第71話 下着を贈るのはある程度好感度が必要

 ZOMAHONとの取引が開始した数日後――


 初となるZOMAHON空輸便が届いていた。


「ファーム鬼ヶ島のユーリさんですね、サイン下さい」


 俺は手渡された受け取り確認の書類にサインを書くと、運送業者の兄ちゃんは「あざざしたー」と購入した商品を残し、飛空艇に乗りこんで去っていった。

 俺は満足げに、ZOMAHONの企業マークがプリントされたダンボールタワーを見やる。

 大小様々なダンボールの山の中には、皆の希望を聞いて購入した品物が入っており、開封するだけでも結構な作業になるだろう。


「ユーリ、ユーリ、とうとう来たのか!?」

「見せて下さい、早く早く!!」

「待て待て注文したものが全部届いてるか、これから検品しなきゃならんのだ」


 物珍しさから、ダンボールの前にはファームの住人たちが集まっており、興味津々に覗き込んでくる。


「ねぇねぇダンチョー結局いくらの儲けになったんですか?」

「契約金含めて全部で2000万Bくらいになった」

「うぉ、2000ってすごいぞ! 魔大陸のものって高くで売れるんだな!」

「ふふっ、わたしの育てたお芋がきっと高く売れたんですね。ということは、実質この商品は全部わたしの物ってことでいいですね?」

「ドヤ顔してるとこ悪いが、セシリアお前の育てた芋は帝国の芋と同じ値段だった」

「なんでわたしのお芋だけ、そんな希少価値低いんですか!」


 ただの芋だしな。魔大陸で育てたというネームバリューもあまり効果がなかったようだ。


「ユーリ、その金で何買ったんだ!? 豪邸か!?」

「この金横領してたら島の皆に殺されるわ。1000万Bくらい使って必要なもん買った」

「ボクのバタークッキー買ったか!?」

「買った買った。きのこ山とたけのこ山チョコも多分あるはず」

「な、なんだと……うぉーもう待ちきれん。ボクは箱を開けるぞー!」


 プラムはバリバリと箱を開けると、中に入っているものを見て顔をしかめた。


「なんやこれ……石ばっか入ってるぞ」

「火の魔石と水の魔石を500万B分買った」

「は?(威圧)買いすぎだろ、石屋かよ」

「いきなり寒波や熱波が来て、燃料を確保できなかった時用だ。これは命に関わるもんだからな」

「むむむ、次だ次!」


 プラムは次の箱を開けると歓喜の声をあげる。


「おぉ肉だ! 肉がはいって……なにこのかったそうな肉……」


 プラムの見つけた肉には【帝国製トンカチ肉、歯が欠ける美味さ!】とパッケージに書かれている。


「なにこの硬度……これでゴブリン撲殺できるでしょ」

「干し肉だな。これも寒波で外で出られない時用の非常食だ。ってか、食い物は基本缶詰か保存食しかないぞ」

「なんでこんなまずそうなの買うんだ、ステーキ肉買えよ!」

「ホブロンさんが言ってただろ、消費期限が早い食料は輸出も輸入もできないんだって」

「ユーリのスカタン、買い物下手ぁ! ボクが買い物すればよかった!」

「お前に買い物させたらクッキー1万個とか買うだろ」

「チョコも買うぞ!」


 この浪費饅頭に買い物させなくて心底良かったと思う。


「エウレカそっちの箱開けてくれ」

「はい、わかりました」


 エウレカが開いた箱をセシリア達が覗き込む。


「なんですかこの白い粉? やばいやつですか?」

「そんなもん通販で買えるか」

「砂糖小麦ですね。これはいろんな料理に使えるし保存もききますよ」

「石だの粉だのつまらん物ばっかだな」

「何いってんだ、砂糖小麦はお前の好きなバタークッキーの元だぞ」

「ボクは材料じゃなくて現物が欲しいんだよぅ!」


 そこからもプラムの興味なさそうな、作物な種や、工具、農具、医療品、調理器具などが続く。


「歯ブラシ300セット、スプーン300セット、農業用殺虫剤、LEDランタン、毒沼でも歩けるブーツ、魔電動ろ過器」

「む~サバイバルセットみたいなのばっかり出てくるな」

「この島には最低限の必需品すらないからな。今回はいるものばっかり買ったから嗜好品はほぼないぞ」


 段々欲しい物がなくて飽きてきたのか、プラムとセシリアの唇がのびてきた。


「おっプラムいいのが出てきたぞ」

