第53話 パンチは相手の顎を狙わず打とう

 リーフィアに鋭いパンチで顔面をぶん殴られると、俺はぐらっと後ろに倒れた。


「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫だ」


 だがへたり込んだまま、足に力が入らず立つことが出来ない。


「もしかして良いの入っちゃった?」


 リーフィアはぶん殴っておいて、心配そうに俺を見やる。

 おかしいな、いつもは「ギョエー!」とか「ドヒャーー!」とかギャグっぽい悲鳴言っておけばダメージないんだが。

 様子がおかしいことに気づき、プラムやホムラたちが集まってくる。


「どうしたユーリ?」

「いや、ちょっと目眩がな……」

「羽女、あんたケガ人ぶん殴ったんかいな」


 呆れるホムラに、リーフィアは慌てて「右フック一発だけよ!」と釈明する。


「いや、リーフィアのパンチはさほど問題じゃないと思う。多分だが、これさっきの戦闘が響いてるな」


 先程カルミアにメイスで側頭部をぶん殴られてから、視界が二重に見えたりしている。


「大丈夫かいな?」

「大丈夫だ。問題ない」

「やばそうならヒールかけたげるわよ? 魔力はあんたから貰うことになっちゃうけど」

「いや、いける。魔力をこれ以上使うのはまずい」


 なんだかんだ外でリーフィアとシンクロ技を撃って、サスケを蘇生して、世界樹でベヘモスを蹴散らして、カルミアにフラッシュ使って、俺の魔力残量は厳しいものになりつつある。

 次が正念場ラストなので、この程度で回復を使うのはもったいない。


「全員の石化が治ったなら先を急ごう」


 しかし俺は無理やり立とうとするも脚が体重を支えられず、前のめりに倒れてしまう。

 受け身もとれず顔面から地面に突っ伏してしまった。


「大丈夫かいな!?」

「だ、大丈夫だ」


 起き上がろうとするが、腕にも力が入らない。自分の手を見ると小刻みに震えている。

 まずいな、なんだこれ。乳もんでる時は全く問題なかったのに。

 ざわつくエルフェアリーたちをかきわけて、エウレカが俺の様子を見る。


「兄上、ちゃんと目が見えてますか?」

「ぐにゃああってしてる。あと体に力が入らん」

「多分脳震盪を起こしてます。他に痛い部位ありますか?」

「肩が少し」


 エウレカは俺を仰向けにして、服の襟を引っ張って肩を確認すると、顔を引きつらせる。


「どうなってる?」

「赤黒くなって内出血を起こしてます」

鈍器メイスで思いっきりぶん殴られたからな」

「鎖骨が折れてるかもしれません。本当に痛くないですか?」

「今アドレナリン出てるからあんまり」


 周囲のエルフェアリーたちが傷を覗き込むと、皆「うっ」とうめいて青ざめる。

 どうやらあまり芳しくない傷らしい。

 全身を確認すると、大腿部や背中、右腕に似たような打撲痕があった。


「兄上よくこれで動き回ってましたね……」

「スケベ心が痛みを凌駕した」

「5分、いえ10分休憩しましょう。その間にヒールをかけます」

「こんなもん歩いてるうちに治るぞ」

「兄上が思っているほど傷は軽くありません」

「大丈夫だって」


 エウレカは指をピンと立てる。


「これ何本に見えますか?」

「……3?」

「1です。脳震盪なめると死にますよ。いいですね兄上?」

「ん……むぅ」

「いいですね!」


 エウレカが有無を言わさぬ迫力で顔を近づけてくるので、つい頷いてしまった。

 更に彼女は正座して、パンパンと膝を叩き、ここに頭を乗せろと促す。


「膝枕はちょっとなぁ」

「恥ずかしがってる場合ですか。時間ないんですから大人しくして下さい」

「はい……」


 渋々膝枕されると、エウレカはリーフィアに鎖を繋いでヒールをかけてくれる。

 おかげでカルミアにやられた傷は、みるみるうちに完治した。


「治った。いける」

「いけません。ヒールで治るのは外傷だけです。脳震盪のように、脳の中枢が振動ダメージでやられてる場合効果がありません。遅発性の脳震盪は怖いんですよ?」

「そんな大げさな」


 ちょっと物が歪んで見えて、平衡感覚がなくて、全身に力が入らないだけだ。

 あれ? もしかして結構重症?


