第47話 突入世界樹

 モコモンキーの名前が、多数決の結果ホムラ考案の「サスケ」に決まると、俺達は突撃の準備に入っていた。


「俺たちの最優先目標は、ベヘモス指揮官の持つサイクロプスのコントローラーだ。これだけはなんとしても破壊しないとデカブツが動き出す」

「あれが動き出したらボクらの負けだね」

「そうだ。これから降る毒雨は恐らく10分ほどでやむから、そのタイミングで俺たちは世界樹まで一気に走る」

「はい、わたしも全力で行きます!」


 そう言って俺の頭の上で、髪の毛をガシッと掴むセシリア。

 こいつ微塵も自走する気ないな。


「外にいるモヒカンは約600人ほどだが、世界樹の中に2,300人ほどいるはずだ。そいつらには毒雨が効かないから、実質中に入ったら戦闘になると思ってくれ。魔蝕草の影響で、俺とエウレカが鎖を繋がないかぎりお前らは魔法が使えない。モヒカンだってなめてかかると負けるから気をつけろ」

「皆ユーリの魔力は有限だから、気軽に使っちゃダメだぞ」


 一番魔力をバカ食いするプラムが言う。


「ただ温存しすぎて敵指揮官まで辿り着けませんでしたじゃ話にならん。使うべきところでは遠慮なく鎖を要求してくれ」

「「「「わかった」」」」

「ねぇねぇユーリ、指揮官ってどこにいるの?」

「バカと煙は高いところが好きって相場は決まってるんだ。絶対世界樹の最上層にいる」


 俺は木陰越しに、ベヘモスに占拠されてしまった世界樹を見上げる。

 本来綺麗な花が咲き乱れ、森島を優しく見守るはずの巨樹は、モヒカンたちがウロウロしており悪党のアジトみたいになってしまっている。

 樹齢数千年を超えるであろう世界樹はどことなくしおれており、現状を悲しんでいるようにも思える。


 ホムラ達がダッシュに備えて、おいっちにとストレッチしているとエウレカが青い顔をしていた。


「どうした? 何かあったか?」

「あ、あ、あ、兄上、あ、あの……わたし実はですね……足が」

「足が?」

「……遅いんです」

「……エウレカ、待機しよっか」


 笑顔でここで待っててと伝えると、エウレカは「そうなりますよね」と苦笑いをこぼした。

 でも意外と笑い事ではなく、機動力足の速さというのは生存確率に直結しており、逃げ足の遅いやつから死ぬのは事実である。

 ポジション取りが遅いやつは、常に不利な状況を強いられる為、冒険者を目指すものはまず足の速さを鍛えるところから始まると言われているくらいだ。

 だがもちろんいつもニコニコ公務をされてらっしゃる皇女殿下に、100メイル10秒で走ってくださいなんて無理な注文である。


「ユーリ、姫様置いてくと魔力タンクがユーリしかいなくなってボクらすぐ燃料切れおこすぞ」

「確かに……」


 俺一人でプラム、バニラ、リーフィア、ホムラ、セシリア……はいいとして、場合によっては灼熱丸も出さなければならない。

 4人と一匹が使う魔力を俺一人で賄うのはかなり無茶。

 なにより姫様の魔力総量は俺より多い。彼女を置いていくのは愚策だろう。


「あたしが空飛んで、上まで連れて行ってあげようか? 一人くらいなら一緒に飛べるわよ」


 リーフィアの飛行能力があれば、ひとっ飛びと言いたいところだが。


「世界樹の中から弓で撃ち落とされるな」

「あたしがそんなヘマするわけないじゃん」

「お前が無事でもエウレカに当たったら困るんだよ!」


 リーフィアは飛び交う弓矢を全部避けるが、流れ弾が全部エウレカに突き刺さっている未来が見える。


「それにお前が先に行ったら、道案内がいなくて俺たちが中で迷うだろ」

「面倒ね、じゃあどうすんのよ?」

「プラム、お前エウレカと鎖つないでデカスライムになれ。スライムライダースタイルで、ジャンプしながら行けば速いだろ」

「いいけど、ボクはロディオだぜ?(巻き舌)」


 多分ロデオって言いたいだけのプラム。

 しかしそれを聞いて青ざめるエウレカ。


「スライムライダーってあれですよね、一番最初バニラさん達がベヘモスに追いかけられてる時に使った……」

「そうそう。プラムに乗っかってボインボイン飛び跳ねていくやつだ」

「今回は10メイルくらいのショートジャンプ連打で行くよ」

「わたしちょっと言葉遣いが汚くなって申し訳ないんですけど、あの後吐き散らかしてしばらく動けなかったんですよ。帝国で拷問刑に採用したくなるGでしたよ?」


 そういや虹色の何かを吐いてたな。

 世界樹にたどり着いた瞬間グロッキーになられても困る。


「しょうがねぇ、俺が抱えて走るか」

「ユーリが抱えるの?」

「しょうがないだろ。そんなに距離もないし多分いけんだろ」


 俺はエウレカの膝と背中を持って横向きに担ぐと、重さを確かめる。


「!」

「あぁ、行けるいける。46か7クロってとこだろ?」

「兄上!」


 ピンポイントでエウレカの体重を言い当ててしまったのか、彼女は俺に頭突きを見舞ってきた。

 その光景を見て、わななくホムラとリーフィア。


「あ、あれお姫様だっこいうやつちゃうんかいな」

「あ、あれがそうなんだ……本で見たやつね」


 そう言うと彼女たちは急に木を足で蹴り始め、スネから血を流した。

 プラムも何故か木に体当たりを繰り返す。


「あ、あかん木に引っかかってケガしてもうた」

「木に足ぶつけちゃったわ。走れないかも」

「ボクも足ぶつけた、抱っこ」


 いや、明らかに自分から蹴ってたが?

 プラムに至っては足ないが?

