第43話 サルと妖精

「もう痛くないしおろして」

「無理しなくていいぞ」

「してない」

「大丈夫だぞ。もっとおぶってても」

「あんた本当に優しさで言ってる?」


 どうやらわざと体を揺すって、背中に当たった胸の感触を楽しんでいるのがバレたらしい。

 おぶっていたリーフィアを下ろすと、彼女は片足をかばいながらもゆっくりと歩き出す。

 彼女は近くに生えていた、青い草をちぎって足にまきつけた。


「なんだその草?」

「ロキソリン草よ。頭痛、腹痛、腰痛、熱、肩こり、外傷、リウマチ、骨折に効くわ」


 なんだそれ、ほぼ万能薬じゃねぇか。

 勇者がむしゃむしゃ食ってるやく草ってこれだろ。


「ふぅ……これで大丈夫」

「ほんとか?」

「あたし一族の中で一番足速かったから」

「足速いのと捻挫は関係ないだろ」


 リーフィアはさっきまで足を引きずっていたのに、本当に普通に歩けるようになっている。ロキソリンパワーすごすぎでは?


 二人で目的の毒物を探していると、不意に頭に何かが当たった。


「いたっ。なんだこれ?」


 金色の果物の皮だ。

 頭上を見上げると、木にぶら下がったエテモンキーが黄金バナナの皮を放り投げてきたのだった。


「ウキキ?」


 大きな赤鼻をしたエテモンキーは、器用にバナナをむきながら俺たちを見下ろす。


「バナナが自生しているのか」


 黄金バナナはその名の通り金色の果物で、ヴァーミリオンでは高級品としてとり扱いされている。


「ウキウキ(モッチャモッチャ)」

「美味そうに食ってるな」

「……(ぐー)」


 振り返ると、リーフィアが自分の腹をドスドスと殴っていた。


「腹減ってんのか?」

「減ってないわ(ぐー)」


 言葉とは対象的に、彼女の腹は鳴り続ける。

 そういやコイツ、昨日一晩中森の中を追い回されてたらしいし、飯なんて食ってる余裕がなかったのだろう。


「ケガしてるし、飯は食ったほうがいいぞ。黄金バナナは栄養価が高くて、高カロリーだ。エネルギー補給するにはちょうど良い」

「別にあたしはお腹すいてませんけど」


 つーんとそっぽを向くリーフィア。

 どうやら意地でも、自分から腹が減ったとは言いたくないらしい。


「ところでさ……黄金バナナってカロリーどれくらいなの?」

「…………」


 こ、この女。まさかこの窮地でカロリーを気にしているのか?


「さぁ一本200ちょいくらいって聞いたことあるが」

「嘘でしょ!? 二本食べたら、ほぼ一食分じゃない! そんなの食べらんない!」

「でも日の光を浴びて、糖分がミネラルになってるから実質0カロリーらしい」

「実質0!? それなら食べられるわ」


 実質0と聞いて喜ぶリーフィア。こいつは俺の好きなタイプバカかもしれん。(当然だが0ではない)

 彼女は、即座に魔法を行使しようと手をかざす。


「ウインドカッター」


 しかし魔法は発動せず、エテモンキーは何やってんだコイツ? と言いたげに、バナナをモチャモチャ食いながら彼女を眺めている。


「魔蝕草のせいで魔法が出ないんだろ?」

「そうだったわ。いつもなら、魔法か空を飛んでとってくるところだけど」

「鎖繋いでやろうか? 俺の魔力なら送れるぞ」

「一時的でも絶対嫌」


 リーフィアは10メイル近くあるバナナの木に足をかける。


「自分でとってくる」

「やめた方がいいぞ、足ケガしてんだし(モチャモチャ)」

「大丈夫よ。それより、あたしがとってきてもあんたにはあげないわよ」

「そりゃ構わんが(モチャモチャ)」


 彼女は一度木から離れると、なぜか助走距離をとった。


「なにしてるんだ?」

「木登りよ。このまま走って垂直に登ってバナナをとってくるわ?」

「正気か?」

「右足が落ちる前に左足を前にだせば落下しないわ」

「天才か?」


 やっぱり俺の好きなタイプ全力疾走のバカかもしれん。

 彼女はダッと素早く走ると、本当に重力がないみたいにバナナの木を走って登っていく。


「うわすげぇ、ほんとに壁走り、いや木走りしてる」


 どうやら本当に足は速いようだが、頂上付近で失速し重力に負けて落下してきた。

 俺は落下位置に立って、彼女の体を抱き止める。

 こいつ意外と重いな。カロリー気にしてるのも頷ける。


「もうちょっとだったのに!」

「お前がもう少し軽かったら成功してたかも――」


 問答無用でひっぱたかれた。なんで?


