第39話 無消費で打てる奥義などない
プラムの水弾によって、油断していた数人のモヒカンが倒れると、30人強のモヒカンが俺たちの周囲を取り囲む。
奴らはよくもやってくれたなと言わんばかりに、ボーガンや手斧を構えた。
「兄貴、こいつら東の海岸に拠点構えてるスライムどもです! 確かドルブⅡ軍官殺したのもコイツらって話です!」
「なにっ!? テメェらがドルブを殺ったのか!?」
俺とプラムは顔を見合わせ、首と目を傾げる。
「お前は今まで食べたパンの数を覚えてるのか? ザコの顔なんかいちいち覚えてるわけ無いだろ」
プラムは愛嬌のあるスライム顔で、魔王みたいなことを言い放つ。
「お前ら顔同じだし、モヒカンだしでキャラ名だけ振られてもわかんねぇよ。もっと右手に鉤爪とかつけて個性出せ」
「ぐぐぐ、ふざけやがって! お前ら、あれもってこい!」
側頭部にⅢと書かれたリーダーっぽいモヒカンが命令を出すと、手下がラッパみたいな花弁をした植物を持ってくる。
「なんだあの変な形した草?」
「あれ魔蝕草です! 周囲の魔力を吸って食べちゃう害草ですよ! あれがいっぱい咲いてるとこは魔素がなくなって、魔法が使えなくなっちゃいます!」
背後の建物に隠れているセシリアから説明を受けると、グフフと笑うモヒカンリーダー。
「その通りだ。お前ら魔族は空気中の魔素がなければ魔法を行使できない。即ち、この草があれば貴様らは魔力0。物理攻撃しかできなくなるのだ。ガーッハッハッハッハ!」
「プッ!」
大笑いしていたモヒカンリーダーの眉間に穴があき、後ろにバタンと倒れた。
プラムが吐き出した水弾が命中し、頭蓋に穴があいたのだ。
慌てて副官っぽいモヒカンがリーダーを抱き起こす。
「あ、兄貴! 兄貴! 死……しんでる……」
「そんな隙だらけで高笑いするからだぞ」
向こうもまさかこんな間の抜けた顔(・3・)から、一撃死する凶弾が飛んでくるとは思うまい。
「なんでお前ら魔法使えてるんじゃ!? 魔素濃度0のこの空間は、お前ら魔族にとって圧倒的不利のはず!」
「ユーリが鎖繋いでるから」
「空気中の魔素がなくても、俺の体内に残ってる魔力をコイツに送り込めば魔法は使える」
「ユーリはボクにとってガスボンベみたいなもんだからな!」
「それを言うなら魔素ボンベな」
お前はガス吸いながら魔法使ってるのか。
「自分の魔力を魔物に送るだと……お前まさか魔獣使いか!?」
「気づくのが遅い。俺を置物だと思ってたのか」
「ならテメェの魔力を枯らせば、こっちの勝ちってことだろ!」
「それはそうだが、その草があったらお前らも魔法使えないだろうが」
残ったモヒカンたちは、竜車から木樽とパイプが繋がった火炎放射器を用意してきた。
「お前ら全員焼き殺してやる!」
「火炎放射器はマズイぞユーリ」
※プラムは火にめちゃくちゃ弱い。
火炎放射器一つ二つ程度ならプラムの水流の方が強いのだが、モヒカンは30本近く火炎放射器を用意し俺たちを取り囲んだ。
「ドルブ様からテメェらの弱点は聞いてるんだよ!」
「その誰かわからない奴の話するのやめろ」
火炎放射器の先から炎が漏れると、ボワッと真っ赤な炎が舞う。
「テメェらもデカブツの餌にしてやるよ。ヒーハーー魔族は消毒だーー!!」
「あわわわわ、どうするユーリ!?」
「灼熱丸!!」
俺が呼び寄せると、灼熱丸はシュタタタタと地を這いながらやってくる。
「クケー」
「燃えろ灼熱丸!!」
俺はプラムに繋いでいた鎖を外して灼熱丸に接続すると、ゴォっと音をたてて、真紅の炎が小さなトカゲの体を包む。
炎の中から縦割れの瞳が覗き、真っ赤な太い脚が大地を踏みしめる。
炎が晴れると、チャッカヒトカゲはわずか一瞬でフレアリザードへと
「なっフレアリザードだと!? クソが、リザードごと丸焼きにしちまえ!!」
モヒカンたちは火炎放射器の威力を強め、辺り一面を火の海にかえる。
「耐火性能が高いリザードは無事でも、テメェらは蒸し焼きだ!」
モヒカンの言う通り、灼熱丸を少しでも動かしたら俺たちは消し炭にされる。身動きがとれん。
「ユーリあとぅい!」
まずい、プラムが熱で溶けかかっている。
「お前
俺が服を開けると、プラムはすぐさま服の中に飛び込んできた。
あっつ、コイツ体全体が熱湯みたいになってやがる。
「燃えろ燃えろ! お前らもここの獣人と同じく、生きたまま丸焼きにしてやるぜ!」
「ぐっ!」
火で炙られて、俺の皮膚が赤く火傷してきた。しかも体中から変な臭いがする。これ俺が焦げてるのか?
