第41話 これは誇り高くない

「あなた魔獣使いなの?」

「まぁそんなところだ」


 俺は灼熱丸から鎖を外し、カバンへと戻した。

 血と泥で汚れた金髪ツーサイドアップに、著名彫刻家がスケベ心で造形したかのような、美しい爆乳エルフが佇んでいる。


「お前どっかで見たことあるような気がするんだが……」

「えっ、気のせいじゃない?」


 俺はじっと彼女の胸を凝視する。


「……お前は確かリーフィアだったか? カルミアの隣にいた奴だよな」

「あんた今完全にあたしの胸で識別したよね?」

「俺は一度見た巨乳の形状、サイズを完全に記憶する絶対ボインを持っているんだ」

「絶対音感みたいに言ってるけど、全然かっこよくないわよ」

「なんにしてもその泥と血を洗わないと、破傷風になるぞ」


 プラムの水で洗い流してもらおうと思い、俺たちは竜車の方へと向かう。

 すると停めていたはずの場所に竜車がなく、車輪の跡だけが残されていた。


「あれ? あいつらどこ行ったんだ?」


 周囲を見やると、ロードランナーと人の足跡が複数残されている。

 こりゃなにかトラブルがあったな。


「多分、あたしを追ってる奴らに見つかったか捕まったのよ」

「お前もしかしてベヘモスにも追われてるのか?」

「ええ、そうよ」

「世界樹で何があったんだ?」

「人間に襲われて陥落したわ」

「えっ、もう落ちたのか!?」


 嘘だろ。あそこは天然の要塞だぞ。並の兵力で落とせる場所じゃないはず。


「そうよ、援軍要請を送ったけど誰も来なくて落ちたわ」


 こいつら森島全土で嫌われてるな。


「そういうあんたは、なんでこんなとこにいるのよ?」

「俺たちは妖精族の手紙を見てここまで来たんだ」

「えっ、じゃああなた援軍なの!? 他の仲間は!? 何人で来たの!?」

「興奮してるとこ悪いが、俺を含めて6人と一匹だ」

「クケ」


 一匹がカバンから頭を出す。


「そんな……相手は500人以上いるのよ」


 ガクッと肩を落とす少女。


「気を落とさせて申し訳ないが、先に手当するぞ。どこかに綺麗な泉はないか?」

「……少し先にあるわ」


 俺は消沈するリーフィアと共に、世界樹近くにある泉へと向かう。


「綺麗な泉だな」

「妖精族だけが使える泉よ。ここの水を世界樹が吸い上げてるの」

「妖精族だけが使えるじゃなくて、妖精族が独占してるの間違いじゃないか?」


 確かこの辺りは迷いの結界があって、普通の魔族は近づけないはずだ。


「他の魔族に使用を許したら、どうせ汚されるに決まってるわ。汚い連中ほど綺麗な泉を使いたがるから」


 ほんま、お前らが嫌われてるのそういうとこやぞ。


「ちょっと、洗ってよ。背中痛くて、肩あんまり上がんないの」

「洗ってって、俺男だぞ」

「安心して、男として微塵も見てないから。やるの? やらないの?」

「チクショウ、やればいいんだろ!」


 ふてくされた声で内心のガッツポーズを隠しながら、彼女の血と泥に汚れた体を泉の水で洗い流していく。


「こりゃ凄いパイだ……」

