第45話 流星

接続コネクト


 俺はリーフィアの左手首に鎖を繋げて魔力を回すと、彼女の全身から光のオーラが放たれる。


「なんだこの光は!?」


 あまりにも強烈な光に狼狽えるカルミア。

 鎖を通じて彼女の感情がこちらに流れてくる。自分への怒りと悲しみ、後悔、それら全ての感情が闘気となって溢れ出ているのだ。


「誇りなんかどうでもいい。あたしは、誰かを守れる戦士になりたい」


 深い想いが籠もった言葉と共に、彼女は強く願う。


「雲が……」


 空を流れる白い雲が加速した。

 否、風が彼女中心に巻き起こっている。

 吹き荒れる風はパリパリと電流を伴い、魔力の風が彼女の背中に収束していく。

 願いは形を結び、背中から発光する光の翼が伸びた。

 その翼は妖精族特有の虫型の翅ではなく、鳥のような何枚もの羽根が重なってできた立派な翼だ。


「は、羽が生えただと!?」


 彼女は後ろを振り返ると、自分で見て驚いていた。


「なにこれ羽根生えてる!?」

同調具現化魔導器エクシードリンクスキルだな。俺の魔力と、繋がった魔物の強い意思が合わさって武器や魔法となる」

「それでなんで羽根が?」

「お前が誰かを守る戦士になるために、心の奥底で一番必要と思ったのが翼だったんだよ。その意思が俺の魔力を使って形を成した」


 簡単に言うが、これは魔物が考えた武器をそのまま具現化させるようなスキルで、よっぽど深く繋がったマスターとバディの関係でなければ使えないはずだ。


(プラムですら、使えるようになったのは最近だって言うのに……)


