第42話 キャーピャーヒャー
「お前ふざけんなよ、今のは100%お前の過失だろうが! 当たり屋みたいなこと言ってんじゃねぇ!」
「はぁ!? 女の子傷物にしておいて、当たり屋とかふざけてんのはあんたでしょ!? こっちは掟のせいで一生に一度、誰に捧げるか入念に決めなきゃいけないものを、よりによってあんたみたいな下等生物に渡しちゃったのよ!?」
「知るか、その掟を解除すりゃいいだろ!」
「この婚約紋は呪いじゃなくて祝福なの! 呪いは解除できるけど、祝福は解除できないの! 女の子の初めて奪っておいて、何その言い方マジヤバいんだけど!?」
「奪ってねぇって言ってんだろうが! お前が勝手に押し付けてきたんだろ!」
「はぁ!? 押し付けてませんけど! あんたあたしが足滑らせるタイミングを狙って、唇あわせてきたんでしょ!」
「はぁ!? お前が転ぶ角度を計算して、俺が唇タコみたいにしてキス狙ったって言いたいのか!?」
「キ、キスって恥ずかしいから言わないで! マジデリカシーない!」
両者で責任の押し付け合いをしていると、茂みがガサっと揺れる。
「む、このへんで痴話喧嘩が聞こえた気がしたが……」
武器を持ったモヒカンが周囲を見渡す。
(どこが痴話喧嘩よ。マジあえりえん)
(喋るなバレるだろ)
俺とリーフィアは木の上に登って、モヒカンをやり過ごしていた。
どうやら一人のようだが、こいつにバレるとすぐに仲間を呼ばれてしまうだろう。
(あんた絶対上向かないでよ。向いたらマジ首の骨折って殺すから)
(向くかよ)
リーフィアは俺の真上にいるので、当然上を向けばパンツが見える。
勿論これ以上いらぬやっかみを受けたくないので、上を向いたりしない。
「気のせいか……」
首を傾げながら立ち去るモヒカン。
「よし、行ったみたいだし降りるぞ」
「言われなくても……キャア蜘蛛よ!」
「は?」
俺は上を向くと、親方空からケツがと言いたくなるでかい尻が、俺の顔面に降ってきた。
「あべし!」
ヒップドロップをくらったまま、二人で地上へと落下する。
「いったぁ……いきなり蜘蛛がでてくるなんて思わなかった。あれ……あの下等生物どこいったのかしら?」
「フガフガ」
リーフィアは尻の違和感に、あわてて飛び退る。
「ちょっと、なんであんたあたしのお尻の下にいるのよ!?」
「お前が上から降ってきて、そのでかいケツで俺の頚椎折ろうとしてきたんだろうが!」
「ほんとケダモノね。マジありえないんですけど!」
くそ、なんだコイツ。次から次にラブコメのテンプレみたいなこと起こしやがって。
「なんだ今の音は!」
「やばい、モヒカンが戻ってくるぞ!」
「話は終わってないわよ、この変態!」
「うるせー痴女がよぉ!」
「はぁ!? 痴女ぉ!? 誰が痴女よ!?」
「お前がピャー蜘蛛がー(声マネ)とか言って、蜘蛛にビビって落ちてきたのが悪いんだろうが!」
「ピャーとかゆってませんけど! マジあたしのことバカにしてるよね!?」
「ヒャー! やっぱりいたぞ! 女、お前をフォレトス様のもとに連れていくぜ!」
「「
俺たちはモヒカンの顔面をぶん殴ってノックアウトさせると、肩を怒らせながら世界樹方面へと歩き出す。
「もうお前なんか知らん!」
「ちょっとついてこないでよ!」
「はぁ? 俺は仲間と合流するために世界樹に向かってるんですけど!」
「あたしは仲間救うために世界樹に向かってるんですけど!」
「大体俺の方が先歩いてんだろうが!」
「あたしの方が先よ!」
俺たちは歩いてるのに走ってるよりも速い速度で、世界樹近くへと向かう。
すると、変に速度を上げて歩いていたせいで、リーフィアは脚がもつれ、べちゃっとその場に倒れた。
「痛たたた……」
