第33話 パンツ鍋

「…………姫様?」


 シエルはコロンとトマトを落とした。


「はは……な、なにを言ってるのでしょう。自分は男ですよ」

「あ、いや……なんでもないんだ」


 一瞬彼の姿がエウレカ姫と被って見えた。

 自分でも、さすがに姫様と結びつけるのは無理があるだろうと思う。


「ユーリさん疲れてるんじゃないですか?」


 そうなのかな。確かに魔大陸に来て、いろいろあったしな。

 そう思いつつ、もう一度シエルの横顔を見やる。


「あれ……お前」


 俺は彼の顔に触れ、その目を至近距離で注意深く見やる。


「ななな、なんでしょう!? 自分はエウレカではなく……」

「いや、クマできてんな」

「……クマですか?」

「そう、目の下黒くなってる」

「あぁ、少し寝不足でして。すみません、自分なんかユーリさんに比べたら全然仕事してないのに」

「いや、サバイバルで不眠症になるのはよくある話だ。特にお前は上流階級で育ってきたんだろ? 野宿でストレスがたまってると思う」

「でも今は妖狐族さんが作ってくれた家がありますし」

「それで寝れてるのか?」

「…………」


 ダメっぽいな。こいつ見た目からして繊細だし、枕変わると寝れませんという顔をしている。


「できる限りストレスを減らすなら、ヴァーミリオンで暮らしていた時の寝方に寄せることだな。普段どういうベッド使ってて、寝る時の格好と体勢はどんな姿だったんだ?」

「え~っと、ベッドはキングサイズのウォーターベッドで、格好はベビードール、おっきなシロクマのぬいぐるみに抱かれながら寝てました」

「ベビードールにくまさん……変わった格好で寝てるんだな」

「わりかし普通だと思いますけど……嘘です嘘です! 普通のシャツだけで床に藁敷いて寝てました!」


 慌てて首を振るシエル。

 こいつ今完全に自分が男だって忘れて、素で答えてたよな。

 キングサイズのベッドで、ベビードールにくまさんって、多分豪邸レベルの生活水準してるぞ。あれ? もしかしてほんとに姫様じゃないの? わからなくなってきた。


「ユーリー、猫の行商来たよー!」


 シエルの正体を怪しんでいると、プラムに呼ばれる。


「じゃ、じゃあ自分はこれで。バニラさんに本を読んであげる約束をしていますので」


 シエルは収穫したトマトを持って、逃げるように食料庫へと走っていく。


「あやしい……」


 俺はなんで姫様と錯覚したんだろうかと、首を傾げながらファームの入り口へと向かう。

 柵門前にはプラムと、手もみする猫族の行商の姿があった。

 猫族には人とそっくりな半猫半人のミューキャット種と、普通の猫が二足歩行しているケットシー種がおり、行商は黒猫のケットシーだった。


「まいど、ケットシー商会ですニャ。なにか入用なものはありませんかニャ?」


 彼はケットシーのブライト。このファームが完成する前から、ちょくちょく物を売りに来る行商である。

 背負ったでかいバッグからいろんなものが出てくるので、プラムやバニラ達は彼が持ってくる物を楽しみにしている。


「今日のオススメは?」

「今日はゴブリンの汚れた短剣、ホーネットの毒針、鉄の胸当て、フリルリボンですかニャ」

「イマイチだな」

「仕方ないですニャ、どこもベヘモスの影響を受けて不景気ですニャ」


 俺は広げられたアイテムの中に、変な模様が描かれた古めかしい鍋があるのを見つける。


「これは?」

「錬金鍋ですニャ。打ち上げられたビッグシャークの腹の中から出てきたもんで、多分人間の船を襲った時に一緒に食べちゃったものですニャ」

「錬金って名前がつくからには、素材を入れたら何か別のものが出てくるんだよな?」


 錬金鍋とは錬金術師じゃなくても、鍋自体に錬金効果があり触媒を入れるだけで、新たなアイテムを生み出すことができるマジックアイテムである。


「それがあまり成功率のよろしくない錬金鍋でしてニャ」


 ブライトは鍋の中に薬草と毒針を放り込んで蓋をしめると、鍋は水も入っていないのにグツグツと音を立てて揺れだす。


「普通この素材だと毒消しができる、簡単な錬金なんですがニャ」


 1分ほど揺れると、ボンと音をたてて鍋フタが勢いよく弾け飛び、黒い煙が周囲を包む。


「ゴホッ、ゴホッ! 酷い臭いだ」

「ご覧の通り、こんな簡単な錬金すら失敗してしまう鍋なのですニャ」


 ブライトは黒ずんだ炭の塊を見せる。


「これもう壊れてるだろ。成功したことあるのか?」

「一応この鍋、パンツだけは成功するんですニャ」

「パンツ?」


 ブライトは鍋の中に布きれと、ヒモを一緒にいれる。

 先ほどと同じように蓋をしめてしばらくすると、鍋フタが勝手に開き水色と白のラインが入った男性用パンツが飛び出してきた。


「やっぱり成功ですニャ」

「なんでパンツだけ成功するんだ?」

