第21話 成り上がりⅢ
「はぁ……やっちまった……」
目の前に横たわる全裸の猫族の少女。薄汚い納屋の床には、いたるところに汗と体液が混じったなにかが散乱している。
疲れて動けなくなった少女の顔を見ると、どことなく自分の妹に似ていてオットーは凄まじい自己嫌悪と共に、慌ててズボンを履いて納屋を出た。
外は外で酷く、いたるところでベヘモスによる猫族女性への暴力行為が見られる。
猫族の男はロープで縛られ、口に枷をはめられた状態でその光景を見せつけられ、中には血涙を流すものまでいる。
ベヘモスの襲撃を受けた猫族の村は半壊し、炎をあげる住居、転がる死体、蹂躙される女。その光景は正しく地獄絵図だ。
オットーは自分がその地獄を作り上げた一人として、深い後悔に陥っていた。
「こんなの勇者がやる行為じゃない」
これは彼の目指す勇者には程遠い、絵に書いたような悪人の所業。野盗の方がまだお行儀がいいかもしれない。
深いため息をつくと、民家からフォレトスがズボンを上げながら出てきた。
半開きになった扉の隙間から、激しく蹂躙された後殺された猫族の少女の遺体が見えた。
「よぉ、いい髪型してるじゃねぇか」
オットーは言われて、自分の髪をさする。側頭部を剃髪し中央部をトサカのように尖らせた、その髪型はモヒカン刈りだった。
「で、昨日はどうだった?」
「最低な気分です。オレは非道な男だ……」
「童貞卒業して、何賢者モードになってんだよ」
「ち、違うんです。オレは自分の過ちに気づいたんです! これは正しくない」
「寝ぼけたこと言うなよ。勝者が敗者から全てを奪う、これは長い歴史で繰り返されていることだ」
「せ、戦争ならそうだと思います。でも、これはただの略奪です。猫族たちは最初から戦意がなく投降の意を示していた。それなのにオレ達は村を焼き、男を殺し、女を奪った」
「それが弱肉強食だ」
「違う! な、なにとは言えないが、これはそんな自然界の摂理的な行いじゃない。そう……例えるなら貴族が弱い兎を狩るような……」
「ただのリンチと陵辱だって言いたいのか?」
「…………はい。フォレトスさんすみません。オレ、ベヘモス抜けさせてください」
オットーはやはり自分には無理だった、魔大陸でビッグになるどころか、ただの悪人になりさがってしまっていたことを自覚する。
だが、フォレトスは立ち去ろうとするオットーの前を塞ぐ。
「待て、ならテメーはベヘモスの敵になるのか?」
「そ、そうじゃありません。ただ考えの違いで袂をわかつだけで……」
「そんな勝手……許されると思ってんのか?」
フォレトスはシャンと剣を引き抜くと、オットーに突きつける。
一瞬戦うかどうか迷ったオットーだったが、周りを4軍のモヒカンたちに囲まれていることに気づく。
「この大陸には二種類の生物しかいねぇ。俺たちベヘモスの仲間か、それとも敵か。コウモリは存在しねぇ」
「こ、コウモリだなんて……」
「オットー今更怖気づくなよ。俺は昨日のお前を見てたぜ? お前は楽しそうに猫族を殺してた。お前は勝てる相手に剣を振るうことを楽しいと思ったんだ」
「ち……ちが」
「違わないさ。それに女を犯せって言っても否定しなかった。本当に正しい奴ならヤる前に気づくだろ? お前は一晩中女の体を貪っていた。冷静になったのがしこたまヤり終わった後って、娼館で嬢に説教するオヤジかよ」
「う……あっ……」
「今更ベヘモスを抜けたところで、お前は正しいやつじゃない。ただの”卑怯者”だ」
「…………」
「くだらない道徳なんて捨てろ」
「お、オレは……」
オットーがまごついていると、モヒカンの一人が家の中に隠れていた猫族の少女を連れ出してきた。
「フォレトスさん、こいつ床下にずっと隠れてました」
「た、助けてニャ、助けて」
「オットー、俺たちの仲間でいたいなら犯れ」
「…………」
オットーはゆっくりと少女の前に立つ。
気づいていたさ、自分が勇者になれるような能力を持っていないことを。
自分はいくら頑張ったところで凡人。
能力はほぼ平均。でもいつかは何か特殊な能力に目覚めるんじゃないか。伝説の剣が降ってくるんじゃないかって。
きっといつか自分を笑ったやつを見返してやることができるんじゃないかって、そう思ってた。
「そうだ……もう勇者になれないなら」
―略奪を楽しもう―
気づけば彼の顔は笑っていた。
正義の勇者になれないなら、大悪党も悪くないのではないか?
