第23話 襲撃

「帰ったぞー婆さん」

「お帰り。おや、これだけかい?」

「薬草3本しかなかったわ。あと魔物いなかったぞ」

「そうかい、運が良かったね」


 村長は薬草を受け取ると、その場で薬鉢を取り出し、ゴリゴリと煎じ始めた。


「薬草探してたら、マンドラゴラ見つけたんだけど貰っていい?」

「マンドラゴラ? バカなこと言ってんじゃないよ。そんなのあるわけないじゃろ」

「いや、あったんだって」

「無知な老婆をからかうのはやめな。ホレできたよ」


 村長は全く俺の言うことを信じず、出来上がった薬を全員に渡していく。


「薬が毒を殺すまで動くんじゃないよ」

「どれくらいで効くんだ?」

「10時間ってとこかね」

「けっこう長いな。そういや、あの口悪い狐どこいったんだ?」

「ホムラかい? あんたらと出てからまだ帰って来とらんよ」

「どっかで遊んでんのか?」

「そんな子じゃないよ。……多分あの子は墓に行ったよ」

「あそこにある奴じゃなくてか?」


 俺は村の隅に作られた墓を見やる。


「一つだけ、見晴らしのいい場所に作ったんだよ。……あの子の母親。わっちにとっては娘の墓さ」

「…………そうか」


 火事で親殺されたのか。

 親殺されて自分の顔も焼かれたら、そりゃ輪廻転生しても人間恨むだろうな。


「ゴホッゴホッ」

「大丈夫か婆さん」

「大丈夫じゃ」

「病気か?」

「わっちはレベル100ゼンソクで、もう長くないんだよ」


 レベル100ゼンソクって、確か不治の病だな。

 体から漏れ出た魔力が肺を圧迫して、咳がとまらなくなり、最後には呼吸不全で亡くなるってやつだ。

 魔力疾患の中では、かなり苦しい病と聞く。


「じっとしてなよ婆ちゃん、早死にするよ」


 珍しくプラムが悲しげな表情を浮かべている。コイツも親を病で失ってるから心配なのだろう。


「それよりお主ら、突っ立ってる暇があるなら村の解体手伝いな」

「村壊すのか?」

「これだけ焼けちまったら、一から作り直したほうが早いよ」

「確かに」

「ユーリ後は頼む。ボク休んでるから」


 面倒なことを俺に投げて、逃げようとするプラム。くそ、俺も逃げてぇ……。


「せめてね……わっちは新しい村ができてから逝きたいんじゃよ……」


 死期を悟った、悲しげな村長の横顔。

 俺とプラムは顔を見合わせる。


「やるよ、やるからあんたは休んでろ!」

「うぉー壊すのは任せろー!」


 俺たちは「逝くとか悲しいこと言うな!」と叫びながら、村長の願いを叶える為に焼けた家の解体を行った。



 その日の晩、クリムたちは薬が効くまでと貸してもらった民家で休み、俺とプラムは復興の手伝いをしていた。

 労働に汗を流していると、休んでいたセシリアがフラフラと俺たちの様子を見にやって来た。


「ふぁ~あ、よく寝ました。みなさん何してるんですか~?」

「「肉体労働だよ!!」」

「食中毒なのに、働きものなんですね♪」


 こいつはナチュラルに人をイラつかせる能力を持っていると思う。


「そうだセシリア、薬草取りに行った時、うまそうなフルーツ見つけたんだ。後で食わせてやるよ」

「えっ、ほんとですか? 楽しみですね」


 俺とプラムが覚悟しろよと思考シンクロさせていると、村民たちがざわついている。

 どうやらホムラが帰ってこないと、心配しているようだ。


