第46話 ネーミングセンス

「モチャモチャモチャ」

「そんな慌てて食べなくても」

「ウキ」

「そうだ、あなたに名前をつけてあげなきゃね。そうね……フランソワーズ・デスティニーチャイルドなんてどうかしら? 生き返ったあなたにはピッタリの名前でしょ?」

「ウキ?」

「気に入った? 良かった~」


 リーフィアがモコモンキーにクソ長ったらしい名前をつけている間に、俺達ファーム組はこれまでのいきさつを確認しあっていた。


「ふむふむ、ユーリがボクたちとわかれた後おっぱい羽エロフを助けて、追手の羽エルフにモンチッチが殺されて、怒りの力で追手の羽エルフをお星さまにして、モンチッチが復活したと」

「そんなところだ」

「凄まじく雑な説明やな……」

「そんでお前らは?」

「ウチらはモヒカン共に、竜車を包囲されかけたから慌てて逃げたんや」

「そうそう、ユーリ姫様捕まると困るだろ」


 ドヤるプラムだが良い判断をした。皇女が捕まるのだけは絶対に避けなければならないからな。


「そんで適当なところに竜車捨てて、ユーリと合流するために戻ってきたんだけど、どこにいるかわかんなくなっちゃった」

「そうか、その頃俺はリーフィアとそのへん彷徨ってたな」

「あっ、そうだユーリさん探して世界樹の方に行ったら、とんでもなくおっきい巨人がいたんですよ。こーんなでっかいの!」


 セシリアはめいいっぱい手を広げて大きさをアピールする。


「サイクロプスを見たのか」

「斧振り上げたままカチーンって止まってました。変な奴でした!」

「モォ」


 バニラが固まっていたサイクロプスをマネするように、斧を振り上げてみせる。


「俺も見た奴だな。多分だが、あのサイクロプスはベヘモスの連中にコントロールされてる」

「むむ、ユーリと同じ魔獣使いがいるのか?」

「いや、見た感じ魔獣使いが操ってる形跡がない。あのサイクロプスからは感情の一切を感じなかった。まるで死体を禁術で操ってるみたいだ」

「むむ、サイクロプスゾンビか?」

「でも腐ってへんかったで? それどころかトゲついた鎧みたいなん着てたし」

「俺の予想だが、催眠術やブレインジャックを受けて完全に自我を失ってると思う。ただベヘモスの中に、あれほど強力な魔物を操れる魔術士がいるとも思えんのだがな」


 俺の疑問にセシリアはふ~むと首を捻る。


「しかもあのサイクロプスは昨日今日で急に現れましたよね? わたし今まであんなおっきな巨人見たことありませんよ」

「そうだな。あんなのが歩いてたら普通誰かしら気づくからな。恐らくこの島にいた魔物じゃない」

「つまり、誰かが魔大陸の外から運んできたっちゅーことかいな?」

「その可能性は高い」


 すると姫様が難しい顔をしながら、もしやと呟く。


「これは聞いた話なのですが、魔物の頭に疑似心核魔導器コアマキナを埋め込んで行動をコントロールする技術があると」

「コアマキナってなんだ?」


 スライムボディに?マークを浮かべるプラム。


「機械でできた第二の脳みたいなもので、とりつけられた者は、自分の意思には関係なく遠隔でコントロールされてしまいます。本来は自分で動けなくなった機械ゴーレムなどに取り付けて、移動を促したりするものなのですが……」