「吐き気はありませんか?」

「大丈夫だ」

「ユーリは何言っても大丈夫しか言わないから信用しちゃダメだぞ」

「そうですね」


 酷い奴らだ。これほどまで元気アッピルしているのに。

 しかし、エウレカの顔が泣きそうになっているので大人しくすることにした。

 あれほどまで怒っていたリーフィアも、今は心配げに俺の顔を覗いている。


「だ、大丈夫? あたしの右フックで死なないでよ……」


 墓石に死因右フックと書かれるのが嫌すぎる。


「これくらいで死ぬかよ」

「兄上お願いですから、少しでも寝てください」


 エウレカが柔らかな手のひらで、俺の両目を押さえるので渋々瞼を閉じる。


「いやしかし、こんな敵地のど真ん中で寝れるわけが……zzZZ」

「思いっきり寝とるやん」



 ユーリの寝顔を心配げに見やるプラム。


「ユーリ疲れてるな」

「元から戦士タイプの人間じゃありませんしね……」

「ユーリはザコのくせに、すぐ前衛はりたがるパーティークラッシャーだからね。ほんと世話が焼けるよ」


 ヤレヤレと言わんばかりのプラムに、ホムラとエウレカは笑う。


「プラムちゃんそっくりやん」

「魔物使いと相棒の魔物は似るということでしょうか」

「ボクはユーリみたいにザコじゃないし」

「例え敵が強くても己を顧みず戦う、勇気ある方だと思います」

「せやで、本人に言うのは死んでも嫌やけど、誰も見捨てずに戦ったのはカッコよかったやん」

「モォモォ!」


 全員が彼のことを褒めるが、プラムだけは「む~」と目を傾げていた。


「ユーリって基本誰も見捨てない戦い方をするんだけど、唯一見捨てる人間がいるんだよね」

「兄上がですか? わたしだったら結構ショックですが」

「絶対ワタシですよ! あの人ワタシのこと光るデコイと勘違いしてるフシがありますし!」


 エウレカとセシリアの答えにプラムは目を左右に振る。


「ユーリがまっさきに見捨てるのはユーリなんだよね」


 全員が「あっ……」という表情になる。


「ユーリの守るリストの中にユーリは入ってないから、いつもこんなことになる」

「わたしとバニラさんたちがゴブリンに襲われたときもそうでしたね……」

「そういやウチを助けたときも体張ってたな……」

「ユーリはボクらには命を大事にしろって言うくせに、自分は全然なんだ。だからボクがユーリを守らなきゃいけないんだ。……ボクの命を賭けて」

「「「…………」」」


 プラムの顔は相変わらず愛嬌のある表情だが、エウレカたちはその言葉に嘘偽りのない重みと覚悟を感じるのだった。


「ボクもちょっと休憩。ユーリと一緒に起こして」


 プラムはのそのそとユーリの腹の上に乗ると、同じくすやぁと寝息を立てた。

 ホムラとリーフィアはその様子を見て、異種族間でこれほどまでに強い関係が構築されるものなのかと驚かされる。


「この二人の絆エグいわ」

「お互いが命を賭けて守る相手ということですね」

「血縁以上に深いつながりを感じるわね」


 エウレカは「そうだ」と小さく手を打つ。


「今のうちに兄上の魔力補充を行いましょう」

「魔力補充ってどないするん? 人間同士で鎖つながれへんやろ?」

「えーっと二つ方法があるんですが、一つは吸収魔法ドレインマジックを兄上に使ってもらえばできるんですけど、この状況では多分無理なので……」

「もう一つは?」

「粘膜接触による魔力譲渡です」


 その場にいたホムラ、セシリア、リーフィアは粘膜接触? と顔を見合わせながら、頭に「?」マークを浮かべる。

 3秒ほどしてピンと閃いたセシリアが手を打つ。


「あぁ、交尾ですか?」

「「「交尾!!?」」」


 一同に稲妻走る。


「いえ、そこまで濃厚なものではなく簡易的な口腔内接触です」

「あぁベロチューですか?」

「「「ベロチュー!!?」」」


 一同に再び稲妻走る。


「ま、まぁそうなんですが、舌をねじ込まなくても少し唇の隙間に入ってればいけるので」

「えっ、そんなんほぼ交尾やん!? ドスケベやん!」

「あなた見た目に反して淫乱じゃない!?」

「ドスケベでも淫乱でもありません」

「モォ?」


 ピーチクパーチクと喚くホムラ&リーフィア。