「あの狐娘、どこ行ったんだろうな?」

「魔物に襲われてたりとか?」


 俺たちもどうしたんだろうなと思っていると、ちょうどその時、村の柵門が開いた。門の外にふらついた足取りのホムラが見える。


「ホムラどこ行っとったんじゃ? 皆心配したよ」


 村長達が心配して駆け寄るが、彼女は何も言わない。


「…………」

「どうしたんじゃホム……」


 本当に不意だった。誰も彼女がその手に刀を持っていることに気づかず、あまりにも自然な動きで、ホムラは村長の胸を突き刺した。


「ホム……ラ?」


 崩れ落ちる村長。


「殺して、誰かウチを殺して」


 血に濡れた刀を持つ少女は、涙を流しながら周囲の村人を斬りつけていく。


「やめてホムラ!」

「逃げろ! 殺されるぞ!」

「キャー!!」


 小さな村に響き渡る悲鳴と、舞い飛ぶ血しぶき。


「あわわわ、大変なことになってますよ」

「セシリア、お前は下がってろ!」

「はい、後は頑張ってください!」


 ピューッと音速で下がっていくセシリア。普通もうちょっとトラブル解決しようと思わないか?


 俺は様子のおかしいホムラの首を凝視すると、そこには普通では見えないが、魔物使いの俺になら見える首輪と鎖が見えた。


「隷属の鎖」

「なにそれ」

「前セシリアに使っただろ。繋げた相手を強制的に従わせる鎖だ。本来は話の通じない魔物に使うもんで、山から降りてきた魔獣を帰らせたりするのに使う。ただ一部には、あれを使って魔物を奴隷化するバカもいる」

「相手は魔物使い?」

「可能性は高い」

「鎖の繋がってる先って見えないの?」

不可視魔法インビジブルを鎖にかけてて、どこにいるかわからん」

「どうするやる?」

「自分の手を汚さず、仲間に仲間を殺させる手段が気にくわねぇ。しかも老い先短い婆さんを手にかけたってのが更に許せん」

「うし、やるかって言いたいとこだけど、ユーリ腹痛い」


 丸薬の効果が切れて、俺も腹が痛い。


「気張れ」

「気張るとなんか出る」


 俺たちは腹痛に耐えながら、暴れるホムラの前に立ちふさがる。


「あかん、あんたらも下がり! 死ぬで!」

「負けないよ」

「ウチでは止められんの!」


 ホムラは刀でプラムに斬りかかるが、スライムに物理武器はほぼ効果がない上、こいつには痛覚耐性があり、自己再生能力まで有している。

 右上から左下に斬り降ろされた刃を、軟体ボディで受け止める。


「むふふふ、ボクに剣なんかきかないよ」


 プラムが体をぷよんぷよんさせながら、深淵のような瞳と、口角の上がった口で笑う。これだけ見るとスライムの強キャラ感やべぇな。


「ボクが死ぬまで斬りつけてみるかい? 時間の無駄だと思うけどね、アハハハハハハハ!」


 性格の悪さをにじみ出し、笑いながら体をプルプル震わせるプラム。

 実はモンスターバトルで、一番相手にしたくないのはコイツだったりする。

 比較的バカなのであまり気づかれていないが、プラムはマジで強キャラである。

 図に乗るから本人には絶対に言わないが。


 ホムラは即座に刃を引き抜くと、今度は俺に斬りかかってきた。


「ダーメだって」


 プラムは体をぷくっと膨らませ、間に割って入る。プラムの体はスライム10体分の密度で構成されており、ある程度自分の体積をコントロール出来る為、このように防御性能は高い。

