第20話 エルフ

 根本で見る世界樹は圧巻としか言いようがなく、枯れかけているとはいえ生命力に満ち溢れている。

 世界樹の幹には、ところどころ穴や扉が作られており、エルフェアリー族というのはこの大樹に住居を作って生活しているようだ。


「はぁ~生命力すっご……」

「でっかいね」

「モォ……」

「樹の中にある街という感じですね」


 俺たちが感嘆の息をつくと、セシリアはキョロキョロと周囲を見渡す。


「転移は成功しましたね。それじゃあわたしは近くにいるので、皆さん行ってきてください」

「一緒に行かないのか?」

「いや、ちょっとエルフェアリーとは波長があわないというか、音楽性が違うというか」


 そんなことを話していると、不意に怒鳴り声が聞こえた。


「誰だ貴様らは!」


 顔を上げると、透き通る四枚羽をはためかせた色白の男が世界樹から降りてくる。

 セシリアと姿はよく似ているのだが、妖精にしては明らかに身長がでかい。恐らく俺と同じくらいあるぞ。

 髪は美しい金髪で、耳はエルフと同じく三角に尖っている。気が強そうで鋭い目をしており、顔は100人が100人とも眉目秀麗と賞賛するような男。

 服装は緑のローブに額には銀のサークレット、腰にはレイピアを挿す。


「人間か、珍しい。大方私のファンだろう」

「何を言っているんだコイツは?」

「テレるなテレるな。ほらサインを書いてやるから、それを貰ったらとっとと出ていけ下等生物」

「カルミア!」


 セシリアが怒鳴ると、エルフ男はようやく彼女の姿を認識する。


「む? 誰かと思えばチビ女ではないか」

「チビって言わないでください!」

「チビにチビと言って何が悪い。この家出チビが」

「家出?」

「そうだ、そいつは世界樹から子を成せと神託を受けている。それが嫌で、ここを飛び出したのだ」

「あー、そうだったんだ」

「まさかとは思うがチビ女、この魚糞みたいな男がお前の夫か?」

「違います! ユーリさんは世界を守る勇者なんですよ!」

「「えっ?」」


 俺とプラムが寝耳に水でセシリアを見やる。


「ハハハハ、笑わせる。勇者とは我々の敵ではないか。まぁお前にはお似合いだが」

「うぐぐぐ」

「ってか、お前らどういう仲なの?」

「私はエルフェアリー族最強の剣士カルミア。そこのチビの元婚約者だ」

「元ですからね、元!」

「その通りだ。私には既に心に決めた人がいるからな。お前なんぞ劣等種である人間とまぐわればいい」


 口の悪いエルフだな。ってかどうやって8分の1人形みたいなセシリアと、子を成すつもりだ。


「フェアリー族とエルフェアリー族には、各々一族の一番優秀な者同士を結婚させるっていう、カビの生えたしきたりがあるんです」

「お前は一番優秀じゃないだろ」

「間違えました、フェアリー族の姫とエルフェアリー族の一番優秀な者です」


 それなら納得だ。


「こっちとしても、お前のようなハズレチビと結婚するなんて御免こうむるからな。このまま帰ってこなくていいぞ」

「ユーリ、ボクあいつ嫌いだ」

「俺も嫌いだ」


 俺たちが話をしていると、四枚羽のエルフェアリーの女性が降りてくる。

 金髪のツーサイドアップで、青い瞳に気の強そうな目尻をしている。あまり好みのタイプではないが、ある一部にだけは目が釘付けになった。


「で、デカイ……」


 これが世に聞く爆乳エロフ(ェアリー)。頭に羽飾りのヘッドセット、黒のレオタード型インナーの上に白銀のアーマー、背中には龍骨で作られた弓を背負っており、他のエルフと比べて一段良い装備をしている。