「なんだ食べれるものか!?」

「幼稚園児から始める帝国式算数の本だ」

「いらねぇよ!」

「赤ちゃんから始める帝国語もあるぞ」

「だからいらねぇって!!」


 算数と国語のドリルを投げ飛ばすプラム。

 しかしバニラは、それを拾い上げ興味津々に中身を読んでいた。


「えっと次の箱ですが、おやつです」

「良かったなおやつだぞ」

「どうせ乾パンとかでしょ騙されないよ」

「すっかりやさぐれてんな」

「乾パンってなんですか?」

「味のないクッキーみたいな奴。保存食だよ」


 セシリアはへーっと頷きながら、ダンボールの中からお菓子の箱を取り出す。


「これが乾パンですか?」

「うぉ!?」


 その箱には北海バタークッキー白の口溶けと書かれている。

 プラムご所望のお菓子だった。


「ちゃんと買ってるって。ほれ、きのことたけのこ山もあるぞ」

「ユーリすこすこのすこ。大回転すこすこの舞」


 ゴロゴロと地面を転がる水饅頭。


「食っていい?」

「ちょっとだけな。皆とわけるんだぞ」

「うほほーい」


 プラムはバタークッキーの箱を持って、セシリアやバニラたちと試食会を開く。

 これでしばらくは大人しくなっているだろう。



 それから1時間後――

 荷物もほとんど開き終わった後、 エウレカが最後の箱を持ってくる。


「兄上これが最後です」

「なんだっけなこれ?」


 随分と軽い箱だが、中身はさっぱりわからない。


「注文履歴には衣料品になっていますよ」

「あ~そうだ、これエウレカに買ったんだ」

「自分にですか?」

「そう、魔大陸に来てから同じ服しか着れてないだろ? 女子には辛いだろうと思ってな」


 俺はエウレカに服が入ったダンボールを手渡す。


「よろしいのですか?」

「いつも頑張ってるからな。プラムのお菓子と同じようなもんだと思って受け取ってくれ」

「あ、兄上……中を見てきてもいいですか?」

「あぁいいぞ。エウレカに似合う白にしたんだ」

「兄上からのプレゼント、大事にします!」


 エウレカはスキップしそうな足取りで事務所へと駆け込んでいく。

 中身はごくごく一般的なランニングシャツなので、あまり期待させるとがっかりされるかもしれないな。


「よく考えると下着のプレゼントってまずかったか?」


 いや、まぁ男が着てもおかしくない普通のインナーだしな。

 尖ったデザインしてないから大丈夫だろう。



「なんだろ~嬉しいな~」


 エウレカはユーリからのプレゼントに胸を高鳴らせる。

 今まで愛のない形式だけのプレゼントを山のように貰い、その度に愛想笑いの仮面を貼り付けてきた。


『ありがとうございます。大事にします』


 全く感情のこもらない声で感謝を述べて、一つも開封せずしまわれた誕生日プレゼント。

 父から家族愛を囁かれながら手渡されたバラの花束。

 なにも心に響かず、真っ赤な花は全て灰色に見えた。

 しかしこれは違う。ZOMAHONのダンボールが虹色に輝く宝箱に見える。

 初めてのプレゼント、絶対大事にしようと心に決めながら、箱を開き中の物を取り出す。


「……これは?」


 三角形の透けたレース柄の生地を見て目が点になった。

 裏面を見るとホックとワイヤーが入っている。


「ブ、ブラジャー?」


 上下組になった純白の下着を見て、困惑するエウレカ。

 どんなものが出てきても喜ぶ準備はしていたが、まさかこれは予想外の品物である。しかも勝負下着と言ってもいいほどのゴテゴテ感であり、ご丁寧にコルセットとガーターベルトまでついている。


「あ、あぶない下着……。恋人同士で下着を贈り合うことがあるのは知っていますが、えっわたしと兄上ってもうそんな関係に?」


 一応装着してみるがサイズはぴったりである。


「すごいフィット感……別に測られたわけじゃないのに。兄上目算鋭すぎでは? あっ、でもすごく肩が楽になったかも……。もしかしてわたしの体を気遣ってこのプレゼントに?」


 そんなわけはなく、この尖りまくったプレゼントは単純にユーリの注文ミスだった。

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