第99話 嫌われ者

 その頃、一人棺を引っ張るティターニアは空腹に喘いでいた。


「棺は……なんとかなるが……。空腹がきついな……」


 先程のドタバタ劇で忘れていたが、一人になった途端腹がグーグーと鳴り始める。

 霞む視界と目眩を感じ始め、腰を下ろす。今の状況なら木の根でもかじりついてしまいそうだった。

 ティターニアは棺桶を開き、動けなくなってしまった相棒を見下ろす。


「ずるいぞヴェロニカ……。君だけ何も感じなくなってしまうなんて」


 そんなことを言ったところでヴェロニカは何も答えないし、ティターニア自身本気で恨み言を言っているわけではない。

 ただ空腹もなくなり、引きずられるだけになってしまった彼女に文句の一つも出てしまうのは道理だろう。

 その時、棺桶の中に先程拒否した弁当が入っているのが見え、慌てて中を開く。

 そこには時間は経過しているものの、しっかりと火が通ったステーキが入っていた。


「…………本当にありがたい」


 はぐっと肉に噛みついて、その旨さにさらに涙が出そうになる。

 それと同時に”種族によって感謝するかしないか選ばなきゃならない宗教なんかやめちまえ”と言われたのが刺さる。

 悪魔に感謝してはいけない、これはどの宗教も当たり前に言われていることだが、悪魔が行った善行に関しても目をつむらなければならないというのは違うのではないだろうか?


「感謝することすら許されない神とは一体何なのか?」


 ティターニアの信仰が揺らいでいる時だった、物陰から2人の青年が現れる。

 一人は細目で軽装レザー装備一式のスカウト、もう一人は背が高く眼鏡にローブ姿の僧侶。


「誰だ!」

「いきなり怒鳴んなよ、オレはジーグ、ゲーム参加者だぜ」

「わ、わたしはマルコシアスと言います。同じく参加者です、はい」

「オレたちに戦闘の意思はないって」


 二人は落ち着けと、首を振る。

 ホッとしたティターニアは手にしたナイフを下ろした。


「こちらも戦う意思はない。だが妙な真似をしたら躊躇なく倒す」

「怖い怖い、それが女の言うことかよ」


 ジーグはおもむろにティターニアのマントをめくると、ハイレグアーマーに包まれた巨乳が姿を見せる。


「何をする!?」

「いでっ!」


 ティターニアのゲンコツがジーグの頭に突き刺さる。


「変な意味じゃねぇよ! グールに噛まれてないか確認しただけだ!」

「グールに噛まれますとゾンビになってしまいますし、はい」

「大丈夫だ噛まれていない」

「悪いがオレはスカウトだ、自分の目でちゃんと危険がないか確かめないと気がすまないタチなんだよ」


 ジーグは初対面の人間の話は信用しねぇと、プロ気質を見せる。

 ティターニアもその意見には賛成で、失礼な奴ながらもスカウトとしては信用できる人間であるとわかった。


「あの、失礼ですがそちらの方はお亡くなりになられたのですか? よければわたくし牧師をしており、弔ってさしあげることもできますが」


 マルコは棺桶を指さしながら申し出るが、首を振るティターニア。

 彼女はこれまでの経緯をかいつまんで話す。


「なんと、服従の首輪ですか……」

「ああ、恐らく禁忌アイテムだと思うがとれなくなってしまった」

「少し見てもよろしいですか?」

「ああ」


 マルコが棺桶を開くと、死体にしか見えないヴェロニカと対面する。


「これ、本当に死んでいないのですか? 数珠やらなんやらが……」

「悪ふざけをした連中がいるんだ」

「では奇跡、解析アナライズ


 マルコの手が一瞬光り輝き、解析魔法をかける。容態を確認すると、彼は難しい顔で首を振った。


「ただの服従魔法だけでなく、かなり強力な呪いがかけられているようです。しかるべき施設がないと解呪は難しいでしょう」

「やはりそうか……」

「しかも体温や脈拍が下がってきています。このままでは時間経過と共に、生命活動を閉じてしまうでしょう」

「ぐっ、どうすれば」

「そんなことわかってるだろ。早急にこのゲームをクリアして、この島から逃げる以外にないぜ」

「どうでしょう、今キャスターのわたくしと、スカウトのジーグさんしかいません。チームに加わってもらえませんか?」

「オレは偵察、解錠、罠回避、水薬ポーション精製、大体は習得してるぜ。マルコは気は弱いが奇跡魔法が使えて、アンデッドにはかなり強い」

「我々キャスターとスカウトのチームですので、一人戦士が入ってくれると随分ありがたいのです」

「…………一応聞いておくが、君たちの種族は?」


 ティターニアの問いに、マルコとジーグは顔を見合わせる。


「勿論二人共人間ですよ」

「オレたちの頭に悪魔のツノでも生えてたか?」


 茶化すジーグにティターニアは首を振る。


「……わかった。正直一人で困っていたところだ」



「そんなに遠くまで行ってないと思うんだがな」


 ガションガションガションと揺れる首なし銀甲冑。

 デュラハンに乗った俺たちは、ティターニアの引きずった棺の後を追って歩みを進めていた。


「WOWOWOWOW」

「しゃっしゃっしゃっ」

「ウキウキウキウキ」


 振動にあわせてプラム達がテンションを上げて左右に揺れている。首振りまんじゅう共は、デュラハンでの移動を相当気に入ったらしい。

 だがそれは三半規管が強いモンスター型だけで、人型のホムラとリーフィアはそうではないらしく、青い顔をしている。


「おぇっ、吐きそう……」

「ウチも……」

「お前ら絶対に吐くなよ。仮にもヒロイン枠なんだからな!」

「「おぇぇっ無理無理」」

「待て待て、吐くにしても外に吐けよ!」


 俺たち人型はデュラハンの胴鎧部分に搭乗しており、この密着した状態で吐かれたら大惨事だぞ!