チラッと後ろを振り返ると、足をひねったようで顔をしかめている。
「何見てんのよ、さっさと行きなさいよ変態」
くぅ、かわいくない奴め。
多分近くにさっきのモヒカンの仲間がいると思うけど、俺はこれ以上知るかと彼女を振り切って世界樹を目指す。
◇
ユーリが先に進んで見えなくなると、リーフィアは足を引きずりながら巨木の下で腰を下ろす。
「痛たた……腫れてきちゃった。ヒール使えるかな」
リーフィアは自分の足に治癒術を使ってみるが、魔蝕草の影響で魔法は発動しなかった。
「ダメか……あんまり強くひねってないからすぐ治るよね」
「オイ、向こうで一人気絶してたぞ! 多分この辺にいるぞ!」
すぐ近くで響いた男の声に、リーフィアは慌てて木の根に埋まるようにして身を隠す。
「やば……近い」
ザッザッザッと複数の足音が響き、目の前をモヒカン達が捜索している。
緊張で心臓がバクバクと鳴る。本来なら、こんな奴ら敵じゃないはずなのに。
全身傷だらけの体に、ちぎれた羽、痛む足、ビクビクしながら身を隠す惨めさに段々泣きそうになってきた。
「負けるもんか……絶対負けるもんか」
自分に言い聞かせるように、何度も何度も負けるかと呟く。
俯きながら、折れるなあたし、泣くなあたしと。
恐怖と痛みと惨めさで、ミシミシと音を立てて折れそうな自分をなんとか支える。
「泣くと立ち直れなくなるわよ……」
「オイ」
ビクッとして肩が震える。
見つかった!? 絶望と恐怖が入り混じった顔を上げると、そこにはさっきの変態男が、面倒そうな顔をしながらこちらを見下ろしていた。
「な、なによ。先行ったんじゃないの?」
「例えムカつく奴でも、女置き去りにすんのは男じゃねぇ。そう思っただけだ」
「はぁ? 別にあんたの助けなんか必要ないんですけど」
「悪かった」
「なにがよ」
「本当に唇を狙うつもりはなかった」
「…………あっ」
「悪かった」
「あ、謝らなくていいわよ……。あたしも事故だってわかってるし」
「ここから逃げるぞ」
「足……痛い」
「乗っかれ。あっ、胸が当たるとか言って怒るなよ」
「言わないわよ」
リーフィアは差し出された手を驚くほど素直にとり、彼の背におぶられたのだった。
◇
俺はリーフィアをおぶったまま、ベヘモスの捜索をかいくぐりつつ世界樹周辺へと来ていた。
「やっぱりこのへんは防衛が硬いな」
世界樹周辺で一番最初に目に入ったのは、30メイルを超える超巨大サイクロプス。世界樹に大斧を振りかぶったまま静止しており、確かにあれがでてきては籠城することは難しいだろう。
その周囲を武装したモヒカンが闊歩しており、リーフィアの話では500人程度ということだったが、明らかにその倍はいそうだ。
「でっか。それになんだ、あの鎧なのか拘束具なのかよくわからない装備は」
「なぜかあいつは人間の言うことを聞くの」
魔物使いが操ってるのか? いや、鎖もついてないし、そんな感じではなさそうだが。
そもそもあのサイクロプスから、感情の一切を感じない。本当に生物か疑わしくなってくるくらいだ。
「あいつに自我はあるのか?」
「え?」
「普通、あんな大斧を振りかぶった体勢で止まってたら疲れるだろ。斧をおろしたり、しゃがんだりしてないのか?」
「そう言えばしてないわね。ずっと石像みたいにピタッと止まってるわ」
「石像ね……」
俺たちが監視していると、カルミアと枯れ木みたいな爺を発見する。
彼らは人目を嫌うように、世界樹の裏へと移動していく。
「カルミアと族長ね」
「話を聞こう」
俺たちは彼らの声が聞こえる位置にまで移動して、聞き耳をたてる。
「カルミアどうなっておる。いつになったらリーフィアが見つかるんじゃ!」
「す、すみません。我々も捜索しているのですが……」
