第44話 バナナ一本 命一つ

 なんとかバナナを一房手に入れることができて、俺とリーフィアは大樹の下でそれを食していた。


「バナナ美味しい。こんなに美味しいと思ったことない」

「贅沢な奴だ。エルフェアリーってよっぽどいいもの食ってたのか?」

「勿論。あたしとカルミアは身分が高かったから、特にね」

「狩りとかもしないのか?」

「しないわよ、やっても弓の練習をするくらい」

「飯はどうするんだよ?」

「何もしなくても世界樹が美味しい果実をたくさん実らせてくれるから、食料に困ったことはないわ」

「そりゃ良い御身分だ」


 リーフィアと話をしていると、果物の匂いをかぎつけたのか、ちっちゃなサルが彼女の足元にやってきた。


「ウキキ」

「な、なによ? あげないわよ」

「ウキ」

「あ、あなたは木に登ってとってくればいいじゃん。なんであたしの狙うのよ」

「そいつはさっきのバナナ投げつけてきたエテモンキーじゃなくて、木登りが下手なモコモンキーだ」


 歯茎丸出しで笑う、ムカつく顔をしたエテモンキーとは違い、綿あめみたいに真っ白いモコモコの毛をしたモコモンキーは、愛らしい顔をしている。


「モコモンキー?」

「別名羊猿シープザルって言って、温かいサル毛を刈り取れる」

「へぇ……随分小さいのね」

「子供ってのもあるけど、多分栄養失調なんだよ。そいつ毛を刈ったらガリガリだぞ」

「…………」


 リーフィアはモコモンキーを持ち上げてみると、体重の軽さと肉の少なさに驚いたようだ。


「あんたほとんど骨と皮しかないじゃん……」

「普通モコモンキーは群れで暮らすタイプなんだけどな。この子は群れから離れて、かなりの時間空腹みたいだ」


 親からはぐれたのか、それとも人間に襲われて群れが壊滅したか……。後者じゃなければいいが。


「ウキ」

「ねぇ、あんたサルの言葉がわかるんでしょ? なんて言ってるの?」

「腹減った」

「うっ、予想通りすぎる……。あ、あげないってば……そんな目しないでよ」

「ウキ」

「バナナくれ」

「通訳しなくていいから!」


 リーフィアのバナナを欲しがるサルを見て、笑みが漏れた。


「何笑ってんのよ」

「なんか、このやりとりが森島の状況をあらわしてるようでな」

「どういう意味?」

「バナナがいっぱいとれるのに一本もくれず、木に登ってきたものを落とそうとするエテモンキー。やっとの思いでバナナを手に入れたと思ったら、足元にもっと腹すかせたモコモンキーがやってくる」

「エテモンキーがエルフェアリー族で、モコモンキーがベヘモスに襲われた魔族って言いたいの?」

「ここに住んでる魔族は、皆苦労して食料とってるんだ。お前らは今まであのエテモンキーと同じで、ベヘモスに襲われてるやつを眺めながらモチャモチャバナナ食ってたんだよ」

