第32話 姫
◇
ヴァーミリオン帝国、ウィンダム騎空士基地。
戦闘用に飼いならされた翼竜が40頭、魔導航空空母1隻、小型飛行艇20騎が配備された騎空士基地。
作戦室に緊急招集をかけられた翼竜騎士隊が、真剣な眼差しで見やるのはヴァーミリオン帝国第一王子マッシブである。
鍛え上げられた王子らしからぬ武闘派系の男は、テーブルに魔大陸の地図を広げると信頼のおける部下たちに早い口調で話す。
「既に知っての通り
王子は、書き置きの手紙をテーブルに置く。
「情報を集めた結果、エウレカは変装魔法が得意で性別すら自在に操るらしく、姿をかえて警備をかいくぐった模様。また執行船第667便に、騎士隊の格好をした身元不明の人物が紛れ込んでいたとのこと。この不審者が変装したエウレカだった可能性が非常に高い」
「なぜ姫様は執行船なんかに忍び込んだのでしょう?」
「エウレカは元バトルマスターユーリ・ルークスの生粋のファンで、裁判に強い不満を持っていたと事情を聞けた。この667便にはユーリ・ルークスが乗船しており、執行を食い止めることが目的だったと見られる」
「あのおとなしい姫様が……執行船はどうなったのですか?」
「嵐により沈没したと、乗り合わせたサム第9陸軍副騎士団長から話を聞けた」
「副騎士団長がついていてこれか」
「彼を責めるな。彼は姫が忍び込んでいたことに気づいていなかったし、彼がこの情報を報せなければ、我々はいまだ国内を探し回っていた」
「船に乗っていた犯罪者はどうなったのです? 姫様の存在が知られれば、島流しの報復に襲われるやもしれません」
「そうだ、確か犯罪者の中には強姦罪のものもいたはず……」
兵たちの疑問に、マッシブ王子は苦い表情を返す。
「受刑者は嵐の時に、一人ずつ樽に詰めて海に落としたそうだ。あそこの海流は座礁した船含め、全て森島に流れ着くようになっている」
「だとしたら、犯罪者と姫様が同じ島に打ち上げられている可能性も」
「心配事はそれだけじゃない。エウレカはサバイバルなんてできる子ではない。島に住む魔獣に襲われれば終わり、腹が減っても終わり、犯罪者に見つかっても終わりだ」
重々しい空気がテント内に漂う。
これからもしかすると、海の藻屑になっていたほうがマシだったと思う、変わり果てたエウレカを捜索しなければならないかもしれないからだ。
「なぜ我々
「サムの話によると、事態に気づいた海軍が重要極秘事項であると勝手に判断し、自分たちだけで調査しようとしたみたいだが、一向に調査を開始しなかったらしい。それどころか、姫が死ぬのを待つようなそぶりを見せたとのこと」
「まさか……王女が行方不明になったのは」
「確か海軍は、第二王子の息がかかっていましたな」
「姫が執行船に忍び込めたのも、実は手引があったのでは?」
ざわつく兵に、マッシブ王子は首を振る。
「真偽はわからん。弟が、俺にエウレカの護衛責任を負わせるために海軍と仕組んだことかもしれんが、第一優先はエウレカの救出だ。真相究明はその後だ」
「了解しました」
「救出作戦には、事情を知るサム副騎士団長を部隊に加える」
マッシブが言うと、げっそりとやせ細ったサムが作戦室に入ってくる。
彼は軟禁状態だった軍船から抜け出し、魔大陸海域から380クロを泳ぎぬいてヴァーミリオン帝国へと帰還。姫の情報と、海軍の策略をマッシブ王子に届けたのだった。
「今回の件、わたしが姫様の乗船を見逃してしまった為、国家的危機を招いてしまいました。この責任は姫様救出後、軍法会議によってとらせていただきます」
頭を下げるサムに、マッシブ王子は首を振る。
「サム、今回の件もとを正せば、護衛に穴があった俺の責任だ。むしろ海軍に手を貸さず、真実を届けてくれたことを感謝している」
「しかし解せないのは、サム副団長は陸軍であろう。なぜ執行船に乗っていたのだね?」
