第22話 マンドラゴラ


 快く村の中へ入れてもらうと、白衣に赤スカートの妖狐族が、驚いた様子で俺たちを見ている。


「皆かわった服してんな」

「あれは巫女装束という、東流シスター服みたいなものです」

「ほぉ、派手な色してるんだな」


 セシリアに頷いていると、プラムがちょいちょいと村の住居方面を指さす。

 つられて見てみると、10数戸の小さな家が並ぶ集落の、その半分以上の家が焼け落ちていた。


「なんだ火事でも起きたのか?」

「物騒だね」


 のんきな感想を語っていると、弓を持った狐耳女が、怒り心頭した様子で壁から飛び降りてきた。

 獣人族とあって身のこなしは軽やかで、ふわっと浮いたスカートから白いものが見えた。あれは噂に聞く褌という奴では?

 肩を怒らせ、歩くたびに真っ赤な下駄がカランコロンと音を立てる。


「お前もうほんま最悪やな!!」

「そんなことより薬がほしい。普通の食当たりと違うみたいなんだ」

「ポンポンいたひ」

「知るか! 人間にやる薬なんかあるか。帰れ帰れ!」

「ならば仕方ない」


 もう一度見せてやるか。汚い花火を。


「やめろ脱ぐな!!」


 狐耳女は慌てて俺のズボンに手をかける。

 二人でもめていると、後ろのセシリアが声をかける。


「あ、あのホムラさん?」

「あれセッシーやん、なんでこんなとこに?」


 セシリアがかいつまんで事情を説明する。


「この男に助けられた……にわかには信じがたいね」

「俺を信じろ」

「お前はまずズボンはけや! とにかくウチらは人間を信用せんて決めてるんや」

「ならば仕方ないか」

「やめろ言うてるやろうが!」


 また屈もうとすると、狐耳女は俺の腹を掴んで魔力を送り込む。


「おごごごごごご……おっ?」

「腸魔吸収で、あんたの中にある老廃物は魔素に分解した」

「なにそれ超便利じゃん」


 やったぜ治ったと思ったその直後、再び腹に雷鳴が轟く。


「ぐぉぉぉぉ痛ってぇ治ってねぇぇぇ(ゴロゴロゴロゴロ)」

「普通の腹痛やったらそれで治るけど、治らんってことは多分毒やね。なに食べたんよ」


 俺は残していた鹿肉を取り出す。


「ん~見た目も匂いも普通やね」

「これしか食ってないから、これ以外ありえん(ギュルルルル)」

「なんかおかしいことなかったん?」

「ボク、バニラと一緒にこの鹿狩ったけど、なんかフラッフラしてたのよね。あんまり逃げもしなかったし」

「その鹿傷とかはなかったん?」

「なんかお尻のとこ切れてた。横にズバッと」

「……多分毒蟷螂マンティスの毒ちゃう?」


 マンティスとはカマキリ型の昆虫モンスターで、その体は人間と同サイズ。性格は獰猛で、森の殺し屋と言われているほどだ。

 一度バトルリーグで戦ったことがあり、攻撃はどれも殺傷能力が高く、強かったと覚えている。


「この毒どうなるんだ?」

「んー……マンティスの毒は三日三晩排便が止まらなくなって、最後は内臓が出て死ぬって聞くけど」

「なにそれこわっ……」


 ヤダ、そんな死に方。前世でどんだけ悪いことしたら、そんな嫌な死に方するのか。


「なんか俺だけ症状酷い気がするんだけどぉ↑(キュ~~~~)」

「人間が一番消化器官弱いから当たり前やろ」

「ぐぉぉぉ頼む、解毒剤をくれぇ……(ギュルルルルル)」

「薬今ないわ」

「なんでだよぉぉぉ(ゴロロロロロ)」

「元はと言えばあんたらのせいやで! あんたら人間が村に火つけるから、それと一緒に薬も全部燃えたわ!」


 ホムラはふざけんなよと怒っている。


「いや、それ俺らじゃないし」

「あんたらやろ。定期的に島に来ては悪い奴ら放って帰っていくの! 手の甲にあんたみたいな紋章ついとったで」

「む」