 それから数分、なんとかゲボ吐く前にティターニアに追いつくことができた。


「あの棺桶は、間違いないな」

「ユーリ、あの痴女騎士仲間がいるっぽいぞ」

「なに?」


 確かに彼女の周囲に参加者らしき男が二人いる。襲われているわけでもなさそうなので情報交換中か?


「おーい」


 ティターニア達はデュラハンを見て一瞬ギョッとしていたが、俺たちが乗っていることに気づいて警戒を解く。


「悪魔使い。なぜここに?」

「いや、棺引っ張ったままゾンビに囲まれてたりしたら困るだろうと思って。それに見てくれ、デュラハンをコントロールすることができた。こいつなら棺を背負わせて移動ができるぞ」

「……わたしを心配したのか」

「ティターニアさん、この方は?」

「あぁ、魔物使いのユーリだ。棺桶に悪ふざけした連中だ」

「そうですか、わたくしは僧侶のマルコシアスです」

「スカウトのジーグだ」

「猫背のマルコと糸目のジーグね」


 プラムが変なあだ名をつけていると、ジーグスカウトを見て何かに気づく。


「ユーリ、こいつチーム分けのときボクらをdisった奴だ」

「あぁ」


 そういやチーム分けする時、魔物使いは弱いから他所行ってくれって言ったやつだな。

 別に根に持っているわけではないのだが、やはり弱ジョブ認定された側としてはあまり良い印象はない。

 向こうもそれに気づいているのか、こっちと目線を合わせようともしない。 


「ユーリさん、見たところあなたはかなり戦力が整っている。わたくしたちと手を組みませんか?」


 マルコは助け合ってこのゲームを乗り越えましょうと言うが、この人聖職者っぽいからちゃんと言っておかないとな。


「そりゃいいんだが、俺仲間に悪魔いるがいいか?」

「えっ、それは……ちょっと難しいですね……」


 バエルの存在に気づくと、気弱そうなマルコの顔が一気に曇る。やっぱ僧侶は悪魔と組むわけにはいかないんだな。

 ジーグの方は仏頂面のままだし、俺たちのことを好意的に見ていない。


「なぁなぁ痴女の姉ちゃん、そいつらと組むのか? 多分ボクらのが強いぞ」


 戦力面に関してはプラムの言うことは正しい。多分ナツメとバエルがいる時点で、俺たちのチームはどこのチームより強いと言っていいと思う。


「おい、相手は悪魔だぜ。悪魔は言葉巧みに取り入って、信用したところを裏切るぜ」

「そ、そうですね、さすがに悪魔はわたくしもちょっと、はい」


 悪魔にかなり偏見があるジーグは反対派で、マルコも困ってる。しかし意外にもティターニアがこちらの肩を持ってくれる。


「彼らは本当に悪い人間ではないんだ。先程悪魔に襲われたが彼らに助けられた」

「それが既に騙されてんだって! こいつらの自作自演かもしれないんだぜ!」

「そ、そうです。運営と繋がっていて、実は我々を罠にはめようとしている可能性もあります、はい」


 よく現場を見てないのにそこまで言えるな。そんなことしねぇよと言っても信用されないだろうな。

 このままだと喧嘩始まりそうだし、ここは引き下がった方が良いだろう。


「あんたら”四人”で組むのか?」

「え、えぇ……そのつもりなのですが、はい」

「じゃあ俺らはいいわ」

「よろしいのですか?」

「無理に仲間になって不和引き起こすのもよくないだろ。棺桶のシスターにも嫌われてるし、俺は騎士の姉ちゃんが一人だとやばいと思っただけだ」

「……すまん」


 申し訳無さそうにするティターニア。


「悪いな、俺たちは人間チームなんだ。魔族チームは他所行ってくれ」


 ジーグの嫌味を聞こえないふりをしてデュラハンを操作し、彼らとわかれて先へと進む。

 彼女たちが見えなくなってから、プラムはぼそりとつぶやいた。


「ボクらはどこでも嫌われもんなんだな」

「すまぬな、余のせいで」

「バエル様はなんも悪くねぇよ。悪いのは種族差別する奴らだ。人間は悪魔って聞いたらすぐアレルギー反応起こしやがる」

「悪魔の力は強い、人間の恐怖心が迫害へと結びついておるのじゃろう」


 恐らく妖怪もそういった経験があるのだろう。ナツメの言葉は重い。


「俺は決めたぞ、絶対ファームに悪魔っ子を仲間にして連れて帰る。バエル様、なんかいい悪魔っ子いないか? 具体的には胸の大きい子」


 そう聞くと、コウモリ形態のバエル様は得意げに翼で自分を指す。


「フフフ、眷属よそれなら既に目の前にいるではないか。余が――」

「バエル様はもう仲間だろ」


 即答すると、バエル様は一瞬キョトンとした後、ドロっとスライムみたいに溶けた。


「うわっ、バエル様が溶けた!?」

「こ、此奴照れておる」


 どうやら照れすぎて熱が上がり、体が溶解したらしい。

 勿論すぐにもとに戻ったが。

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