第40話 バカにしてた奴に助けられるとバツが悪い
ユーリ達が、火炎放射器モヒカンと戦っているその頃、世界樹では――
「さて、妖精族諸君。我々ベヘモスはこのまま世界樹を切り倒してしまっても構わんのだが、それでは困るだろ? こちらには交渉の余地がある。要求は武装解除して、世界樹と女を渡せ。そうすれば男は俺たちの労働力として生かしてやる」
フォレトスが妖精族に対して降伏勧告を行っているところだった。
500人を超えるモヒカンとサイクロプスの登場により、勝敗は完全に決し、エルフェアリーたちは沈黙を決め込む以外に策がない。
「俺は無視されるのが大嫌いだ。さっさと代表を出せ。出てこなければ、このまま世界樹を切り倒すぞ!」
フォレトスがコントローラーを操作すると、サイクロプスは大斧を振り上げてかたまった。
しばらくして、妖精族のカルミアがリーフィアと共に世界樹の外へと出てくる。
「ようこそ、お前たちが代表か」
「そ、そうだ。我が名はカルミア、誇り高きエルフェアリーの族長補佐だ」
「お前のことはどうでもいいが、後ろの女は気になるな」
二人を取り囲むモヒカン達が、下卑た笑みを浮かべながらリーフィアの体を舐め回すように見やる。
「デカい乳してんな女」
「ヒュー俺たちとイイことしようぜ」
下品なモヒカン達に、リーフィアは苛立ちながら顔をしかめる。
彼女を守るようにして、カルミアは啖呵を切った。
「我々妖精族は貴様らの要求を飲まない! 貴様らが撤退するのであれば、我々は攻撃しないでやる。即時この場から立ち去れ!」
カルミアの言い分を聞いて、ゲラゲラと笑うモヒカン達。
「この状況で俺たちが撤退すると思っているのか? 防衛にすら出てこない腰抜けが」
「黙れ! 我々は今援軍を要請している、その要請が届けば森島中の魔族が駆けつけるだろう」
「へー、そいつは怖い怖い。おい、周りに他の魔族はいるのか?」
「周囲3キロには、そのような姿は見えやせん」
「だ、そうだが。お前ら嫌われてるんじゃないか?」
フォレトスの言葉はただの当てずっぽうであったが、あながち間違いではなかった。
「世界樹の中にある物資と、女を捧げれば命だけは助けてやるって言ってるんだ。要求に応じなければ俺たちはお前らを皆殺しにする。どっちが賢い選択か、よく考えるんだな」
「あたしたちは、そんな要求飲まないって言ってるでしょ!」
「お前には聞いていない。どうなんだ族長補佐さんよ?」
譲歩を許さないリーフィアに対し、カルミアは額に脂汗を浮かべながら深く考え込んでいた。
「ほ、本当に攻撃しないんだな?」
「勿論、なんならベヘモス5軍として、男は仲間にしてやってもいいくらいだ」
「…………」
「カ、カルミア? 勿論応じないわよね?」
「ま、待て、この件は私一人では決められない。種族全員で決めなければ」
「カルミア、何を言ってるの!? コイツらはそんな甘いやつじゃないわよ! 仲間にするなんて絶対嘘、口車に乗せられちゃダメよ!」
リーフィアは叫ぶが、カルミアの耳には全く届いていない。
「いいだろう10分やる。族長と話してこい」
「10分は短すぎる! せめて3時間、いや1時間はないと話がまとまらない!」
「こんなもん1時間待っても、1日待っても結果は一緒なんだよ。ほらカウントはスタートしてんぞ、行け」
カルミアはくっと苦虫を噛み潰した顔をしながら、急いで世界樹へと戻る。
残されたリーフィアは、モヒカン達に包囲されたまま待たされていた。
「女、たっぷり可愛がってやるから楽しみにしておけよ」
「黙れ人型オーク」
「誰がオークだ! このアマ!」
身長2メイルを超す巨漢のモヒカンが手を伸ばそうとすると、リーフィアは男の股間を蹴り上げる。
「おごっ……」
「ちっさ」
リーフィアは足に当たった感触を鼻で笑いながら、うずくまるモヒカンを見下す。
「テメェ、今すぐぶっ殺してやろうか!」
