第97話 風は火で消えない
俺が二人に弁当を差し出したものの、彼女たちはその手を払い除ける。
「悪魔からの施しは受けない」
「フーフー」
明確に俺を拒絶するティターニアと、猛犬みたいに唸るシスター。
そりゃまぁそうか、襲いに行って返り討ちにされた相手から大丈夫? 腹減ってない? って心配されたら立つ瀬がない。
「なぁなぁユーリ、あいつら食わないならボクが食ってもいいか?」
「しゃーしゃー(食ってもいいか?)」
食いしん坊共が、俺の服を引っ張ってくるが華麗にスルー。
「だけどそのギュルギュル鳴る腹は厄介だと思うが」
「それでもだ」
「いやいや、このままだと餓死するぞ。種族がどうとか言ってる場合じゃないって」
なんとか食い下がってみるが二人は首を横に振る。
「プラムちゃん、あいつなんであんなしつこいん?」
「ユーリは珍しい魔物を見るとハァハァする変態だからね。多分天使兵のことを深く観察したかったんじゃないかな」
「なるほど、そんで好奇心の尻尾振っとるわけかいな」
その通り、天使兵なんか滅多に見られるものじゃない。
飯は食うのか? 睡眠はとるのか? 感覚機能はどうなってるんだ? 装甲の厚みは? 雌雄は存在するのか? とにかく生態を知りたい。
「そう言わず頼む、君のこと(天使兵)がもっと知りたいんだ」
「…………」
俺はティターニアの両手をとり、顔を間近に近づける。
「……そ、そんなこと急に言われても困る」
「誰しも出会いは突然だ、俺は君(天使兵)に興味があるんだ」
「そ、そんなこんな場所で」
「場所なんか関係ない。興味あることを相手に伝える、出遅れて(天使兵が)誰かのものになってしまった後じゃ遅いんだ」
「男性にそんな詰められ方したの……初めてで」
ナンパ野郎のように押しまくってみると、赤面したティターニアは横髪を耳にかけそっぽを向く。
「おっと、あの女なんか勘違いしとるで」
「婚期逃してるらしくて、男に対してかなりチョロくなってるっぽいよ」
「ああいう固そうな女ほど実は攻められると弱いいうやつやな」
後ろで解説を入れるホムラとプラム。
ちゃちゃ入れが効いたのか、ティターニアは俺の手を振りほどきそっぽを向く。
「何度言われようと我々は光の神アテナ様に忠誠を誓っている。卑怯な悪魔に与する真似はできない」
「そんなこと言うなよ。美人なのに怒ってると勿体ないよ」
「…………」
「やっぱり凄く美しいボディラインをしている。磨き抜かれた剣のようだ(天使兵見ながら)」
「…………」
「ちょっとだけ、ねっちょっとだけね」
「…………ちょっとだけなら」
押しに弱くちょろいと言わざるをえないティターニアが折れかけると、ヴェロニカが彼女の肩を掴む。
「ティターニア、あなたは悪魔と組むつもりですか?」
「そ、そういうわけではないが」
「そうそう、君とも話がしたいシスター」
「悪魔使いと話すことなんてない」
目付きの悪いヴェロニカが、銀のナイフをこちらに突きつける。こっちは取り付く島がないな。
だが諦めてなるものか、天使兵の生態を知るまでは。そんなことを思っていると、不意に馬のいななきが聞こえた。
振り返ると馬に乗った馬が現れ、俺は二度見した。
正確には馬に乗った馬顔の悪魔で、体は人間、人用の甲冑を身にまとい、腰には棘付きのムチを携えている。
奴は背後に30匹を超えるグールを引き連れており、物々しい雰囲気だ。
「なんだあいつ鬼か?」
「まずい、余はコウモリに戻る」
馬悪魔を確認した瞬間、素早くメイド姿からコウモリ形態へと戻るバエル。
「どうしたんだ?」
「奴はリッチ派の悪魔貴族だ。奴に余の存在がバレるのはまずい」
えっ、そんな偉いやつが出てきたのか?