「まぁ……誰もが思いつくが、倫理的な問題でやらない奴だな」


 もし心核魔導器が頭にとりつけられているとしたら、あのサイクロプスは既に脳死状態だな。


「なんやそれ、もうなんでもありやん! あいつら魔族の命で遊んでるやろ!」


 憤るホムラの意見はもっともだ。頭に魔導器埋め込んで兵器にするなんて、許されてはいけない行為。命への冒涜と言えるだろう。


「だが、そうなるとベヘモスのバックにでかい組織がついてるな」

「ええ、疑似心核魔導器なんてそうやすやすと手に入る代物ではありませんし。恐らく我がヴァーミリオン帝国でも、取り扱っているのは一部の魔導器の研究機関くらい……」


 エウレカは嫌な予感がすると言いたげに、眉を寄せる。

 サイクロプスの話をしていると、リーフィアが割って入る。


「あたしあの巨人を動かしてるやつ見たわ。フォレトスって言う、森島ベヘモスの指揮官を名乗ってたわ」

「やっぱり一番上のやつが操ってたか。そいつ何か持ってなかったか?」

「ええ、なんか玩具みたいなのを手に持ってたけど……」

「それが魔導器の遠隔操縦装置コントローラーっぽいな」


 腕組みしたホムラが、いまいち腑に落ちないように首を傾げる。


「なんでウチを操ったときみたいに魔法で制御せんの? 魔導器つけるのってコストかかるやろうし、魔法のほうが手っ取り早ない?」

「兵器ってのは赤ん坊でも人を殺せるようにできてないとダメなんだよ。術がとける可能性がある魔法はリスクが高いし、術をかけた術者にしかコントロールできないのは使い勝手が悪い」

「もしかしたらこの森島で、疑似心核魔導器のテストをしているのかもしれませんね。ゆくゆくは魔物に魔導器をとりつけて、死を恐れない軍隊を作ろうとしているのかもしれません。あの通常個体値を大きく上回るサイズを見ても、どこかの研究機関で培養された可能性も……」


 恐ろしいことを言う姫様。

 魔物を改造して兵器にしちまうとか、やってることまんま悪の組織である。


「自殺もできないなんて可哀想だな。ボクが体の自由を奪われて兵器にされたら、もう殺してくれって願うしかないんだな」

「あぁ。多分あのサイクロプスは今そんな状態だ……」


 いや、もうそんな感情すらないだろうが。


「ユーリどうするんだ? あのサイクロプスをなんとかしないと、森島はベヘモスに支配されちゃうぞ」

「ああ、今はサイクロプスの境遇に同情している場合じゃない。プラムの言う通り、このままだと終わりだ」


 皆は深刻な顔で深く頷く。


「しかしあのデカブツと真正面から殴り合うのは自殺行為だ。かと言って指揮官であるフォレトスからコントローラーを奪うのもなかなか難しい。だから一つ考えついたことがある」


 俺は世界樹が泉から水を吸い上げ、ヒールレインと呼ばれる雨を降らすことを説明する。


「ふむふむなるほど。じゃあその泉に毒ぶちこんで毒の雨降らせようぜ」


 さすが我が相棒。言うまでもなく俺と同じ結論に至った。


「せやけど毒ってどうするん? あんまりキツイ毒やと世界樹に影響あるやろうし、エルフェアリー族が捕まってるんやったらその子らも毒浴びるってことやろ?」

「セシリア、なんか良い毒ないか?」

「LV100トリカブト毒なら、死んだと気づく間もなく眠るように殺せますよ」

「俺は苦しまずに死ぬ毒を聞いたわけじゃないんだが。ってか世界樹の周辺にはエルフェアリー族もいるんだぞ」

「えっ? だからなんですか?」


 こ、こいつ、同胞を殺すことにためらいがない……。


「もうちょっと穏便な毒がいいんだが」

「じゃあジャイアントウツボガズラの酸液とかどうですか? 酸性雨を降らせて、全員溶かしちゃいましょう。皮膚が爛れ始めて、ようやく自分が強酸性の雨を浴びてることに気づくっていう」