 まぁ中身水だからな。今のホムラは、水に向かって剣を振り回しているようなものだ。

 ホムラがこちらを攻めあぐねていると、突如首をおさえて苦しみ始めた。


「ぐっ、ああああああ!」

「なにあれ、どうなってんの?」

「多分マスターから命令が来てるんだ」


 俺の言った通り、ホムラは術を呟くと、自分の名に相応しく刀に紅蓮の炎を纏わせた。


篝火刀かがりびとう


 俺とプラムはゴクリと息を飲む。


「ユーリ、一気に不利になった」←水なので火にめっちゃ弱い。


 今までのように体で受けるということができなくなり、攻撃を全てかわすしかない。

 ぶんぶんと振り回される炎の刃を避けながら、なるべく傷つけずに反撃するには、どうすればいいかを考える。


「気にせんとウチごとやり! このまま皆を傷つけるくらいやったら死んだ方がマシやわ!」

「あっつあっつ! そんなこと言われましてもですね!」

「アチチチチチチチチ!!」


 火の粉から逃げ惑う俺とプラム。


「妖狐の弱点は尻尾だよ! 尻尾を切りな!」


 突如響いたしわがれた声。それは胸を貫かれ、息も絶え絶えな村長だった。


「そんなグロいことしていいのか!?」

「妖狐の尻尾は切ってもまた生えてくるよ!」

「なら遠慮なくいくぞ!」


 俺はプラムに魔獣兵の鎖ソルジャーチェーンを繋ぎ、スキルを使わせる。

 しかしそれより先に、ホムラの炎剣がプラムを真っ二つにせんと落ちてくる。


「プラム、ダブルだ!」

「うぉー!」


 俺が命令を出すと、斬られる前に二つに分身した水饅頭が、ホムラの両足に粘着して動きを封じる。

 プラムの技の一つ分裂ダブルは、二体に分離し、それぞれで戦闘行動を行うことができる。勿論能力は二分の一になってしまうが、相手の不意をつくのに非常に有効な技だ。

 俺は足を押さえられているホムラに正面から抱きつき、直剣を構える。しかし激しく暴れるため、尻尾が捕まえられない。


「熱つつつつ剣を振り回すな!」

「ウチの意思じゃどうにもならんねん!」

「負けてたまるかって強く思え! その鎖は全力で抵抗すれば抗えるものだ!」

「そんなん言うたって」

「ヘタレるな! 俺が絶対助けてやるから頑張れ!」

「う、うん!」


 暴れていたホムラの体が一瞬止まり、その隙を逃さず彼女の尻尾を捕まえる。


「痛いぞ、我慢しろ!」

「ぐっ!」


 ホムラが目をつむり歯を食いしばると、俺は彼女のふさふさした尻尾を刈り取るように切断した。

 すると彼女の体から魔力が抜け、篝火刀から炎が消える。


「いたぁぁぁぁい! 痛いやんアホ!!」

「痛いって言っただろ」

「ここまでとは思わんかった!」


 涙目で怒るホムラ。


「あとどさくさにまぎれてお尻触ったやろ!」

「お前が尻尾振り回すからだろうが!」


 まさか助けてやってセクハラを訴えられるとは思ってなかった。

 これでなんとか無力化出来たかと思ったが、ホムラは再び首をおさえて苦しみだす。

 まずい、鎖からマスターの魔力が流れ込んできている。

 まだ抵抗するかと思ったが、ホムラは刀を握りしめると、自分の首に刃をあてた。


「野郎、自殺しろって命令だしたな! プラムおさえてろ!」

「がってん!」


 プラムはホムラの腕に飛びつき、自殺できないように封じ込める。


「くそ、どこにいやがる!? マスター倒さないと、命令が解除されないぞ!」

「ユーリ、力強い! 早くして!」

「あっちです!」


 飛び出してきたセシリアが指さした方向を見やると、村の外にある太い樹の枝が、不自然にしなってる。


「透明化で隠れてますけど、わたし魔力の流れが見えるんです! あそこに犯人がいますよ!」

「よくやった。くたばれクソ野郎!!」


 俺はカバンからマンドラゴラを取り出し、口の封印を解いて敵に投げつける。


「全員耳塞げ!!」


 そう叫ぶと、村人たちは意味が分からなそうにしながらも耳を塞ぐ。


【オンギャアアアアアアアア!!】


 マンドラゴラの叫びで頭がおかしくなった襲撃者は、透明化の魔法が解除され、木の枝からボタリと落ちた。そして幹に向かって、ヘッドバッドを繰り返し始めた。


「エヘエヘエヘ頭突き楽しい」

「そのまま死ぬまでヘッドバッドしてろ」

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