第34話 催眠使う奴にろくな奴はいない
コンコンとノックして、シエルが眠る長屋へと入った。
するとまだ寝ていなかったのか、ランプの明かりを頼りに読書している彼の姿があった。
「あっ、ユーリさん。何だか騒がしかったですね」
「おう気にするな。勉強熱心だな」
「その、眠気が来なくて。毎日気づけば朝方になっているんです」
「そうか……その朝言ってた不眠症の話なんだが」
「あれですか?」
「そう、お前用の布団と寝間着を作ったんだ」
「えっ?」
俺はパンツ作るついでに作った、自作ウォーターベッドを床に敷く。
「この上に布団を被せればウォーターベッドだ」
「すごいですね。こんな大きな水袋あったんですか?」
「ジャイアントフロッグの胃袋を洗ったもんで、あいつら人間を丸のみできるくらいでかい胃袋を持ってるんだ。中には弾力の良いスライムと水が入ってる」
「下のスライムさんが潰れてしまいませんか?」
「大丈夫だ、人間一人の体重で潰れるほどヤワじゃない。スライムは水分さえあれば生きてられるが、週に1回餌になる繊維をやればずっと元気だ」
「すごい弾力ですね」
シエルがベッドに座ると、お尻が深く沈みこんでいく。
「それで、寝間着の方なんだが」
「そっちも用意してくださったんですか? 嬉しいな」
「むしろこっちがメインみたいなところはある」
俺は
シエルのワクワクしていた顔が、一気に引きつる。
「……あの、これは女性用では?」
「そうだこれを着るんだ」
シエルはベッドと下着と俺を三角形で見回す。
「わ、わかりました。今とても複雑な心境ですが、これほどまでお世話になっていて体で返さないというのは不義理でしょう。お父様、お母様、自分は今宵大人になるようです」
「何を誤解している。お前女だろ」
「……な、なんのことでしょう?」
「黙ってたんだが、俺とプラムはお前が女だって知ってるんだよ。セシリアを巨大化させたとき、プラムにも魔力を流し込んだだろ? あの時判別がついたんだよ。お前は性別偽ってるって」
「…………はは、そんな……まさか」
「別に隠さなくていいんだぞ。まぁどうしても自分が男だと言いはるんだったら、こっちを着てもらうが」
俺は股間にプリティーなリボンが付いた、あぶないブーメラン下着を差し出す。
「あぶない下着男性用だ。これを着用してもらう」
「なんでそんなに用意がいいんですか!?」
「少し真面目な話するか?」
「セクシーパンツ着用を迫りながら真面目な話と言われましても」
「俺、実は催眠術が使えるんだ」
「真面目な話するって言った瞬間ふざけましたよね?」
「ふざけてないって、ほんとほんと。俺の予想なんだけど、シエルの不眠症ってストレスからくる心因的なものだと思うんだ。だから催眠術で、ためこんでいるものを吐き出してみたらどうかと思う」
「自分ユーリさんの言う事なら大体信じるんですけど、さすがに催眠術は信じませんよ?」
俺は疑うシエルに難破した執行船からとってきた、金属ナットにヒモをくくりつけた振り子を見せる。
「ま、まさかそれは古代占星術師も使っていたと言われる振り子催眠!?」
「そうだ、あまりにもインチキが多すぎてすぐに廃れたがな。俺の催眠の師匠である鼻デカ先生が、これを得意としている。ちなみに俺が使う催眠は本物だ」
「す、すごい、これほど信用できない催眠術が他にあるだろうか……」
本物ってつけると、途端に胡散臭くなるのってなんでだろうな。
「いいから騙されたと思ってみていろ」
俺はシエルの前で振り子を揺らす。
「あなたは~ダンダンとまぶたが落ちマ~ス」
「なんですか、そのエセ外国人みたいな喋り方」
「シャラップ、ミーは今天才催眠術師Mrユーリ・スリープデ~ス」
「ミ、ミスターユーリ……そういう雰囲気作りというわけですね」
「雰囲気ではありまセ~ン本物デ~ス。あなたは段々催眠に落ちていきま~す」
「段々催眠にかかるって言う催眠術師、初めて見ましたよ」
「あなたは~段々本当のことが言いたくなりマ~ス、自分の正体を言いたくなりマ~ス」
「……」
遊んでいると思いきや、シエルは俺がはなから催眠術をかける気がなく、本当のことを言わせようとしていることを察する。
彼のにこやかだった表情は一変し、眉を寄せて口を一字に結ぶ。
「このまま~あなたが正体を隠すのは無意味デ~ス。あなたのストレスは、正体を隠していることにより、仲間に対して一歩引いた対応をとらなければならないことが原因デ~ス。あなたは本当は、プラムやセシリアたちともっと仲良くなりタ~イ。しかし正体がバレると困るから踏み出せない、ジレンマを抱えてマ~ス」
「…………」