「頑張ってる、今やってるなんて言葉はいらん! あの女を見つけなければ、我々は皆殺しにされるのがわからんのか!? これではなんの為に、下等生物どもに頭を垂れたのかわからん!」
「すみません……」
激高した族長は、杖でカルミアを殴りつける。
「この無能、凡才、負け犬、ゴミカスが! ワシが殺されたらエルフェアリー族は終わりだぞ! 絶対にワシを守れ!」
「は、はい……父さん」
「才能もなにもない貴様を、次期族長にしてやった恩を忘れおって! こんなのがワシの息子だと思うとムカっ腹が立つわ!」
「申し訳……ありません」
「早くあの裏切り者の女を捕まえにいけ! できないなら女を捧げて奴らの機嫌をとれ。いいな!」
「はい」
族長はカルミアの頭や顔面を殴りつけた後、世界樹の中へと戻っていった。
「正体現してんな、お前の族長」
一族全員捧げるので、自分だけは助けてくださいという強い意志を感じる。
「族長のあの姿は、ごく一部のエルフェアリー族しか知らないわ。あんな調子だから、カルミアはマジ一生族長に頭が上がんない」
「老害というか、毒親って奴か」
ちょっと気の毒になってきたな。
しかし、カルミアは族長とわかれるや否や、部下に向かって「早く捕まえろ、この無能どもが!」と族長にやられたことを、そのまま部下にやり返していた。
「全然気の毒じゃなかったわ」
完全にいじめられっ子が、やられたことをそのまま立場が低い連中にやり返している。
親の教育って大事なんだなってよくわかる光景だ。
これだけ警備の厳しいところに無策で突っ込むわけにはいかず、一旦離れることにした。
「さて、どうしたもんか」
「一気に突っ込んで、皆を解放すればいいのよ」
「無理だって言ってんだろ。あの辺魔蝕草だらけで、お前ら魔法使えないだろ」
「じゃあどうするのよ」
「今考えてる」
あのサイクロプスは自我がなくて、催眠や遠隔によってコントロールされている可能性が高い。
なら、絶対それを操っている奴が居るはず。
それはベヘモスの中の誰かで、多分一番偉い奴か、その側近だろう。
「ベヘモスの連中を倒せば、サイクロプスは無効化できるってことだが……」
それだと結局、1000人近いモヒカン共の相手をしなきゃいけないんだよな。
ベヘモスと戦ってる間にサイクロプスは動き出すだろうし、あいつに動かれた時点で負けだ。
他にもエルフェアリー族が妨害しに来る可能性が高いから、実質1000+αの敵を一瞬で倒すor足止めする方法がいる。
「なんとか奴らを一網打尽にする方法はないものか」
ベストは攻撃されていると気づかないうちに攻撃することだが。
何か策はないかと思案していると、その時俺の頬を雨粒が濡らす。
「ん……なんだ? 晴れてるのに雨が降ってきたぞ」
「
「なんだそれは?」
「この周辺の樹木を活性化させる雨を世界樹が降らせるの」
「あぁ、だから世界樹周辺は木々が青々としてるのか……」
雨を浴びて、頭にピコンと閃いた。
「確か世界樹は、さっき体洗った泉の水を吸い上げてるって言ったよな?」
「ええ、言ったけど……」
「そこに毒物ぶちこもうぜ」
「えっ?」
「大量の毒物で泉を汚染して、それを吸い上げた世界樹が毒の雨を降らせる。真下にいるベヘモスは毒雨を浴びて動けなくなる。その隙に救出する。完璧」
「だ、ダメよ、世界樹を汚染するなんて!」
「作戦が終わったらまた綺麗な水に戻せばいい。木の自浄作用は強い。まして世界樹なら多少の毒なんかすぐに排出しちまうさ。さて、そうと決まったら毒物探しにいこうぜ」
「えっ、ちょっと待って、マジでやるの!?」
俺はリーフィアをおぶったまま、毒探しに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます