第35話 突撃隣のオフトゥン

 その後、俺はナツメの長屋で緊急のミーティングを開き、シエルの正体を全員に伝えることにした。

 最初こそヴァーミリオンの姫だと伝えると「またまた嘘ばっかり」と誰も信じなかったが、シエルが変身の魔法を解きエウレカの姿になると「どひゃーー!」とひっくり返っていた。

 変身解除後はショートカットの髪がプラチナのロングヘアに、体は女性らしい起伏を描く。顔自体は元から整っていてあまりかわっていないのだが、雰囲気が明らかにかわった。なにとは具体的には言えないのだが、皇族が纏う近寄りがたいオーラのようなものを放っている。

 俺はさっき二人で話した内容を皆に伝えると、思っていた拒絶反発もなく彼女の行動評価が高くて冷静だった。


「しかしなぜ今になってわっちらに正体を明かしたのじゃ? そなたがヴァーミリオンの姫であることを明かすメリットはないじゃろう」

「優しい子だから、隠し続けることができなくなったんだよ」

「いえ、わたしはただの卑怯者です。ユーリさんに言われるまで、自分で打ち明けることも出来ず、王家の者として失格のふるまいです。皆さんがどのような処分を下しても、わたしは受け入れるつもりです」


 真剣なエウレカを見て、ナツメは咥えていた煙管から口を離す。


「わっちらの中には間接的じゃが、主に恨みをもつ者もいる。そ奴らが、主を八つ裂きにしたいと言ったらどうする?」

「構いません。それで傷ついた方の心が、少しでも晴れるのであれば」

「……高貴な娘じゃな」


 ためらいなく答えるエウレカに、ナツメは小さく息をついた。


「皇女は生かしておいたほうがよかろう。最悪人間が攻めてきたとき、切り札になる」

「俺もそう思う。姫様をコマ扱いして申し訳ないが、もしヴァーミリオンが魔大陸に攻めてきた時、戦争を止める鍵になると思う」

「皇女は魔族にとって、大きな爆弾にも希望の光にもなるじゃろう。打ち明けられなかった心情は理解するし、妖狐からは敵対せん限り、そなたをどうこうする意思はない」


 ナツメの意見が、この場にいる魔族の総意だったのかホムラやクリムたち全員が頷いている。

 しかしそこに異論を唱える羽虫が。


「ちょっと待ってください、皆さんあっさり受け入れ過ぎじゃないですか!」

「なんだセシリア。お前はどこに文句があるんだ?」

「姫様ってところに決まってるじゃないですか!」

「姫だと問題があるのか?」

「大アリですよ! わたしとキャラが被ってるじゃないですか! わたしは絶対キャラかぶりは許しませんよ! わたしたちの真の仲間になりたいなら、実は興奮すると大猿になるとか、右手から電磁砲が撃てるとか設定盛ってから出直してきてください! 変身を解いたら美少女程度じゃキャラが弱すぎます!」


 どこにダメ出ししてるんだコイツは。


「灼熱丸、食っていいぞ」


 灼熱丸の舌が、セシリアの体を絡め取る。


「ギャアアアアア!!」


 お約束が終わり、ずっと黙りっぱなしのプラムを見やる。


「さて、水饅頭お前はどうだ?」

「むむむ、セシリーじゃないけど複雑だぞ。ボクらをこんな目に合わせたペペルニッチの娘でしょ? この子を殺したらペペルニッチに精神的大ダメージを与えられるんじゃないか?」

「激高して魔大陸を焦土にしにくるかもしれんがな」

「むむむ」


 どうやらまだ割り切れてないみたいだ。


「プラム、シエルが本当のことを話した理由ってのは、罪悪感もあるけどお前らと友達になりたかったからだ」

「そうなのか?」

「ああ、隠し事したままじゃ仲良くなれないだろ? だから勇気を出して、本当のことを打ち明けたんだよ」

「むむむ、そんなにボクらと」

「姫様な、お友達0人だから寂しいんだよ。お前もその気持ちわかるだろ?」

「うむ……一人は寂しい」

「エウレカは勇気を出して一歩踏み出した。お前はどうする?」

「これで許さなかったらボクが子供みたいじゃないか。ユーリはなんでそんな割り切りがいいんだ」

「俺は嫌いなやつは遠慮なくぶちのめせばいいと思うけど、嫌いな奴の家族を殺して間接的に悲しませてやろうってのは、卑怯者のすることじゃないか?」

「確かに……」

「それにここで姫様を殺したら、魔族と人間の対立は決定的になっちまう。逆に姫様が魔族の立場に立ってくれれば、後々良いように作用するかもしれない。お前は賢いからわかるだろ?」

「むむむ……もしかして姫様を守ってたらボクらの罪状消えるかも?」

「あぁ、恩赦があるかもな。それでバトルリーグに復帰できるかもしれない」

「お、おぉ」

「まぁ俺はそのことより、お前に一人でも多く友達作ってほしいと思ってるんだよ。お前も友達0人にマウント取れるような交友関係もってないだろ?」

「と、友達か……」


 プラムはエウレカをチラっと見ると、すぐにプイとそっぽを向く。


「ゆ、許す!」


 照れてるなコイツ。


「皆さん……ありがとうございます」


 エウレカは深々と頭を下げ、ぐずっと一雫涙をこぼした。


 なんとかうまいことカミングアウトは成功。

 エウレカの姿でいると、ベヘモスや他の魔族に狙われることもあるので、今後はシエル(♂)あらためシエルちゃん(♀)として、髪を伸ばしたロングヘアの少女の姿で暮らすことになった。



 その日の晩

 エウレカはプラムやホムラたちと皆でガールズトーク。


「とうとうこのファームで男は俺一人になっちまったな」


 人間の姫と魔族が仲良くなるって夢がある話だろう。

 もしかしたらエウレカは、この魔族と人間の歪んだバランスを元に戻してくれる存在になるかもしれない。

 クイーンエウレカの政治によって、爆乳禁止法は撤廃! 魔族の人権を侵す行為は禁止! 誰もが平等に生きる権利が得られるようになった!

 そんな世界を夢想しつつ、ぼっちになってしまった俺は布団を被る。



 夜更け過ぎ、人の気配を感じて目を覚ました。

 恐らくプラムかバニラが戻ってきたのだろう。

 床板をキシキシと、できるだけ音を鳴らさないようにして近づいてくる。


(プラムかセシリアだったら音は鳴らないし、バニラは音を隠さない。誰だ?)


「こんばんはー。本日はユーリさんの部屋へとやってまいりました。ユーリさんは寝ているのでしょうか?(超小声)」


(なぜドッキリ風)


 ただ、今の声でエウレカが来たのだとわかった。

 彼女は周囲をゴソゴソと漁りながら布団へと近づいてくる。


「で、では、寝顔拝見と行きましょうか。緊張の瞬間です(超小声)」


 彼女がそ~っと布団をめくろうとするので、先に布団をはねのける。


「何してんの姫様?」

「ウワァァッ!!? 起きてる!!」


 そんな死体が起き上がったみたいなリアクションをとらんでも。

 驚いて腰を抜かす姫様。


「プラム達はどうしたんだ?」

「えっと、皆さん寝静まったので抜けてきました」

「ん? 今日は一緒に寝るんじゃないのか?」


 なぜかエウレカは質問には答えず、にへらっとした笑みを浮かべる。


「えっとですね、わたし知っての通り不眠症でして」

「言ってたな」

「王室にいた頃クマのぬいぐるみと一緒に寝ておりまして、あれってやっぱり安心感があったんです。それで一番安心感が得られる場所を探そうと考えて、至高のベッドを探す、突撃隣のオフトゥンをやろうと忍び込んでまいりました」