「わかんないですニャ 多分作った人の趣味ですニャ」

「これじゃパンツ鍋じゃん」


 プラムの言うとおりである。


「これ男用しか作れないのか?」

「いえ、半分くらいの確率で女性用ができますニャ。ちなみに今回は男性用のトランクスが出ましたが、ブリーフやボクサーが出るときもありますニャ」

「なにそのパンツに強いこだわりを持った鍋」


 相当変態な錬金術師が作った鍋だろ。


「いりますかニャ? 今なら素材の布切れとフリルリボンセットで、お値段魔石200クラム」

「たけぇよ。100でも高い」


 あれ、ちょっと待てよ……いいことを思いついたぞ。


「買おう」


 結局魔石150クラムに値切って、パンツ鍋を入手した。


「ユーリ、そんなの買ってどうすんの?」

「また腹壊したときにいるだろ」


 というのは建前である。


「俺ちょっと森に素材とってくる」

「むむ……ユーリがスケベな顔をしている。あれは何かあるぞ」


 その日の晩、長屋にて。


 俺は10数回目のトライで成功したパンツを広げる。

 輝く白いレース生地のそれは、あぶない下着ベビードールだった。


「できた。シルクスパイダーの糸に、虹色鳥の羽、妖狐族の櫛から貰ってきた光る毛、ブライトから買ったフリルリボン」


 高級素材詰め合わせで出来た、高級パンツである。

 ちなみに失敗過程で生まれた、あぶないブーメラン下着(男性用)もある。


「さて……シエルにどっちを渡せばいいのか」


 俺は危ない下着女性用と男性用を見比べる。

 あいつがシエル(男)設定を守るなら、男性用下着をプレゼントしなければならないのだが。

 頭の中にあぶないブーメラン下着を着るシエルと、あぶないベビードールを着るシエルを思い浮かべる。


「あいつ女顔だから、どっちもあんまりかわんねぇな……」


 俺がどちらをプレゼントするか悩んでいると、風呂から上がってきたプラムとホムラ、セシリアが長屋に入ってきた。


「やっぱり温泉っていいものですね。なんだかおっぱいが成長した気がします」

「セッシーは成長しても1ミリィくらいやろ」

「妖精の1ミリィをバカにしましたね! 謝ってください!」

「ユーリ、ボクら向こうでガールズトークしてるから邪魔するんじゃないぞ」

「おぉ、好きにしろ」

「ん~? いつもは饅頭がガールズトークとか笑わせるなとか言うくせに」


 プラムが飛び跳ねてきて、俺の頭の上に乗っかる。


「何を見ているのだ?」

「重い。邪魔すんな」

「なんだこれ、すっごく綺麗なパンツがある!」


 驚いた声を聞いて、ホムラとセシリアが慌てて飛んでくる。


「えっ、なにこれキラキラ光っててすっごく綺麗です! ほしい!」

「ってかめっちゃエロいやん。ほぼ透けたヒモやん」

「あーうるせーうるせーエロいとか言うな」


 俺はささっと下着を片付ける。


「まさか……ユーリずっとそれ作ってたのか?」

「そうだよ。シルクスパイダー見つけんのめちゃくちゃ苦労したわ」

「えっ……モテないからって、女性用パンツ作って頭に被るとか悲しすぎませんか?」

「せやで、性犯罪臭凄いで!」

「被ってねぇよ!」


 プラムたちが一歩引いた目で俺を見やる。

 いや、女性用下着を男がまじまじ見てたらそうなるのはわかるけど。


「違うっての、これはプレゼント用なの!」

「「「プレゼント……だと」」」


 なぜか激しい衝撃を受けているプラム達。


「う、ウチ知ってるで、外国では親しい仲の男女が下着を贈り合う文化があるって」

「そうなの!? まさかユーリ、俺の為にこのエロエロを着ろとか言うつもりなのか!?」

「そんなの性交に誘ってるのと一緒じゃないですか! 変態! 変態!」

「うるせーバカども! 性交って言うな!」

「誰に渡す気なん、言うてみ!」

「言うんだユーリ!」

「変態! 変態! 変態!」

「なんでお前らそんな必死になってるんだよ! お前らの知ってるやつだよ!」

「ひょっとしてウチなんか?」

「まさかボクなのか?」

「もしかしてわたしですか?」

「ちげーよシエルだよシエル。あいつにやるの!」


 プラムたちの顔が、「えっ、何言ってんだコイツ、こわっ……」という驚愕の表情をしている。


「男の子になに着させるつもりなんあんた!?」

「まさかユーリがそこまで変態だと思わなかったぞ!」

「変態! 変態! 変態!」

「これには事情があるんだよ!」

「男の子にそんなエロい下着贈る理由なんかどこにあるんだ! ボクにもパンツくれよ!」

「せやで! それは没収や、ウチが貰う!」

「作り直して下さい! わたしサイズに作り直して! 早く!」

「なんでお前らそんなにパンツ欲しがってるんだよ!」

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