第54話 ラスボスは大体巨大化する

 俺達は「うぉー! ベヘモス出て来いや! 最終決戦じゃい!!」と劇画チックな顔になりながら天高くそびえる世界樹を登っていくと、ようやく最上部が見えた。

 螺旋を描く階段の終わりに見えるのは、幹の中へと続く巨大な扉。


「あれが玉座の間か」


 ほぼ全てが木と葉っぱで作られている世界樹で、違和感の強い鋼鉄製の魔法扉は手で押してもビクともしない。


「ユーリ、このへん魔法使えるぞ」

「最上層に魔蝕草はないのか」

「当たり前よ、4層は防風の結界を張る魔法陣サインが至るところにあるわ。これが機能しなくなると強風で吹き飛ばされるわよ」

「なるほどな。最上層なのに無風なのはそういうことか」


 試しに扉のすぐ近くに書かれた魔法陣を消してみた。

 すると、下から突き上げるような突風が吹き、その場にいた仲間たち全員のスカートがめくれ上がる。


「「「キャアァ!!」」」

「神風じゃ神風が吹いておる!」

「神風じゃないわよ、死ね! ベヘモスより先にあんたが死ね!」


 スカートを押さえながらゲスゲスと蹴りを見舞ってくるリーフィア。

 俺が消した魔法陣はすぐに書き直され、突風は静まった。

 仕切り直しをして、全員が真面目な顔になる。


「我々が魔法を使えるということは、敵も使えるということですね」


 エウレカの言葉に頷く。


「そうだな、気を引き締めていこう」

「どの口が言うてるんや」


 俺はカルミアから取得した玉座の鍵を使用する。

 すると扉はギギギと重々しい音をたてて開いていく。

 足を一歩踏み入れると、そこは幹の中とは思えないほど広く、本来ならば見晴らしの良い玉座兼展望台だったのだろう。


 しかし今ここにいるのは、3人の悪党。

 筋骨隆々で人間なのか疑わしくなる岩石のような男と、玉座を挟んだ反対側にエルフェアリー族の族長、そして中央で足を組み頬杖をついて座る王気取りの男フォレトス。

 フォレトスの年齢は俺より少し上か。

 エルフ族特有の長耳にオールバックの髪、鋭く細い目。

 整った顔立ちながらも、性格悪そうな悪人面をしている。

 俺は詳しいからわかる。ありゃ日常的にDVをしている男の顔だ。


「ようやくご対面だな、クソ野郎。テメェがベヘモスのリーダーだな」

「いかにも。ベヘモス森島区指揮官フォレトスだ」


 玉座に座るチンピラの王は、口元をいやらしく釣り上げて俺達を出迎える。


「大人数でぞろぞろと、女ばかり引き連れて救世主気取りか?」

「ちげぇよ、ここにいる奴ら全員でテメェの顔面ぶん殴りに来たんだ」

「そうだぞ、お前の前歯全部折ってやるからな!」


 ファッ○ュー! と指を立てていきり立つプラム達。


「喚くなゴミども、貴様らごとき……」


 フォレトスが何か言い終わる前に、リーフィアが不意打ちで弓を放つ。

 顔面めがけて飛ぶ矢を、側近の筋肉男が丸太より太い上腕二頭筋で受け止める。


「チッ、油断してる隙に頭ぶち抜いてやろうと思ったのに」

「迷いのない良い攻撃だ。お前確か逃げた女だな……後で俺じきじきに拷問してやる。楽しみにしていろ」


 獲物を見つけた蛇のように舌なめずりするフォレトス。リーフィアはその威圧感に一歩後ずさる。


「強がるなよ、モヒカン共はほとんど俺達がぶっ倒してきた。誰もお前を助けに来ない」

「そうだぞ、階段もボクらがぶっ壊してきたから、増援なんか来れないぞ!」

