第73話 魔大陸のサメは歩く 後編

「こちらへどうぞ」


 俺たちは船長に案内され商船の甲板に上る。

 全長約30メートルほどの船は、エンジンに魔導コアを搭載し、風がなくても力強いスピードで航行可能な最新式だ。

 設備が整った高価な船いい船を使っている、恐らく金のある商人なのだろう。


「船員が見えませんが、まさかお一人でこの船を動かしてるんですか?」

「いえいえ、ちゃんといますよ。今は休んでいるだけです」


 座礁していたのに休んでいる? 

 船長の言っていることに若干の矛盾を感じつつも貨物室へと入ると、吊られたランプと大量の麻袋が並んでいるのが見えた。


「まさかこの中にバラバラになった死体が……」


 マーメイドから饅頭に戻ったプラムが、ゴクリと生唾を飲み込む。


「まさかまさか、何か勘違いをされてらっしゃいますね。中を見ても構いませんよ」


 はははと笑う船長。

 俺は麻袋の一つを開かせてもらうと、中身は茶色い粉だった。


「なんですかねこれは?」

「わたくしども漢方の輸送をしておりまして」

「へーこれが漢方なんだ」


 プラムとセシリアが、スンスンと匂いをかぐと顔を歪めた。


「「臭い」」

「漢方は体にいい香草や薬を粉にして混ぜたものですから。臭いがきつい材料もあります」

「「鼻が曲がる」」


 こりゃ正真正銘本物の漢方薬だな。

 他の袋も覗いてみたが、全部同じ薬だ。


「殺人犯ではないとわかっていただけましたかな?」

「はい、変なこと言ってすみません」

「いえいえ」


 やっぱり気のせいだったか。サメちゃんが怒り出したのは、ただ単に船長の見た目が気に入らなかっただけかもしれない。

 そういや、あれ? サメちゃんどこ行った? さっきまで俺の足元にいたはずだが


「なぁゆーりゆーり、ここに蓋があるカピ」

「しゃーく」


 カッパーズとサメちゃんは、麻袋の下に貨物室の更に下につながるハッチを見つける。

 本来別段気にすることもないのだが、荷物で隠すようにされているのが気になった。


「あっ、そこは!!」


 船長は大声を上げ、慌てて体を滑らせ、俺たちをブロックしてきた。


「そ、そこは困ります!」

「なんで?」

「え、えぇっと、そこには貴重な漢方がたくさんありまして」

「普通貴重な薬を最下層に置くか? 水が入ってきたら真っ先にダメになるだろ」

「血相変えてすっ飛んできましたね」

「「あやしい」」


 プラムとセシリアが疑念の視線を向けると、船長は大きく首を振る。


「ないない、なにもないですって!」

「プラム」

「がってん」


 プラムは液体ボディをいかして、ハッチの隙間から中へと入り込む。

 スライムは1センティの隙間でもあれば、十分扉をすりぬけることが可能だ。


『うわーなんじゃこりゃ!?』


 下からプラムの叫び声が聞こえ、俺達は船長を押しのけて地下へと降りる。

 地下室にあったものは投網にかかった大量の魚と調理台。

 ビニールエプロンを着た乗組員が数人。その手には魚を解体する刃の長い包丁が握られており、まるで漁港の調理室みたいだ。


「ユーリあれ」


 プラムが視線でさす先に木製のバケツがあり、その中に捨てられた貝殻や魚の切れ端がぶちこまれていた。


「パール貝に、虹色魚……。どうなってんだ、全部絶滅危惧種で漁撈禁止のはずだ。こっちはクラーケンの子供だろ……こんなの捕まえていいわけがない」

「しゃーく!」


 サメちゃんがトテトテと調理場を走ると、サメの死体があった。

 その亡骸は腹をかっさばかれており、必要なものだけを取り出され後はゴミと言わんばかりに捨てられている。

 その死体の前で、サメちゃんのつぶらな瞳からホロリホロリと涙がこぼれ落ちた。

 恐らく種族が違うので親子ってわけではなさそうだが、サメちゃんの友達だったってところだろうか。


「どうなってんだよオイ。これ密猟だろ」


 俺が詰めると、船長は「バレちゃしょうがないですね」と悪役の定番セリフを吐きながら懐から短銃を取り出す。


「とっちゃいけないから高く売れるんですよ。真珠もキャビアも」

「人間ってのはつくづく業が深ぇな」

「だから商売になります」

「漢方はただの臭い消しか」

「はい、その通りでございます」


 船長がパチンと指を鳴らすと、隠れていた子分どもが船内からわらわらと現れる。頭にバンダナをつけ、シミターを握った男たちは「気づかなければよかったのにな」と悪い笑みを浮かべる。

 どうやら、この辺りに現れる海賊とはこいつらのことだったらしい。


「ゆーりいっぱい出てきたカピ。なんとかするカピ」


 カッパーズは一斉に俺の足にすがりつく。

 本来ピンチと思うところだが、10人程度ではな。

 プラムに鎖をつなごうとして、俺の足元にサメちゃんがいることに気づいた。


「しゃーく(怒)」

「お前は仲間が連れて行かれたから、慌ててこの船を追いかけてきたんだな」

「しゃーく」

「ならお前の牙で仇を討て」

 