 なぜ一回目の接続で使えるようになったのか。


「とにかく、これであいつをぶん殴れるってことよね」


 パンと拳と手のひらを打ち合わせるリーフィア。

 ツンとしたお嬢様みたいな顔をしているくせに、その中身は血気盛んなことこの上ない。

 だからこそ俺との同調率が高いのか。同調率はマスターとバディの思考が近ければ近いほど高くなる傾向がある。

 不思議に思っていると彼女の下腹部が、ピンク色に発光していることに気づいた。

 ハート型に見える刻印。確か婚約紋だか婚淫紋だか、エルフェアリーにとってのケッコンをあらわす祝福印シールと言ってきた気がする。


「……あれが原因じゃないだろうな」


 もしかしたらあれに同調強化バフ効果があるのかもしれない。


「カルミア様、攻撃します!」

「人間を狙え! 奴がリーフィアに何か吹き込んだんだ! 許さんぞ下等生物!」


 エルフェアリー族が五人、素早い動きで弓を構えると一人三発ずつ矢を速射する。

 キュンキュンと風切り音をたてて迫る矢を、リーフィアは翼を広げて旋風を巻き起こして弾いた。

 矢は見えないバリアにぶつかったように、あらぬ方向へと飛んでいく。


「う、撃て、撃ち続けろ!!」


 カルミアの号令で、エルフェアリー族は矢を連射するが、いずれも俺たちには届かず失速、墜落する。


「まるで重力使いだな」


 実際はリーフィアの周囲を覆う風が、上から強く吹き付け矢の軌道をそらしているだけだが。


「カルミア様、風です! 風のバリアで矢が通りません!」

「通りませんじゃないんだよ! それをなんとかするのがお前らの役目だろうが!」


 カルミアが相変わらず無能を晒していると、リーフィアが俺の手をとった。


「飛ぶわよ」

「えっ?」


 こちらが驚くまもなく、彼女は翼を広げて空高く舞い上がる。

 内臓全てを置いてけぼりにするような感覚と共に、俺の視界は森の中からいきなり真っ青な空に切り替わった。


「どわああああああ!? 空が近いぃぃ!!」

「うるさいんだけど、男のくせに」

「こんな超高速で空飛んだら誰だって叫ぶわ!」


 一瞬で200メイルほど飛び上がり、カルミア達が豆粒みたいに小さくなってしまった。


「なっ、リーフィア何をするつもりだ!? 降りてこい、逃げる気か!?」


 彼女は、両手を振り上げてキレちらかすカルミアを見下ろす。


「逃げるわけないでしょ、バカな同胞の目を覚まさせてあげるの」

「君は私と同じで選ばれし存在なんだ! 下等生物に何をふきこまれたかしらないが――」

「あんたを叩きのめしたいと思ってるのはあたしの意思よ。あんたが一族を売るというのなら、これがあたしの解答」


 浮遊する俺たちの直下に、直径5メイルほどの魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣の術式を読むと、加速、加速、加速、加速しか書いてない。

 この魔方陣ポータルを通ると、体が超加速するという単純なゲート型魔法陣。


「カルミア様避難を! 彼女の二つ名は上昇する星ライジングスター、一度空に上がったら、あとは落ちてくるだけです!」

「ふざけるな! リーフィア、そんな下等生物と私、どっちを選ぶんだ!?」

「カルミア様、お下がりください!」


 仲間のエルフェアリー族に、羽交い締めにされて引きずられていくカルミア。


「なんだお前、ほんとに超カッコイイあだ名ついてんな」

「周りが勝手に言ってるだけよ。墜ちるわよ」

「おい待て、俺は隕石になるつもりはないぞ!」

「大丈夫、地上ギリギリで回避するから」

「嫌じゃ、そんなもん信用できるか!!」


 リーフィアはこちらの言うことを聞かず、何か呪文を唱えていく。


「身体硬化、スピード回路直結、第一加速V1点火、空力圧縮エアロチャージ


 こいつ、自分にも死ぬほど加速強化バフかけてやがる!


