第98話 棺は重い

「ちゃうねん、こんなつもりじゃなかってん……」

「お前それ放火魔のセリフだからな」


 俺は安易に竜巻に火をつけたホムラにコンコンと説教をする。


「見ろ、あの焼け落ちた残骸を。ホラー的に恐ろしい街並みだったのに、火災映画みたいになってるだろ」


 ファイアートルネードで無惨な姿になった貴族街を指差すと、ホムラは耳と尻尾をしゅんと下げた。


「あーこら酷いね」


 プラムが、立ってるのが不思議なくらいぶっ壊れた屋敷を見上げると、案の定ベキベキベキと音を立てて倒れてきた。

 本来危ない! と叫ぶところだが、プラムなのでぺちゃんこになっても問題あるまい。

 予想通り倒壊した瓦礫に下敷きにされたが、その隙間から軟体ボディを生かして脱出してくる水まんじゅう。


「あーびっくりした死ぬかと思った。死なんけど」

「ほんっと酷いことするわね。早くリッチを倒しましょうよ」

「元凶のくせによくそこまで他人ヅラできるな」


 えっ? 何が? とキョトンとする金髪ツインの妖精。妖精族ってやっぱサイコ多いのか? セシリアさんも結構あたおかだもんな。


「ユーリ、これリッチーとかいう奴に目ぇつけられたんじゃない?」

「その可能性は十分ある」


 俺はプラムと共に、炭化したオロバスの頭骨を拾い上げる。長い鼻骨は持った瞬間ボロっと崩れ落ち、風に流されていった。


「そいつきっと必殺技とか持ってたと思うよ」

「だよなぁ。あの馬、俺はリッチ様のポーン、疾風のオロバスとか言ってたもんな」


 多分竜巻以外にもスキルを持っていたのだと思うが、その全てを生かすことなく死んでしまった。なんて哀れな奴なんだ。全てあの妖精と妖狐が悪い。あれ? もしかして飼い主の俺が一番悪い?

