第31話 悪党


 その日の深夜――


「これをこうしてっと……よしセッティング完了。さて、後はここからおさらばしてボカンとやるだけだ。それだけでオレは2軍昇格。ちょろいもんだぜ」


 曇り空で星の光さえ届かない暗闇の中、ルンルンとスキップしそうな足取りでファームの中を歩く男。

 男は藁葺き屋根の家が並ぶファームを見て、小さく息をついた。


「ちっちゃな村だな。こんなとこ絶対住みたくないぜ」


 言葉ではそう言いつつも、彼の瞳には迷いが見える。

 ここにいる魔族は皆楽しそうにユルークのあだ名をつけていて、とても幸せそうだった。

 このファームは放っておけば、いろんな種族を吸収していずれ大きくなる。そんな確信めいた予感がするのだ。

 今からでも遅くない、ユルークたちの仲間になってベヘモスから足を洗えば、悪事に加担しなくてもよくなる。

 ここがターニングポイントだと、ベヘモス脱退ルートが頭の中に浮かぶ。


 だが、彼は頭を振ってルートをかき消すと「今更戻れるかよ」と呟く。

 この魔大陸に勇者主人公は二人もいらない。

 魔族に慕われるユルークに嫉妬の炎を燃やし、お前が作ったもの全てふっとばしてやると心に決める。


「この村可愛い女の子いっぱいいたなぁ。あの優しそうな牛のお姉さんにエッチなことさせてもらってから帰ろうかな。あっ、オレ専用の雌奴隷搾乳牧場作っちゃおっかな。全部吹っ飛ばすのはさすがに勿体ないもんな」


 男は帰る前に戦利品を頂いていこうと、納屋からロープを取り、ホルスタウロスが眠る牛舎を探す。


「どっこにいるのかな~。一人でいてくれると助かるけど。……しかしユルークも監視つけるって言っておきながら、夜には誰もいなくなっちゃうんだもんな。ツメが甘すぎ、これじゃベヘモスにいいようにやられちゃうぞ――」

「何がやられるんだ?」



 突如暗闇の中で響いた声に、びくっと肩をすくめるオットー。


「え、え~っと……」


 油の切れたブリキ人形のようにこちらを向く。その顔は完全にひきつっていた。


「ゆ、ユルーク……」

「楽しそうだなオットー。こんな夜更けにどうした」

「いや、あの、はははは……ちょっとトイレにさ」


 オットーは懐に手を入れ、何かを握りしめる。


「爆弾なら起爆せんぞ」

「ボクが食べちゃったからな」


 暗闇の中で不敵に微笑むプラム。


「え、えぇ~なんのことかな?」


 プラムがプッと水弾を吐くと、懐に入っていた魔石が地面に転がり落ちる。


「ボンバー茸に火の魔石をくくりつけ、遠くに離れてから起爆してボカン。お前の好きな手だな」

「や、やだなユルーク、そんなんじゃないって。お、オレ外で怪しいやつを見かけたから追いかけてきただけなんだって」

「そうか……残念だよ」

「な、なにが? なにがだよ!?」


 俺は自分の肩をポンポンと叩く。するとオットーはようやく自分の肩に、木霊が乗っていることに気づく。


「なんだこれ!?」

「誰も監視いないじゃんって思ったか? お前の監視はそいつだ」

「幽霊か!?」

「おしい。木霊って言って、しゃべることはできないが、自分で見たものを記憶して再現することができる妖怪だ」


 木霊はすーっとオットーの肩から消えると、今しがた彼が爆弾を設置した動きを再現してみせる。


「ち、違う! オレはそんなことしてない! 信じてくれユルーク! お前は魔物と人間どっちを信じるんだ!?」

「魔物」


 選択肢にすらなってねぇよ。


「最初からオレのこと疑ってたのか?」

「お前に嘘はないかって聞いた時、オレは悪いことをしてないと言った。その後、心を入れ替えるって言ったのが引っかかったんだよ」

「ボクも思った」

「「悪いことしてないなら、心入れかえる必要なくね?」」


 無意識下で、自分が悪いことをやっている自覚があったからこそ出たセリフだと思う。


「あれは言葉のあやで」

「この辺で起きた亜人族の集落襲撃は、だいたいボンバー茸が使われる規則性があった。それは、ここにいる妖狐族の里が焼かれたときもだ」

「オレじゃない!」

「その木霊は森のどこにでもいて、妖狐族の里が焼かれたときも見守っていた。言いたいことわかるか?」

「ぐっ……」

「木霊に妖狐族の里が燃やされたとき、お前がどこにいたかを教えてもらい、お前が何をしていたかも再現してもらった」

「違うって!」

「案の定、お前はここでやったことと同じことをしていた」

「信じてくれユルーク、オレはやってない! 同じ人間だろ? 頼むよ信じてくれよぉ」


 両手をあわせ、恥も外聞もなく頼み込むオットーに、俺は直剣を持って近づく。


「わ、わかった、やったのは認める。でも生きるのに必死だったんだ! ベヘモスに無理やりやれって言われて……わかるだろ? 本当はやりたくなかったんだって」


 シャンと音を立て、鞘から剣を引き抜く。


「くだらない泣き落としはやめろ。踏みとどまるタイミングは、いくらでもあったはずだ」

「オ、オレを殺すのか!? 人殺し! 裏切り者! お前は人間より魔族を選ぶんだな!? ベヘモス全てが敵に回るぞ! いいんだな――」


 俺は嘘つきの腹に、ためらいなく剣を突き刺した。


「がっ、は」

「ホムラはお前に母親と顔を焼かれた。ナツメは娘を、妖狐族はたくさん仲間を失った。お前はこれからも嘘をつき続け、この大陸にいる亜人や魔物の命を奪うんだろ? 奪った命のケジメはつけないとな」


