第37話 世界樹へ

 セシリアを探そうとナツメの長屋から出ると、村の前にリザード族の男性がやって来ているのが見えた。


「小人間、話アル」


 しゃがれた声で、見た目怖そうな竜人なのだが、実は彼らとはある計画が進行中なのだ。


「小人間、タクサン石モッテキタ。早ク作レ、我ラ楽シミ」

「おーセンキューセンキュー」


 現在いろんな里に、モンスターバトル森島杯やらね? と働きかけていたのだ。

 元から血の気の多い獣人族が多く、細かいルールは廃止して、殺しちゃ駄目、ギブアップありだけのトーナメントを考えている。


 きっかけはプラムで「モンスターバトルって全大陸対抗って言ってんのに、魔大陸だけハブられてるよね?」と言ったのを聞いて、たしかにと思った。


 なけりゃ作ろうの精神で、別に優勝しても商品とか出せないが、単純に森島最強決めようぜと言う趣旨で開催が決定された。

 第一回大会なので参加者も少ないが、徐々に大きくなって魔大陸暗黒武闘会とか開催できたら面白そうだなと思っている。

 そのため、現在ファームの中にリングを建設中である。


「小人間、コレ、ヤル」


 リザード族は立派な鱗の盾をくれた。


「おぉ、なんだこれすげぇ。超頑丈そう」

「グフフフ、リザード族の脱皮殻で作った盾ダ。炎攻撃ヲ100%弾ケル」

「そりゃいい鍋になりそうだな」

「ム、ムゥ鍋としても使えるが、できれば盾として使エ。これを優勝賞品にしてもイイゾ」

「いいのか?」

「狐からキモノ貰った。アレハイイモノダ、メスが喜んでいる」

「おぉそうなのか」


 着物を着ているリザード族が全く想像つかんが、喜んでるならいいだろう。


「狐、多種族信用シナイ。交易絶っていたがしてくれて嬉しい。あいつら珍しいものイッパイモッテル」

「そりゃいい流れだな」

「アトコレ、ヤル」


 リザード族は、鮮やかな白い花を差し出した。


「これは?」

「フォレストリンドウダ。火事でタクサン狐死ンダ、聞イタ。リザード族代表シテ、お悔ヤミ申しあげます」

「ありがとう。妖狐族の族長に渡しておく」


 魔大陸って文明もない魔獣が闊歩してるだけの島かと思ってたけど、誰かの死を悲しんでくれる当たり前の感情があるんだなと実感する。

 このような縁を広げていけば、いずれ森島を一つにまとめあげて国みたいにすることも可能なんじゃないだろうか。


「ソウダ小人間、貴様らの村、コレ来たか?」

「なに?」


 リザードマンは、折りたたまれた羊皮紙を差し出す。

 中を開いてみると、そこには字なのか絵なのかよくわからない文字が書かれていた。


「なんだこれ?」

「読めヌ、妖精族の伝書バードが運んできた。多分世界樹カラキタ」

「エルフェアリーか」


 タイムリーな話だな。

 コレ確かセシリアが書いてたルーン文字ってやつじゃないか? と思っていると、カブトムシの頭に乗っかったビートルライダー姿でセシリアがやって来た。


「なにしてるんですか?」

「ちょうどいいとこに来た。リザード族が妖精族から手紙もらったらしいんだけど、読めるか?」

「どれどれ……え~、森島に住まう全下等魔族に告げる。現在神聖なる世界樹が不届きなる下等生物人間に攻撃を受けている。奴らは見たこともない一つ目の巨人で我々を攻撃しようとしている。全魔族は速やかに世界樹へと集結し、防衛を行うこと」

「一つ目の巨人?」


 俺ははるか遠方に見える世界樹を見やるが、巨人なんてものは見えない。


「コイツラ文章でも高圧的デ気に入ラヌ」

「続けますよ。これは魔大陸に住まう者全ての義務である。我ら妖精族の働きによって、世界樹は魔力を生産することができている。世界樹の恩恵を失いたくなければ、我が妖精族の盾となれ……だそうです」

「要約するとベヘモスに攻められてやばい。誰のおかげでこの島で生きられてると思ってるんだ、早く助けに来いってことだな」

「フザケルナ! 何ガ義務だ! いつもいつも我々を下等なトカゲ男とバカにしておいて、窮地になると助けに来いだト? 冗談も休み休み言エ!」


 リザード族はセシリアから手紙を取り上げると、怒って紙をクシャクシャに丸めて捨ててしまう。


「あの手紙、多分森島にいるほぼ全種族に送ってますね」

「俺たちのところには来てないが?」

「わたし達は出禁くらってますから。多分妖狐族の方にはきてるんじゃないですか?」

「フン、こんな内容では誰も助けにコナイ。奴ら妖精族は一度滅ぶべきダ!」


 リザード族めっちゃ怒ってるやん。どんだけ恨み買ってるんだよ。

 かくいう俺たちも、差別発言を受けてトラブルを起こしたが。


「まぁ正直わたしも、エルフェアリー族はわたしを除いて滅ぶべきだと思いますけど……」

「お前はほんとに同種族に辛辣だな」

「わたし一人になったら、希少種として皆チヤホヤしてくれそうなんで……」


 よく真顔でそんな下心言えるな。


「ただあれだけはもったいないですね」

「あれ?」

「世界樹には大書庫があるんですよ。そこには魔大陸創生から今までの歴史が書かれていたり、魔術に関しての様々な知識が残されています。わたしから見ても、価値があるものだなってわかりました」

