」

「た、宝箱の中から出てきたっす」

「ま、まだいっぱいあるんだなぁ。モンスターも全然いないんだなぁ」

「はは~ん、どうやらここはボーナスステージだな」


 モーガンは、ここが運営の用意したお宝置き場だと睨む。

 同じことを考えた他の冒険者たちは、我先にと薄暗い坑道の中へと進む。


「あっ、オイ俺様が一番だ! 抜け駆けするな!」


 自分の利しか考えていない即席チームに、そんなこと言っても無駄である。


「うひょー、本当に宝の山じゃねぇか!」

「最高だ! オレはこれを全部持って帰るぞ!」


 恐らく金の採掘場だったのだろう、坑道の至るところに金が転がっており、トロッコに乗った金塊の山を見て全員がゴクリと生唾を飲み込む。

 金に飢えた冒険者たちは歓声を上げ、できる限り懐にお宝を詰め込む。

 ポケットから金の延べ棒がはみ出し、全身に金のアクセサリーを着用する。

 これだけあれば第一ゲームが終わればリタイアすればいいと思うものが大半だったが、違和感に気づいたのは意外にもワッツとベンだった。


「いっぱい宝箱があるのに武器が一つもないっす」

「それにこれだけいっぱい持つと重いんだなぁ」

「つべこべいわず持てるだけ持て」


 目が金のマークになった冒険者が正常になったのは2時間後。

 自分たちがショートカットするために入った坑道で、時間を無為にしていることに気づいたのは、坑道に鬼が入ってきてからだ。


「ぐああああああ!!」


 悲鳴が聞こえ、モーガンたちが集まるとそこには10匹のグールが冒険者の一人を食い殺していた。

 真っ赤な瞳に体毛が全て落ちた体。人ではなく魔獣と化した不死の怪物。

 牙の生えた血まみれの口で、残りの人間を見やる。


「GUUUUU……」

「まずい、もう3時間経ったのか!?」

「GAAAAAA!!」

「オレたち丸腰っすよ!」

「泣き言をいうな逃げるぞ!」


 財宝を持った冒険者たちは、四つん這いで駆けてくるグールに背を向け全力で坑道脱出を目指す。


「止まるな走れ! 殺されるぞ!」


 冒険者の一人が足をくじき転倒する。その際モーガンの服をつかんだ。


「置いていかないでくれ、死にたくない!」

「離せこの野郎!」


 モーガンは顔面に蹴りを見舞うと、仲間を捨てて走る。

 後ろで断末魔が聞こえてきたが、おかげでグールのスピードが落ちた。

 だが、まだ3匹ついてきている。

 モーガンは前を走る男の肩を掴んで、無理やり後ろに引き倒す。


「テメェなにしやがる!」

「お前が餌になれ!」


 転倒した冒険者はグールに追いつかれ、暗い洞窟の中へと連れ戻されていく。


「嫌だ、離してくれ! せめて殺してくれ!」


 その光景が、まるで欲に駆られた人間を地獄に連れて行く悪魔絵画のようにも見えて身震いする。

 この坑道は運営が用意したボーナス等ではなく、人間の欲望を刺激したトラップなのだと後になって気づくのだった。


 モーガンチーム3名脱落。




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