第89話 宝箱に意味のないものを入れるな

 カジノ城の玉座で、監視から送られてくる映像を眺めるリッチ。

 そこに説明を終えたベルゼバエが転移してくる。


「参加者、全員スタートしました」

「ご苦労さまデース。賭けはどうなっています?」

「オッズはモーガンという男に集中しているようですが」

「あれが人間のリーダーのようですからね。でも第一ゲームでは参加者の特性がわかりませんから。ベルゼバエ君はこのゲームどう見ます?」

「スタート位置から城まで人間の足では約3日かかります。先行逃げ切り型と、隠密慎重型に分かれるかと」

「どちらも問題がありますネイ」

「はい、先行逃げ切り型は三日間休まず動き続けなければならず、隠密慎重型は鬼をやり過ごすためどうしても時間がかかります」

「イエース。実はその二つの作戦以外に、もう一つ装備収集型というタイプがありまーす」

「宝箱を開けてまわるのですか? しかし宝箱にはブービートラップがありますし」

「はい、島にばらまいた宝箱のうち半分はトラップデース。しかしそのトラップを恐れず装備を収集すれば、鬼を倒せる装備が見つかるかもしれまセーン。それに、今回はミーが当たり箱を増やしてマース」

「当たり箱には一体何が?」

「それは内緒デース。でも役に立つものデース。いずれにせよこの勝負、鬼が解き放たれる3時間が重要となりマース」


 ホホホホホと愉快げに笑うリッチ。



 転移門が輝くと、俺は一人暗い森の中に転移していた。

 悪霊が乗り移ったような、ひしゃげた木々が並び、この中のどれかが動き出しても不思議ではない。


「ここがどこかはわからんが……」


 3時間後に鬼が投入され、そいつらから逃げつつカジノ城を目指さなきゃならんのだな。

 城までの距離はかなり遠く、恐らく普通に歩いていけば数日かかるだろう。


「鬼ごっこだしもっと早くなるか?」


 いや、鬼に追いつかれたら隠れたりするだろうし逆に遅くなるのか。

 どっちにしろ水と食料は必要になりそうだ。


「さて行くかプラ……」


 ムと言いかけて、いつも隣りにいる水まんじゅうがおらず、俺は唇を尖らせる。


「恥ずかしい。これじゃ、俺があいつがいないと何も出来ないみたいだろ」


 俺はわりとプラムがいるから雑に動いているところがある。

 心の奥でモンスターが出ようが罠踏もうが、プラムがいるからなんとかなるだろうと思っていたのだろう。彼女がガンガン突っ込んでいってくれるからこそ、恐れも消え、なんなら負けてたまるかという競争心すら芽生えてくる。

 それがいないとなると、途端に恐怖心が勝り、危険な森を全裸で歩いている気分になる。

 とにかくこの気味の悪い森を抜けよう。


「うぅ……あー」


 周囲から聞こえてくるゾンビのうめき声。

 近いな。そう思い振り返ると、木々の合間から動く腐敗した死体が姿を見せる。

 恐らくこいつらは鬼ごっこの鬼ではなく、最初からいた夜島の住人だろう。

 徘徊しているゾンビや野生モンスターに食い殺されても終わりというわけだ。


「全くデスゲームは最高だぜ」


 俺は毒づきながら、うすのろなゾンビを無視して先へと進む。

 道中、木の根っこに銅色の宝箱が置かれているのが見えた。


「おっ、これはベルゼバエの言っていた武器箱では?」


 ナイフでもなんでもいい、あわよくばプラム出てこい。

 そう思いながら箱を開くと、いきなりバンと音を立てて何かが破裂した。

 俺は肩と腕に突き刺さった釘を抜きながら顔をしかめる。


「主催者性格悪すぎんだろ」


 宝箱に仕掛けられていたブービートラップ。爆破の魔石と大量の釘を一緒に入れ、フタを開けると魔法が起動。爆風で周囲に釘が飛散し、箱を開けた人間に突き刺さるという凶悪な仕様。


「毒ガスじゃなかっただけマシか」


 あまりダンジョン攻略などには行かないので、罠への意識が低かった。

 中身も吹っ飛んでしまったかと思い箱の中を覗き込むと、なぜか爆風に負けず黒のエロい下着が入っていた。


「えぇ……なんで?(困惑)」


 参加者の中で誰か下着を入れた奴がいるのか? そんなわけないよな。

 パンツを手に取ると、【大当たり。月光の下着、装備すると魔力が大幅アップ】と書かれた紙がぽろりと落ちた。どうやらランクの高い魔装具の一種らしい。

 俺は月光の下着を自分の胸に当ててみる。


 えっ、つけるの? 俺が?


