第74話 INT訓練
「兄上、これどうします?」
エウレカはZOMAHONから送られてきた物を俺に見せる。
箱の中身はとある国の学生服で、どうやら間違って注文してしまったようだ。
「しまったな、こんなの頼んだつもりなかったんだが」
「返品しますか?」
エウレカが紺色のスカートを取り出すと、その丈の短さに驚いていた。
「魔大陸にまで取りに来てって言うのもなぁ……まぁ置いといてくれ。誰か欲しい奴がいたら渡しても構わない」
「これほんとに学生服ですか? 自分の知ってる制服と大分違いますが」
「水兵服をモチーフにした制服らしい。ただZOMAHONで売ってるもんだから、多分正規品じゃなさそうだが」
「アカデミーコスチュームというやつですか……」
「ユーリー時間だぞー!」
プラムに呼ばれ、今日が授業の日だと思い出す。
俺は慌てて皆が待つ青空教室へと向かった。
ファームの一角に作られた青空教室では、それぞれの学力に合わせた勉強が行われており、鉛筆を手にしたファーム年少組が、指折り問題を解いている。
今挑戦しているのはZOMAHONで購入した、帝国小等学園の教材である。
俺は切り株の上で、頭を悩ませているプラムたちの前に立ち、問題を説明していく。
「1クロ28ベスタの帝国芋があります。これを3.5クロ買いました。値段はいくらでしょうか?」
「んーとんーと28が3倍でぇ.5は1の半分でぇ……」
「こんなの簡単ですよ」
「もぉ……」
「ウキ」
「しゃーく」
プラムは掛け算割り算くらいならついていける。
セシリアは計算問題は大丈夫そう。
バニラは足し算引き算でも結構苦しそう。
モコモンキーのサスケは意外とスラスラ解いている。
サメちゃんは教材をかじっている。
「ん~答えは88だ!」
「ハズレだ。もう一回計算やりなおせ」
「むぐぐぐ」
「答えは98ですよ。こんなの簡単すぎます」
セシリアがドヤ顔するので、もう少し難しいのを出してやろう。
「次の問題行くぞ。傲慢な王様が罪人に対して、コインを3回投げて連続で表が出たらお前を生かしてやろう。裏が一回でも出たら処刑だと言いました。罪人が生き残れる確率を求めよ」
「両面裏なので生き残る確率は0です」
「算数にイカサマを持ち込むんじゃありません」
「人間はそれくらいやりますよ? 多分1,2回目は両面表にして3回目で両面裏のコインを使うと思います」
「王様性格悪すぎだろ……。そんな闇を試す問題じゃないの」
皆が問題を解いている中、人一倍頭を悩ませている子がいた。
「バニラどうだ?」
「もぉ……」
ちなみにプラムとセシリアは帝国小等学校4年のものを使い、バニラとサスケとサメちゃんは1年生のものを使っている。
今バニラが解いている問題は
・平民のA君はお母さんからりんごを32個貰いました。
・しかし嫌な貴族のB君に、りんごをよこせと言われたので19個あげました。
・お母さんがB君にりんごをとられたと知り、A君にりんごを追加で25個あげました。
・A君の手に残ったりんごは何個でしょう? というもの。
バニラは指を折って考えているが、全然指が足りなくて困り果てている。
「文章問題がわからないときは、書いてある数字を並べてみるといいぞ。そこに貰った、あげたで足すか引くかを考えるんだ」
「もぉ……」
「はい、ダンチョーできました」
セシリア向けの問題ではないのだが答えを聞いてみる。
「お母さんが息子に対してA君呼びは可哀想だと思います」
「問題に対するダメ出しは受け付けていません。後A君はネグレクトは受けていません」
今度はプラムが声を上げる。
「わかったぞ」
「はいプラム」
「一人でりんご32個は食べすぎだと思う」
「A君は特別な訓練を受けているので一人で32個食べれます」
「A君すげぇな」
「サメちゃんはどうだ?」
「しゃーく」
サメちゃんはヒレ兼手で鉛筆を持つと、教科書に答えを書き始めた。
「しゃーく」
「どれどれ? Bを殺したので57個。確かにB君嫌な奴だけど殺しちゃダメなのよ」
「しゃーく?」
サメちゃんは答えを書き直すと、もう一度俺に見せた。
そこには『AもBも食った、次はお前だ』と書かれている。
「完全に算数ホラーなのよ。次お母さんが食べられちゃうのよ」
違うんか? と首をかしげるサメちゃん。
「ウキ」
「なんだサスケ、とけたのか?」
「ウキウキ」
サスケの教科書には38と正解が書かれていた。
「……賢いな」
お前もボケろよと思ってしまった自分を殴りたい。
いや、サルが最速で問題を解いてるのがボケなのか……。
「ウキウキ?(Aは38個もりんごを食べるの?)」
「そう考えるとお母さんからA君呼びされたり、B君にりんごとられたり、食いきれないりんご渡されたりと闇が深い問題だな……」
問題作成者の生い立ちが気になる問題だ。
サスケに先を越されてしょんぼりなバニラ。
「大丈夫だぞバニラ。ゆっくり考えたら」
「もぉ」
俺はプラムたちにはゴブリンの時速を求める問題を出すと、バニラの隣に座り、付きっきりで計算を教えてやる。
彼女が問題をとくのに一時間ほどを要したが、粘り強く頑張って解答を導き出すことが出来た。
「偉いぞバニラ」
「モォー」
