第52話 予定調和

 石化したカルミアを俺とプラムは眺めていた。

 眉をハの字によせ、天を仰ぐように伸ばされたその両手は、まるで母を求める赤子のようにも思える。


「なんか嫌な奴だけど、悲しい奴だね」

「最後まで親の忠実な駒でいようとしたわけだからな……」


 子供は親を選べず、施された教育によってその価値観は変わる。

 暴走したことは間違いないが、こいつはこいつでエルフェアリー族を守ろうとしたことは事実だ。

 もっと外のことを教えてくれる異種族の友達でもいれば、いろいろ違ったかもしれない。

 そんなもしもを想像しつつ、石化したカルミアの手からバジリスクの指輪を抜き取る。


「ユーリ大丈夫なの、そのキンモーな指輪? いきなりピカッと光って、ボクら全員石化するとかないよね?」


 ビビッて木の後ろに隠れるプラム。


「大丈夫だ、魔道具はあくまでアイテム。多分コールドストーンって呪文を唱えなければ、邪眼の呪いは発現しない」

「それちょっと貸してください」


 今回大金星をあげたセシリアが、指輪の邪眼部分を指先でツンツンすると真っ赤な瞳から涙がポロンとこぼれた。


「うぉ、指輪が泣いた……なにしてんだ?」

「このバジリスクの涙を希釈すると、石化を解除できる薬になります」

「なるほど、プラム水だ」

「オエー」


 プラムは温泉のマーライオンの如く、口からゲボゲボと水を吐き出す。

 その水でバジリスクの涙を薄めると、何やらピンク色の粘り気ある薬が出来上がった。


「完成です」

「なんかドゥルンドゥルンの液体ができあがったな……」


 見た目完全にローションである。


「これを石像におもいっきりぶっかけて下さい」


 セシリアに言われた通り、薬を石化したリーフィアの像にかけてみる。


「石像にぬるりとした液体をぶっかけるって特殊性癖感が凄いな」


 ピンクの液体が染み込んでいくと、徐々にだが薄茶色の石像に色が戻り始めた。


「おぉ、効いてる効いてる。けど……」

「ユーリ、なっかなか治んないんだけど」

「そうだな」


 薬をかけたら瞬時に石化が治るものだと思っていたのだが、ジワジワ~と効いてくるタイプの薬らしい。

 リーフィアの石像は、頭のつむじ辺りが色を取り戻しているものの、体の方は全然である。


「これ一人治すのに1時間くらいかからないか?」

「早く治したいなら、薬をすり込んだほうが良いみたいです」

「すり込む?」


 セシリアがバニラの石像にローション(☓)薬をつけて、手でコスコスとすり込んでいく。

 俺も真似してリーフィア像の胸部にすり込んでみる。

 すると硬かった石の感触が徐々に柔らかくなり、胸本来の弾力を取り戻す。

  豊満という言葉では生ぬるい爆乳は、張りがあってモチモチとして、手のひらに吸い付くようだ。

 重量もずっしりとしており、妖精族の神秘を感じる。


「戦闘力101ってところか。3桁オーバー、エルフェアリー族は化け物か……」


 俺のスキルPスカウターが発動し、的確にサイズを読み取る。

 こんなチャンス二度とないのではないかと思い、俺は薬を持って他エルフェアリー達の胸だけを石化解除して回る。


「うむ、まるで時間停止している人にイタズラしている気分だ」


 一通り乳揉み&バスト計測をしてまわると、最後に残ったのはエウレカの石像。

 俺は手のひらに薬をつけて石像に対峙し、すっと胸に触れようとする。

 しかしなぜか見えないバリアに阻まれるようにして、ギリギリで手が進まない。


「くっ、なぜだ? この俺が本能的にエウレカの乳に触れることを恐れているのか?」


 魔王を討伐した勇者ペペルニッチが統治する世界最強国家ヴァーミリオン帝国、その元勇者兼皇帝の娘であるエウレカ。そんないかつい肩書に反して、聖女のように真面目で優しい少女。

 その胸に触れるというのは、まるで聖女に時間停止の魔法をかけてイタズラするかのような背徳感がある。それと同時にパイタッチがバレたら、帝国で処刑されることは間違いないだろう。