彼はこの日、真の意味でベヘモスに加入した。
◇
俺たちはセシリアに案内されて、妖狐族の村へと出発することになった。
しかしトラブルが起きたのは、順調にその村へと向かっている道中だった。
景色が通常の木々から竹林にかわり、見知らぬ動物がちらほらと見え始めていた。
「なんかこの辺は雰囲気が違うな。さっきまでの森の鬱陶しさがない」
それにモンスターの気配もほぼない。
「彼女たちは祈祷という神術で、邪気を浄化することができるそうですよ。確か寺社と呼ばれる建物を作り、神聖な結界を張るとか」
「ほーん、東流教会みたいなもんか」
「他にも独特な武具を作ることに長けていて、刀剣技術はヴァーミリオン以上だとか」
「それはさすがに嘘だろ。ヴァーミリオンは腐っても世界一の大国だぞ」
「ユーリ、狸、狸いた!」
「マジ鍋にしよう……ぜ」
プラムに反応しようとしたら、唐突に腹から破滅のような音が鳴る。
【【ギュルルルルルル】】
「ぐおっ……ユーリ、腹が……痛い」
「奇遇だな……俺もだ」
見るとクリムやシエル、セシリアも具合悪そう。
これ多分、昼に食った鹿が悪かったな。
「お、お腹が痛いです」
「お前はその辺の陰でやっちまっても大丈夫だろ」
「妖精はうんちしないんです(ギュルルルルル)」
腹を押さえてくの字に折れ曲がるセシリア。
「うんちしないなら問題ないだろ(コロコロコロ)」
「うんちはしないですけど、早急にトイレを要求します(キューー)」
「トイレ行ってなにするんだよ(キュルルルル)」
「リンゴを出すんです! 妖精は定期的にお尻からリンゴが出るんです。ちょっと今回のは型崩れしてるかもしれませんけど(コロロロロロロ)」
「リンゴなら別に便所じゃなくていいだろぉ↑(ギュロロロロロロ)」
ひときわ大きく俺の腹が鳴る。やばい、セシリアと遊んでる場合ではない。このままでは尊厳をぶちまけてしまう。
「これ多分昼食った鹿がダメだったんじゃない?」
「俺もそう思う。なんか普通の腹痛じゃねぇな」
「腹の中になんかいる感じ。気持ち悪くなってきた」
プラムの言うように、腹の中に寄生生物がいて、今にも産まれそうという感じだ。
「オエ、吐きそう……吐き吐きオロロロロロロロ」
プラムは笑顔の口角のまま虹色の何かを吐き戻す。よく吐くやっちゃな。
「も、もうすぐ妖狐族の里ですので、事情を話して薬をもらいましょう」
「大丈夫か、人間嫌いらしいからいきなり襲われたりしないか?」
「言ってる場合じゃないよユーリ」
プラムの言葉に頷き、俺たちはフラフラの足取りで妖狐族の里を探す。
すると竹林の中、木壁で囲まれた村っぽいのを見つけることができた。
厳重に囲まれているため中を見ることはできないが、多分ここが妖狐の村であっているだろう。
柵門に近づくと、俺の頬を矢がかすめる。
「止まり人間」
見上げると、木壁の上に数人の獣人が弓をつがえてこちらに狙いをつけていた。
どうやら声を出したのは、金の狐耳に目尻に赤の
装束は上が白衣に下は緋色のスカートとあまり見たことがない民族衣装タイプだ。
気の強そうな瞳はこちらを睨んでおり、お世辞にも友好的な雰囲気ではなかった。
「死にたくなかったら引き返し」
「あ、開けてくれ」
「嫌や。ウチらは人間を信用せん」
「あ、開けてくれ」
「くどい! あんたら人間は恩を仇で返す!」
ダメだ、とりつく島もない。しかしこちらの括約筋も限界が近い、はいそうですかと引き下がれんのだ。
「本当にいいのか?」
「……なにがや?」
「後悔しないな?」
「なに言うてんねんコイツ」
俺はおもむろにズボンを脱ぎ、その場に腰を下す。
「な、なにやってんねんお前!!」
「俺たちは食中毒で猛烈に腹が痛い」
「なっ!?」
「この場でぶちまけてもいいんだぜ?」
不敵な笑みを狐耳女に返す。
「ふざけんなやめろ!」
「あー……ダメだコレ(ギュルルルルル)」
「そ、そこのスライムそいつ止め!!」
「フフン、ユーリはやるときはやる男だぞ」
untに対する謎の信頼感。
「俺の全てを今解き放つ」
「待て待て待て!! そこですんな開けるから今すぐやめろ!!」
「見せてやるぜ……俺の
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「爆裂!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
狐耳女の悲鳴が響く。
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