「ベッドや寝間着なんて本当はどうでもイイ~。あなた自身の境遇が、ストレスを生み出しているのデ~ス」
「こ、これ喋ってもいいんですか?」
「催眠にかかっているなら喋りなサ~イ、かかってなかったら喋ってはいけまセ~ン」
「後から催眠にかかってったってことで、わたしが言ったことは有耶無耶にしてくれるってことですか……」
「早く真実を話すのデ~ス。あなたは~エウレカ姫ですか~?」
シエルは苦しげな表情を浮かべ、口をパクパクと何度も動かす。
言うか言うまいか、ここまで悩んでたら言ってるのとほぼ同じなのだが、彼の口から直接明かされることに意味がある。
「ミーはあなたの仲間デ~ス、何もこわくありまセ~ン、心を開くのデ~ス」
「カルト宗教感が凄いですが……」
「ミーを信じるのデ~ス」
彼、いや彼女はゆっくりと頷く。
「……い、イエス」
「やはりそうでしたか~。では姫様、いくつか質問がありま~す。あなたはなぜ執行船に潜り込んだのデスか~?」
「バトルリーグが好きで……特にユーリ&プラムのファンでした。彼らが島流しにされると聞いて、いてもたってもいられず城を飛び出してきました」
「ほうほう、皇女がそんな簡単に抜け出して船に忍び込めるのデスか~?」
「あの時はなぜか部屋のカギがあいていたり、偶然警備がいなかったりしました」
「ほうほう~、少しキナ臭い感じがしま~す。では質問をかえま~す。あなたがずっと正体を隠していたのはなぜデスか~?」
「…………皆に幻滅されるのが嫌でした。特にユーリさんプラムさんは、我が国の法律が地位、名誉、財産全てを奪いました。わたしは憎まれて当然です」
「負い目があったわけデスネぃ~」
「はい。他の魔族の方にも、ベヘモスという我が国が島流しにした犯罪者が迷惑をかけています。ヴァーミリオン王家のものとして、どう責任をとっていいかわからなくて……きっとわたしの正体を知ったら、皆怒ったり失望したりすると思うと怖くて」
「それで余計にシエルの皮を脱げなくなったわけですネぃ~」
「はい。いつか、裁きを受けなければと思っていましたが、この温かいファームに甘えて、今までのうのうと生きてきました」
シエルは神に懺悔するような、オドオドとした口調で今自分が抱えている全ての悩みを打ち明ける。
「ふ~む、この島で姫様の立ち位置は非常に危うい。あなたが危惧されているように、ベヘモスに苦しめられている魔族や、島流しにされた犯罪者たちが逆恨みして襲ってくる可能性はありマ~ス。なので、姿を偽ったのは正解でしょう。ですが、我々を仲間だと信じるのであれば、早いうちに正体を明かすべきだったでショウ」
「はい……」
「特にプラムたちは、あなたが何かを隠していることに気づいていました~。あなたは何か重要なことを隠している人と、心からお友達になれマスか~?」
「いえ……なれません」
「ミーは、この島であなたと行動して、プラムやバニラたちに字を教えたり、本を読み聞かせたり、ファームの仕事を手伝ったりと、真面目で優しい面を知っていマ~ス。勇気を持って告白すれば、仲間たちもきっと今までのあなたの行動を評価してくれることでショウ」
「…………はい」
「あなたのストレスは、友人がほしいという渇望。あなたの心は正体を隠している限り孤独で満たされない」
「…………」
「失礼ですが、姫様は腹を割って話せるお友達は何人いマスか?」
「…………0です」
「オー人はそれを”ぼっち”とイイマ~ス」
ぼっちと言われて、シエルの体が見えない刃に刺されたみたいに折れ曲がった。
「Mrユーリ・スリープ、胸が痛いんですけど!」
「そうでしょう、ぼっちは辛いものデ~ス。あなたは、友達がほしくありませんか~?」
「……わたしには友達になる……資格がありません」
「シャラップ! ミーはそんな資格がどうとか、お利口さんなお姫様の意見なんぞ聞きたくありまセーン! そんなこと言ってるから友達0なのデース!」
「Mrユーリ! 心が痛いです!」
「もう一度聞きマース、自分の立場とか、身内がやらかしたことなんぞ海に捨てて、自分の意見で言うのデス。あなたは心を許せる友達がほしいですか?」
「……ほしい……です」
本当に絞り出すようなかすれた声で、自分の望みを口にするシエル。
「じゃあ、正体明かしに行こうぜ」
俺は催眠術師Mrユーリ・スリープのトーンから、いつもの話し方に戻す。
「俺も一緒にいってやるし、ナツメやホムラたちが鬼みたいに怒ったら一緒に頭下げてやる」
「はい……」
「うっし、勇気出して行くぞ」
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