「……そんないやらしいことしてない……してないわよ」

「お前はさっきのエテモンキーが、バナナの木が切り倒されちゃうから助けてって言ってきたら、助けようって気になるか?」

「ならない。ざけんな、そのまま切り倒されろって思う」

「それが今、この森島に住む魔族全員が思ってることだ。誰にも優しく出来ないやつは、誰からも優しくされないんだよ」

「…………」

「ウキキ……」


 膝までやってきたモコモンキーは、物欲しそうな顔をしながらバナナを見つめている。


「……ちょ、ちょっとだけよ!」


 リーフィアは食べていたバナナを二つに折って、モコモンキーに差し出す。

 するとモコモンキーは差し出された小さい方ではなく、大きい方を欲しがって手を伸ばした。


「こっちじゃないってば。あんた小さいんだから、こっちにしときなさいよ!」

「ウキウキ」


 結局大きい方をとられてしまう。とられたというよりかは、観念してあげたという感じだったが。

 モコモンキーは、美味そうにモチャモチャと音をたてて食べ始めた。


「もぉ」


 リーフィアは怒っていたが、その表情は優しい。

 モコモンキーはバナナを食べ終えると、モコモコの毛の中から木の実をとりだし、彼女に差し出した。


「くれるの?」

「ウキウキ」


 人が食べるにはあまりにも小さい木の実だが、このサルにとっては虎の子の非常食だったのだろう。

 それを感謝の証として差し出したのだ。


「ウキ」

「ありがとうって」

「通訳やめてよ……なんかやばい。ちょっと泣けてきたんだけど」


 優しくする、感謝されるの当たり前の流れに感極まってしまうリーフィア。

 今の今まで貢がれて当然、なにかしてもらって当然の考えでいたから、きっとサルの純粋な感謝に、失われかけていた人間性が取り戻されたのだろう。


「ウキ?」


 サルは感極まった彼女の頭をヨシヨシと撫でる。


「あたしサルに慰められてる~」


 グズっと涙声になるリーフィアは、残っていたバナナを一本モコモンキーに持たせる。

 するとモコモンキーは、バナナを大事そうに抱えて走り出した。

 その途中、ほんとにもらってくからな! いいんだな! あんがとな! と何度も振り返りながら森の中へと消えていく。


「群れに合流できるといいな」

「合流できなかったら帰ってきなさいよ~」


 ふえぇぇんと、完全にサルに感情移入してしまってるリーフィア。


 そろそろ休憩を終えて毒物探しに行くかと立ち上がると、俺は今まで背中を預けていた大樹に何か書かれていることに気づいた。


「ん……このへったくそな字は」


『ゆーりはこっち→ それいがいこっち←』


 俺の名前と矢印が書かれている。

 これは恐らくプラムの字、ってことはこの矢印はあいつらの進行方向を示しているんじゃないか?


「どうしたの?」

「近くに俺の仲間がいるかもしれん。この矢印の方向に進んだようだ」

「大丈夫これ? 罠じゃないの?」

「こんな頭の悪い罠を仕掛けるやつはいない。先にこっちに行こう」


 最悪捕まったかと思っていたが、どうやら森の中に潜伏しているみたいだ。

 俺たちが先に進もうとすると「キキッ!!」とサルの悲鳴がした。

 何かと思うと、茂みの中から妖精の羽根をもつ男カルミアと、従者のエルフェアリー五人が姿を現す。


「探したぞリーフィア」

「…………」


 彼女の顔は青い。それは追手に見つかったからではなく、カルミアの手に先ほどわかれたばかりのモコモンキーの死体が握られていたからだ。

 カルミアの手からサルがドサリと地面に落ちると、血がじわっと広がる。


「カルミア……なんでその子を?」

「あぁ、別に大したことじゃない。バナナを持って走っていたから奪おうと思ったのだが、抵抗してきたからね」

「…………そんなことで殺したの」


 リーフィアから低い声が漏れる。

 俺たちの頭に「これはさっき貰った大事なバナナなんだ、とるな!」と怒るサルと、そのサルを虫けらのように斬り殺すカルミアの姿がしっかりと浮かんでしまった。


「それがどうかしたのか? 下等生物は我々に食料を提供する義務がある」

「…………」


 モチャモチャと奪ったバナナを食うカルミア。


「サルの血がついてまずいな」


 カルミアはプッとバナナを吐き捨てると、口元を拭う。

 そのバナナ一本にどれだけの価値があるか、奴はわかっていない。

 そのバナナはエルフェアリーとモコモンキーの絆を結ぶ、大事なものだと理解できていない。

 そのわずか200カロリー程度のバナナ一本で、小さな命が救われたかもしれない。

 ほんの少しの時間だが、初めて心を通わせてモコモンキーはリーフィアの友達と言ってもいいだろう。

 よって、それを奪われた彼女が怒るのは当然で――


「さぁリーフィア、戻ってくれ。君がいないとエルフェアリー族は皆殺しにされてしまうんだ。戻ってくれれば、私がなんとか口利きして、君だけは助けてもらえるように頼む。君だけはひどい目にあわないようにするから安心してくれ」

「…………ねぇあんた、前言撤回するわ。エルフェアリー族は自分のことしか考えていない傲慢な種族だって認める。なんでここまであたしたちの種族が毛嫌いされてるのか、正直ちゃんとわかってなかった。……でも今正しく理解したわ。あたしたちは本当にクソだって」

「そうだな」

「あたしが仲間を助けたら、絶対に多種族を見下すようなことはやめさせる。だから……お願い、力を貸して」


 彼女の片目から一雫、涙が線を描いた。

 俺は魔力で編まれた鎖をジャラっと垂らす。


「いいのか、俺はお前らの言う下等生物だが」

「生物に上も下もないわ」

「よろしい。俺とお前は対等だ。俺はお前の力をめいいっぱい引き出す。お前は俺の力を使って全力で戦う。それが魔物使いの戦いだ」

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