「ヒヒーン! 我が名は疾風のオロバス、リッチ様の忠実なる
馬悪魔はシスターを指差し、ヒヒンといななく。
「ユーリ馬が喋ってる」
「喋る狐がいるんだから、馬も喋るくらいするだろ」
「その女以外に用はない、崇高なる使命の邪魔だ。失せろブヒヒン」
どうやらシスター以外に興味が無いらしく、オロバスは首輪のついた鎖を手に持ちヒュンヒュンと振り回す。
「貴様に罰を与える! ヒヒーン」
首輪付きの鎖が投擲されるとヴェロニカの首に装着される。
「ぐっ、とれない!」
「それは服従の首輪。装着者は我輩の言いなりになるのだ!」
首輪から黒い稲妻が迸ると、ヴェロニカの体がガクガクと震える。
「貴様やめろ! ドミニオン、アークソード!」
ティターニアが天使兵に命じて金色の剣を見舞う。
しかし、鎖には小さなキズがつくだけだ。
「天使の力なんて笑わせるヒヒン。光の魔素がほぼ0なこの島で、天使なんてなんの役にも立たんブルルファー」
しばらく痙攣していたヴェロニカは両手の力が抜け、虚ろな目をして立つ。
ありゃ完全に操られてんな。
「リッチ様から違反者の両足を切断せよと命令が出ている。さぁ自分で自分の足を粉砕するのだ」
ヴェロニカの背後に天使兵ヴァーチェが現れ、両手持ちのハンマーで彼女の足を粉砕しようとする。
「やめろ! 起きろヴェロニカ!」
ティターニアが声をかけるが、全く聞こえていない。
「無駄だ、お前の声なんぞ聞こえんヒヒ~ン さぁやれ!」
歯茎をむき出しにし、ムカつく顔で笑うオロバス。
だがヴァーチェの体は動かない。黒い騎士の体を無数の鎖が絡みついて動けなくしているからだ。
「なんだその鎖は? ブルルル」
オロバスが鎖の先を確認すると、俺にいきつく。
俺は魔獣兵の鎖で、ヴァーチェを攻撃できないようにがんじがらめにしていた。
「いきなり出てきて、わけわかんないこと言ってんじゃねぇよ馬野郎」
「邪魔をするな人間、貴様もペナルティが欲しいか!」
パーンと棘付きムチが振るわれ、たった一撃で俺の腕が引き裂け血が滲む。
「ブルファファファーどうしたどうした、悲鳴を上げてみせろ人間!」
「悲鳴上げんのはテメェだよ」
オロバスは耳元で聞こえた声にビクッと震える。
俺の頭から移動したプラムが、オロバスの肩によじ登っていたからだ。
プラムは側頭部に風穴を開けてやろうと水弾を発射すると、オロバスは慌てて体勢をそらす。水弾はなんとかかわしたものの、バランスを崩して落馬した。
「なんだこの死神みたいなスライムは!?」
「チッ、外したか」
「離れろ!」
オロバスがプラムを蹴り飛ばすが、地面をボインボインと跳ねながら当たり前のようにノーダメージ。
「ユーリいじめていいのはボクだけなんだよ馬野郎」
「いや、お前もダメだが?」
「ええい、鬱陶しい! リッチ様から他の参加者に手を出すなと言われているが、まとめて吹き飛ばしてくれるわ! エアロストーム!」
オロバスが呪文を唱えると、瓦礫を巻き込んだ竜巻が巻き起こる。
「ブヒヒヒン、我が嵐に怯えろ、竦め!」
「風ならお前の十八番だろ、リーフィアなんとかしろ!」
「はいはい、エアロストーム」
金髪ツインの妖精が雑に呪文を唱えると、同じく竜巻が形成される。
二本の竜巻がぶつかりあい、激しい風が吹き荒れる。一見互角かと思われたが、リーフィアが口元を釣り上げる。
「そんなチャッチな風であたしに張り合うつもり?」
「なっ! こちらの竜巻が吸い取られていく!?」
オロバスが起こした竜巻はリーフィアの竜巻に勢いを巻き取られ、どんどん小さくなっていく。
「あっはっはっは、風魔法であたしに挑もうなんて1000年早いのよ! ほんと馬に鹿と書いてバカなんだから!」
「リーフィア、ご機嫌なところ悪いが、その竜巻どうするんだ?」
相手に投げるにしては威力が強すぎる。
俺が問うと、彼女は「えっ……どうしよ」とノープランを晒す。
竜巻二つが合体した為、リーフィアの魔法はスーパーサイクロン化しつつある。
「ウチに任せ、火を水で消せるように、風ってのは火魔法をぶつけることで相殺することができるんや」
「ホムホム凄い、天才だ!」
「やめろバカ、そんなことしたら!」
ホムラが狐火の呪文を唱えると、炎は風を打ち消すどころか竜巻に飲み込まれファイアーストームと化す。
「「「うわっ……」」」
全員が立ち上る紅蓮の竜巻を見て顔を引きつらせる。
真っ暗な廃墟がオレンジの光に照らされ、へーこのへん貴族街だったんだななんて呑気なことを思ってしまう。
意図せずえぐい合体技ができてしまい、オロバスが連れてきたグールは、全員竜巻に引き込まれぐるぐる螺旋を描きながら上昇し消し炭になった。
「助けて! 制御できないのどんどん大きくなってく!!」
「助けてじゃねぇよ! なにラスボス倒す用みたいな魔法使ってんだ、早く解除しろ!」
「解除したって竜巻は残るわよバカじゃないの!?」
「はっはっはっは、よぉ燃えとるわ」
「しゃー(キレー)」
「ウキ(毛が燃えちゃう)」
「クケ(良い熱量だ)」
コウモリ形態のバエルは対岸の火事みたいにケラケラと笑うし、サメちゃんたちはテンション上がってぐるぐる周り始め、ナツメはわっちは知らんと他人のフリを決め込む。
「お、おい、お前らこっちを無視するな!」
敵なのに完全に蚊帳の外に置かれたオロバスさんが怒りの声を上げる。
「あぁもうあいつに向かって投げちまえ!」
俺が指示を出すと、灼熱のファイアートルネードはオロバスめがけ地面を抉りながら進む。
まだ形を残していた建造物もガリガリと風のミキサーに削り取られ、周囲に火事が広がっていく。
「ま、マズイ! 逃げるヒヒン!!」
オロバスは鎖を手放し、慌てて馬に乗って逃げようとするも一足遅く、ファイアーサイクロンに飲まれ消し炭となった。
竜巻は夜島を横一字に通過し、海上へと出ていく。あの竜巻がいつ消えたのかは知らない。
「ちょっとやりすぎちゃった」
テヘッと舌を出すリーフィア。ちょっとというか大分な。
俺はドラゴンが火を吹きながら通ったような竜巻跡に顔を引きつらせる。
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