第72話 魔大陸のサメは歩く 前編

 ファーム近くの釣り場で釣りをしていると、俺の前に緑のアヒルみたいな妖怪、カッパが群れてきた。

 アヒルと言うには語弊がある、口は水鳥のようなのだが頭には皿、背中に亀の甲羅、体は人間の子供くらいのサイズで水ヒレつきの手足がある。

 歩くゆるキャラみたいなこの生物が何かと聞かれると、俺にもよくわからんとしか言いようがない。

 東国版サハギンだと思うのだが、それにしては迫力に欠ける。

 釣りに行くとよく現れるので、ちょいちょい餌付けをしていたら完全に懐かれてしまった。


「なぁゆーり、きゅうりくれよきゅうり」

「ほれ」


 カッパたちは帝国産ピクルスをポリポリと頬張りながら、編みザルに入った小魚を俺に手渡す。

 彼らはきゅうりを渡すと、かわりに魚をくれるのだ。なんで? と聞かれると俺にもよくわからん。

 ナツメいわく害のない妖怪らしいので、人間の子供を相手にするのと同じ気持ちで接している。


「カッパって魚食わないのか?」

「食うよ。でもきゅうりの方が100倍うまい。これに比べたらどんな食べ物もうんこカピ」

「そこまで言うか」

「帝国の人間もやるね、きゅうりを酢漬けにするなんて悪魔の発想カピ」

「ごくごく普通だと思うが」

「もうDNAにきゅうりの記憶が刻みこまれてると言っても過言じゃないね。一日一回きゅうりキメないと手が震えてくるカピ」

「完全にきゅうりジャンキーじゃねぇか」


 これがキクんだよと言いながら、ポリポリときゅうりを食すカッパ。

 魔物って獣に魔力が宿って、魔獣化するものが多いが妖怪はほんと謎。カッパやぬりかべって一体何が祖先なのかさっぱりわからん。


「興味深いな」


 頭の皿をキュキュっと触ると、カッパは首を振る。


「頭の皿触んなよ。これ割れたらカピたち死ぬんだからな」

「どういう進化をしたら、弱点むき出しの構造になるんだ?」

「知らんカピ」


 寝てる時に頭ぶつけたら死ぬだろ。


「ダンチョー! 大変ですよ!」

「ユーリー大変だぞー!」

「なんだ? お前らはいつだって大変だろ」


 プラムに乗ったスライムライダー姿のセシリアが俺の元に跳んでくると、入り江の方で商船が座礁していることを伝える。


「おっきい船が傾いてましたよ」

「珍しいな、潮で流されたのか?」

「水まわりのトラブルならカピたちが手伝ってやるぜ」

「よろしく頼む」


 俺は水道業者みたいなカッパーズを連れて森島の入り江へと向かうと、船が暗礁に乗り上げ、大きく傾いてしまっているのが見えた。

 このまま放っておくと、そのまま横倒しになりそうなバランスだ。


「あーこのままだと倒れるな……」

「カピたちが押してやろう」

「頼んだ」


 カッパーズは海にドボンドボンと飛び込むと、船底にとりつき波に合わせて船を押していく。

 少しずつだが、傾いていた船が動き海へと戻っていく。


「おぉいい調子だぞ」


 やるなカッパーズと思っていると、俺はそこに不穏な影を発見する。

 海面に反り立つ真っ黒な背ビレ。水を切り裂きながらすごいスピードで船に向かって泳いでいく。


「やべぇぞユーリ、サメだ!」

「まずい海で最強生物来た」


 このままではカッパたちが捕食され、きゅうりに汚染された血をぶちまけることになってしまう。


「プラム!」

「おうさ、水は任せろ」


 俺が魔獣兵の鎖を繋ぐと、プラムは久しぶりのサキュバス型の悪魔形態へと変化する。


「へ~んしん!」


 更に下半身が魚へと変化し、プラムマーメイド形態へと変身する。


「とぅ!」


 水中戦仕様になったプラムが、カッパーズを守るために海へと飛び込む。

 プラムも水中戦は得意なのだが、相手は水棲生物。水の中で生まれ、水で生きるために進化を果たした海中の王者だ。