「ククク、俺の仲間ははなからこのダイナモだけだ。ゴミがいくらやられようが関係ねぇ」


 どうやらあの筋肉男はダイナモと言うらしい。


「さて、俺がなぜサイクロプスがあるにも関わらず、こんな逃げ場のない頂上てっぺんにいると思う?」

「バカだから高いところが好きなんだろ」

「ボクも高いところは好きだぞ!」

「プラムちゃんは黙っとき、アホの子ってバレるで」


 ホムラに抱きかかえられ、口をおさえられるプラム。


「あのサイクロプスは強い。しかし……あれだけでは足りない」

「足りない?」

「森島を征服する程度ならあれで十分だが、俺はこんな魔大陸の島一つで満足する器じゃない。魔大陸全てを制圧し、俺達を島流しにしてくれたヴァーミリオンに復讐する」

「お前みたいなただの犯罪者が、ヴァーミリオンに勝てるわけ無いだろ」

「ククク、森島全土にエネルギーを供給する世界樹。こいつの魔力をサイクロプスに喰わせたらどうなると思う?」

「そんなことできるわけないだろ。大体どうやって魔力を吸い出すつもりだ?」


 世界樹に向かってドレインマジックでも唱え続けるつもりか? 魔力を吸い上げるのに100年はかかるぞ。


「お前も魔獣使いならわかるだろ?」


 奴は自分の心臓を指でさす。


「…………まさか世界樹にも魔核が?」


 魔核とは、俺が魔獣兵の鎖をつなげるときに接続するコアとなる部分。

 魔族が生まれるとき、まずこの魔核が生成されそこに肉体が作られていく。

 この魔核が起動することによって魔法が発動するので、魔族にとっては脳や心臓と同等の重要器官とされる。

 またこの魔核は強力な魔物ほど大きく、この魔核を無傷で取り出すことができれば、その魔物が持っていた魔力全てを奪うことができる。

 その反面巨大な魔核は取り扱いが難しく、帝国の研究施設がドラゴンの魔核を調査していたところ大爆発を起こし、周囲の町ごと吹っ飛んだと聞いた。

 もし仮に世界樹に魔核があったとして、そこに集積された莫大な魔力エネルギーは森島を吹っ飛ばせるほど強力な物だろう。


「下を見ろ」


 フォレトスに促され、俺達は警戒しながら最上層から世界樹の下を見やる。

 すると、俺達がここに来る前は斧を振り上げた状態で固まっていたサイクロプスが、幹をよじ登ってきている姿が見える。

 まさかこのまま上までよじ登ってくるつもりかと思ったが、サイクロプスは中層くらいの位置で幹に拳を突き入れた。


「なにをしてるんだ?」


 疑問に思う間もなく、サイクロプスの体が雷に打たれたように痙攣し、グリーンの魔力流がその巨体に流れ込んでいく。


「おいおい……まさか!?」

「そうだ、奴は今世界樹の魔核エネルギーを取り込んでいる」


 フォレトスの言う通り、サイクロプスの体がみるみるうちに巨大化していく。

 30メイル程度だったその体は、100メイルを超える超弩級魔獣ギガントモンスター級へと変貌する。

 体色も黒く変色し、肩や頭からツノが伸び、体は際限なくデカくなり続けている。

 充血して真っ赤になった一つ目がギョロリと動き、俺達と目があった気がする。


「フハハハハハ! いいぞサイクロプス、世界樹の生命力を吸い尽くせ!」


 世界樹はゴゴゴと震動し、大きく枝葉を揺らす。

 葉っぱの色が茶色く変色し急速に枯れていく様は、まるでサイクロプスに心臓を突き刺され、苦しんでいるかのようだ。

 

