第38話 リーダーの資質

◇◆◇


 ユーリたちがファームを出発する一日前、世界樹では――


「どうなっている、なぜ誰も来ないのだ!」


 世界樹の中から、エルフェアリー族、族長補佐のカルミアは下を眺めて苛立っていた。

 そこにはロードランナーに乗ったモヒカン頭達がウヨウヨしており、外に出られなくなってしまったのだ。


「伝書バードは、本当に森島各地に届いているんだろうな!?」


 救援を求めたのに、未だ応援にかけつけた部族は0。

 多種族からのあまりの反応の無さに、声を荒げて部下を叱責する。


「確かにもう届いているはずです。どの部族も援軍に来ない理由は、文字が読めないからかもしれません……」

「どこまでバカばかりなんだ! 話にならん!」


 怒り狂うカルミアだったが、世界樹にある文字教材を独占し、どこにも広げなかったのは彼らエルフェアリー族である。

 そのため部族ごとに独自の文字文化が発達してしまい、エルフェアリーの使うルーン文字以外に、妖狐族のひらがな、漢字、リザード族の絵文字、ケットシー族の使用する猫丸文字など、森島だけで10数種の文字文化が存在する。

 またもし彼らがルーン文字を理解できたとしても、内容が上から目線の『早く助けろ』というものなので、日頃恨みを買っている彼らを助けようと思う部族はいなかった。


「迷いの結界はどうなったんだ! なぜ人間どもは当たり前のように真下まで来れている!?」

「恐らく人間が運んできた、魔蝕草ましょくそうの影響かと思われます」


 魔蝕草とは、周辺の魔力を吸入して自分の餌にしてしまう植物で、結界を形成していた魔力を食べてしまったものと思われた。

 カルミアが外を見ると、確かにラッパみたいな形をした草が魔力を吸い上げている様子が見られる。


「あれをなんとかしないと、空を飛んで逃げるということもできんぞ……」


 妖精族は風魔法と、己の羽を使って空を飛ぶことが可能だが、周辺の魔力濃度が低くなると魔法を行使することができない。

 それは魔法を得意とするエルフェアリー族にとって、武器も羽も取り上げられたのと同じことだった。


「おいお前、今すぐ外に出て魔蝕草をなんとかしてこい」


 カルミアは部下に雑な命令を出すが、その場にいた全員が首を振る。


「無茶言わないでください! 敵はざっと見ただけでも500人以上。そいつらが皆弓やボーガンを持って、我々が出てくるのを待ち構えているのですよ!?」

「こちらは剣を使って蹴散らせばいい。エルフェアリー族の強さを人間どもに見せてやれ!」

「それを言うならカルミア様が陣頭指揮をとってください! あなたはエルフェアリー族最強の剣士でしょう!?」

「ば、バカを言うな! 指揮官自ら敵の前に出るわけにはいかないだろう。私にもしものことがあれば、世界樹はおしまいだぞ!」


 逆ギレするカルミアだったが、彼がこの場にいて特に何か有効な策を打ち出す様子はなかった。

 それも当然で、彼らエルフェアリー族は今まで世界樹という天然の砦にいたため、誰かから攻められるというのは、この数百年で一度としてなかったのだ。

 おかげで個々としての能力は高いものの、戦術を使用して戦う集団戦が素人のレベルにまで質が落ち込んでいたのだ。

 特に指揮官であるカルミアは、無能と呼ばれてもおかしくないほど戦略を組み立てることができなくなっていた。


「戦いましょう。今ならあたしたち全員で出れば、勝てるかもしれないわ」


 そう勇ましい意見を提案したのは、爆乳エロフことリーフィア。

 しかしカルミアはすぐさま首を振る。


「リーフィア、君は戦いのことを何もわかっていない。ここで下手に動くことこそ愚の骨頂だ」

「あたしには何もせず、状況が悪化するのを見守ってるようにしか見えないけど?」

「君にはこの領域レベル戦術タクティクスはわからない。一度戦いが始まればお終いなんだ」

「じゃあどうするつもりなのよ。族長は防衛のことはあんたに一任するって言ってるのよ」

「だから今考えているんだろ! 君は私を責めるだけでいいから楽でいいな!」


 怒鳴りつけた後、リーフィアの瞳が怒りに揺れていることに気づく。