「ヒャーフルパワーだ!!」
「あんた、ウチにも鎖繋ぎ!!」
声が響いて振り返ると、ホムラが空高く飛び上がっているところだった。
彼女は美しいフォルムで宙返りしながら、腰に挿した刀を引き抜く。
俺はすぐさま鎖を繋いで、残っている全ての魔力をホムラに注ぎ込む。
「あんたらのちんけな炎なんか、ウチの炎で押し返したる!」
中空に舞ったホムラの背に9つの炎の玉が現れ、炎の中に壱から仇の文字が浮かんでいるのが見えた。その炎の玉は、数字が刻まれた刀の形へと変化する。
「
9本の炎の刀は天から降り注ぎ、モヒカン達に突き刺さる。
「ぐああああああっ!」
「翔べ!」
弾丸のように飛び回った炎の刀がホムラの元へと帰ってくると、彼女は自身の臀部から伸びた9本の尻尾で一本ずつ刀を掴む。
「尻尾九刀流、いや手に持ってるのも含めたら十刀流か」
「ホムホムよくばりセットだな」
プラムが服の中から顔を出し、ホムラの一騎当千の戦いを見やる。
彼女の尻尾は一本一本が意思を持っているように、飛来する弓を切り落とし、火炎放射を刀を回転させて防ぎ、不用意に近づいてくるモヒカンを切り倒していく。
「ホムホムって、元尻尾一本だったよね?」
「ナツメは元から九尾だけど、あいつは一尾だな」
「なんで9本に増えてんの?」
「多分鎖を繋いで、ホムラさんも九尾へと昇格しつつあるということではないでしょうか?」
炎の勢いが弱まって、エウレカとバニラがこそこそっと俺たちの元へと近づいてきた。
「なるほど、あいつは年齢を重ねて魔力が貯れば九尾へと進化するってことだな」
しかし、あいつマジで無双してるな。
9本の尻尾が刀を持って、縦横無尽の太刀筋で襲ってくるのだ。
刀10本振り回されるだけでも厄介なのに、あんなの近づきようがない。
「東には千手観音や阿修羅という、手が複数ある神が多いそうです。彼女の戦闘スタイルは、もしかしたらそれが影響しているのかもしれません」
「なるほど、巫女だもんな」
「巫女すげぇな」
俺とプラムが浅い巫女の知識で驚いていると、倒れていたモヒカンが、背後からホムラに向かってボーガンを構える。
「ぐぐぐ、狐の化け物がぁ!」
「やばい、後ろ――」
俺が叫ぶ前にボーガンが発射されるが、尻尾の一本が矢をハエたたきのごとくペチンと撃ち落とす。
ホムラにかわって、灼熱丸が火球を吐いてモヒカンにトドメを刺した。
「本格的に、もうあいつ一人でいいんじゃないだろうか」
「よし、ほな京の都を9日間焼いた大技行くで! 奥義九尾煉獄大火炎車で終わりや!!」
多分骨も残らないくらいすごい炎技だと思うのだが、ホムラは可愛らしく手を狐の形にしてウインクを決めている。
彼女の背後に全てを消し炭にする、凄まじい炎が渦を巻く。
「あの世で焼き殺した獣人に詫び入れに行き!」
「「「ヒィィィィィ!!」」」
怯えすくむモヒカン達。
だが、その大技の発現と同時に俺の視界が急に暗転した。
「あっ、なんか頭が――」
「ユーリ……ユーリ!? ホムホムストップ!! ユーリが鼻血出して倒れた!!」
「なんで!?」
「多分ユーリさんの体内魔力を全て使い果たしてしまい、脳内の強制安全装置が働いて気絶したのかと。自身の魔力を超える
エウレカが何やら推察してるが、多分それで当たりっぽい。
「ホムホム、モヒカン相手にアホほど魔力使いすぎぃ!」
「ごめんて! 無尽蔵に技使えるからつい調子のってしもた!!」
◇◆◇
目を覚ましたのは、竜車の中だった。
椅子に寝かされた俺は、柔らかな感触と共に目を覚ます。
心配げに俺を覗き込んでいる乳……ではなく、ホムラ。姿勢的にどうやら膝枕されているらしい。
「あっ、起きた」
「ん……あっ……気持ち悪っ」
「魔力酔いやわ。体内魔力が完全に0になると、体の中でエネルギーバランスが崩れて気持ち悪くなるってばっちゃが言ってた」
「あーそっか……ひっさしぶりに
「使ったっていうか、ウチに使われたっていうのが正しいけど……」