 バニラはよくわからず首を傾げていた。

 カトレア含むエルフェアリーたちも、粘膜接触と聞いてざわつく。 


「キ、キッスが見れるのかしら?」

「一体どうやって……」

「勉強させてもらいましょう」

「デカルチャだわ」


 ザワザワするエルフェアリーをなだめるリーフィア。


「みんな落ち着いて、キッスくらいで騒がないで」

「キッスくらいでって……そうかリーフィア様は既に!」

「まぁまぁキッスくらい済ませてるけど」

「さすがですリーフィア様!」

「まぁまぁ、それほどでもあるけど」


 腰に手を当て、ドヤヤンと勝ち誇るリーフィア。

 エルフェアリー族にとってキッスが終わっている女性は、10段くらい大人の階段を登った女性として羨望の眼差しで見られる。


「妖狐の里にもおったわ、男できた瞬間上から目線になる女。どうせ頭ぶつけたとか、キッスかもわからん事故起こしただけやろ」


 名探偵ホムラの的確な予想に、伸びていた鼻がボキッと折れるリーフィア。


「そこまで言うならわかったわ、こうしましょう。エウレカさんあたしに鎖を繋いで。あたしがキッスするわ」


 ホムラは「は?」と顔をしかめる。


「なんであんた通す必要あんねん。あんた経由すんの無駄やろ」

「こんなこと言うとちょっとあれなんだけど、あたしコイツの妻なのよ。ごめんね」

「は? なにがごめんやねん、上から目線でごめんって意味か?(威圧) しかも妻ってよーわからんこと言いなや」


 セシリアがホムラに、エルフェアリー族はキッスした相手と結婚するしきたりがあると教える。


「なんやその化石レベルのラブコメ。あんたらエルフェアリー族はキッスしたらオークでも結婚するんかいな」

「その時はオークを殺してなかったことにするわ」

「リセットの仕方が悪魔か!! 大体本人はそのこと認知してんのかいな?」


 リーフィアは夫婦であることを拒絶された為、右フックを見舞ったことを思い出し苦い表情になる。


「ほれみてみ、あんたが勝手に言うてるだけやろ。それ自称妻、なんならストーカーって言うんやで」

「ス、ストーカーですって!? この誇り高きエルフェアリーのあたしが!?」

「それよかエーちゃん、そいつとキッスするん嫌やろ? ウチがかわりにやったるで? 汚れ役は任せときぃ♪」

「尻尾振りながら任せときぃ↑じゃないわよ! 何嫌なこと代わりにやるふりして自分の欲求叶えようとしてんのよ発情狐!!」

「誰が発情狐やねん!」


 シャーと蛇のようににらみ合う二人を無視して、エウレカは皇女らしからぬニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「いえ、大丈夫です。これは魔力補給であって、そういった目的はありませんので。兄上とキッス……へへっ」

「エーちゃんめっちゃ顔ニヤけてるで」


 エウレカは膝枕したまま、ゆっくりと顔を近づける。

 しかし唇が触れ合うその瞬間、プラムが顔と顔の間にスライムボディを滑り込ませる。

 エウレカはプラムの体にキッスすると、プラムを中継して魔力がユーリの体に流れ込んでいく。



「ん……ぶはっ……窒息するわ!!」


 俺は自分の鼻と口を塞ぐスライムを放り投げる。

 プラムはそれでもすやぁと寝息をたてていた。

 こいつたまに寝ぼけて俺の呼吸器を全て塞いでくるからな。

 周囲を見渡すと、皆眉をハの字に曲げて苦い顔をしていた。


「プラムちゃん寝ながらキッス阻止してきたな……」

兄上あにゅうぇ~(幼児退行)」

「なんでエウレカ涙目なんだ?」

「初キス相手が饅頭やったんや、察してあげ……」

「は?」

「それよりあんた体大丈夫なの?」


 リーフィアに聞かれ立ち上がってみると、すんなり立つことが出来、視界もはっきりしていた。


「おっ、調子いいぞ。魔力も漲ってる」

「じゃあ上層に向かいましょ」

「おう。おいプラム行くぞ、次決戦だぞ」

「むにゅ……ファーストキッスはわたさむ……」

「何言ってんだコイツは」


 俺は寝ぼけるプラムを小脇に抱えると、なぜか憔悴しているメンバーを連れて4層へと向かうことにした。

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