 俺はサメちゃんに鎖を繋ぐと、小さな体から青い光が放たれた。


「蒼光を纏え、白牙の魔獣マーシャーク!」

「シャーク!」


 光が収まるとずんぐりむっくりだったサメちゃんの体は、上半身が人間、下半身がサメの半魚人マーメイドへと進化する。

 顔はギザ歯で目付きが悪く、腕からは剣のように鋭いヒレが伸びる。

 つるんとした真っ白いボディに、水泳には向かないであろうたわわな胸とくびれ。

 俺はそこで初めて、このサメちゃんがメスだったことを知る。


「しゃーく(ビチビチ)」


 マーシャークはかっこよく登場したのはいいが、船の中なので当然泳ぐことができずビチビチと飛び跳ねる。


「おやおや、こんなところでマーメイドを呼び出してどうするつもりですか?」


 はっはっはっはっと嘲笑う船長たち。

 だがその考えは甘い。


「プラム」

「おえー」


 プラムは口からゴボゴボと水を吐き出し、調理室を水浸しにしていく。

 この程度の狭い部屋なら、プラムの体内に蓄えられている水で水没させてやることが可能だ。

 すごい勢いで足首まで浸水し、船長は俺の意図に気づく。


「まずい逃げろ!」


 海賊どもは慌てて地下調理室から出ようとするが、カッパーズがハッチをパタンと閉じた。


「そこでサメの餌になるカピ」

「ふざけるな、開けろ化け物!」


 ダンダンダンと強く叩くが、どうやら扉の上に何か重いものを乗せたようでビクともしない。

 その間に水位が上がり、調理場の水は人間の腰を超え胸の位置にまで上る。

 マーシャークは潜水すると、水面に不気味な背びれを立てて狭い部屋の中を回遊しはじめた。


「うわっ!」

「ぎゃあっ!」


 子分たちが一人、また一人と水の中に引きずり込まれていく。

 水の中に潜むのはマーシャークだけではなく、捕らえられていたクラーケンが白い触腕を伸ばして海賊たちを襲い始めたのだ。


「うあぁっ!?」

「ひぎぃっ!!」


 あっという間の惨劇。クラーケンに絡みつかれた船員はボキボキと全身の骨をへし折られる。

 俺は水の中に浮かびながら、海洋生物って水を得ると一方的に攻撃できるから恐ぇなと思った。


「姿が見えてる分、まだ狼やトラのほうが可愛いな」

「お魚こわひ」


 俺の感想に、頭の上に乗っかるセシリアがホラー劇を見るような顔で頷く。


「船長助け……あぁっ!?」


 最後の子分が水中に引きずり込まれ、水の色が赤く染まる。

 残ったのは船長ただ一人。青黒い背びれが船長の周囲をグルグルと回る。

 いつ襲ってくるかわからない、海魔特有の間のとり方。

 ジワリジワリと回転する円が狭まっていく。


「はっはっはっはっ、来るな! 来るな!」


 船長は短銃を水面に向かって発砲するが、水しぶきが上がるだけで効果はない。

 カチンカチンと弾切れの音が響く、その瞬間


「シャーーク!!」


 マーシャークが勢いよく水中から飛び出して襲いかかった。

 船長は噛みつかれる前に、白目をむいて倒れた。

 過度な緊張とストレスにより過呼吸を起こし、姿を見ただけで失神してしまったようだ。



 その後水の中に引きずり込まれた海賊達は、全員気絶した状態で捕縛した。

 水中で惨たらしく殺されたかと思ったのだが、案外クラーケンもマーシャークも優しかったようで、全身骨砕き再起不能程度ですませてくれたらしい。

 海賊たちはZOMAHON経由で、帝国海上騎士団を呼んでもらい帝国へと強制送還される運びとなった。



 俺たちは調理場に捕らえられた貝や魚たちを海に戻し、最後に殺されたサメの亡骸を海に沈める。白い体はゆっくりと海底に向かって沈み、徐々に見えなくなっていった。


「シャーク……」


 サメちゃんは友達に別れを告げているのか、じっと水面をながめたままだった。

 俺が鎖を外すと、元のずんぐりむっくりなサメ饅頭になったサメちゃん。


「しゃーく」

「悪い奴捕まえてくれてありがとな」

「しゃーく?」


 俺は彼女の体を抱きかかえて、水面に浮かべる。


「ボクたちが海で遊ぶ時、また遊ぼうね」

「ダンチョー名前つけてあげたらどうですか? サメちゃんじゃ味気ないですし」

「そうだな……アギトとかどうだ? 強そうだし変身しそうだし」

「可愛くないですよ」

「そうだそうだ、女の子だぞー」

「マリンちゃんとかどうです?」

「アクアたんとかは?」

「……しゃーく」


 俺たちの名前を気に入ったかどうかはわからないが、水面に浮かんだ背ビレがスイーっと円を描くと、サメちゃんはそのまま入り江の外へと出ていった。


「サメちゃんちょっと名残惜しそうだったね」

「友達がいなくなっちゃったしな……他に友達がいればいいが」

「一人は寂しいですよ……」

「マーシャークはマーメイド族の中でも恐れられてる存在カピ。友達はいないかもカピ」

「そうか……」


 友達の死を悲しむあたり、寂しがりやな性格だったのかもしれない。


「ユーリ鬼ヶ島水泳部作ってもいいんじゃない?」

「魔大陸の別の島に行くときは水中部隊が必要になるかもな」


 その時ファームに誘ってみるのもいいだろう。

 彼女とはまた出会える。そんな気がしているんだ。



 翌日――


「ゆーりきゅうりくれよきゅうり」

「しゃーく」

「……………」


 浜辺できゅうりくれと手を差し出すカッパーズの中に、一匹獰猛そうなのが混じっている。

 ギザギザの歯に、鋭い背びれ、ちんまい二本足。

 俺は一人一人にきゅうりを手渡していく。


「再会の予感はしたが、再会早すぎでは?」

「しゃーく」


 カッパに紛れてパリパリときゅうりを食べるサメの姿を見ながら、ファームに堀でも作るか……と考えていた。



 魔大陸のサメは歩く    了

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