股間をおさえた巨漢のモヒカンが激高すると、側で控えていたダイナモが巨漢の頭を掴んで地面に叩きつける。
「その女はフォレトスのものだ。勝手に手を出すな」
「す、すみません」
片手で巨漢のモヒカンを組み伏せてしまうダイナモの怪力に、リーフィアは一歩後ずさる。
周りの連中はザコだが、この男とリーダーのフォレトスだけは、明らかに空気が違うと感じ取っていた。
10分後――
カルミアは腰の曲がった、枯れ木のような老人の妖精族を連れて世界樹の外に出てきた。
「ワシが族長のフジじゃ」
「俺は森島のベヘモスを率いるフォレトスだ」
「話は聞いた。貴様らの要求じゃが、攻撃対象外に子供を加えよ」
「ダメだ、女はガキだろうが全員性奴隷にする」
「幼子を奴隷にしても主らの目的は果たせんじゃろ。この地に住まう全魔族を食いつぶして荒野の王になるつもりか?」
「……いいだろう、体ができていないガキは労働力送りだ」
「感謝する。エルフェアリー族はベヘモスの要求を飲もう」
「ま、待って族長、何を言ってるの?」
青ざめるリーフィアに、族長は顔をしかめたまま首を振る。
「これもエルフェアリー族の誇りを守るためじゃ」
「誇りを守るためなら戦うべきでしょう!? 戦わずして負けを認めるつもりなの!?」
「魔法も使えず、空も飛べぬ状況では戦いにならん。これは被害を最小限にする為の選択なんじゃよ」
「族長も苦しい決断をされたんだ。わかってくれリーフィア」
リーフィアは族長とカルミアが本気で何を言っているかわからず、叫びたい衝動に駆られる。
「子供さえ守れば、エルフェアリー族は滅びん。我慢してくれ」
「我慢って、あたしたちにこいつらの慰みものになれってこと!?」
「これは必要な犠牲なのじゃ」
「必要って、そんな……」
彼女の頭の中には、これだけ状況が悪化するまで待たされ続けた上、もう戦いは負けたんだと宣告されても、到底納得できるわけがなかった。
しかも、お前はこれからこの男たちに暴力の限りを尽くされるけど、一族のために我慢してくれと言われているのだ。
「さて、円満に話がまとまったところで世界樹を明け渡せ。女は羽を切り落として、手首を縛って一つの部屋にかためろ。勿論そいつもな」
フォレトスはリーフィアを視線でさす。
「……リーフィア、こっちに」
剣を抜いたカルミアが、彼女の羽を切ろうと手を伸ばす。
「さ、触らないで!!」
リーフィアは腰から剣を引き抜き、カルミアの剣を弾き返す。
「……すまない。エルフェアリーを守るためなんだ。君と一族の女性には謝罪する」
「そんな言葉聞きたくないわ!」
心臓をバクバクと鼓動させ、剣先を震わせながら周囲を見渡す。
族長は眉を寄せて彼女を見ない。
カルミアはわかってくれと、なだめるように近づいてくる。
そんな仲間割れの様子を「やれやれ殺し合え」とはやし立てるモヒカンたち。
「諦めろ女。お前らは”売られた”んだよ」
フォレトスの言葉に、リーフィアは「うあ゛あ゛あ゛あ゛あああ!!」と獣のような叫びをあげて、森の中へと逃げ出す。
「オイ、俺たちの仲間になりたかったら、あの女を捕まえて俺の前に持ってこい。逃げられたらテメェらは皆殺しだ」
「頑張れよ
ヒャヒャヒャと笑うモヒカンの声を背に、カルミアは歯を食いしばりながら逃げたリーフィアの捜索を行うのだった。
◇
その翌日――
「竜車って結構快適だね。歩かなくていいから楽ちん」
「お前は普段から俺の頭の上に乗っかって歩いてないだろ」
俺たちはモヒカンたちから奪った、鉄材を寄せ集めて作った装甲車のような竜車に乗って世界樹を目指していた。
馬車と違ってスピードは出ないが、力のある地竜二匹がキャビンを牽引し坂道でも難なく進んでいく。
このペースなら昨日の遅れを取り戻せるなと思ってると、急に尿意をもよおしてきた。
「ちょっとストップ、トイレ行きたくなってきた」
「ユーリデリカシーない」
「生理現象だからしょうがないだろ」
「ちょうどゴトゴト揺れてお尻が痛かったので、休憩にしませんか?」