「痛った。もうちょっと丁寧にやりなさいよ」

「悪い」


 彼女は背中の惨たらしく破られた羽の部分に水が当たると、ビクっと肩をすくめる。


「酷いな。もうこの羽は再生しないぞ」

「……逃げる時に掴まれて破られたのよ」

「お前を追ってたのは同じエルフェアリー族だよな? 一体どういう経緯があったんだ?」


 話を聞くと、500人以上のベヘモスに包囲されたのが始まりで、その後魔蝕草を植えられて魔法と飛行能力が奪われたらしい。

 それだけならまだ立てこもりを続けていれば戦いにはなりそうだったが、なぜか人間の言うことを聞く超巨大サイクロプスが現れ、世界樹を物理で切り倒そうとしたとのこと。

 籠城もできなくなったエルフェアリー族は、ベヘモスとの戦闘を避け、一族の女と世界樹を明け渡すかわりに、男と子供は助けてもらう交渉を結んだらしい。


「実質的に降伏したのか」

「そうよ。それに反対して、逃げ出したあたしを連れ戻そうとしてるのが、エルフェアリーの男たち」

「だから丸一日森の中を逃げ回っていたと」

「彼らは生き残るために仲間を売ったの。もうエルフェアリー族の誇りは失われたわ」


 苦々しく吐き捨てるように言うリーフィア。


「一族の半分を差し出すか、勝てない戦いをするか……か」


 なかなか難しい選択だと思う。どちらが正しいかは一概に決められる問題じゃないだろう。


「ねぇ、他に援軍に駆けつけてくれそうな魔族はいなかった?」

「友人のリザード族は、ふざけんな自業自得だってキレてた」

「なんなのよ。なんでどいつもこいつもエルフェアリー族を敵視すんの? 敵は人間でしょ!?」

「皆が襲われてる時に、安全圏で高みの見物決め込んできたからだろ」

「あたしたちは世界樹を守る使命があるから、防衛をおろそかにして助けに行くことはできないの!」

「人が危ない時は使命があるからって無視して、自分が危なくなったら助けろなんてスジが通ってねぇよ 。お前ら他種族から傲慢でケチって有名だぞ」

「それは、あたしたちの偉大な使命を何にもわかってないのよ! そもそも魔族は――」


 いかん、偉大とか崇高とかって言葉を使うやつとは、大体話が通じない。

 このままでは喧嘩になって終わりだ。

 俺は無理やり話題をかえる。

 どういう経緯でエルフェアリー族は降伏を選んだのか聞いてみた。

 

「なんで状況が悪くなる前に戦わなかったんだ? サイクロプスが出てくる前に打って出れば、少なくとも逃げるチャンスはあったはずだろ?」

「あたしだってそうしたかったわ……。カルミアは知ってるでしょ」

「あのクソ嫌な奴な」

「彼は次期族長候補で今は一族の指揮をとってるんだけど、重要事項を決めてるのは彼の父である族長」

「族長が重要なことを判断するのは別に悪いことじゃないだろ?」

「今の族長は魔王戦争があったときも、魔王様を助けようという派閥を押さえつけて沈黙を選んだわ。一族を守るため、エルフェアリー族は戦わないって。その族長の考えはしっかりカルミアにも継承されていて、彼も能力はあるくせに戦いを選ばない。戦うのはあんたみたいな絶対に勝てる相手とだけ」

