第24話 妖狐は大体変身する

 その後マンドラゴラを回収して、再び叫ばないように口に封をすると、村長の終わりが近づいていた。

 ホムラは倒れた村長を抱き、ボロボロと涙をこぼす。


「ばっちゃばっちゃ!!」

「ふへへ、ホムラ……泣くんじゃないよ」

「嫌や! ばっちゃ死なんといて! ごめん、ごめんて……」

「あんたのせいじゃないよ……わっちは元から弱っておった……。これも天命じゃて」

「ばっちゃ、ばっちゃあああぁ」


 涙ぐむ村民が村長を囲み、最後の見送りを行う。


「あんたらを残していくのは心配だけど……頑張りなんし……あまり自分を責めすぎるんじゃ……ない……よ」

「ばっちゃあああああ」

「あぁ……光が、見えるよ……アマテラスオオカミの光が……」


 村長の体が光に包まれていく。

 これが妖狐族の命の終わり。

 俺はその悲しみが集う場所に、ちょいちょいと割って入る。


「あんたなにしてんの?」

「ちょっと試したいことがあって」


 俺は直剣でマンドラゴラの足の部分をザクっと切る。


【ンンンンンンン!!】

「そんな痛そうな声上げるなよ。めちゃくちゃやりにくいだろ」


 切ったマンドラゴラの根を、村長の口の中にイートインさせる。

 すると、漏れ出ていた光がおさまり、永眠したかと思われた村長の目がパチリと開く。


「うわぁぁばっちゃが生き返った!」

「悪霊に取りつかれちまったんだ!」

「誰か塩を持ってくるんだ!」

「成仏してくれ妖怪婆!」


 パニックになる村民だったが、村長は杖を振りかざして村民をポカポカと殴っていく。


「誰が妖怪婆だい!」

「えっ、ほんまに生き返ったん?」


 村長が自分の胸元を確認すると、ホムラに刺された傷が完全に塞がっていた。


「どうなってるんだいこりゃ……」

「あー、ほんとにマンドラゴラだったんだな」


 俺は静かになったマンドラゴラを見やる。


「う、嘘やろ? マンドラゴラ見つけたん?」

「おう、普通に生えてたぞ。抜くとき苦労したけど」

「現物初めて見た」


 皆が伝説級の触媒に驚いていると、不意に村長の体が淡い光に包まれる。


「ばっちゃ!?」

「魔力が……みなぎって……」


 婆の皺くちゃだった体が、どんどん若々しくなっていく。老いてボロボロだった髪は美しい白銀に、背骨が丸くなった体は起伏の激しいグラマラスな体に。

 光が消え去ると、そこに老婆の姿はなく、妖艶な爆乳妖狐が立っていた。

 真っ白な9つの尾が揺れ、凛々しい瞳がこちらを見据える。


「嘘や、ばっちゃ昔の姿になってるやん」

「ふむ、原理はよくわからんが、故郷を追われたと共に消えていった妖狐の力が戻ったようじゃ」


 村長はサイズが合わなくなり、胸の北半球が露出した着物から、キセルを取り出し火をつけた。


「ふむ、悪くない味じゃな」

「ばっちゃ~~~~!」


 ホムラは村長に抱きつく。こうしてみると少し年の離れた姉妹にしか見えないな。


「感謝するユーリ。そのマンドラゴラは主が見つけたもんじゃ、持っていきなんし」

「やったぜ」

「売って逃亡資金にしよう」

「だけどその前に」


 俺はもう一度マンドラゴラの根を切る。


【ンアアアアアアアアア!】


 ごめんて。恐い声出さないでくれ。

 俺はマンドラゴラの根を、ホムラに手渡す。


「やるよ」

「えっ、なんで? 人を生き返らせるくらい凄い触媒やで……」


 俺はぺちぺちと自分の頬を叩く。


「顔。多分それで治るだろ」

「…………」


 酷い火傷傷の残る顔。そのままにしておくには忍びない。


「薬で世話になった礼だ」

「ウチは……反対しか……してへんし」

「いらないなら別に構わんが」

「い、いらんなんかゆーてへんやろ! く、くれるなら貰とくわ……」


 スパっとマンドラゴラのカケラを奪うホムラ。

 相変わらず愛想のない奴だ。


「あ、ありがとぉ……」

「お前なんか顔赤いけど、もしかして……」

「な、なに?」

「……食中毒か?」


 便所行ったほうがいいぞ、下痢辛いからな。と言うと、彼女の回し蹴りが首筋に飛んできた。


「お前もうほんま最悪やな!」