外の景色が暗いので、どうやら4,5時間気を失っていたらしい。
「モヒカンは?」
「全部片付けた。魔蝕草全部駆除したら皆魔力戻ったし……」
「そうか……俺の魔力も待ってれば戻るな」
「ごめんな、アホほど魔力使って」
「いや、俺もよっぽどじゃないとブレーカー落ちるなんてことないんだけど、よっぽどだったらしい」
「ウチが調子乗って大技バンバン使ったからやわ。あいつら倒すのに尻尾九本も出す必要なかった」
今彼女の尻尾は一本に戻っているようだ。
「最後の奥義も絶対いらんかったし、ばっちゃがいたら丸一日説教されることしてしもた……」
「そうしょげるな。初めて鎖繋ぐと、こうなることはちょいちょいある。むしろ魔力切れを起こさないように相棒を調整するのが、魔獣使いの役割だ。よってお前が気負うことは一つもない」
「ごめん……プラムちゃん達にもめっちゃ心配かけた」
「そういやあいつらは?」
「外で警戒してくれてる。あとベヘモスの火炎放射器が手に入ったから、それが使えるかとかやってるわ」
「そうか……」
膝枕されたままホムラの顔を見やると、未だ泣きそうな顔をしている。
元気出せって言っても、なかなか難しいだろう。
そこでピーンと閃いて、芝居をうつことにした。
「あたたたた! 気絶した時にぶつけた頭が!」
「だ、大丈夫!?」
「このままではタンコブが破裂して死ぬかもしれん」
「そんなアホな!」
「いや、俺は数々の魔物のケガや呪いを見てきて詳しいんだ。これはタンコブ分裂病だ。タンコブが肥大し、頭蓋と脳を圧迫して顔面タンコブだらけになってしまう」
「それどうなんの?」
「死ぬ」
「えぇ!?」
「タンコブ分裂病を治療するには、患部に柔らかいものを押し付けるしかない。何か柔らかいものを頭に」
「柔らかいものなんかあらへんで! せやプラムちゃん呼んでこよ!」
「あいつはダメだ。あいつじゃなくて、そこにも柔らかいもんがあるじゃろ」
俺がホムラの胸をプニンと触りながら指差すと、全てを察っする。
「……スケベ」
「あいたたた……頭が……死ぬぅ(棒)」
「ほんまやったら、死んだらええねんって言ってるとこやけど……。こんでええんやろ」
ホムラは膝枕したまま上体を倒し、俺の頭に胸をくっつける。
俺の顔の形に胸が潰れて、ムニンと柔らかな感触が伝わる。
「あぁ……段々痛みがスーッと」
「ほなもうええ?」
「あーダメダメ、離すと痛みが再燃してきた」
「ほんま調子ええんやから」
彼女の声色はとても優しい。
ホムラの表情は見えないが、どうやら怒ってはいなさそうだ。
膝とパイのサンドイッチ。極楽浄土とはここのことだろう。
◇
竜車の前で焚き火を囲みながら、プラムたちはしょぼんとしていた。
「ユーリ、そろそろ起きたかな」
「3分おきに見てますよ。起きたら出てきますって」
セシリアに言われて唇を尖らせるプラム。
いつもは明るいセシリアやバニラたちも、なかなか目を覚まさないユーリに口数が少なくなっていた。
「ホムラさんも落ち込んでましたね」
「あれだけ凄い技が使えたら、普通は喜ぶんだけどね」
「兄上との相性は良さそうでしたね」
「ボクの方が相性良いが?(真顔)」
「変なところで張り合わないでください」
呆れるセシリアと苦笑いするエウレカ。
「死ぬな、ユーリ」
「モォ……」
プラムたちは竜車の外から様子を伺う。
すると、上体を倒しているホムラの姿が目に入った。
「……あれは何をしているのでしょうか?」
「頭を乳で挟んでますね」
「多分ユーリ起きてるね。おっぱいサンドイッチ最高とか思ってそう」
「モォ?」
「元気そうですし、もう少し痛めつけましょうか」
プラムは口を3形にすぼめ(・3・)スナイパーの体勢で車内を見やる。
乳を押し付けられた彼が、その嫉妬の炎に気づくのは30分後だった。
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