 サメの高速旋回と牙の前には、トロルやワーウルフのような地上最強生物ですら手も足も出ずに餌にされてしまう。


「プラムは最悪食われても無事なはずだが」


 俺は凄まじい勢いで伸びる鎖を見つめながら、彼女の安否を心配する。

 だが……。


 数分後――

 座礁した船は無事に海に戻り、プラムは一匹のサメを抱きかかえて戻ってきた。


「それは……サメなのか?」

「多分」

「ちっさいですね」


 セシリアの感想に頷く。

 そのサメはサメというにはずんぐりと丸く、サイズはでっかい猫くらい。

 正面から見るとたしかにサメなのだが、申し訳無さ程度のちんまりとしたヒレを兼任した手足がついており、頭のでかい人型をしている。

 デフォルメしたサメのぬいぐるみみたいな体は、海のギャングというには程遠く、一旦倒れたら立てなそうなバランスの悪さを心配する。


「しゃーく(鳴き声)」

「魔大陸は訳解んない生物が住んでんな……」

「ユーリこれ何?」

「海獣種だと思うが……こいつ地上を歩けるのか?」


 プラムが手放すと、サメちゃんは小さな足でトコトコと歩き出した。

 どうやら地上でも活動できるようだ。


「肺呼吸してるな」

「しゃーく(鳴き声)」


 見れば見るほど不思議な生き物だ。

 トコトコと森の方に向かって歩きだしていくので、慌てて海側へと戻す。


「お前の家はそっちじゃないぞ」

「しゃーく?(鳴き声)」

「ユーリどうすんのそれ?」

「害はなさそうだから、そのまま海に返すが」


 すると座礁した船を救助した、カッパーズが戻ってきた。


「ご苦労さん」

「あのくらいカピたちには朝飯前よ」

「ところで、お前らこれ何か知らないか?」

「ぐぇマーシャークカピ!!」

「マーシャーク?」

「マーメイドのサメ版。上半身が人間で、下半身がサメの魔物カピ。気性が荒くて肉食。海の殺し屋カピ!」

「そんな凶悪な魔物には見えないがな」

「しゃーく(鳴き声)」

「見た目も全然違いますし。サメ饅頭ですよね」

「ほーれ高い高い」

「しゃーくしゃーく(喜んでいる)」

「多分まだ成長がすんでないカピ。マーメイド族は、魔力がたまらないと半魚人になれないカピ」


 俺たちがサメちゃんについて話していると、商船の乗組員が下船し、お礼をしにきたのだった。


「皆さんありがとうございます」


 船長らしき身なりの良い中年の男性は、助かりましたと頭を下げる。


「そりゃ良かったですけど、魔大陸の近くは海魔が多いので近づかないほうがいいですよ」

「どうしても急ぎの積み荷があったもので、無茶をしてしまいました。そのせいで海賊に追われるハメになりまして」

「海賊?」

「ええ、この魔大陸周辺を縄張りにしてる悪いやつがいるみたいなんですよ。髑髏の帆を立てて、民間の船から物資を奪ってるんです」

「俺たちはあんまり見てないが」

「きっと夜中にコソコソやってるんでしょう」

「ふむ……」

「しゃーく(怒)」


 おっ、なんだ急にサメちゃん暴れだしたぞ。


「しゃーく(怒)」


 ギザ刃をむき出しにして船長を噛もうとするので、慌てて抱きとめる。

 かなり興奮しているようで、ガチガチと鋭い歯を噛み合わせている。

 一体どうしたと言うんだ。


「ユーリ、サメは血の匂いに敏感だぞ」


 プラムが俺以外に聞こえない声でボソリと呟く。

 俺は人の良さそうな船長を見て、まさかと思う。


「…………すみません、あなた達の商船積荷見せてもらっていいですか?」

「へっ? いやまぁ構いませんが」


 俺はサメちゃんの行動が気になり、プラム達と救出した商船の中へと入る。

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