「誰この人間たち?」

「おぉ、リーフィアなんでもない、ただの劣等種さ」

「すごい紹介のされ方だな」


 カルミアは急にデレデレになり、なんとなく二人の関係性は見えた。


「人間がなんの用なの? ここにいるエルフたちは、あまり人間を快く思ってないから、早めに要件を済ませたほうがいいわよ」

「えっとだな――」


 俺たちはファームを作っているのだがうまくいかず、建築技術のある人に家の作り方を教えてもらえないかと伝える。


「知ってるとは思うけど、ベヘモスっていう無法者が暴れまわってて俺たちも何度も襲われてるんだ。できればそいつらに対抗できるような、堅固なファームを造りたい」

「勝手に作ればよかろう。我々を巻き込むな、下等民族が」

「いやだから、作り方教えてほしいんだ。あんたら木のスペシャリストなんだろ? 図面引いてくれるだけでもいいんだが」

「無論可能だが断る」

「なんでだよ。お礼はちょっと後になっちまうかもしれないけど、ちゃんとするぞ」


 そう言うと、カルミアは鼻で笑う。


「フン、我ら最優良古代種たるエルフェアリー族が、劣等種に力を貸す義理はないからだ。ベヘモスというのはもともと同じ人間だろう、襲われるのが嫌なら自分で説得したらどうだ」