わしゃわしゃと頭を撫でると、気持ち良さげに目を細めるバニラ。
「「「…………」」」
その様子をじっと見つめるプラム達。
「さて、お前らそろそろできたか?」
全員の教科書を見て回るが酷いものだ。
全員全問不正解で、これからを心配する。
「プラム、お前掛け算割り算くらいできてただろ」
「わかんなくなった」
「セシリア、お前もこれくらい難なく解けてただろ」
「わかりません、何もわかりません」
こいつら、なぜ急にこんなにバカになってしまったんだ。
授業カリキュラムの見直しが必要か? と思っていると昼食を持ってきたホムラが笑う。
「プラムちゃん達、自分も教えてほしいから全部間違えてるんよ」
「「違う」」
「先生もっとちゃんと見てあげんとあかんで。ってか、なんで急に勉強し始めてんの?」
「勉強だけじゃないぞ。あっちを見ろ」
俺が指差す先にはボロい木人と、射的マト、岩にロープをくくりつけた重量引きがある。
「なにあれ? 訓練所?」
「そうだ。今まだ協議中だが、サイガやゲイツたちと第一回森島最強杯をやろうって話になっててな」
「それで鍛えてんの?」
「そうだ、本格的にファームとして機能するには訓練施設が必要だからな。あれで筋力と命中力を鍛え、勉強で知力を鍛える」
「筋力命中力がいるのはわかるんやけど、
「そんな高等なものは必要ないけど、最低限俺の言ってることとやろうとしてることの意図が伝わってくれないと困る」
「そうそう、おバカじゃ最強にはなれないよ」
プラムがふふんと自信たっぷりに言うが、だとしたら最強へはまだまだ遠いなと思う。
それからも勉強は続き、徐々に日が暮れてきた。
「よし、じゃあ今日はこれで終わりだ。各自宿題をやってくるように」
「「「ぶーぶー」」」
宿題という言葉に反応して、全員が凸指を立てたり親指で地面を指す。
なんとまぁ治安の悪い教室なんでしょうか。
「はい、先生怒りました。宿題を倍にしたいと思います」
「最悪だ!」
「職権乱用ですよ!」
「モォ?」
「まぁそれは冗談だが、宿題は記憶定着の意味もある。大した量は出してないからやって来るように。わからなかったらできるところだけで構わない」
「全部無回答で出しましょう」
「全部わかんなかったことにしよう」
「あんまりなめたことしたら、宿題三倍だぞ?」
そう言うと、プラム達は顔をしかめ渋々了承していた。
◇
夜になり、俺はナツメの家を訪ねた。
彼女は入るなり酔狂な奴じゃと苦笑う。
「今日も頼めるか?」
「構わぬ、好きにせい」
俺は妖狐族に残されていた文献を読み漁りながら、東国に伝わる陰陽術、鬼道術、巫術の勉強をしていた。
「東の術式はやっぱ全然違うな。これなんて書いてあるんだ?」
ミミズが暴れ散らかしたような字をナツメに教えてもらいながら、術の知識を入れていく。
「主は術士ではなかろう。なぜ知識を欲する?」
「魔物使いは対応力が問われる。意味不明な技を受けて、なすすべもなくやられましたでは無能過ぎるから、予め相手の技を知っておくと有利に戦える。オークは打属性に強く、火属性に弱い。たったこれだけのことを知ってるか知ってないかで、ピンチを有利にかえることが可能だ。それはブレインである魔物使いの役目でもある」
「昼間は先生で、夜は生徒というわけか」
よくやるもんじゃと、ナツメはZOMAHONで発注したワインをコクリコクリと飲んでいた。
「後でこの【鬼火】っての、直接俺に叩き込んでもらっていいか? 威力が見たい」
「わっちは構わぬが、足腰立たなくなっても知らぬぞ」
「鬼火の説明にある、山をも焼き尽くす地獄の業火ってのが気になる。一発食らってプラムたちに感想を話したい」
「よくその説明で受けてみたいと思うな」
「説明が抽象的だから、地獄のような炎なんだって言っても多分伝わらん」
「確かに。昔の文献は物語的に記しているものが多いからな」
「あとこの独特なさぶらひ、いとおかしとかよくわかんねぇ教えてくれ」
「どれ」
ナツメは胸がこぼれ落ちそうな青の巫女服を揺らし、毛筆をとると文献に訳を入れていく。
あぁさすが銀髪爆乳妖狐……胸が机の上で休んでらっしゃる。
「ここがこうなって、これは……聞いておるか主?」
「き、聞いてる」
うっかり目線が白い谷間に吸い込まれると、ナツメはニヤリと笑う。
「そんなところに答えは書いておらぬぞ」
「は? 見てませんけど? 全然見てませんけど、勘違いじゃないでしょうか」
「童貞みたいな言い訳はよせ」
「童貞じゃないんですけどぉ」
「そうじゃな、主この文を訳してみろ。それが合っていたら、主の言うことを何でも一つ聞いてやろう」
「なん……でも?」
「直接的なのはダメじゃ。揉ませろだの触らせろだのはな」
「じゃあ丁度いい、ZOMAHONから間違ったものが届いて返品するか悩んでたんだが使ってもらおう」
「ふむ?」
「とある国の学生服でセーラー服と言うらしい。俺が訳せたらそれを着てほしい」
「ほぉ、まぁわっちはなんでも構わんが」
余裕綽々なナツメだったが、1時間後パツパツのセーラー妖狐にされてしまい、その条件を死ぬほど後悔することになるのだった。
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