「す、すまない、言い過ぎた。少し様子を見るんだ。他の部族が援軍に来るやもしれん。戦いはそいつらに任せておけばいいのだ」


 あまりにも他力本願な策に、部下たちは不安を感じるが、今の彼にどんな代案を打ち出したところで却下されるのは目に見えている。

 エルフェアリー族がベヘモスに対して、なんら有効な手を打たず、ただ手をこまねいていると、世界樹の目の前でゆっくりと巨人が立ち上がる。


「な、なんだ……あれは?」


 右手に禍々しい斧を持った一つ目の巨人は、一歩歩くたびにズシンと地鳴りを響かせ、世界樹に近づく。


「恐らくサイクロプスかと」

「それはわかっている! サイクロプスにしてはデカすぎるんだ!」


 本来サイクロプスの身長というのは、巨大な個体でも10メイル前後。

 しかし、眼下に見えるそれは30メイルを超えている。


「なぜ奴は自分の足元にいる人間を攻撃しないんだ?」


 サイクロプス登場に、沸き立つモヒカンたち。

 まるであの一つ目巨人が、人間の仲間のような扱いなのだ。

 意味がわからんと様子を見ていると、サイクロプスは大斧を振りかぶり、世界樹の幹に白刃を突き刺す。

 まるで木こりのような動きで、コーン、コーンと音を響かせる。


「ま、まずい! 世界樹が切り倒されるぞ!!」

「どうすればよいのですか、カルミア様!?」

「私に聞くな! 誰か早く援軍を呼んでこい! 伝書バードをもっと飛ばせ!」


 防衛もままならない世界樹が陥落するのは、時間の問題だった。



 世界樹が襲撃された一日後、ファームを出た一行は――


 そんな簡単に世界樹が陥落することはないだろうと、俺達の進行ペースは比較的緩やかで、森の中で昼食をとっていた。

 ホムラがランチバッグからたくさんのおにぎりを広げ、俺たちはそれをパクつく。


「んーと、こっちがおかかで、こっちが梅、こっちは昆布やで、そんでこっちは奮発して海老天や」

「ボク梅嫌い。ユーリ梅とエビかえて」

「どう見てもトレードレートが釣り合ってないだろ。俺だってエビ好きだわ」

「エビが良い、エビすこ」

「すこじゃねぇよ、すこじゃ」

「あの、わたしのエビを食べますか?」

「姫様すこ」


 エウレカの手ごと食べようとするプラムをおさえる。


「甘やかさなくていい。ってセシリア、何俺のおにぎりの具だけ抜き取ってるんだよ」


 口の周りを昆布まみれにして、リスみたいに頬を膨らませ、モグモグしているセシリア。


「わたしだけおにぎりが小さいです! 具がもっとほしいです!」

「お前が人間用食ったら、腹パンクするぞ」

「モゥ」


 もっとほしそうにしているバニラに、おかかおにぎりをやると喜んでムシャムシャと食べていた。

 ヒョイヒョイと自分の分をプラム達にわたしていると、ホムラからおにぎりが回ってきた。


「あんたも、自分の全部他の子にあげたらあかんで」

「いや、ちゃんと食ってるぞ」

「あかんで、男の子やのに下の子甘やかしてばっかりいたら」

「ユーリは口はうるさいけど、大体ボクの欲しい物くれる」

「モウモウ」

「あんた絶対お父ちゃんになったら、子供甘やかすタイプやわ」

「そんなことないと思うけどな」


 めちゃめちゃ厳しく育てる、スパルタンお父さんになると思うが。


「ほんまに、あんた結婚するんやったらちゃんとしたお嫁さん貰わんとあかんで」

「ユーリさんだと、しっかりと怒ってくれるお嫁さんだといいかもしれませんね」


 エウレカにまでからかわれる始末。


「ホムラさんとか、とてもしっかりしてそうですけど」

「う、ウチ!? ウチはあかんで、そんなお母ちゃんってガラじゃないし!」

「まぁその歳でお母ちゃんはまだないわな」

「ユーリはすぐ年上マウントとる。精神年齢ボクと同レベルのくせに」

「年齢だけはどうあがいても勝てないからな」


 でもエウレカの言う通り、ホムラは面倒見の良い母になりそうだ。

 妖狐族の子供に囲まれ、時折怒りながらもちゃんと躾を行うお母ちゃんになる姿が目に浮かぶ。

 美人女性と結婚しても、生活力がないと大変だからな。あれ? 美人で生活力あるってホムラ最強では?