 その様子をなぜかプラムは深淵のような瞳で見つめ、ナツメはクククと笑う。


 その後俺たちは、ヘッドバッドのしすぎで本当に死んでしまった襲撃者の遺体を調べた。


「しまったな、仲間がいないか聞けばよかった」

「ユーリ、こいつ手の甲になんかついてるよ」


 プラムの言う通り、襲撃者の手には【Ⅱ】の刻印が見える。


「ベヘモスで間違いないな」

「こいつらまた来たんか。前ここに火つけた奴は、Vって書いてる奴やったわ」


 忌々しげな表情のホムラ。

 恐らくこの数字は、ベヘモス内で何か意味があるものなのだろう。部隊番号が、階級か、それともこいつ個人の識別番号か。


「コイツらは、遊び感覚でウチら亜人を攻撃してくる。攻め落とした場所を自分たちの領土って言い張って、ベヘモスの旗を立てるんや。そんで攻め落とされた集落から、略奪の限りをつくす。物だけじゃなくて命や、女も含まれてる」


 今まで俺たちはベヘモスを退けていたので、実際に被害にあった場所は見たことがなかった。

 妖狐村は炎で焼かれ、仲間を失い、それでも復興しようとしているところをまた襲われた。

 それも仲間を操って、同士討ちさせるという卑劣な手を使ってだ。


「許せんな……」



 翌日——


 俺たちは村で休ませてもらい、朝方旅立とうとしていた。


「薬も効いて、なんとか全員の体調もよくなったな」

「久しぶりにちゃんとしたとこで寝た気がする」

「確かに」


 飯も猪汁をふるまってもらい、とても美味かった。しかしそれも今日でおさらば。


「ねぇユーリ、ファーム建築手伝ってもらうのどうするの? このままじゃボクら、ここに下痢しに来ただけだよ」

「火事の復興もままならないのに頼めねぇよ。よっぽど自分たちのほうが、手伝ってもらいたいだろうに」

「だよねぇ」


 荷物をまとめ、その中に眠りこける駄妖精を雑に放り込んで民家を出る。

 外には、家がなくなりゴザを引いて寝ている妖狐族の姿が見えた。


「なんとも痛ましいな」

「ボクら家使わせてもらって悪いね」

「全くだ」


 遠慮はしたのだが、村を救ってもらった礼だと言われ、断るのも野暮なので使わせてもらった。

 別所に泊めてもらっていたバニラたちと合流し、「妖狐族大変そうだし、一旦ファームに帰ろっか」と伝えると、皆頷いてくれた。

 全員で里の外へと向かうと、木々の合間から日の光がこぼれ、幻想的な雰囲気が広がっていた。


「ユーリ、あの畑水につかってるけどいいの?」

「ありゃ水田って奴だな。米がとれるらしい」

「へー水面が光ってて綺麗だね」

「あぁ、でも多分あの田んぼは駄目だ」

「なんで?」

「稲がほとんど燃やされてる」

「……酷いことするよね」


 里の出口に向かって歩いていると、布団を持ったホムラと遭遇する。


「「あ」」


 両方で声が出た。

 彼女の顔からは火傷跡が消えて綺麗な肌になっており、昨日切ったはずの尻尾も再生していた。

 その手には真っ白な布団が抱かれており、これから洗濯でもするのかもしれない。


「あ、あれ? あんたらどこ行くん? まだ朝食べてへんやろ?」

「あぁ、俺らそろそろ出ようかと思ってな」


 そう言うと「は?」っと、口をポカンと開けるホムラ。


「えっ、ちょっと待って、嘘やろ新しいお布団持ってきたのに」

「元から朝にはシレっと消えてるつもりだったんだよ」

「ちょ、ちょっと待ち! まだロクに話もしてへんやろ! ばっちゃ、ばっちゃ、なんか帰る言うてるんやけど!!」


 ホムラは布団を抱えたまま、慌てて村長の家へと走っていく。


「引き止められると帰りづらいから、今のうちに帰るか」

「そだね」


 ホムラには悪いが、これ以上世話になるわけにはいかないので帰らせてもらうことにする。

 しかし、彼女はすぐに家の外に出てくると「勝手に救っておいて、勝手に帰ったら殺すで! こっちまだ礼もしてへんねんから!」とキレちらかしてきた。


「なんなんだあいつは。礼をしたいのか怒りたいのか」

「ユーリ、ああいう感情グチャグチャな子好きでしょ」

「正直好き」

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