兵の質問にサムは顔を伏せる。
「……それは……友の処刑を見届けに」
「確かユーリ・ルークスと知り合いだと言っていたな」
「はい。マッシブ様、わたしは姫様は生きていると思います。あの男が必ずや、姫様を保護していると確信しております」
サムのまっすぐな瞳に、マッシブは眉をひそめる。
「しかしユーリ・ルークスは政府に恨みを持っているだろう。俺が言うのもなんだが、輝かしい経歴を爆乳禁止法で台無しにされた男だ」
「奴は姫様の素性がわかっていても、保護していると思います。例え自分を貶めた相手であろうと、窮地であれば助けます」
「彼とは親友なのか?」
「いえ……正直仲はよくありません。しかしあの男は、客観的に正しいことを選択することができます。昔からそういう男なのです」
サムの脳裏に、子供時代スライムを殺そうとしていたとき、自分をぶん殴って止めたユーリの姿が浮かぶ。
「お前の方がモンスターじゃねぇか!」あの言葉は、今でも自分の胸に突き刺さっている。
そのことがきっかけで、サムは国で認められた正義の存在、騎士を目指したのだから。
「……バトルリーグチャンピオンのユーリ・ルークスが味方にいるのならば、エウレカの生存確率はぐっと上がるだろう。その可能性に賭ける。翼竜隊及び、翼竜騎空母艦ヴァーミリオンヴァンガードは出撃態勢が整い次第出撃する!」
◇
オットー事件から二日後。
「ベヘモス全然来なくなったな」
ありがたいことではあるが、オットーが言っていた、世界樹に向けての大規模作戦が展開されているのかもしれない。
「ちょっと心配だな」
そんなことを考えながら俺とシエルは、畑に植えた真っ赤なトマトを収穫していた。
このトマト植えてからまだ一週間足らずなのだが、セシリアが苗の前で謎のダンスを踊ると飛躍的に収穫時期が早まるのだ。
そのへんはさすが花の妖精というべきか。俺たちは、そのスキルを
とても有用なスキルなのだが、本人のやる気にかなり効果が左右されるのが難点である。
「食料問題が解決する、めちゃくちゃ有用なスキルだな」
「そうですね。人間には使えない、希少価値の高い魔法だと思います」
「褒めると調子に乗るから絶対本人の前では言わんが、あいつ性格がポンコツなだけで、スペックはめちゃくちゃ良いんだよな」
「ちゃんとセシリアさんに言ってあげましょうよ」
白のシャツに麦わら帽子を被ったシエルは、フフッと笑みを浮かべながら、トマトをカゴの中へと入れていく。
「美味しそうなトマトですね」
「一個食べるか?」
「いいんですか?」
「真面目に働いてくれてるからな」
「じゃあ洗ってきますね」
トマトを持って、水路に行こうとするシエルを引き止める。
「洗わなくていいって。こんなもんこうしてこうだ」
俺は自分のシャツで、ゴシゴシっと拭いてトマトをかじる。
シエルは見よう見まねで、同じようにトマトをかじる。
「うまいだろ」
「美味しいです。とても」
陽の光を浴び、汗をたらしながら微笑む美少年。
「絵になる……」
タイトルをつけるなら夏の少年(少女)。
シエルの色白さが、アンバランスでまた良い。寒い国から来て、初めてクソ暑い夏を経験したかのような爽やかさがある。
「ハックシュ」
「どうした、風邪か?」
「いえ、そんなことはないんですけど、誰かに噂されてるかもしれませんね」
フフッと微笑むシエル。
ほぼ天使。
結婚した……い。
この感覚に何か既視感を感じる。あれ? 俺、前もこんなことを。
もう一度シエルの顔を見やり、疑問は確信にかわる。
彼の横顔が、ある女性とダブって見えた。
「…………姫様?」
シエルは目を見開くと、コロンとトマトを落とした。
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