 真の元凶に気づきそうになっていると、ティターニアが険しい顔をしながら俺たちに近づいてきた。


「君に助けられた」

「あのシスターはどうした?」

「それなんだが……」


 言いよどむティターニアに連れられ、俺とプラムは首輪がついたままボーッとしているシスターの元へと連れて行かれる。


「首輪がとれず服従魔法が解けない。恐らく不完全な状態で術者が死んでしまった為、解除されなくなってしまった」

「呪術系だとたまにある奴だな、呪いかけた奴が死んじまってそのまま解呪不能」

「このままだと任務が……」

「任務?」


 俺が聞き直すと、ティターニアは口を滑らせたと慌てて首を振る。


「いや、なんでもない」

「ナツメなんとかならないか?」


 妖術エキスパートの彼女に頼んでみたが、シスターの様子を見て首を振る。


「わからん、わっちらのとまるで術式が違う。これならバエルの方が得意じゃろう」

「バエル様ー出番ですよー」


 今度はコウモリ形態のバエルが見てみるが、軽く首をかしげる。


「ふむ、余は呪いをかけるのは得意だが解くのはよーわからんフハハハ」


 よくそれで夜島の王やってたな。

 いやまぁ、実際呪いって術者がぐちゃぐちゃに書いた数式を反対側から解いていくようなことするからな。わからないのも無理ないんだが。


「ナツメ、この術は時間が経てば消えるものなのか?」

「それもわからぬ。何かの血を媒介にした呪術であることは間違いないのだが、それがすぐに消えるのか、それとも一生このままなのか」


 先程までガルルルとうなっていた狂犬シスターは、今はハイライトの消えた目で虚空を見つめている。

 早くもとに戻ってくれればいいなと思ったが、戻ったら喧嘩になりそうだからこのままでもいいかもしれない。


「教会に連れ帰って術を解くしかないが、それも難しいだろう」


 ティターニアが言うように、それにはこのゲームをクリアする必要がある。


「とりあえずこのままじゃ動くことすらできないから、シスターを運ぶものが必要だな。プラム、サメちゃんたち連れて人間が入りそうな箱見つけてきてくれ」

「おう」

「しゃー」


 俺はその間にシスターの首輪を調査する。

 呪印が書かれた金属製の首輪はかなりきつくはまっており、指を差し込む隙間もない。

 特殊な器具があれば壊せなくもなさそうだが、壊したら壊したで変な魔術が発動しそうで怖い。


「こりゃ爆弾首に巻き付けられてるのと一緒だな」


 しばらくして、プラムたちは人間が入るのにぴったりな箱を持ってきた。


「ユーリ、持ってきだぞー!」

「しゃー!」


 彼らが運んできた箱は、縦横どちらも人間一人サイズでなかなか頑丈そうだ。

 ただ蓋に十字が書かれており、中に白骨死体が入っているが。


「棺桶じゃねぇか。どっからとってきたんだ?」

「向こうの教会に山ほどあった」


 遺体安置所かよ。怖くて近づきたくねぇな。


「ちょうどいいサイズじゃない? 中に花も入ってるし」

「しゃー(一番キレーなの選んできた)」

「見た目はどうあれ、これにロープつけて引っ張るのが一番いいか」


 俺は中の白骨死体をごめんなさいねと謝りながらどかし、そこにシスターを入れる。


「手を組ませてあげようよ」

「しゃー(お花を添えよう)」

「ウキ(落ちてた十字架も入れよう)」

「ウチの数珠も入れたげるわ」

「やめろやめろ、火葬直前の棺桶みたいになってるだろ」


 一応生きてるんだからな。

 棺桶にロープをくくりつけ、なんとか運ぶ準備は完了した。

 試しに引っ張ってみると、ずっしり重い。多分70クロくらいはあるぞ。こんなもんずっと引っ張れと言われても無理だ。

 ティターニアは、俺からロープを受け取るとペコリと頭を下げる。


「本来教会関係者としてこんなこと言うべきではないが、君たちには感謝している」

「種族によって感謝するかしないか選ばなきゃならない宗教なんかやめちまえ」


 ようはお前ら悪魔(使い)だから、本当は感謝したくないってことだろ。


「……耳が痛い」

「ほんとに一人で引っ張ってくつもりか? わかってると思うが、人間一人引きずって歩くのってめっちゃきついぞ」

「ああ、これ以上君たちに甘えるわけにはいかない。ここからは自分一人で城を目指す」


 ティターニアは棺桶のロープを引っ張り移動を開始する。

 ズリズリと棺を引きずるシュールな後姿は、冒険中に仲間を失った勇者パーティーである。

 

「いいのかユーリ、あれほっといたら死ぬやつぞ?」

「本人が嫌ってんだからしょうがないだろ」


 特にシスターの方なんか、悪魔に助けられるの死ぬほど嫌がるだろうし。

 こっちとしても助けたのに凸指立てられると腹立つからな。


「ユーリ……女やぞ」

「…………」


 こいつ俺のことよくわかってんな。男ならそのままさいならだけど、女で次あった時ゾンビで再会するのは嫌すぎる。

 それにできればバエルに突き刺さった聖剣も抜いていただきたい。

 そんなことを考えている時だった、サスケがクイクイと俺のズボンを引っ張る。


「どうした?」

「ウキ(向こうに動かない首なし騎士がいるよ)」

「デュラハンか?」


 サスケに案内され、瓦礫の中で腰を下ろしているデュラハンを発見する。

 俺たちがよく追い回されていた奴と同じタイプの甲冑騎士で、身長は首無しでも約5メイルくらいとデカい。

 恐らくファイアートルネードでふっ飛ばされた個体と見られ、至る所が傷だらけだ。跨っていた霊馬が見当たらないのは、竜巻でふっ飛ばされたか。


「動かないね。死んでんのかな?」

「多分呪印サインが消えたんだろ。デュラハンって甲冑の内側に呪印がついてて、それが消えると甲冑に取り憑いてるゴーストが消える」


 デュラハンの本体は実は甲冑ではなく、憑依幽霊レイスなのは結構有名な話だ。

 俺が甲冑に足をかけ、空洞になった胴鎧を見やる。すると予想通り、鎧の首部にあった呪印がひしゃげ消えかけている。


「ねぇそれどうすんの? 動いたら敵になんない?」


 心配そうにするリーフィアに首を振る。


「大丈夫だ。スケルトン召喚の応用で、こいつのコントロールを俺が奪う」


 俺は呪印を書き換え、このデュラハンを使い魔化する。

 鎖を繋げてないと魔力供給が追いつかないが、なんとか動かすことはできそうだ。


「よし繋がった。自由に動かせるぞ」


 俺が手を握りしめるとデュラハンも同じく手を握る。

 その様子を見たホムラが首を傾げる。


「あんたそんなデカブツ連れてく気かいな?」

「これは足だ」

「足?」


 俺はデュラハンの内部に乗りこみ、帝国製魔動機を動かすようにガションガションと歩かせる。


「よし、これで疲労せずに移動できるぞ。皆乗ってくれ、これで移動するぞ」

「足ってそういう意味かいな」


 皆長時間の歩きで疲れていたのだろう、顔がぱっと明るくなりデュラハンへと乗り込む

 しかし……。


「めっちゃ狭いんやけど!」

「我慢しろ」


 デュラハンの胴部にリーフィアとホムラと俺が密着状態で首を出し、肩にサスケと灼熱丸、両手の上にプラムとサメちゃんが乗る。

 ナツメとバエルは小狐とコウモリになってもらい、俺の頭へと乗っかる。


「めっちゃ暑いんだけど!」

「そりゃ密着状態だからな」

「足は疲れへんけど乗り心地は最悪や!」

「そう思うなら、お前らどっちか肩か腕に行けよ」

「嫌よ、肩は絶対お尻痛くなるし、手は揺れで吐くわよ」

「なら贅沢言うな」


 ガションガションと風を切って歩くデュラハン。


「おぉユーリ快適だな!」

「しゃー!」

「ウキウキ!」


 喜んでるのはアニマル組だけのようだ。

 さて、少し時間食ったがこれでティターニアを追いかけてみるか。

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