 それってもしかしてへへモスの連中じゃないか? だとしたら合点がいく、この村は既にベヘモスに襲撃された後なんだ。


「一応ウチが薬の作り方知ってるけど、あんたには渡さん」

「めっちゃ嫌われてるやん。俺なにかしたか?」

「したわこのアホンダラ!! 脳みそ入ってないんか!?」


 村の門を指さして怒るホムラ。


「そんな怒るなよ。ちょっとした挨拶みたいなもんだろ」

「あれが挨拶なら、ウチとあんたは未来永劫わかりあえることはないわ」

「村に入れてくれたら俺もあんな強行にでなかったのに……」

「狂行の間違いやろ。とにかく人間には渡さん。それにどのみち材料の正呂丸セイロガン草があらへんからな」


 フンとホムラがそっぽを向くと、そこに腰を曲げた狐耳の老婆が、杖を突きながらやってきた。


「客人かい?」

「ばっちゃ! 無理したらあかんて」

「ゴホッゴホッ……いいんじゃよ。わっちはもう長くないんじゃて」

「そんなん言うたらあかんて」

「そこのお前」


 俺は老婆に杖で指される。


「わっちはこの村の村長、ナツメってもんだよ」

「どうも、俺はユーリです」

「ユーリ、この村は人間に対して強い恨みを持っている。いろいろ言いたいことはあるけど……お主、このままじゃ死ぬよ」

「わかってるぅぅ!(ゴロロロロロ)」

「ヤレヤレ薬がほしいなら、村を出て西の祠に行きな。そこに正呂丸草が生えてる」

「ばっちゃ、なんで薬草の場所言うてしまうん!? 人間に言うたら全部とられてしまうで!」

「どのみちあそこには危険な魔物がいてとりにいけんじゃろ。薬草はそこにしかないよ。そのうるさい腹を治したいならとってくるんじゃ」

「魔物がいんのか。大丈夫か、魔物より自分との戦いになりそうなんだが」

「下痢耐えてるだけでカッコよく言うなアホ」


 あの狐耳辛辣だな。


「この痛み止めの丸薬を飲んでいきな。数時間程度なら腹痛を抑えられる」

「ありがとう」

「それと正呂丸草は多めにとってきておくれ」


 村長は周囲を見渡す、俺も一緒に見渡すと、皆ケガや火傷を負っているものばかりだ。


「ホムラが言った通り、この前受けた襲撃で薬は備蓄含め底をついた。だが、まだまだ足りない」

「なんでぇ、あんたらも必要なのかよ」

「薬草を取ってきたら、わっちが薬を作ってやる。具合の重い子は置いていきな」


 村長は丸薬を三つ俺に手渡す。


「そんじゃ、俺とプラムと軽症なバニラで行くか。シエルたちは待ってろ」

「は、はい。すみません」

「ウチも行って監視する。あんたらに全部薬草持っていかれそうやから」

「持ってくかよ。じゃあ行こうぜ」

「ウチは一人で行くから。人間なんかと同行するつもりなんかサラサラないわ」


 ホムラはさっと影のように消える。


「えらい嫌われようだな」

「あの子はこの前の火事で顔が焼けちまったからね。それまでは妖狐族の中でも美しいと評判だったのに。可哀相な子じゃよ」

「あぁ、女が顔焼かれたらそりゃ死ぬまで恨むわな」


 村の隅を見ると、新しく作られた墓が少なく見ても10はあった。恐らく火事の犠牲者だろう。


「ベヘモス、相当恨み買ってるな」

「でもユーリが人間だってだけで、一緒にされても困るよね」

「俺たちも魔族でよくひとくくりにするからな、人のことは言えねぇよ」


 俺たちは村長の言っていた西の祠へと向かった。



「ユーリ、セーロガン草ってこれー?」


 プラムは饅頭ボディに手だけ生やして、ただの雑草を指さす。


「違う。もっと臭いがきっついからすぐにわかる」


 俺たちは小一時間ほど薬草を探索しているが、なかなか見つからない。

 どうやら世界樹が枯れかかっている影響で、全体的に作物が育ちにくい環境になっているようだ。


「んー、2,3本しか生えてなかったぞ」


 これで全員分の薬作れるのか?