 剣を引き抜くと、鮮血が滴る。


「は、はひ……はひ」


 オットーは体をくの字に折りながら、森の中へと逃げていく。


「殺す?」


 3形の口で待機しているプラムに首を振る。


「血を流しながら夜の森に入って助かるわけがない」

「それもそっか」



「は、はひ、はひ……殺される。畜生人殺しめ!」


 なんて酷い奴なんだ。こんなにも助けを求めてるのに、助けてくれないなんて。

 畜生畜生畜生、なんでオレがこんな目に。

 痛ぇ、痛ぇ、腹から血が止まらねぇ。

 このままじゃ死ぬ。

 死んでたまるか。

 絶対オレは生き残って奴らに復讐してやるんだ。

 オットー式サクセスストーリーから、オットー式リベンジストーリーで、最後はカタルシスたっぷりにユルークを爆殺してやる。

 憎悪を心に刻みながら暗闇の森を走ると、目の前に一匹のコボルト族が現れた。

 亜人はまずい。恨みを買っている可能性が高く、襲ってくるかもしれない。

 そう思ったが、オットーは目の前にいるコボルト族が、以前助けてやったコボルト兄弟だと気づく。


「はっ、はっはっは、よかった、本当にあのとき助けててよかった。そこの君! オレだよオレ! 以前村で君を助けた命の恩人だ! 今悪いやつに襲われてるんだ!」


 コボルトは最初怯えている様子を見せたが、血を流し苦しそうにしているのが、あのとき村を襲撃してきたオットーだと気づき、とても良い笑顔を浮かべる。


「あえて嬉しいワン、お兄さん!」

「オレもだよ! あー助かった!」


 オットーが油断した瞬間、コボルトの少年は彼の首筋に喰らいついた。


「ぐっ、あっ……なん……で? あえ……て、嬉しいって」

「僕の手で殺せて嬉しいって意味ワン」

「オレは……君を……たす、け」

「家族を皆殺しにされ、村を焼かれてなんで感謝されると思ったワン? お兄さん人からずれてるって言われないワン?」

「ぐっ……がっ……悪、党、め」

「悪党はお前ワン。死ねワン」


 暗い森に、ゴキっと首の骨を砕く音が響いた。



 事を終えて長屋に戻ると、ナツメが扉に体重を預け腕組みしながら俺たちを待ち構えていた。

 特に何も言わずに中へ入ろうとすると、足を引っ掛けられてこかされた。


「痛った。酷くない?」

「ホムラに言わんのか?」

「あんたからうまく伝えてくれ」

「仇を討ったといえば、主の株も上がるぞ」

「人殺して上がる株なんかいらねぇよ」

「復讐は何も産まぬというタイプか?」

「いんや、復讐は決してプラスにはならんが、マイナス感情の落とし所ができて0になるから意味はある。後は自分が失った分を増やせばプラスだ」

「ホムラの母は増やせんぞ」

「母は増やせなくても、自分が母になれば幸せは増やせる。そんで墓参りでもしてやれば、母ちゃんも成仏できるだろ」

「だ、そうじゃホムラ」


 振り返ると、刀を抱きしめたホムラが立っていた。


「いつからいたんだ?」

「わっちと一緒に、あの悪党が刺されるところからじゃ」

「見てたなら話は早い。そういうことだ、ケジメはつけさせた。じゃあな」


 もういいだろと中に入ろうとすると、ホムラに服の裾を掴まれた。


「なんだよ」

「……お母ちゃんの仇討ってくれて……ありがとぉ。そんだけ」

「そうか……俺は寝る。お前らも早く寝ろよ」


 玄関の扉を締め、俺は寝床についた。



 ナツメの家――

 ホムラとナツメは、久しぶりに布団を共にしていた。


「ばっちゃ、あいつやっぱムカつくわ」

「なにがじゃ。主の怨恨も多少は晴れたじゃろ」

「ウチの火傷消して、お母ちゃんの仇もうったのに、何がそうか……やねん! 何ツラっとしとんねんって思うやん!」

「ククク、主的にはどうするのが正解なんじゃ?」

「もっとこうやったったぞー! とか、俺に感謝しろみたいな恩着せがましいことしてもええんちゃうの!? ってか人間ってそんな自己顕示欲の高い奴ばっかちゃうの!?」

「人間と言っても星の数ほどおるんじゃ、変なやつもいるに決まっておる」

「なんかあんなツラっとされると、こっちもどう感謝してええかわからんやん。すごい大事な友だちの誕生日やのに、本人が全く喜んでないからこっちもどう反応したらええかわからん感じやわ!」

「主の例えはよくわからん。あやつはどのような過程があっても、人殺しを喜ぶべきではないという考えなんじゃろう」

「マトモか! 普段頭のネジ外れてるくせに、なんでこういうときだけ異常な正常さ持ってんねん。やっぱ腹立つわ!」


 頬を朱に染め、布団の中で尻尾をワサワサさせるホムラを見て、ナツメはクククと笑みを浮かべる。


「ようやく年頃の娘の顔になったな」


 もしかしたら失った分は、すぐに取り戻せるかもしれないと思うナツメだった。





――――――

明日はお休みです

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