「それができたら戦争は起きないんだって。人類でひとくくりにされても困る」

「貴様らのいざこざなんぞ知るか。早くここからいなくなれカスが」


 くぁーマジで取り付く島がない。セシリアが死ぬほど性格悪いって言ってた理由がわかるな。

 こいつだけか、こいつらだけなのかはわからないが選民思想が強すぎる。多分自分の種族以外全員下等生物と思ってるぞ。


「さぁ帰れ帰れ、お前らウジ虫が玄関にいるとハエが沸く。沼地でのたうってろクズが」

「モ、モォ!」


 失せろと手をふるカルミアの前に、バニラが牛乳瓶を持って立つ。


「あ、あの、ミルク……いっぱいあげるから……お願い……します」


 バニラがペコリと頭を下げると、カルミアは渋々牛乳瓶を受け取る。

 そのことが嬉しくて、バニラは顔をあげてパッと笑顔になる。しかし奴は中に入っていたミルクをバニラの顔にぶっかけた。


「貴様らの汚らしい体液など飲めるか。病気になるだろう」

「モォ……」

「やりすぎだろお前!」


 俺が掴みかかろうとすると、カルミアはレイピアを抜いて俺の首筋に突きつけていた。


「私はエルフェアリー最強の剣士だと言った。やるかね?」

「カルミアやめて!」


 セシリアが怒鳴るが、カルミアの剣は俺の首の薄皮を破き、血がポタリと流れる。


「”やめろ”」

「ふん、命乞いか劣等種? もう少し同情を買う言い方をしたほうがいいんじゃないか?」

「お前に言ったんじゃない」

「何?」

「カルミア、やめた方がいいわよ」

「わかってるさリーフィア。こんな劣等種に私の正義の剣は――」

「あなたが死ぬわよ」

「ん?」


 俺の頭の上に乗っかったプラムが(・3・)水弾の表情で待機していた。

 プラムはペッと水弾を吐き捨てると、レイピアは軽い金属音をたてて折れた。


「なっ!? 玉鋼製の剣が!?」

「次はお前の頭だ。空っぽな頭に穴開けて牛乳注ぎ込んでやるよ」


 全く緊張感のない顔で緊張感のあることを言うプラム。カルミアはゆっくりとレイピアを下げた。


「ぐっ……」

「謝れ、バニラにやったこととユーリをバカにしたこと謝れ」

「誰が貴様ら劣等種に頭など下げるか!」


 再び水弾が発射され、カルミアの頬がわずかに切れる。


「ぐぐぐ、私の美しい顔に傷をつけたな劣等種、世界規模の損失だぞ!」

「謝れ」

「断る!」

「いい度胸だ、お前は磔にしてジワジワカブトムシで串刺しにしてやる」

「わけのわからんことを言うな!」

「プラム、もういい、俺たちは喧嘩しにきたわけじゃない。そもそも彼らとは価値観が違うようだ」

「…………」


 なんとかなだめると、プラムはすぼめていた口をもとに戻した。


「俺たちは、本当に揉めるつもりで来たんじゃないんだ」

「いいからさっさと私の前からいなくなれ! 二度とここには来るな。家畜売女の臭いが移るからな!」

「…………」


 ゴッとにぶい音がした後、カルミアがバタンと後ろに倒れた。

 俺は自分の突き出た拳を見やる。


「「「あっ」」」


 全員がやりおったという目で俺を見やった。

 やっべ、喧嘩しにきたわけじゃないって言った直後に、思いっきり顔面殴って右ストレートで昏倒させてしまった。しかもカルミアの前歯が地面に転がっている。


「ユーリ、ボクにやめろって言っておきながらこれだもんね」

「しょーがないだろ、二度とここに来るなとか言われたら殴るだろ」


 プラムは呆れた物言いだが、ケタケタと笑っている。

 やっちゃった俺を、シエルが頬をかきつつ困り顔で見やる。


「ま、まぁ明らかにユーリさんのトリガーになったのは、その後の言葉でしたが」

「貴様ら、カルミア様をよくも!」


 周囲にいた他のエルフェアリーたちが、チャキっと剣を抜いて殺気立つ。

 プラムはニュッと手を作って「ファッ○ューかかってこいよ羽根虫」と中指を立ててみせる。


「やめなさい、今のはカルミアが悪いわ」


 一触即発の空気を、意外にも爆乳エロフが仲裁してくれたので、他のエルフェアリーたちは剣を納める。

 エロフは厳しい目で俺を見ると、冷たく「あなた達を世界樹立ち入り禁止にするわ。これを破った時、エルフェアリー族は警告なしであなた達を攻撃する」と、世界樹出禁を言い渡した。


「んだテメェ、そっちから喧嘩売っておきながら出禁とかなめてんのか」


 俺はまた口をすぼめキレ始めたプラムを抱えて、世界樹の前を立ち去る。



 世界樹から引き返している最中、プラムは未だ怒りがおさまっていなかった。


「あぁ、なんて気悪い奴らなんだ。ボクの水弾で頭ぶち抜いてやればよかった」

「まーだ怒ってら」

「普通善意で渡したミルクをぶっかけるとかする!? どんだけ性格ネジ曲がったらそんなことするんだ!」

「まぁ確かにな」


 いらないものを渡してしまったのはわかるが、さすがにもう少しやりようがあるだろう。あれでは全方位に喧嘩を売っている。

 ミルクをクリムに拭いてもらったバニラは、メソメソと泣いていたので今は俺がおんぶして甘やかしている。


「セッシー、羽エルフってあんな奴ばっかりなの!?」

「まぁそうですね、正直言ってわたしを除いて高慢でプライドが高く、古いだけを誇りにするクズです」

「お前自分の種族ボロカスに叩くな……」


 あと大体ブーメランが後頭部に突き刺さってるが。


「事実ですから」

「悪いな、お前の婚約者殴り倒して」

「婚約者じゃありませんから。カルミアは生まれてからエリートで、挫折無しで酋長補佐という、エルフェアリー族のナンバー2までのぼりつめたんです。周りも天才天才ってもてはやすから、鼻が雲より高く伸びちゃってるんです」

「そうか……お前も婚約問題がどうにかならないと家に帰れないんだな」

「仲間はわたしにカルミアと結婚できるなんてラッキーだな、なんて言うんです。あんな性格ドブみたいな男絶対嫌です」

「お前も生まれで苦労してんな」

「わかるよ、ボクも爆乳なだけで迫害されたことあるから」

「フフッ、プラムさんのどこが爆乳なんですか」


 冗談と思っているセシリアだが、彼女はまだプラムの人型形態を見ていない。

 多分見た瞬間「ぎょええええ!! 裏切りましたね。なんですかそのおっぱいは!? 裏切り者!!」ってキレるんだろうな。


「あいつらのことは忘れて次行こうぜ。確か妖狐族だったか」


 セシリアいわく、妖狐族もよそ者には厳しいとか。

 いきなりこっちをクズ扱いしてくるようなやつじゃないといいけど。

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