 爆乳禁止法とかいうふざけた法律ではなく、不敬罪というちゃんとした犯罪で断頭台行きである。


 エウレカから「ハハッ奴の首を刎ねよ」と言われたら文句言えない。


 だがA級乳揉みマイスター兼爆乳ファーム経営者として、高貴なるロイヤルパイを揉んでおかずしてどうするというプライドがせめぎ合う。

 震える俺の手は一体何を掴むというのか、帝国かプライドか……それとも乳か。


「…………俺が掴むのは……未来だ!!」


 輝く勇気を胸に秘め、ギロチンの残像を振り切る。

 俺がやらねば誰がやると意気込んで、ヌルヌルの手をのばす。


 しかしその手は彼女の胸には届かず、シュッシュと頭を撫でたヘタレた

 やっぱ帝国怖い。不敬罪怖い。

 すると石像の中からくぐもった声で「なんでわたしだけ!!」と聞こえてきた。


 ◇


 その後、薬の塗布が終わり全員の石化が治ると、ぷんすかと肩を怒らせるリーフィアが俺の前に立つ。

 片手を腰に当てながら、俺の鼻先を指差してくる。


「あんたね、動けない人の胸を触るなんてサイテーよ! 最低最悪卑劣お下劣強姦魔!」

「卑劣お下劣の語感がいいな。……いや、そんなことしてないが?」

「今息を吸うように嘘ついたわね。あのね、あたしたち石にされてたけど、視覚や聴覚はあったのよ」

「嘘……だろ?」


 さっきエウレカの石像が喋ったように思えたが、本当に喋ってたのか。

 踏みとどまって本当に良かった。


「えぇ、あんたが嬉々として胸だけ触って回る姿もしっかりと見てたわよ」

「ちゃうねん治療やねん。魔王の呪いにかかってへんか調べてたんやで。客観的に見たらちょっとセクシャルやったかもしれへんけど、ほんま100%善意の医療行為やて!」

「狐女の口マネしないで!」

「うひぃ!」


 彼女は半ばお約束気味に拳を振り上げた。

 両手で顔はやめてとガードするが、彼女の拳はいつまで待っても降ってこなかった。


「…………?」

「本当ならぶん殴ってやるところだけど……あたしのかわりにカルミアを倒してくれてありがと。石化してたけど、あんたが体張って戦ってたところ見てたから」

「あぁいや、なんだボコボコにされてるとこ見られてたのか」

「あんたが全ての石像を守りながら戦ってるとき、誰か一人を見捨てて勝ってほしいって思った。それがあたしでも構わないって……」

「カルミアに大口叩いたんだ。誰も見捨てねぇよ」


 石化した仲間を見捨てれば楽に勝てたかもしれないが、万策尽きてもそんなことしたくなかった。

 なにより誰か一人でも死んでしまうと、こんな乳揉みマイスターとかバカみたいなことできないからな。

 そう言うと彼女はフンと顔を赤くしながら、後ろ髪を弾く。


「さ、さっきのおちおちお乳揉みはそれでチャラにしてあげる。皆もそれで許してくれると思うから」

「優しい」


 遠慮なくぶん殴ってくれてもオチがつくから構わんのだが。


「あ、後、そういうのはちゃんと然るべき場所ですべきなのよ。あた、あたしたち夫婦なんだから」


 そう言って彼女は自身の下腹部に刻まれた婚約紋だか、淫紋だかに触れる。

 ※エルフェアリー族は、キッスした異性と結婚するというカビが生えた文化を未だに持っているのだった。


「いや、俺乳は自由に揉みたいけど、結婚とかそういうのはちょっと。責任とか背負うの嫌なんで」

「…………は?(威圧)」


 まだ家庭に縛られたくないし。所帯持つと責任感が常に後ろをついて回るしな。

 そんなクズ男みないなことを思っていると、リーフィアは肩を震わせながら両腕を立てファイティングポーズをとる。そして体を左右に揺らし無限を描く。


「それはまさか伝説のモンクが使ったと言われるデンプシ――」

「女の敵ぃぃ!!」


 彼女は目にも留まらぬ速度で、ハードパンチを放つ。


「ありがとうございますぅ!!」

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