「溶かしちゃいましょうじゃねぇよ。地獄絵図になるわ」


 そこら中チョコみたいに溶けた人間だらけとか恐ろしすぎる。


「吸い上げる世界樹にもダメージ入りそうだから酸は却下だ。なんか強制的に動けなくなるけど、死なない毒がいいな」


 痺れマイコニドとかいたら、そのまま泉の中に放り投げてやりたいのだが、あいにくこの島に入って見ていない。


「あるじゃんユーリ。あたし達がくらった毒。動けなくなるけど、そう簡単には死なないやつ」

「なんだそれ……あっ、あれか……」


 あの毒・・・を受けたやつはピンときたようで、全員苦い顔をしている。

 だが、あれなら最適だ。死ぬほど苦しいけど死にはしない。

 俺たちはすぐさま目当ての毒物を求めて、森の中を散策する。



 1時間後――


「こんなもんでいいか」


 俺たちは美しい泉の中に、マンティスの毒鎌をポイポイと放り投げていた。

 これこそ死ぬほど苦しいけど死なない毒。

 毒を受ければ、誰もが腹をおさえてのたうちまわること必至。

 消化器系のみに作用するので世界樹にも優しい。


「うわぁ泉がどんどん紫色になってるわよ……」

「ウキキ?」

「フランソワーズ、さわっちゃダメ!」


 モコモンキーが毒泉に触れようとするのを慌てて止めるリーフィア。


「その長ったらしい名前なんとかならんのかいな?」

「は? いい名前なんですけど?」


 ホムラとリーフィアがバチっと視線をぶつけあわす。

 なぜか彼女たちの後ろに犬と猿のシャドウが見える。


「大体なんなんあんた? 急に出てきて急に仲間になってるけど、ウチらに挨拶もないんかいな」

「リーフィア」

「ん?」

「あたしの名前」


 ちゃんと自分の名前を名乗ったことに面食らうホムラ。

 多分また下等生物と呼ばれると思っていたようだ。


「……ホ、ホムラや」

「ボクプラム、ボクがユーリの相棒だから勘違いすんなよエロフ。ボクは裏切ったら、遠慮なくお前を後ろから撃つからな」


 可愛い顔をして相変わらず恐ろしいことを言うプラム。


「エロフじゃなくてリーフィア。それでいいわよ、あたしが信用ないのはわかってるし」


 自己紹介が続いたことで、順に名前を名乗っていくファームの面々。


「わたしはセシリアですって名乗る必要ありませんよね」

「ええ、度々の非礼お詫びします。姫様」

「姫様はやめてください」

「わかりましたセシリアおばさま」

「おばさまはもっとやめてください!!」


 クククと笑うリーフィアと、プンスカ怒るセシリア。

 彼女らの家系図がどうなってるのかは知らないが、どうやらセシリアはリーフィアのおばに当たる存在らしい。


「えっと、わたしは……」


 自分の自己紹介に悩むエウレカ。

 自分の身分をどう喋っていいかわからない様子。


「その子はエウレカ、とある事情で素性を隠している。信用できないやつに彼女の名前は言うな」

「まぁボクらバンバン名前出してるけどね」

「その子に万が一のことがあったら、人間が軍隊連れて押し寄せてくるから気をつけろ」

「オッケーわかった」


 かわりに説明すると、リーフィアは指で丸をつくって理解した。

 最後にバニラがビクビクしながら口を開く。


「……バニ、ラ」

「…………あなたよね、カルミアが失礼なこと言ったの?」

「ん……」

「ごめんなさい。あなたには本当に直接謝りたかったの。一族を代表して、あなたを罵倒したことをお詫びします」


 リーフィアは深くバニラに頭を下げた。


「モォ……」


 バニラは困ったように視線をさまよわせると、俺の方を見やった。


「許すも許さないも好きにしろ」


 そう答えると、バニラは「むむむ」と深く考えポンと手を打った。


「……トモダチ」

「……になってくれるの?」

「モォ」

「ありがとう。とても優しいのね」


 リーフィアとバニラは抱き合って和解した。

 その様子を口をへの字に曲げて見やるホムラ。


「ん~」

「なんか不服そうだな」

「ここでウチがイチャモンつけたらウチが悪もんになるやん。口では和解しても腹ではどう思ってるかわらかんで」

「多分大丈夫だって」


 彼女は命の重さを知ったからな。


「納得いかないなら、じっくり自分の目で確かめればいい」

「その兄貴が、妹同士の喧嘩見守るみたいな目すんのやめーや」


 残念ながら兄も妹もいないので、その目がどんな目かはわからない。


「ウキキ」


 モコモンキーが、リーフィアの髪をクイクイと引張り自己主張する。


「あっ、そうだ、この子もちゃんと紹介するわ。フランソワーズ・デスティニーチャイルドよ。可愛い名前でしょ?」

「「「「長い、却下」」」」

「なんでよ!?」

「長い」

「呼びにくい」

「サルっぽくない」

「アホの貴族がつけそう」

「モンチッチでいい」

「モォ」

「文句多いわねあんたら!!」


 泉の毒を世界樹が吸い上げるまで、俺達はモコモンキーの名前を考えながら待機することにした。

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