「その第一回ターゲットが俺というわけか」

「はい。ということで、同衾してもよろしいでしょうか?」

「別に構わんが」


 プラムやセシリア、たまにバニラも来るのでもはや今更感はある。


「で、では失礼して」


 エウレカが布団の中に入ってくると、薄闇で気づかなかったが、俺の作ったあぶない下着を着ていることに気づいた。

 透けた生地と、ヒモみたいな下着を見てその破壊力を思い知る。


「ロイヤルビッチ!」

「どうかしましたか?」

「いや、なんてものを着てるんだ」

「ユーリさんからのプレゼントですから、着ないと失礼だと思いまして」

「君は変に義理堅いところがある。その格好で男の前に出るのはよくない」

「フフッ、さっきわたしのこと、友達0人っていじめてくれましたからね。仕返しですよ」

「今はいっぱいいるからいいだろ」

「そうですね、ユーリさんにいっぱい作ってもらいました」


 エウレカはよいしょよいしょと俺の腹の上によじのぼると、楽しそうに微笑む。


「ユーリさんってほんと、何やっても許してくれる兄感ありますよね。プラムさんが甘えちゃうのわかります」

「俺は姫様がこんなにお転婆とは思わなかった」

「今までおさえていたリミッターが外れてしまったんでしょうね」

「これが本当の姫様の性格ってことか?」

「どうなんでしょう、わたしも皇女エウレカをやりすぎて自分の本当の性格がわからなくなりました」


 そう聞くと不憫な子だ。


「友達はいなくても兄弟とか、仲良い家族とかいなかったのか?」

「ん~、上に第一王子と第二王子がいますけど、皇位継承権を巡ってめちゃくちゃ仲悪いですからね。特に第二王子のピエトロには、わたしも殺されかけたことがありますから」

「そりゃヘビーな身内話だ」

「わたしは教育係から、できるだけバカな置物でいろって言われ続けてましたから」

「置物?」

「頭がいいと何か企んでるんじゃないかって疑われて、兄に殺されますので」


 実の兄から命を狙われるというのは一体どういう心境なのか。

 だから笑顔を常に貼り付け、心を殺して皇女エウレカの仮面をかぶり続けた。そしていつしかその仮面が本当の顔になってしまった。

 一般庶民から見ると、何の悩みもなさそうな姫様だったが、実際は息をするのにも気を使う空間で生きてきたのだろう。


「良かったよ」

「なにがですか?」

「エウレカが壊れなくて」


 ヴァーミリオンに限らず、様々な国で王族の体調不良が報道されている。

 それは彼女のように、王族の重圧と権力争いに心を病んでしまったからだろう。

 体の修復はいくらでもきくが、心が壊れるとヒールもマンドラゴラも通用しない。

 だから壊れる前に自分を取り戻せてよかったと思う。


「よく頑張ったな」


 ぐしっと頭を撫でてやると、エウレカの顔が火がつきそうなくらい赤面する。

 てっきり照れてるのかと思いきや、彼女はいきなり床に自分の頭を叩きつけた。


「ど、どうした? 凄い音したぞ」

「今推しに推し以外の感情が芽生えかけたので、封殺しました」

「そ、そうか。あぁそうだ、危機感のない姫様に注意しておくが、夜な夜な男の寝床に忍び込むというのは夜這いと言って、何もしてないのに朝気づくと赤ん坊ができてるかもしれない行為だ」

「な~にもしてないのにたいへんですねー」


 あうあうあーと急にIQ3バカになるエウレカ。


「そっ、不思議だろ? その後急に二人が付き合いだしたりと、不思議がいっぱいな行為なんだ」

「エウレカよくわかんないんで、きょうみありますー」


 バカのふりをしながら話を深堀りしてくるエウレカ。


「ユーリさんと寝たら不思議なことはおきないんですかー?(IQ3)」

「俺の愚息でワールドオブウォーを起こしたくない」

「ヘタレードーテー」

「お前の後ろに怖そうなヴァーミリオン騎士団が見えるんだよ!」

「そういえば我が国では、性犯罪を繰り返すものには去勢ギロチンというのがありまして、小さな断頭台で男のアレを切りとばすという刑があります」


 恐ろしすぎる。想像しただけで愚息が縮み上がってしまう。

 エウレカは俺の上でぺたーっとバターみたいに溶けながら、頭をぐりっと押し付けてくる。


「わたしの寝室にあるクマもなかなかですが、これも負けず劣らずで……もしかしたら、突撃隣のオフトゥンは第一話にして最終回かもしれません」

「早いな、スポンサーが怒るぞ」

「いいんです、国営放送で税金ジャブジャブ使いながら番組作ってますから」

「受信料の支払いは拒否するからな」


 俺は自分の胸の上に彼女を乗せていて、あることに気づいた。


「エウレカ……」

「はい、なんですか?」

「君、胸のサイズは?」

「急にエッチですね、がっかりしても知りませんよ?」

「いくつだ」

「81か2ぐらいだったと思いますけど」


 その歳なら平均的だと思うが。


「この島に来てからはかったか?」

「いえ」


 俺は自分の胸板の上で潰れるエウレカの胸を見て思う。

 多分90超えてると。

 そんな短期間で急激に胸が発育するわけもなく、ゲンブ様が言っていたことが思い出された。


【男のお前以外、皆魔王の呪いにかかっている。中には呪いと気づいていないものもいるだろう】と


 ゲンブ様はシエルが女であることを見抜き、俺以外呪いにかかってるぞと忠告したのだ。


「まずい……エウレカ、お前シンプルな巨乳化の呪いにかかってる」

「えっ、マジですか? やった!」


 勝ち確じゃんと、姫はお喜びになられた。

 お前自分の国の法律を忘れたのか。

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