「な、なんなんその目?」

「いや、良い母になりそうだなって」

「ほ、褒めてもなんもでーへんで!」


 ホムラは顔を赤くしながらも、尻尾を左右に振りつつ、おにぎりを手渡してくる。


「ユーリのまたエビだ! ずるいぞユーリばっかりエビ食って!」

「そうですそうです! 公平にわけるべきです!」

「いや、俺のエビはさっきお前らが食ったが?」


 口の周り天かすだらけにしやがって。


「えっ、そうだっけ?」

「わからないですね」


 急にバカになる二人。

 灼熱丸がそんな様子を眺めつつ、梅の種をコリコリとかじりながら、すっぱそうに目をパチパチと瞬かせる。



 昼食を終えて、再び移動を開始した俺たち一行。

 世界樹まではほぼ丸一日かかるので、どこかしらで野宿するか村があれば寄せてもらおう。

 そう思いながら歩いていると、なにか焦げ臭い臭いがする。

 全員が臭いに気づいて歩いていくと、白い煙がのぼっているのが見えた。


「火事かな」

「煙が白いから多分鎮火はしていますね。燃えていると黒い煙ですので」


 エウレカの豆知識を聞きながら、俺達は火事の現場へと向かう。

 するとそこでは、建物全てが焼かれた獣人の村があった。


「確かこの辺にジャガー族の村があったはずやけど……」


 完全に焼き尽くされた村の建物は、まだ熱を持っており、少し触れるだけでバラバラと崩れてきた。


「ユーリ……」


 プラムに呼ばれていくと、そこには獣人族らしき焼死体があった。

 それも一つや二つではなく、約5,60体。

 性別の判別はつかないが、恐らく女子供見境なく全員殺している。

 未だ煙をあげる焼死体を見て、セシリアは小さく悲鳴をあげると俺の肩に張り付くようにして隠れる。


「酷いことしやがる」

「こんなところにドラゴンやワイヴァーンはけーへんし、多分人間の仕業やね」

「酷い……」


 エウレカは胸の前で十字を切ると、死体に向かって祈りを捧げる。


「ユーリ、おかしいよ」

「俺も思ってた」

「なにがおかしいんですか? いつものベヘモスですよね?」


 セシリアの問いに首を振る。


「死体が多すぎる。あいつらメスや労働力を確保するから、相手を生け捕りにすることが多いんだ」


 それなのに、この村は完全に全滅させられている。


「ベヘモスの怒りに触れて、見せしめで壊滅させられたのかもしれませんね」

「その可能性はある」


 全力で抵抗されたらベヘモスも村を壊滅させるだろうが。

 世界樹へ急いだ方がいいかもしれないと思っていると、不意に地竜ロードランナーの足音が聞こえてきた。

 俺たちは崩れた建物に身を隠しながら様子を伺っていると、ロードランナーに牽引させた竜車がすぐ近くで止まる。

 中から木樽を背負ったモヒカンたち数人が下りてきて、死体を回収しはじめたのだ。

 見つからないようにしながら、奴らが話している内容に聞き耳をたてる。


「うわー、くっせぇ……黒焦げじゃん。こんなの喰うのか?」

「腹に入ればなんでも一緒なのだろう。本当は生き餌が一番良いらしいが。なんにせよ、あのデカブツを動かすには燃料が必要だ」

「これがほんとのバイオ燃料ってね。おっ? ボク、ジャガー族から黒豹族になっちゃった~」


 焼けて黒焦げになった獣人の子供の首を持ちながら、ブラックジョークをかますモヒカン。


「なんやあいつら、あんなん死者への冒涜やん!」

「それに、食べ物にするって」

「ウチがヤキいれたる!」

「ダメですって、ユーリさん止めてください。あれ、ユーリさん?」


「くたばれカスが!」


 俺はドロップキックを入れて、モヒカンを蹴り飛ばす。


「なんだテメェらは!?」

「ユーリ&プラムだ覚えとけ。プラム、水バルカン!」

「覚えても今ここで死ぬから無意味だけどね。ブブブブブブブブ!」

「あかん、あの二人が一番沸点低い!」

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