 くだらない怪我にヒールを使うのはもったいないので、ロキソリン草を足にくくりつけておくことにした。



 それから更に一時間後――


 世界樹周辺に、シトシトと雨が降り注いでいた。

 ベヘモス戦闘員たちは数時間に一回降るヒールレインには慣れており、その雨が10分もすればやむことを知っているため、特段この雨を気にかけるものはいない。


「オラ、いつになったらあの女連れてくるんだよ!」

「す、すみません」

「こっちはそのせいでお預け食らわされちまってんだ、責任とれオラ!」


 モヒカンに羽交い締めにされたエルフェアリー族の男が、腹を殴られくの字に折れ曲がる。

 彼の周囲を10人ほどのモヒカンが取り囲んでおり、皆そのリンチの光景をニヤニヤと笑いながら眺めている。


「すみません、勘弁してください……」

「ならそこで四つん這いになって、ブタの鳴き真似をしろ」

「そんな……」

「できねぇなら痛い目にあうだけだ。別に一人二人殺しちまってもいいんだぜ?」


 エルフェアリーの男は、唇を噛み締めながら地面に四つん這いになると「ブーブー」とブタの鳴き真似をする。


「ギャハハハハハ、恥も外聞もねぇな! オラ、ちゃんと指で鼻をあげて豚鼻をしろ!」

「ブヒブヒ」

「ヒヒヒ、なんだあの間抜けなツラ!」

「声が小さいんだよブタ!」

「ブ、ブーブー!」

「うるせぇんだよ! この豚野郎!」


 理不尽なモヒカンは、火炎放射器を用意して炎でエルフェアリーの羽を燃やす。

 男は「熱いぃぃぃ!」と地面をのたうち回りながら背中の火を消すが、そのときにはもう羽はボロボロに焼け焦げ、使い物にならなくなっていた。


「ぶはははは、あ、熱い~だってよ! この焼豚がよぉ!」

「火炎放射器はやっぱり面白ぇな。おい、誰か一人丸焼きにしてみようぜ!」


 このような暴行はそこかしこで見られ、エルフェアリー族はベヘモスの玩具と化していた。

 その時、モヒカンの一人が手の甲に落ちたヒールレインを見て首を傾げる。


「ん? この雨なんで紫色してるんだ?」


 気づいた瞬間、彼らの腹に雷鳴が轟く。


「お……ごっ……は、腹が……」


 今まであざ笑っていたモヒカンたち全員が腹をおさえ、苦しげにうめき出す。


「ぐ、ぐるしいぃ(コロコロコロ)」

「痛ぇ、痛ぇよ、腹がぁ(キュー)」

「飯にあたったのか?(ギュルルル)」


 誰も毒雨が降っているとは気づいておらず、一人また一人と世界樹周辺を警備しているモヒカンが倒れていく。


 俺たちはその光景を木陰からじっと眺め、雨がやんだと同時に茂みから飛び出した。


「突撃ぃ! 一気に世界樹の中まで入るぞ!」

「兄上、これわたしが思ってた抱え方じゃないです! これお姫様抱っこじゃなくて、お米様抱っこです!」