「それだ。呪いを解く文献を探すために、世界樹に行こうと思ってたんだよ」


 なんとか彼らに頼み込んで、本を見せてもらわないと。


「正気ですか? あの傲慢ケチなエルフェアリー族に頼み事なんて」

「大書庫がなくなるのは困るんだよ。姫様の呪いをとかないと」


 乳福の呪いが今の状態で止まってくれればいいが、悪化すると自分の体より乳がでかくなって身動きが取れなくなってしまう。


「それに世界樹がベヘモスの手に落ちるとまずいのは間違いないだろ?」

「それはそうですけど……」

「我らハ手伝わンゾ!」

「構わない。一旦俺たちで調査してくる」

「ムゥ、小人間、お前死んだら困ル。死ヌなよ」

「ああ、わかってる」


 魔族から死ぬなよと言われて少し嬉しかった。



 翌朝、俺達は調査チームを組んで世界樹へと向かうことにした。

 メンバーは俺、プラム、ホムラ、セシリア、バニラ、灼熱丸の5人と一匹。

 出発する前に、ファームの防衛を任せたナツメと挨拶をかわす。


「どれくらいで帰ってくるつもりじゃ?」

「今度は道知ってるから、2、3日で戻ると思う」

「無茶するなよ。少し嫌な予感がしておる」

「敵が多そうならすぐ帰ってくる。そっちも、ベヘモスがふらっと現れるかも知れないから気をつけてな」

「うむ……」


 眉を寄せ、心配げな表情を見せるナツメ。


「大丈夫だって、死にはしない。まだ結婚もしてないのに」

「フラグをたてるのはやめぬか。ホムラ、うまくやるのじゃぞ」

「わかってるって、ばっちゃ」


 本当はホムラも残らせる予定だったのだが、ナツメから「主らだけで言っても、また喧嘩して帰ってくるだけじゃろ」と正論を言われ、妖狐族の代表としてナツメが一筆書いてくれた。

 俺たちだけで妖狐族の手紙を持っていっても、どうせエルフェアリー族に捏造だとかイチャモンをつけられるのは目に見えているので、ホムラが同行することになったのだった。


「あの、どうしてもわたしも行かなきゃダメですか?」


 めちゃくちゃ嫌そうにしているのはセシリア。


「当たり前だろ。お前がいないと世界樹前の結界超えられないんだから」

「それはそうなんですけど、やっぱり危険な場所には行きたくないというか、エルフェアリー族のいるとこなんかに行きたくないというか」

「同族嫌いすぎだろ。いいから行くぞ」


 セシリアを灼熱丸と同じカバンの中に突っ込み、移動を開始しようとして違和感を感じ振り返る。

 俺はプラムセシリアホムラバニラとメンバーを数えると一人多い。何食わぬ顔で荷物を持った6人目を見やる。

 プラチナの髪に帝国兵の格好をした高貴な少女は、「頼む、バレないでくれ、頼む」と言いたげに、渋い顔をしている。


「姫様」

「…………」


 彼女は後ろを振り返って、誰か呼ばれてますよと小ボケを入れてくる。


「エウレカ、危ないから待ってな」

「わたしも行きます。荷物持ちで結構ですので! 自分なんでもやるっす!」

「姫様を荷物持ちなんかにできるか」


 この子、時折世界一腰が低い姫になるんだよな。


「これから行くところはベヘモスがいる可能性が高くて、すごく危険なんだ。エウレカに流れ弾が当たってグエーとかなったら、えらいことだぞ」

「絶対に足は引っ張らないようにします! 流れ弾もちゃんと避けます!」


 シュッシュと機敏な動きで左右に体を振るエウレカ。うわー……流れ弾当たりそう。


「ほんとですか? 足引っ張ったら、わたし怒っちゃいますよ?」


 一番足を引っ張りそうな駄妖精が言う。


「いや、確かに姫様の呪いをときたいから、同行してくれたほうが都合はいいんだが」

「”兄上”、置いていかれてもわたしは兄上の後をついてまいります」


 この子おとなしそうに見えて、行動力は半端じゃないからな。多分ほんとについてくるぞ。困ったな。


「主の負けじゃ、どうやったってこの子は主の後をついてまわる。主の手元においておきなんし」

「しょうがない。絶対後ろから離れるなよ」

「はい、兄上!」


 満面の笑み。すこぶる不安だ。

 こうして俺たちは世界樹へと出発を開始したのだった。


 その道中――

 ホムラが眉を寄せ、不機嫌な様子で突っかかってくる。


「ところで……なんで姫様、あんたのこと兄上って呼んでんの?」

「わたしも思いました。恋人のことお兄ちゃんって呼ぶ、痛いカップルいますよね」

「ユーリ、ボクは聞いてないぞ」

「モォ?」

「待って、俺も逆になんで兄呼びになってるのか聞きたい」


 そう尋ねると、エウレカはほんの少し赤面し。


「なぜでしょうか? 一番安心できる人だからかもしれません」


 照れとはにかみの混ざった答えに、他のメンバーが冷ややかな視線を俺に送る。


「なんでこの子、こんなにあんたに尻尾振って懐いてんの?」

「当たり前のように、ユーリさんの後ろをキープしてますし」

「ユーリ、お前ひょっとして昨日の夜なにかあったのか?」

「なんにもねーよ! 行くぞ!」

「「「あやしい」」」

「モォ?」

「クケ?」


 無理やり会話を打ち切って、俺たちは世界樹へと向かうのだった。

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