 何をバカなと思ったが、ふと頭に全滅しそうなワンシーンが思い浮かぶ。

 リッチと対峙する俺とプラム、ギリギリで敵を倒しきれない熾烈な戦い。

 その時、俺が月光の下着をつけていれば。

 恥なんてかきすてステータスアップを優先していれば。

 そんな後悔が――


 いや、ないない、ないから。


 例えそれで勝ってもなんか喜べない。

 俺たちはリッチを倒した、だが皆には言っていない……俺が服の下にブラジャーを付けていることを。

 なんとなくバッドエンド小説を彷彿とさせる。

 ってかそのシーンならプラムがつけろ、なんで俺がつけるんだ。


「まぁ一応持っておくか……一応な」


 なにがあるかわからんからな。これに命を救われることもあるかもしれない。

 この調子で宝箱を開けて、プラムを発見したいところだが。

 他にもあるだろと、周辺を探すとありましたありました。

 大小様々な宝箱が5個。


「これだけありゃどれか当たりだろ」


 最悪武器や食料でも構わない、そう思い罠に気をつけながらオープンしてみる。


「なんでなん?」


 宝箱に入っていたのはカラフルなエロい水着だった。

 平時ならばちょっとテンション上がったが、今現在はデスゲーム中である。

 しかも結構な即死トラップをかいくぐってこれだ。

 おちょくられてる感が半端じゃない。


「このパンツをどうすればいいんだよ! 被るのか、被れば良いのか!?」


 他の人間に白い目で見られようと、いやいやこれ装備すると魔力上がりますから、素人は黙っててくださいとでも言うのか。

 まだ出会ってすらないが、リッチに憎しみが湧いてきた。


 途方に暮れていると、茂みからガサガサと音がなる。

 敵か? 俺はパンツの両サイドのヒモを引っ張って構える。

 有事の際はこれで相手の首を締めて窒息させるしかない。



 その頃、宝箱に入れられたプラムはモゾモゾと箱の中から脱出していた。


「ふぅやっと出られた。全くユーリはボクがいないとダメなんだから、早く戻らなきゃ」


 プラムは周囲を見渡すが、不気味な廃墟が広がっていた。

 レンガ造りの建物に、石で舗装された地面。明らかに最初の廃村でないことはわかるが、それ以外はわからない。


「ここどこだ?」

「うぅ……あー」


 廃墟のいたるところから聞こえてくるゾンビのうめき声。

 プラムは普段、ユーリがいるから雑に動いているところがある。

 心の奥でモンスターが出ようが罠踏もうが、ユーリがなんとかするだろうと思っている。多少のことで命を落とすことはないプラムだったが、ユーリを命綱にしているからこそガンガン突っ込めた。

 それがないとなると、途端に恐怖心が勝り(以下略


「ユーリ……ユーリー?」


 周辺にいるゾンビなどプラムの敵ではないのだが、彼女はビビりなところがあり、一人だと怯えが先に来てパフォーマンスを十分に発揮できない。


「ユーリー」


 か細い声に反応して、振り返ったゾンビから慌てて隠れる。


「目玉飛び出てたな……。ユーリー……どこー? 出てきてー」


 捨てられた犬みたいに心底不安になっていると、廃墟の陰からモコモンキーのサスケと、サスケの頭に乗った灼熱丸が姿を現す。


「ウキ」

「クケ」

「おぉぉ!!」


 プラムは目を輝かせ二人に近づく。


「ウキウキ(近くにいた)」

「クケ(合流)」

「良かった。よし、これよりプラム探検隊を結成しよう。ボクがリーダーね」

「ウキ(リーダー!)」

「クケ(リーダー!)」


 サスケと灼熱丸はプラムに敬礼を行う。


「どうせユーリのことだから、ひどい目にあってぐえええってなってるに決まってるんだ。早く探しに行こう」

「ウキウキ?(どこを探せばいいんだろ)」

「クケ(現在地不明)」

「ユーリがなにかあったら東を目指せって言ってた」

「クケ(東?)」

「んとね、北から見て右側、あれ左側だっけな」

「ウキ?(北どっち?)」

「北は……わからん!」


 プラム探検隊、初手遭難。


「とりあえず城めざそっか」

「ウキ(了解)」

「クケ(了解)」

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