「まずい、このままじゃ世界樹が死んじゃうわ!」

「リーフィア様仕掛けます! ガーベラ! サイサリス! トルネードフォーメーション!」

「ウインドカッター!」

「ソニックウェーブ!」

「アクセルブースト!」


 カトレアを含む選りすぐりの3人のエルフェアリーが、武器と魔法を使いフォレトスに攻撃を仕掛ける。

 しかし、全ての攻撃は透明なバリアに弾かれた。


「静かに見ておれ」


 バリアを張ったのは、同じくエルフェアリー族の妖怪爺。


「族長!!」

「貴様らに族長と呼ばれる筋合いはない。裏切り者め!」

「どっちがよ!」


 どこまでもこちらの足を引っ張ってくる族長。最初から敵だったかのように、ベヘモスの一員と化している。


「サイクロプスが世界樹のエネルギーを吸い尽くすまで時間を稼げ」

「おい、ワシが世界樹の魔核の位置を教えたんじゃ。ベヘモス幹部にする約束を忘れるな」

「あぁ感謝してるぜ。お前のおかげでサイクロプスが強くなれるってわかったんだからな」


 あのクソ野郎、仲間どころか世界樹まで売って己の保身に走ったな。


「族長の入れ知恵かよ。もう人類の敵レベルだろ」

「殺そう慈悲はない」


 今度ばかりはプラムの意見に頷く。


「皆さんまだチャンスはあります、彼の持ってるコントローラーを奪ってください!」


 エウレカがフォレトスの持つ魔導コントローラを指差す。

 そうだ、ラジコン化しているサイクロプスはあれさえ奪えば無害化する。


「ほぉ、これのことを知ってるのか女」

「あなたに聞きたいことがあります。ベヘモスの装備や、その魔道具は決して魔大陸だけで揃うものではありません。一体どこで手に入れたのですか?」

「俺達にはパトロンがついてるんだよ。本当なら世界樹を叩き折れって言われてたが、奪えるエネルギーがあるなら利用するだろ?」

「フォレトス……」


 隣の岩石筋肉男ダイナモが、これ以上情報を出すなと警告する。

 どうやら脳筋に見えて、あっちのほうが冷静なようだ。


「わーってるってダイナモ。じゃあな、俺達は下でサイクロプスが神になる姿を見てくるぜ。ゴッドサイクロプスの誕生だ!」

「ふざけるな! 何がゴッドサイクロプスだ!」

「そうだぞ、どっからどう見ても悪魔だろ! デビルサイクロプスにかえろ!」

「プラムちゃん、そういう問題ちゃうで」


 俺達が追いかけようとすると、ダイナモがフォレトスの体を抱え、この最上層から飛び降りたのだった。


「は!? マジかよ、ここ300メイル以上あるんだぞ!?」


 下を見ると、フォレトスとダイナモは地面にクレーターを作りながらも無傷で着地を果たしていた。


「あの筋肉男、絶対人間じゃねぇ! 俺達も降りるぞ!」

「逃さん!」


 立ちはだかる族長が、こちらに向かって杖を構える。


「邪魔すんじゃねぇクソジジイ! テメェに構ってる暇なんかないんだよ!」

「そうだぞ! ボクらがあいつらを倒してやろうとしてるのに!」

「我が覇道の邪魔はさせん」

「何が覇道だ、覇道って言いたいだけだろ! ってか、下の階でテメェの息子石になってるから助けに行けよ!」

「ふん、あんな出来損ないに興味はない。操り人形にすらなれぬ失敗作が」


 このクソ野郎、カルミアの肩を持つつもりは全く無いが、これではあまりにも報われない。


「兄上、ここはわたしが引き受けます! あなたはサイクロプスを止めて下さい!」


 エウレカは手のひらから魔力で編まれた鎖を伸ばす。彼女の瞳からは戦うものの覚悟が感じ取れた。


「エウレカ!」

「早く! この者には上に立つ資格がありません」


 皇女として、同じ人の上に立つものとして、民を裏切り続ける族長の振る舞いを許せないのだろう。


「つっ……プラム行くぞ!」

「がってん」


 俺はプラムに鎖を繋ぐと、饅頭ボディをキングデカスライムサイズに膨張させる。


「待ってウチも行く! あんたらだけであのデカブツおさえられへんやろ!」

「モォ!」


 ホムラとバニラがデカプラムに飛び乗ると、俺は残ったリーフィアとエルフェアリー隊を見やる。


「そっちは任せたぞ」

「ええ、身内の恥は身内で片付けるわ。いいわね、皆!」

「「「はっ!」」」


 リーフィアの号令に、エルフェアリーたちは剣を構えて応じる。

 俺達は最上層から先程のフォレトス達と同じく、ピョーンと地上に向けてダイブした。

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