「ユーリ、バニラがなんか見つけたー」

「なんだ? また雑草じゃないだろうな」


 汗を拭いながらバニラとプラムの方に向かうと、どす黒いオーラを放つ植物が埋まっていた。


「なんだこれ……人参か?」

「なんかこの野菜喋ってる」


 俺は地面にうまっている謎の植物に耳を近づける。


【……ロシテ、コロシテ、コロシテ】

「なにこれこわっ!!」


 思わず飛びずさってしまった。でも明らかに殺してって言ってる。


「でしょ? モンスターなのかな? 玉ねぎとか豆のモンスターいるよね」

「オニョオーンと枝豆ファイターな。フライダイコンの色違いに見えなくもないが……そのどれとも違う気がする」


 俺は昔文献で見たものを思い出す。見た目は闇のオーラを纏う危険な植物だが、錬金薬物界では伝説級の素材。


「これもしかしてマンドラゴラじゃね?」

「マン……」

「ドラゴラ……」

「モォ?」

「「なにぃぃぃぃぃぃ!!?」」


 自分で言って自分で驚いてしまった。だってそうだろ、マンドラゴラって最終切り札万能薬ファイナルエリクサーの素材になると言われる伝説の素材だ。

 千切れた手や、失明した目すら治してしまう神の薬。本物であれば億万長者確定の代物。


「お前これカケラでも1000万Bになるぞ……」

「カ、カジノより凄いじゃん。ユーリ誰かにとられる前に抜こう」

「お、おう。でも確かマンドラゴラって、抜くときにやべぇ叫び声をあげて頭が狂うって話だが」


 冒険者がマンドラゴラの採取を試みて、頭がおかしくなり突然崖から飛び降りたり、奇声をあげながら仲間同士で殺し合いをしたなんて話も聞く。


「プラム引っこ抜け」

「やだよユーリがやってよ!」

「お前耳ないだろ!」

「耳ある!」


 にゅっとスライムボディに人間の耳を生やすプラム。


「モゥ!」


 俺とプラムが言い合っていると、バニラがマンドラゴラの葉っぱ部分を掴んで一気に引き抜いてしまう。

 人間みたいな形をした果実部分が露出すると、その瞬間――


【オンギャアアアアアアアアアア!!】


 顔みたいに見える三つの空洞部分から、おぞましい悲鳴が響く。


「うわああああああ!!」

「耳がああああああ!!」


【オンギャアアアアアアアアアア!!】


 あ、頭がおかしくなる! 隣のプラムが饅頭になったり人間になったりを繰り返している。


「あはあは、ボクスライムまんじゅうまんたんって呼んでね」


 あかん、プラムの頭がおかしくなってる。

 そういう俺もやば、やば、やば、やば……。


「あははははは、ぼくちん犬人間ウマゴン、にゃお~ん!」

「あはあはユーリがバカに、あはあは」


【オンギャアアアアアアアアアアアア!!】


 やばい、このままこの叫びを聞いてたら本当に頭がおか、おか、おか、おかちめんたいこ!!

 なおも叫び続けるマンドラゴラを見て、バニラはうるさそうに顔をしかめ、胴体(?)部分にボディブローを見舞う。


【オゴッ……】


 腹を殴られて痛かったのか、叫び声はやんだ。


「た、助かったか?」

「多分。ユーリ、マンドラゴラって生きてるの?」

「いんや、ただの植物のはずだが……」


 俺はバニラからぐったりとしたマンドラゴラを受け取る。

 マンドラゴラを殴って黙らせるって凄いな。


「大丈夫それ。いきなり起きてオンギャーって言わない?」

「なんかぴくぴくしてる気がするが、多分大丈夫だと思う」


 念のため口っぽい部分に布を噛ませておくことにする。


「一応体も縛って、目隠しもしておくか」

「なんか……SMプレイ中の人参みたい」

「うむ……シュールだ」

「こんなの食べたら逆に具合悪くなりそう」


 確かに。まぁ食べなくても売ればいいだろう。と言っても、一回は食べて本物かどうか試さないといけないが。


「誰かに試食させよう」

「誰が試すの?」

「羽根虫に珍しいフルーツって言って食わせよう」

「異議なし」

「モォ?」

「おーい、ホムラー俺らもう帰るぞー」


 どこにいるのかは知らんが、多分どっかで見てるんだろ。

 俺たちは薬草を持って村へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る