 俺は先程の横抱きではなくエウレカの体を肩に乗せる、俵担ぎで全力ダッシュしていた。


「あんな走りにくい抱き方で敵地走れるかよ!」

「そうですよね! 冷静に考えればそうなんですよね!(半ギレ)」


 なんでキレてるんだコイツは。


 俺たちは悶え苦しむモヒカンの脇を走り去る。


「て、敵襲、てきしゅ……ぐぉぉぉぉ(ゴロゴロゴロ)」


 モヒカンは援軍を呼ぼうとするが、全く声が出ない。腹痛で腹に力を入れようものなら、大変なことになってしまう。

 俺は先程、火炎放射器でエルフェアリー族に暴行を加えていたモヒカンを見つける。うずくまって腹をおさえているので、その腹を蹴り上げてから走る。


「くたばれ、このクソ野郎!」

「あーーーー!!」


 モヒカンの断末魔と共に異臭が周囲に漂う。

 ホムラが鼻をおさえて俺を見やる。


「あんた鬼やな。腹痛おこしてる人の腹蹴るって」

「ちょっと足が当たっただけだ」

「嘘つきーな、思いっきりくたばれって言ってたくせに」

「そんなことよりお出迎えだ」


 世界樹の入り口から、外の様子を見に来たモヒカン達10人ほどと鉢合わせる。

 剣や槍で武装したモヒカンたちは、すぐに異常事態に気づき戦闘態勢をとった。


「迂回するのも面倒だ、一気に行くぞ!」

「ん! ぶち……やぶる」


 俺の隣を走るバニラが、ここは任せろとドンと胸を叩く。


「よし任せた!」


 俺は彼女の首に鎖をつなぐと、黄色いオーラが体から漏れる。

 地属性のホルスタウロスは、大地からエネルギーを貰って身体能力を大きく強化出来るため、バニラはぐんぐんと加速しトップに躍り出る。


「ミノタウロスのメスが突っ込んでくるぞ!!」


 肩を落とし凄まじいスピードで地を駆けてくるバニラに、モヒカンたちは慌ててボウガンを見舞う。

 ヒュンヒュンと飛来した矢を、担いだ戦斧を回転させ全てを弾き返すと、暴走機関車のごとくモヒカンたちを体当たりで吹き飛ばす。


「モゥ(どけ)!!」

「「「ギャアアア!!」」」


 ただのショルダータックルで、100クロクラスの人間がポンポンと紙きれのように宙を舞う。

 バニラは温厚な乳牛種なので忘れがちだが、ミノタウロス系統だけあって筋力値が高く、まともに攻撃を受ければ全身の骨をバラバラに砕かれてしまうほど強力だ。


「そのまま足を止めるな! 囲まれたら終わりだぞ!」


 俺たちは世界樹内部に侵入すると、第一層を猛スピードで駆け抜けていく。


「リーフィア上にはどうやって上がるんだ!?」

「正面奥に大階段がある! そこから2層に上がれるわ!」


 一番槍ならぬ一番斧のバニラを先頭に、俺達は階段を目指して突き進んだ。

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