「トップがそんなだから、イキり妖精体質ができあがっちゃったわけか」

「族長は実権をカルミアに移しているように見えるけど、その背後では彼を操り人形にしてるのよ」


 保身に走る族長と、それに逆らえないリーダーか……。族長が自分の父親なら、なおさら反旗を翻すのは難しいだろう。

 治療を終えると彼女は立ちあがり、意外なことに礼を言ってきた。


「ありがと、背中も大分マシになったし、これで戦えるわ」

「戦うって一人でか?」

「そうよ。世界樹には族長に売られた仲間がいるわ。彼女たちを助けないと」

「お前、羽もぎられて、世界樹周りでは魔蝕草のせいで魔法も使えないんだろ? 死にに行くようなもんだぞ」

「それでもあたしは逃げない。卑怯者にはなりたくないから」


 誰一人として味方してくれなくても、自分一人で戦ってみせる。

 そう言う彼女の横顔は、どこか気高さを感じる。


「ついて行ってやろうか? 竜車が世界樹の方に進んでたみたいだし、行き先は同じだろ」

「いらないわ。あなた一人連れていったって無駄でしょ?」

「俺は魔物使いだから、魔法が使えないところでも鎖繋いだら使えるようになるメリットがあるぞ」

「あのトカゲにつけてた奴でしょ。奴隷みたいで絶対嫌。あたし知ってるんだから、人間はエルフを奴隷市場で雌奴隷として売りさばいて、エロの限りをつくす文化があるって」

「今どきねーよ。魔大陸にずっといるのに、どこでそんな偏った知識仕入れてきたんだ」

「世界樹の大書庫にある文献で見たわ」


 それただのエロ本だと思うが。

 この大陸、エロ本で知識入れてるやつ多いな。


「お前らって貞操観念高そうだもんな」

「エルフェアリー族は、一度キスした相手を一生伴侶にしなきゃいけない掟があるの」

「そんなもん破っちまえばいいだろ」

「無理よ。一度キスしてしまったら下腹部に刻印が浮かんで、不貞を働くと全身に激痛が走るの」

「そりゃ恐ろしい」

「だから、あんたに使役されるなんて死んでも嫌。死んでも嫌」


 二回繰り返して言うくらいだから相当だろう。

 こちらもそこまで嫌がられたら無理強いすることは出来ない。


「じゃあ、あたし行くから。精々見つからないようになさい」

「お前は良い巨乳だから死ぬなよ。いざとなったら逃げることも重要だからな」

「無様に死ぬくらいなら……誇り高い死を選ぶわ」


 そう残して、彼女は森の中に消えていった。

 こりゃ何言ってもダメそうだ。あの巨乳が失われるのは世界規模の損失なのにな。

 そんなことを考えながら、俺は踵を返してリーフィアとわかれると、すぐに彼女の悲鳴が聞こえてきた。


「キャアアア!!」

「なんだ、ベヘモスか!?」


 まさか追手と鉢合わせしてしまったのだろうか?

 すぐに戻ってみると、食人植物ジャイアントウツボカズーラの捕食袋に、頭から丸呑みされているリーフィアの姿があった。


「えぇ……(困惑)」


 わかれて数秒で捕食されとる……。

 ジャイアントウツボカズーラは、近くを通りかかった魔族や動物をツタで絡め取って、円筒形の捕食袋に放り込んで消化してしまう怖い植物である。

 しかしながらケツ丸出しでジタバタしている姿は、シュールとしか言いようがない。

 ちなみに袋の中は酸液でぬるぬるしていて、自力で抜け出すのは難しいらしい。


「……助け、いるか?」

「は、早くして! 酸で服がとかされてるのよ!」


 捕食袋を破くと、中からグズったリーフィアが出てくる。


「うぐ……えっぐ……臭い……臭いよ」

「めっちゃ泣いてるやん」


 さっきカッコよくわかれたばかりなのに。


「なんであたしばっかりこんな目にあわなきゃいけないのよ!」


 理不尽にキレたリーフィアが、こちらに抱きつこうと迫ってくる。


「やめろ近づくな!」

「あんたも一緒にヌルヌルになってよ!」

「自分が不幸だからって、助けてくれた人の足をつかむ真似をするな!」


 酸液で滑ったリーフィアは、こちらを押し倒すようにして倒れてきた。

 その時彼女のヘッドバッドが俺の顔面にクリーンヒットし、それと同時に口もガチンと何かにぶつけてしまった。


「「いったぁ~……」」

「くっそ、思いっきり鼻打った。お前いいかげんにしろよ、ちょっと可愛いからって、そろそろその乳揉ませてもらわないと割にあわなくなってきたぞ!」


 怒って振り返ると、リーフィアは下腹部をおさえて「はわわわわぁ」と震えている。


「どうした腹痛くなったのか?」


 彼女が振り返ると、そこにはハートに見える刻印が下腹部に浮かんでいるのが見えた。


「浮かんじゃった……婚約紋」

「…………」


 俺はさっき頭をぶつけたシーンを脳内再生し、衝突の瞬間をスローで確認する。


『あんたも一緒にヌルヌルになってよ!』

『自分が不幸だからって、助けてくれた人の足をつかむ真似をするな!』


 次の瞬間、俺とリーフィアはもつれるようにして倒れ……。

 うん、当たってるな……ヘッドバッドと同時に口と口がぶつかってるわ。

 ガチンって音は歯と歯がぶつかる音だ。

 ムードのかけらもなく、あれをキス判定されるのは甚だ遺憾なのだが、どうやら彼女の掟はアウト判定を下したらしい。


「……じゃあ俺、仲間と合流しなきゃいけないから」


 世界樹奪還頑張ってな。

 そろりそろりと逃げ出す。


「とってよ……」

「はい?」

「責任とってって言ってるの!!」


 俺がこの世で一番嫌いなセリフが飛んできた。

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