「待て、どんな速度で突っ込む気か知らんが、そんな速度俺が耐えられんぞ!」

「つべこべいわないで、男でしょ」

「おまえ自分はちゃっかり身体硬化かけてるじゃねぇか! 後俺はこういうとこで男持ち出すやつが大嫌いなんだよ!」

「落るわよ! アクセルゲート展開! レディー……」

「レディじゃない、やめろバカ!」

「ゴォ!!」

「ぎゃあああああああ!!」


 上昇した星は、風属性特有のグリーンの光を発しながら、悲鳴と共に流星となって地上に落ちる。

 高高度からの落下でただでさえスピードが付いているというのに、加速魔法陣アクセルポータルをくぐって、更に爆発的な加速をするという暴挙。

 速さというシンプルな力のみに特化した超音速飛行魔法は、音を置き去りにして凄まじい衝撃波を巻き起こす。


「スターダイブトルネード!!」


 翡翠色の流星は地上に落着する瞬間軌道を曲げて、カルミアたちの横を過ぎ去っていく。

 カルミア含むエルフェアリー族たちは、両手をクロスさせて防御しようとするが、全く意味をなさず衝撃波に巻き込まれ空へとふっ飛ばされていく。


「おあああああああああ!!」

「ぐあああああああああ!!」

「おぼえていろ下等生物!!」


 三下っぽい叫び声と共にキラっと星になったカルミア達を無視して、リーフィアはモコモンキーのもとに駆け寄る。


「ごめんね……」


 背中を切り裂かれ、体温が失われつつあるモコモンキー。


「キキ……」

「腹減ったバナナ食いたいって」

「通訳……ほんとやめて」


 もうこの子がバナナを食べられることはない。そう理解したリーフィアは、ボロボロと涙をこぼす。


「いっぱい食べたかったよね……。お父さんとお母さんにも会いたかったよね。ごめんね、ほんとにごめんね、あたしたちバカどものせいで……」

「…………」


 俺はもしかしたら苦しむ時間が長引くだけかもしれないが、鎖をモコモンキーに繋いで魔力を流し込む。


「なにするつもり?」

「鎖つないで生命力を活性化させる。お前は回復ヒール使って傷を塞ぐんだ」

「こんな大怪我じゃ治らないわよ!」

「諦めるな! バナナ一本で大喜びしちまうモコモンキーをこのまま殺して良いのか!?」

「!」

「もっと美味いものある。もっと楽しいことあるって教えてやりたいだろ! 俺はまだこいつを天界には連れていかせないね!」

「……あたしもこの子を救いたい! 初めての友達だから!」


 多種族のことを下等生物と言ってバカにしていたリーフィアが、モコモンキーのことを心の底から友達と言えたことに大きな成長を感じた。

 だからこそ死なせたくない、この命。


「戻ってこい!!」


 鎖を通して、俺の魔力を全て送り込む。リーフィアも全力でヒール魔法を使用するが、彼女の言った通り傷は塞がっても意識は返ってこない。

 次第にモコモンキーの力が抜けていく。

 脳神経が焼け付くくらい生命力を送り込んでもダメだ。いくらやっても穴の空いた風船みたいに抜けていきやがる。


「くそぉ、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 自分の無力さを空に向かって咆哮する。


「むむむ、このへんでユーリの声が聞こえた」

「あんなザコキャラみたいな声あげるんかいな?」

「今のは完全に、自分より弱いと思っていたキャラに右腕一本持っていかれたときの叫びですよ」

「ユーリに雑魚キャラやらせたら右に出るやつはいないよ」

「兄上バカにされすぎでは?」

「モォ?」

「「「いた!!」」」


 木陰からひょっこりと顔を出したのは、わかれたファームのメンバーたち。

 プラム、ホムラ、エウレカ、セシリア、バニラと誰一人として欠けていない。

 やっぱりこの近くをうろついてたんだな。


「どしたんそのサル?」

「話は後だ! エウレカ回復手伝ってくれ! セシリアはそこで頑張れダンスを踊れ! プラムたちはロキソリン草を探してくるんだ!」

「わ、わかりました!」

「は、はい!」

「ユーリ、そのモンチッチ薬草でなんとかなるレベルじゃないぞ」

「何もせずに死なせたくないんだ! いいからロキソリンだ!!」


 分かれていたときの話も聞かず、俺達は全力でモコモンキーの蘇生を行う。

 やれる、まだ引き戻せるかもしれない。


「頑張れ♡ 頑張れ♡ 頑張れ♡ 頑張れ♡」

「モンチッチ草食え!」

「あんたそんなに草突っ込んだら窒息して死ぬで! ほら白目むいとる!」

「ヒールヒールヒール!!」

「戻れぇぇぇ!!」

「帰ってきて帰ってきて! お腹すいたまま死んじゃうのって悲しすぎるじゃない!」


 その甲斐あって。

 モコモンキーの目がパチリと開く。


「ウキキ?」

「はぁはぁはぁ……なんとか返ってきた」

「これだけヒールしたの初めてです」


 俺たちが協力すれば、死にかけくらいならなんとかなることがわかった。

 特に姫様のヒール能力は群を抜いており、それをセシリアの頑張れダンスでバフをかけることで更に強力になった。


「ウキキ」


 モコモンキーはリーフィアの体をスルスルとよじ登ると、肩の上にお尻をついて落ち着いた。


「ウキ」

「良かった……本当に良かった」

「ユーリ、事情説明しろよ」

「後でな。今はバテて……なんも、喋れん」

「ウキキ」

「なんか、あたしもこの子の言ってることわかったかも。この子ありがとうって言ってるよね?」

「いや、腹減ったバナナくれって言ってる」

「ウキキ」

「もう、食いしん坊なんだから……お母さんたち見つかるまで一緒にいよっか」

「ウキ」


 モコモンキーはコクリと頷いた。

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