エウレカの提案に乗って竜車を止める。
「他にトイレ行きたい奴いないか? 我慢すると体に毒だぞ」
「女の子を連れションに誘うな! はよ行ってき!」
ホムラに蹴り出されて外に出る。
「驚きの親切心で言ったのに、あんなに怒らなくてもいいだろう」
俺はベストオブ立っションスポットを探してウロウロしていると、ちょうど良いところに泥沼を見つけた。
「ここでいいか。腸魔吸収でおっきい方は魔力に分解できるけど、小はどうしようもないからな」
この調子で進めば今日中には世界樹につきそうだなと思いつつ、ズボンをおろして用を足していると、不意に足音が聞こえてきた。
「ん?」と首だけ振り返ると、茂みの中からゼェゼェと肩で息をする、血まみれのエルフ女性が飛び出してきた。
「下等生物!!」
「誰が下等生物だ」
ケガしたエルフを見返すと、なぜか「あっ」と口をおさえている。
「しまった、あたしコイツに嫌われてるんだった……」
「大丈夫かあんた? 崖から転がり落ちた後、馬車に轢かれたみたいなケガしてるが」
「もしかして気づいてない……?」
「全身血まみれだが、そのままだと死ぬぞ」
「わ、悪い男に襲われてるの! なんとかして!」
「そりゃなんとかしてやりたいけど、俺の状況見て言ってる? 威風堂々たる立っション中だが」
慌ててズボンを上げると、確かに後ろから足音が響いてきた。
「どこに行った!?」
「確かにこっちに来たはずだ!」
遅れて姿を現したのは、エルフェアリー族の男二人。どうやらこいつらが追手らしい。
追っ手は血まみれのエルフ女性を見つけると、偉そうに命令してきた。
「おいそこの下等生物、その女をこっちに渡せ。さもなければ痛い目を見るぞ」
「えらく物騒だな」
「いいから渡せ!」
よっぽど余裕がないのか、殺気立った男は剣を抜いて、こちらに突きつけてくる。
俺は後ろをチラリと見やる。
この状況でどちらが悪いかなんて判別はつかない。
だけど
「悪いな。俺は迷ったらボインの方につくと決めてるんだ」
「後悔するぞ、下等生物が!」
「あと俺はお前らエルフェアリー族が大嫌いなんだよ」
俺はカバンの中から灼熱丸を取り出して、手のひらに乗せ鎖をつなぐ。
「追い払え、灼熱丸」
「クケー(灼熱の息)」
ちっちゃなトカゲからは考えられない猛火が、エルフェアリー達に浴びせられる。
「ぐあああああ熱いぃぃぃ!!」
「なんだこのトカゲ、普通じゃないぞ!?」
「おら、帰れ帰れ、二度と来んな」
「クケー(灼熱の息)」
「くそ、居場所はわかった、カルミア様に報告だ!」
全てを炭にかえる炎に、たまらずエルフェアリーたちは逃げ出していく。
まぁこんなもんだろう。本当は焼き殺すことも出来たのだが、実は女のほうが悪人だったら目も当てられないので追い払うにとどめた。
「大丈夫か?」
振り返ると、エルフ女性は呆気にとられながらこちらを見やる。
「助けて……くれたの?」
「自分から助けろって言っておいて、なんで疑問形なんだよ」
「ごめん、まさか”下等生物”が助けてくれるなんて」
「下等生物ね」
失言したことに気づいて、慌てて口をおさえるエルフ。
「助けてやったのに、まだ礼の一つも貰ってないんだが?」
「その、今持ち合わせがないの。トラブルが起きてて家に戻れないんだけど、それがなんとかなったら……」
「金の話なんかしてねぇよ。お前はありがとうの一つも言えないのかって言ってるんだ」
「あ、ありが……とう」
「それでいいんだよ。ほら、体見せろ」
「ちょ、ちょっと待ってお礼ってそういう!? 下等生物じゃなくてお下劣生物じゃない!」
「何勘違いしてんだ。血まみれだからケガ治すんだよ!」
自分の勘違いに気づいて赤面するエルフ。
よく分からんやつだが、変なトラブルを抱え込んでしまったことだけはわかった。
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