「ライジングスターと呼ばれたこともあるあたしが……」

「なんだそのかっこ良すぎてダサい二つ名」

「羽があった時は、空飛ぶのが得意だったの」

「普通に登ったほうがいいんじゃないか?」

「仕方ないわね」


 今度は普通に木を抱えて登る、コアラスタイルのリーフィアを下から眺める。


「パンツ丸見えだな(モチャモチャ)」


 ちなみにカラーはライムグリーン。


「なにか言ったー?」

「いや、なんにも」


 順調に木を登り、てっぺんのバナナに届きそうになると、木の上にいたエテモンキーがバナナの皮を投げつける。

 顔面にバナナの皮をぶつけられて、リーフィアはバランスを崩し後ろ向きに落下してきた。


「ちょっ、キャアアアア!」


 俺は再び落下位置に立って、彼女の体を抱き止める。


「お帰り。見事に迎撃されたな(モチャモチャ)」

「う、うっさいわね、離して!」


 顔を真赤にしながら俺の腕から飛び降りると、ウガーっと木を蹴り揺らすリーフィア。


「可哀想なことするなよ(モチャモチャ)」

「あのクソザル許すまじ! ってかあんた、何さっきからモチャモチャやってんのよ?」

「バナナ食ってる」

「なんで持ってんのよ!? あんた木に登ってなかったでしょ!?」

「ウキャキャ」


 俺の頭の上に登ったエテモンキーが、不思議そうにリーフィアを見やる。


「サル……もう一匹いたの?」

「こいつにとってきてもらった。バナナもう一本くれ」

「ウキキ」


 エテモンキーはするすると木の上に登ると、黄金バナナの実を一本むしって下に投げ落とす。


「サンキューバナナ」

「ウキキ」

「えっ、なんで!? もしかしてあんたあのサルを操ってるの!? インチキ!」

「いや、単にバナナくれって言っただけだ」

「ウキウキ」

「なんでサルと普通に会話してんのよ!?」

「むしろお前らできんのか? サルとか一番言葉通じる相手だぞ」

「通じないわよ!」

「お前もお願いしたらくれるかもしれんぞ」

「ちょっとサル、あたしにもバナナ寄越しなさい!」


 リーフィアが大声で叫ぶと、木の上のエテモンキーはバナナの皮を彼女の顔面に投げつけた。


「ウキキ」

「…………あいつなんて言ってるの?」

「それが物を頼む態度かって」

「くっ……」

「今のはお前が悪いわ。上から目線はエルフェアリーの悪い癖だぞ」

「お、おサルさ~ん。あたしにもバナナちょうだ~い♡」


 今度は顔を引きつらせながらもへりくだってお願いすると、木の上のエテモンキーは腐ったバナナを彼女の顔面に投げつけた。


「ウキキキ」


 ふてぶてしい顔で、バナナをモチャモチャするエテモンキー。


「……なんて言ってるの?」

「ぶりっこするな、気持ち悪いって」

「このクソザルぅ!!」

「ウキキキ、ウキャウキャ」

「なんて言ってんの?」

「バナナほしかったらパンツ見せろって」

「ざけんじゃないわよエロザル!!」


 リーフィアはバナナの木に百烈蹴りを見舞うと、エテモンキーは驚いて木の上を飛び移って逃げてしまった。


「あーあ、せっかくバナナとってくれるのに」

「フン、所詮エテ公とはわかりあえないわ」


 彼女がそっぽを向くと、今度は比較的低い位置に生えたバナナを発見する。

 今度こそはと息巻くが、バナナの木はツルッツルで全く登れる気がしない。


「なによこれ、あんなに近くにあるのにとれないじゃない!」

「バナナの木は、モンキーも木から落ちるの語源になった木だからな(モチャモチャ)」

「あたしの隣でモチャモチャ食べないで!」

「食うか?」


 思いっきり食いさしを差し出す。


「いらないわよ! あんたの唾液で孕んだらどうするつもり!?」


 孕むかよ。お前の子宮口についてんのか。


「ちょっとそこに四つん這いになって」

「俺を台にしたところで届かんだろ」


 バナナの位置まで3メイル弱くらい。低い台に乗ったところで届かない。


「じゃあ肩車して、あたしを持ち上げて」

「…………(モッチャモッチャモッチャ)」

「なんで俺がそんなことしなきゃならんのだって顔しないで! エテモンキーくらい腹立つ顔してるわね!」


 仕方なく彼女を肩車して持ち上げると、意外とコイツ脚が太くて首が絞まりそうだ。


「あっ、とれそう。もうちょっともうちょっと。背伸びして」

「できるか。お前冗談抜きで重いんだよ!」

「重くないわよ! デリカシーないわね!」


 むぎゅっと膝で首を絞められ窒息しそう。


「あっとれた! やったやった!」

「はしゃぐな……頸動脈が……しま……」

「ちょ、キャアア!!」


 俺は太ももで絞め落とされ、バタリと後ろ向きに倒れた。

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